第60話 閑話・トウガラシ
ナイトウ・ログ。彼は魔法の研究者だった。頭脳明晰で研究者として多くの知識を持っており、護身術もかねて体も鍛えて運動能力を高めていた。そんな彼の魔法に関わらない大きな特徴は、アニメ・ゲーム・ラノベといったオタク趣味(実は結構引く)、辛い食べ物が好物ということだ。
ナイトウ・ログの趣味は子供のころから両親が共働きということもあって、テレビアニメを見たり漫画を見る時間ばかりが他人よりも長かったせいでそうなったのだ。そして、『異世界』『魔法』に関わるラノベを見るようになったのをきっかけに、魔法の研究者になる道を選んだのだ。
ただし、そんな趣味を持っていることは親以外で生涯口にすることはなかった。いい大人がそんな趣味を継続していると知れ渡れば、ちょっと恥ずかしいことぐらいは分かっていたからだ。それに結構な量の漫画やラノベを買ってしまっていたため、滅多に自宅に人を招くことが無かった。
食べ物に関しては、辛い食べ物が好きだというのは本人も認めるところだが、実はかなりの激辛好きだったのだ。カレーライスは辛口派、それも超激辛。豚キムチにキムチ鍋、麻婆豆腐、担々麺といった辛口料理を好む。しかも、その上にトウガラシや豆板醤などの辛い調味料を追加して更に辛みを増して食べるのだ。
一緒に食事をした同僚が見ればこんな声が飛び交う。
『おい! 正気かよ!? いくら何でも辛くしすぎだ!』
『そこまでするか普通!? 腹壊すぞ!』
『どうなっても知らないからな!』
それでもなお美味しそうに激辛料理を食べる姿を見れば、こんな声も上がる。
『もうあんた、どっかのテレビの激辛料理番組にでも出なよ』
『そうだな、これはもうギネス記録だよ』
研究に没頭する人生だったため、テレビ出演などはしなかった。別にテレビに出たくて激辛料理を食べているわけではないのだから。
そして、前世を取り戻しローグ・ナイトとして生きる今も好物は同じだった。
帝国に来てから一週間後。
ローグとミーラは帝国を知るために情報収集しているところだった。二人は帝都の商店に立ち寄り、特産物や資源などを見て調べていた。そんなとき、
「ん? あの赤いのは?」
果物や野菜を売る八百屋のような店で、ローグは気になる商品を見つけた。それは赤い粉が入った瓶で、数が少ない。気になったローグは店主に聞いてみた。
「すみませんが、これはどのような商品ですか?」
「ああ、これはな『トウガラシ』っていうすげえ辛い野菜から作った調味料だ」
「トウガラシ!?」
「? ローグ?」
トウガラシという言葉を聞いたローグは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。この時代で激辛料理どころか辛い食べ物を口にしていなかったのだ。王国で辛い料理や調味料を探していたのだが、ローグが望むようなものはなかった。それだけに好きだった料理については諦めていたのだ。
(なんてことだ! トウガラシがこの時代にもあったなんて! 王国にはこんなの無かったけど、帝国にはあったのか!)
「ローグ? 本当にどうしたの?」
「おや兄ちゃん、トウガラシに興味あるかい?」
ミーラが訝しむのも無理はなかった。今のローグは彼女が見たことないような笑顔をしているのだ。そして、そんなローグの様子に気付いたのは店主も同じだった。店主はニヤリと口元を歪めてローグに話しかける。
「ああ、辛い調味料が欲しかったんだ! これをもらう!」
「そうかい、ありがとうよ!」
ローグはある分すべてを買い取ってしまった。もっとも3個しかなかったうえに単体が安かったので、そこまで費用はかかっていない。
「兄ちゃん辛党かい、それなら他にもあるぜ」
「何だって!?」
「例えば、これなんか……」
この後、ローグは店主に乗せられて更に調味料を買い込んでしまった。購入した調味料はその日の夕食に早速使うことになった。
(この時代の食文明も捨てたもんじゃないな)
そう思ったローグは、嬉しそうに購入したを確認する、味見して。
(トウガラシ、ショウガ、塩・胡椒、豆板醤。これらが手に入る日が来るなんて!)
この日の夕食は宿の部屋で食べることにした。前世のように周りに騒がれてはたまらないからだ。好物を食べられる至福の時間に邪魔が入るのは前世でこりているのだ。
「ロ、ローグ……それ、全部使うの?」
ミーラが何か引きつった顔で聞いてくるがローグの反応は決まっていた。
「当然だ! 楽しみで仕方がないさ!」
「そ、そうなんだ。そんな辛いものを、全部……」
満面の笑みでローグはミーラに答えた。ミーラもローグに言われてみて味見をしてみたのだが、あまりの辛さにジタバタ悶えてしまったのだ。そのため、こんなものを料理に使おうとするローグの気持ちが分からないのだが……。
(私は馬鹿だからローグの言うことに口を出すことはない。多分、ローグにとっては必要なことなんだ)
ミーラは辛党ではない。そのため、特に何も言えなかった。というよりも、この場合はローグがおかしいのだ。買った調味料を全部使おうとする男のほうが。
この日の夕食はハンバーグ。すでにソースがかけられているのだが、その上からさらにトウガラシなどの調味料をかける。
(懐かしいなあ。よくこんなふうに辛くして更に美味しくしたっけ)
(うわあ、あんなにたっぷり……!)
そして、ローグはトウガラシで赤く染まったハンバーグを口にする。すると……。
「…………っ! うまいっ! 超うまいっ! これだよ! この辛さ! もう最高だ!」
思った通りの、望んだとおりの味を堪能できたローグ。喜びのあまり気付かないうちに目に涙が浮かぶ。
「……ローグ、目に涙が浮かんでるよ? 辛すぎるんじゃ……」
「確かに辛い! だからうまいんだ!」
「そ、そうなんだ……へえー……」
ローグはそのまま食べ進む。見た目だけでも辛いと分かるハンバーグを本当においしそうに食べ進めるローグを見て、ミーラは引きつるのを通り越して顔を青くする。
(……なんであんなに辛そうなのを食べ続けられるの……?)
ミーラがそんな風に思うのも無理はなかった。辛い料理のはずなのに途中で水を飲むことすらないのだ。ミーラには一口食べる勇気すらないのに。
やがて、いつもよりも早く夕食を平らげたローグは初めて水を飲む。その顔は満足そうだった。
「ごちそうさま。やっぱり辛いものはいいよな~。やっと最高の飯が食えたよ」
「そ、そう、よかったね……」
ローグはミーラに激辛料理を食べさせるようなことはしなかった。彼女の様子を見る限り辛いものが苦手だろうし、何より無理矢理進めて溝を作るようなことはもうしないと前世で誓っていたのだ。
しかし、数週間後に帝国の第二皇女に無理矢理トウガラシを舐めさせる時が来るとはローグも思ってもいなかった。
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