第51話 これまでの経緯5

「あの兄上がまさかここまでやってしまうとはな、父上の病がこれほどの事態に発展させるなんて……」

「あんたの知る兄は妹を反逆者に仕立てるような度胸は無かったってことか? 街では皇帝陛下の病気の原因が毒によるものと噂されているがそれも兄の仕業だと思ってるんじゃ……?」


 ローグはリオルに質問したら、リオルは難しい顔をした。


「今はクロズクの仕業という可能性が高い。……いや、もっと早く奴らを疑うべきだったな。奴らの動きは不愉快というか不自然な気もするし……」

「それが分かっているなら、そのクロズクが首謀者で決まりじゃないんですか?」

「奴らの専門は諜報と暗殺だ。証拠の隠滅もたやすいだろう。証拠がなければ裁くことなどできん」

「今は奴らは容疑があるというだけでしかないってわけか、俺達を襲撃してきたのにな」

「……そうだな。反逆者扱いされてる私が今何を言っても無駄だろうな」


 今度はリオルは暗い顔をした。敵側がクロズクが絡んでいると分かったせいなのだろうが、ローグはどこか腑に落ちないでいる。


(何を言っても無駄だと? この女は自分がどれほど支持されているのか分かっていないのか?)


 ローグは帝都の情報を集める中で、帝国の民が一番支持しているのはリオルだと知っていた。皇子は論外として第二皇女も人気はあったが、強く勇ましく美しいリオルこそが帝国の民の理想の次期皇帝の器なのだ。そんなリオルが一声かければ、多くの民が味方する可能性が高い。共に戦った部下たちならば、なおさらだろう。


(……自分で気づいていないのだとしたら、よほどの間抜けか、後ろめたい何かがあるのか?)


「私の髪が白でなければ、私にもう少し賢い頭があれば変わっていたのだろうか……」

「皇女様……」

「……!(白い髪?)」


(そういえば、この女だけが皇室の中で白い髪を追っているんだったな。父親の皇帝も母親も金髪と聞いているのに)


 リオルの漏らした言葉を聞いて、ローグは彼女が白い髪に強いコンプレックスを感じていることに気付いた。リオルの家族の中でリオルだけが白髪なのだ。それどころか、白髪そのものが珍しいのだろう。それがリオルに多くの国民に訴えることを遠慮させているのかもしれない。


 ローグは思い切って白髪のことについて聞いてみることにした。


「髪が白いことに何が問題があるんだ? 確かに珍しいかもしれないが、それが今の問題にどんな関係があるんだ?」

「そうですよ! 髪の色が珍しいからって何だっていうんですか!」

「珍しいことが問題なんだ!」

「「!」」

「皇族の産まれでありながら一人だけ異色の頭髪! それだけで私は幼少のころから奇異の目で見られてきたんだ! 呪われてるだの忌み子などというほどにな!」

「そ、そんな……」

「それほどとは……」

「物心つく頃に私はそれがどうしても嫌で嫌で悔しくて仕方がなかった。だから私は己を鍛えて強くなって戦場で手柄を立てて、私を面白おかしく見ていた奴らを見返そうと頑張ってきたんだ! ……それなのに」


 案の定、リオルは自分のコンプレックスに触れられて激昂した。ただ、予想以上の怒りにローグも流石に驚いた。髪の色が他と違うだけで呪いだの忌み子などと呼ばれるとは予想外だったのだ。

 

(……髪の色の違いで差別か。まったく、文明レベルが低い世界は見苦しいな)


「……それなのに、今は反逆者扱いされる始末とは……! なんてざまだ!」

「皇女様……!」

「……」


 気が付くとリオルは唇を噛んで震えていた。兄が裏切ったか、クロズクが暗躍していたのか、他に何かがあるのか知らないが、リオルは今の自分の境遇が悔しくて仕方がないのだ。


「だが! 私はこのまま終わるつもりなどない! 今回の事件の黒幕の容疑者がクロズク共という可能性が濃くなった今、私は奴らに問いたださねばならん。幸い、城には私を慕ってくれる部下が多い。誰が黒幕化はまだ定かではないが、彼らの力を借りられれば、きっと逆転できる! いや、逆転せねばならん! どんな手段を使っても!」

「なるほど、そういうことがあったのか……」


 ローグは頭の中でリオルの話を整理する。初めに、皇帝が病に倒れてその子供たちの中が不和になった。次に、皇帝の病の原因が毒によるもので、それはリオルのせいにされた。最後に、リオルはクロズクという帝国の暗部と呼べる連中に命を狙われることになった。簡単にまとめると、そういうことになる。


(……これだけじゃ情報不足だな)


 ローグはリオルが逆転するのに必要なのは、戦力と情報だと考えている。今の話を聞いた段階では戦力はともかく情報が足りていないと思うのだ。皇帝に毒を盛った者や一連の黒幕のことが分かっていないのに戦力だけ集めて逆転を狙うということは、力づくで巻き返すことになるだろう。リオルがそれを覚悟して決起しようものなら……。


(内戦の勃発か。そこを王国は突いてくるだろうな。というか、王国の陰謀ってこともあり得そうだな……)


 ローグは王国の陰謀が暗躍しているのではないかと考えてもいた。何しろ、この時代では王国と帝国は幾度も争っていたのだ。王国が帝国を乗っ取るために、帝国で内乱を起こして疲弊させてから攻め寄せるという計画を考えついてもおかしくないと思うのだ。


(だとしたらマズいな。王国が帝国を乗っ取ったら、魔法の力が更に世界で乱用さえることになる。俺の復讐が成就するしないの問題じゃなくなりかねない)


 ローグの復讐の対象の最後の一人がまだ王国にいる。それも騎士団に所属しているのだ。そんな組織に属している以上、ローグは王国ごと叩きのめそうと決めたのだ。そもそも、魔法を乱用する王国の存在自体がローグにとって気に入らないということもある。


(王国を倒すには帝国が必要になる。ここで、第一皇女リオルに早まったことをされるわけにはいかない)


「話は分かった。第一皇女様、俺にも手伝わせてもらっていいか?」

「何? お前が?」

「ええ!? 何言ってるのローグ!?」

「俺には復讐したい奴があと一人いるんだが、そいつは王国の騎士団にいる。手を出そうにも王国の中枢にいるようなもんだ。うかつに近づけば騎士団全部を敵に回すことになるだろう。そうなると、俺だけでは復讐なんて不可能だ。そうなると、王国と帝国が戦争を起こしてる最中ならチャンスがあると思うんだ」

「…………」

「帝国は王国をずっと敵視してきたんだろ? 俺なら帝国を有利にすることができる。王国の敗北だって夢じゃない」

「! ローグ、それって!?」

「……お前は復讐のために祖国すら滅ぼすというのか?」


 ローグの提案にリオルは目を細める。ローグの力を借りられることは大きいことは彼女にも分かるが、それを受け入れていいかは難しい。ローグは既に王国を裏切っていることは理解しているが、更に本格的に滅ぼそうというのはどうかしているとしかリオルには思えないのだ。


「疑うのも分かるが、俺には愛国心はない。何しろ、祖国では魔法がないなんて理由で迫害されてきたんだからな。しかも、魔法は人々を苦しめる害悪ばかりに働いている。魔法なしの差別や魔法協会の動きとかがいい例だ」

「…………」

「俺は王国のやっていることの大部分が見苦しいと思っているってことさ。何も王国の人間すべてを殺したいといってるわけじゃない。ただ、変えたいのさ」

「「変えたい?」」


 ローグの言葉にミーラとリオルの言葉が重なった。二人の声が重なったのは、二人ともローグが何を「変えたい」のか知らないし分からないのだ。二人は顔を見合わせたが互いにはてなの文字が浮かんだだろう。


「俺が今まで見てきた魔法は人々に差別を生み、力を求めて悲劇を起こさせる要因になっている。俺はそんな魔法の在り方を変えたい、もしくは消したいと思っている。今のままでは世界全体の全人類のためにならないからな」

「世界全体? 全人類?」

「……本気でそんなことを……? お前は一体……?」


 ミーラはよく分かって無さそうだが、リオルのほうはローグの言っている言葉の重みをなんとなく理解して驚いているようだった。流石に、世界全体と全人類のためなど考えもしなかったのだ。


「俺は本気だ。あんたなら分かるんだろ、嘘を見破れるんだからな」

「それは……」

「そもそも、あんただって俺と協力しようとか考えなかったわけじゃないはずだ。そうでなきゃ、こんな話し合いなどしないだろ?」

「…………」

「お互いの利害は一致するんだ。ここで手を組もうじゃないか、第一皇女リオル・ヒルディア」


 ローグは真剣な目でリオルを見る。ローグは本気だった。それに対して、リオルの出す答えは……。


「私は……」

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