第59話 姉妹の再会

 幸いにも窓のカギはかかっていなかったため、すんなり入ることができた。割らずに済んだのだ。


「鍵開いててよかったね」

「静かにしろよ」

「む? あれは……」


 リオルは部屋に入ってすぐにベッドに腰掛ける人物に目が入った。それは金髪に青い瞳をした少女だった。少女の顔をはっきり見たリオルは目を大きく見開いて名前を口にした。


「サーラ!」

「……?」


 少女の正体は第二皇女サーラで間違いないようだ。リオルはすぐにそばに駆け寄った。サーラの安否を確認するためだろう。もっともローグとしてはもっと慎重にしてほしいところだった。


(おいおい、奴らの言ってたことを聞いてなかったのか? 俺抜きでうかつに近づくなよ。気持ちは分からなくもないが……)


 ローグがそんな風に思うのも無理はなかった。何しろ、少し前に捕まえた連中から無理矢理聞いた話によれば、第二皇女サーラと第一皇子アゼルはクロズクの長・ウルクスに何かしらの精神的干渉を受けたらしい。『心を縛る』と言っていたが、精神的干渉ならローグも魔法で幾らかはできるので、何かできると思ったのだが……。


(この第一皇女様なら、まずこういう行動をするよなあ)


 リオルはすぐにサーラのそばに来てしまうのだ。警戒もろくにしないで。何かあった時はどうするのだろうか。何事もなければ、姉妹の感動の再会になるだろうが……。


「サーラ! 無事だったのか!? どこか具合が悪くなってないか!?」

「……はい、姉さま」

「今、何が起こっているか聞かせてくれ。私がいない間に起こったこと全てだ」

「……はい、姉さま」

「……え?」


 どうやら、そうもいかないらしい。久々の姉妹の再会にもかかわらず、妹の反応は淡々としている。


「お、おい、サーラ、返事だけか? もっと他に何か言うことがあるじゃないか?」

「……はい、姉さま」

「なっ!? 何を言ってるんだ!?」

「……はい、姉さま」

「っ!」


 ローグとミーラから見てもおかしいと見えるほど、第二皇女サーラの様子はおかしくなっていた。


「どうしたんだサーラ! しっかりしろ! しっかりしろ!」

「……はい、姉さま」

「目を覚ませ! お前はそんな奴じゃないはずだ!」

「……はい、姉さま」


 リオルはサーラの肩をしっかり掴んで呼びかけるが、サーラは同じ返事を繰り返すだけだった。「……はい、姉さま」としか答えない。そんな様子を見かねたミーラは心配してローグに縋る。


「あれって、おかしくなってるよね? 私でもわかるよ」

「まあ、結構前に干渉されてたんだろうな」

「もう手遅れなの?」

「それは試してみてからだ」


 ミーラに聞かれたローグは、二人の皇女の間に割って入る。


「サーラ! サーラ! しっかりしてくれ!」

「リオさん、確認させてほしい」

「ローグ! 何だ、こんな時に!?」

「妹さんはいつもこんな感じじゃないよな?」

「当たり前だ! サーラはとても聡明な子なんだ! 可愛らしい容姿と心優しい心を持ち、父上すら驚かせるほどの頭の良さから政治の舞台に立つことを許されたんだぞ! それを……!」

「ストップ! 言い方が悪かったな」


 リオルは妹の長所を語るが、ローグは何も自慢話を聞きたいのではない。


「いつからこんな感じ……変になったんだ?」

「父上が病に倒れた後、正確には兄上の自己主張が激しくなった後だ。おそらくその時から……くそ! もっと心配して国中の医者に見せればよかった!」

 

 リオルは悔しそうに俯く。握った手から血が流れている。爪が食い込んで傷つけているようだ。自分だけではなく妹にまで危害が及んだことが何よりも悔しいのだろう。その様子を見てローグは打算的な考えが浮かぶ。


(自分よりも身内を傷つけられたことのほうが許せない、か。ここで妹さんを元に戻してやれば好印象になるかな?)


 リオルは帝国の皇族として、王国と魔法、それに魔法を扱う人間をかなり嫌っている。味方ではあるがローグとて例外ではない。実際、彼女はローグに対してきつい言い方をしている(ミーラは不明)。それを少しでも緩和する意味でも、ここで恩を売っておいてもいいということだ。


「くっ! 待っていろよサーラ、この騒ぎが終わったら必ずお前を元に戻してやるからな」

「それなら、今ここでやってもいいんじゃないか?」

「……今、なんて言った?」 

「今ここで治してもいいと……」

「元に戻せるのか、お前なら!?」

「……!」

(乗ってきたな、予想通り!)

 

 リオルは妹を救うと決意した直後に救う手立てがあるようなことを聞いて、一瞬でローグに詰め寄った。ミーラはリオルの素早い動きに声も出ないで驚くが、ローグはもう慣れたか予想した動きだったのか、全く驚いた様子はなかった。


「精神的干渉なら俺もある程度できる。逆に言えば、どうすれば元に戻るかも分かるのさ。あの連中に自白させたようにな」

「……また魔法の力を使うのか?」

「いや、今度は魔法を使わずに済むか最初に試してみようと思う。魔力を温存しておきたいからな」

「何?」

「え? 魔法も使わずにそんなことできるの?」


 ローグが魔法を使わない。そんな選択をするローグに対してミーラもリオルも怪訝な顔をする。今までずっと何をするにしても魔法に頼ってきた男が……?


「ところでリオさん。妹さんは辛い食べ物と苦い食べ物、どっちが苦手だ?」

「は? 何を言ってるんだ?」

「いいから答えてくれよ」


 ローグの問いかけに動揺しながらもリオルは素直に答える。


「どっちかというと辛いほうが苦手だが……」

「ならこっちだ」


 ローグは上着の内側のポケットから、赤い粉末が入った瓶を取り出した。一見すると、調味料用の瓶のようだが……。


「……おい待て、何だそれは? 危険な薬じゃないだろうな?」

「ねえ、それって……」

「安心しろ。本当に大したものじゃないさ。だけど目を覚まさせるには十分だ」


 ローグは瓶のふたを開けて赤い粉を人差し指につける。そしてその指を……


「……?」

「えい」


パクッ


「「え?」」


 サーラの口に突っ込んだ。


「さて、どうなる?」

「お、おい! 本当に大丈夫なのか!? さっきの薬は何だ!?」

「あの、リオさん。あれは多分薬じゃなくて……」


 自分の妹が何か怪しげな粉を盛られた。そのことに更に動揺したリオルがミーラの制止も聞かずにローグに詰め寄ろうとした。だが、


「う、う、うあ……」

「「え?」」


 サーラが震えだした。更には顔を真っ赤に染め始める。そして、


「ひああああああ! か、か、か、辛いいいいいいいい!」

「サ、サーラ!?」

「ええ!? どういうこと!?」


ゴロン ゴロン


 サーラは床に転がって悶絶した。帝国の第二皇女とあろう者が、叫びながら床に転がり続けるという行動を起こしたのだ。妹の突然の豹変にリオルは一瞬呆気にとられたが、すぐにローグに問い詰め始めた。


「ひいいいいいいいいいいいい!」

「貴様あ! 一体、どういうことだ! 何を飲ませ……」

「トウガラシ」

「は?」

「彼女に舐めさせたのは粉末にしたトウガラシだ」

「はあああ!? トウガラシだと!?」

「えええ!? 何でえ!?」


 今度はミーラとリオルが驚愕のあまり一緒に叫んだ。

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