第5話: 火竜討伐の誘い
月曜は憂鬱だ。大抵仕事で遅くなる。
「こんばんはー」
ログインした時点で二十三時。
「ばんわ。遅かったっすね」
「仕事で~。モカはパーティー行ってる?」
「うん、行っちゃってるっすー」
「了解―」
ピザでも配達するか。と、NPCに向かって歩き始めると、思わぬ誘いが来る。
「ソロしてますけど、レオさんペアしますか? POTは使いますが赤字にはなりませんよ」
「お邪魔でなければ」
少し間が開いてからセーレから勧誘が飛んでくる。
「山岳神殿です。ベレリヤからテレポートできます」
「えーっと、ガレトス山岳神殿?」
パーティー狩場だったと思うが。まぁ、この人に言っても仕方がない。
名前の通り山岳地帯にある神殿の入口は古びてあちこち崩れている。神殿の周囲に緑は少なく、岩がごろごろと転がっていて、上方を見上げれば切り立った岩山がさらに続いている。神殿の入口にいるNPCに話しかけるも、レベルが足りませんと言われる。
「中入って、左にある部屋です」
「はい。ところで、盾とアタッカーのペアってどうすれば……?」
「レオさんが引いて、オレが殴ります」
「あっ、はい」
予想通りの脳筋な返事だった。
部屋に到着するとセーレが狩りの手を止めて、近づいてくる。
「これ使ってください」
と、トレードで渡されたのはバフスクロール10枚。イベントで入手できる他、課金アイテムのおまけでよくついてくるアイテムだ。
「多くないですか?」
「倉庫に十年分くらいあるので大丈夫です」
「そ、そうですか。じゃあ遠慮なく」
スクロールを使用すると、本職よりは効果値の低いバフがぶわっとかかる。効果時間は三十分。
「少し周囲処理したら部屋の真ん中で適当に引いてください」
「死んだらすみません」
そう言いながら狩りを始める。狩場の難易度はディレイ毎に緊急回避スキルを使用して、回復POTをフル稼働させればなんとかなりそうな気はしないでもない。そんな感じだ。
遠距離スキルをいくつか回転させながら、部屋の中央にひたすら敵を引き寄せる。それをセーレが倒す。
「俺、役に立ってるんでしょうか……?」
「ベルセは遠距離スキル少ないので、移動しなくてすむから助かりますよ」
ベルセとは、ベルセルクという職業の近接アタッカーだ。
とは言え、絶対にソロの方が稼げるであろうに。と、ものすごい勢いで増えていく経験値を見ながら思う。
「めちゃくちゃ経験値増えますね」
「オレがいれば効率パーティーですから」
すごい自信だなと思ったが、実際その通りだ。これ以上の効率PTは探したところで見つからないかもしれない。
「確かに……。セーレさんは、ソロメインなんですか?」
「パーティーの方が多いですが、半端な時間はソロしてます。今日は、先ほどパーティーが解散したので、寝るまでソロすることにしました」
「なるほどー。ちなみに何時まで予定ですか?」
「1時くらいまでです。眠くなったら抜けて大丈夫ですよ」
「はい」
1時は普段なら布団に入っていて寝ているか寝ていないかという時間だが今日はここでめいっぱい稼ぎたい。人、それを寄生と呼ぶ。
「あっ、レベル上がった」
「おめでとうございます」
レベルが上がったことで少し被ダメが減り、多少の余裕ができる。
「レオさんは、フレイリッグ興味ありますか」
「そりゃー行きたいですけど、諸々足りないので……」
「主催の人がイーリアスのギルドマスターなんですが、仲のいいギルド以外は誘わないって言い張っていて、人が足りないんですよね。特に盾は少ないので、指示聞いて動ける人なら大丈夫ですよ」
イーリアスとは、以前同じパーティーになったメロンも所属しているギルドだ。知らない人がいないレベルの超大手の戦争ギルドだ。
「昨日話してた、アキさんってアキレウスさんですか?」
「はい」
俺と同種族、同クラスで、ゲーム内最強のパラディンだ。実はゲームを始めて間もなく、まだ職を決めかねていたところに、うっかり当時の上級狩場に迷い込んで敵に追いかけられたところをアキレウスが助けてくれたことがある。向こうは覚えていないだろうが、当時の最強装備に身を包んだアキレウスの姿がかっこよすぎて盾を目指すことに決めたという思い出がある。
「モカさんにも声かける予定ですので、よければ」
「が、頑張ります!」
「では、隔週でチャレンジ予定なので……うーん、92まで上げるだけなら次に間に合いそうですか?」
「それは、無理だと思いますぅ!」
廃人を基準にされても困る。
翌日から、インするなりマリン、もしくはセーレからパーティーの勧誘が飛んできて上位狩場に連れまわされることとなった。
長いと思っていた90まではあっという間で、受けられなかったクエストも受けられるものが増えてきて、狩場のドロップで手持ちの資金も増えてきた。減ったのは少しの睡眠時間。
そして――。
「まじか」
フレイリッグにチャレンジ予定の前日の土曜、モカとともにレベルが92になった。
「おめでとー。前提クエスト受けにいこー」
他のメンバーもレベルが上がって、セーレは96、マリンは95、バルテルとクッキーは94になっていた。
ガレトス山岳神殿よりさらに上層にある、火竜の棲家という洞窟に入る。
ストーリーのムービーが始まり、空を舞っていた赤き竜・狂焔帝フレイリッグが山の頂上に降り立ち、炎のブレスで辺り一面を火の海へと変える。
『フレイリッグは自身を討伐した者の願いを叶えるという。千年前、フレイリッグを打倒したベレリヤの王アーディティギッドは千年の平和を願った。その願い通り、ベレリヤは千年の平和を手に入れた。しかし、その千年が終わりフレイリッグは再び人々を脅かす存在となった』
「なんで千年だったんっすかね。ボクだったら未来永劫とか言っちゃうっすけど……。皆さんはお願いするなら何っすか?」
「俺は五兆円……とは言わないけど、不労所得が欲しい」
「わしも金ほしー」
「わたしもー!」
「わたしくは、たくさんの犬に囲まれて暮らしたいです」
「オレは早く次のアプデが来て欲しいです」
「アプデは、来たばっかりでしょー!」
会話しながら洞窟の奥に進んでいくと、ところどころ白い煙が噴き出している。温度を感じるわけでもないが、熱そうな雰囲気だ。
大きめのフロアに入ると、フレイリッグの眷属と言う名の火の精霊系モンスターが出てくる。
「あれは普通に殴っていいやつですか?」
攻撃する前に一応聞くと、マリンもセーレも珍しく歯切れが悪い。
「あー、あれねぇ……」
「オレ殴らなくてもいい?」
「素手でいいから殴りなさいよー」
二人のやりとりに首を傾げて、眷属をターゲットすると反射とかかれたバフがかかっていた。
「あー。反射……」
「そーなの。前来た時、セーレがクリ出して即死してて笑った」
盾にも同じスキルがあるが、これは攻撃したダメージの一定割合を攻撃してきた対象に返すスキルだ。火力が高すぎると、反射で返ってくるダメージが自身の最大HPを超えてしまうため即死になるということか。対人とは効果値が違うため、そういったことになるようだ。
「……まぁ、倒さないことには進めないのでやりましょう。HP減りすぎたら止まるのでアタッカーへのヒールは後回しで大丈夫です」
言いながら、セーレは装備していた大剣を解除する。
「召喚へのヒールも不要です。こちらでヒールするか再召喚しますね」
「了解っす」
「それじゃ、いきまーす」
遠距離スキルを眷属に放つと、こちらのHPが少し減る。俺はそれほど火力がないので反射では緩やかに減っていく程度だが、敵の攻撃でも減るので結構減りが早い。
マリンが一撃で瀕死になり、慌てて止まっている。
「もー!」
セーレは素手で殴っているが、俺よりHPの減りが早い。武器がなくともパッシブスキル等でなかなかの火力らしい。
「私も素手で殴るぅ」
マリンが弓を捨てて、セーレの隣で殴り始める。どちらの種族もあまり素手モーションを見たことがないので新鮮だ。
クッキーの召喚獣が力尽きて、新しい召喚獣が召喚される。
「ごめんなさいね~」
召喚獣に謝りながら、敵を攻撃させているのが可愛らしい。
バルテルはアタッカー二人と比べると火力は低いが、それでも減りは早く、離脱してヒール待ちの最中は踊るモーションで遊んでいる。
そんな調子で眷属を倒すと、部屋の壁の一部が音を立てて崩れて、新たな道が現れる。
そこを進むと道が三つに分かれている。
「仕掛け解除してくるので、皆さんはマリンに付いて行ってください」
「えっ、道覚えてない」
「右、中央、右、左」
「はーい」
道中に雑魚モンスターがチラホラいたが、大した強さではなくセーレ抜きでも危なげはなく、言われた通りに道を進むと古びた扉がある。
少し待っているとムービーが始まって、扉がゴゴゴっと埃や石を散らしながら重く開いていく。扉の先は大きな広間になっており、奥に石像が立っている。王冠を被って鎧の上から長いマントを身に纏っているその姿は、どこかの王の物だろう。石像には所々ヒビが入り、欠けている箇所もあり年代を感じる。
そこでムービーが終わって、クエストの報酬が手に入る。どうやらここまでで終わりらしい。
「これで、入り口からここまでショートカットできるようになるから、明日はここで編成ね」
「緊張するっす~」
「まぁ、まだギミックとか調べる段階だから、気軽にいこ~」
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