第52話 閑話・帝国の皇族

 リオル・ヒルディア。帝国の第一皇女の身でありながら、その強さと気質から多くの民や兵士から信頼と期待を集め、戦場で成果を上げてきた結果、帝国騎士団の一部隊の隊長を務めるに至った。また、強さだけでなく美しく勇ましく凛々しい美貌も多くの国民の人気になる理由になった。そんな彼女を形成していった最大の理由は、幼少期から感じてきた周りからの疎外感であった。


 リオルは皇帝と第二王妃アネーシャとの間に生まれた。アネーシャは白髪に赤い瞳という特徴を持った女性で、リオルは母親の外見を受け継いで生まれたのだ。アネーシャは平民の出身だった。本来ならば、王妃になるなど夢のまた夢でしかないはずなのだが、男に負けないほどの剣の腕と芯の強さから兵士として働いているうちに、皇子だったころの今の皇帝に好意を寄せられて第二王妃となったのだ。他国ではそんな事例はあり得ないが、国全体で強さを求める傾向がある帝国では皇族とて例外ではなかったのだろう。


 アネーシャは性格が明るくて、平民出身の身でありながら文武両道といってもいいほどの才能にあふれ、周りからの信頼を集めていた。彼女は純粋に祖国と家族と仲間を愛し、どんなことがあっても自分の大切なもののために頑張れる女性だった。そこに皇帝は惹かれたのだろう。


 リオルが産まれた直後、リオルが皇帝ではなく母親と同じ髪と瞳をもって産まれたことに多くの者が驚いた。何故なら、皇族の血筋は今までほとんどが金髪に青い瞳で生まれてきたからだ。だが、皇帝だけは大喜びしたといわれている。皇帝は既に第一王妃との間に長男を授かっていたのだが、リオルが産まれた時は長男の時以上に嬉しそうだったそうだ。皇帝としては政治の都合で娶った第一王妃よりも自分で選んだ第二王妃のアネーシャのほうが好ましかったのかもしれない。


 一方、第一王妃アリアドネはリオルの母親のことは興味を持たなかった。アリアドネの望むものは権力と贅沢だけだったのだ。皇帝の妃になったが、愛情は生まれてきた長男のアゼル・ヒルディアだけにしか向けず、他はどうでもいいという様子だった。アゼルが生まれてきた以上、第二王妃の子供が皇帝の座につくなど考えもしなかったのだ。第二皇女のサーラを産んでもその考えは変わらなかった。彼女はサーラにも関心を持たなかった。


 リオルとアゼルは腹違いの兄妹として育ったが、リオルは髪と瞳の色で周りの子供たちからよくからかわれたり苛められた。特に兄のアゼルのリオルに対する扱いはひどく、リオルが物心つく頃には現状に悔しさと怒りを覚えて、両親のように強くて頼もしくなるよう努力するようになった。努力を続けるうちに、リオルにいろんな人間に出会い、そのたびに『嘘』をつかれて迷わされることになるが、くじけずに真っすぐ前に進んでいった。その間にもアゼルは甘やかされて育ちわがままな性格を通すばかりでいた。


 妹のサーラは実の母親のアリアドネから愛情らしい愛情を与えてもらえなかったためにアネーシャに愛情を求めた。アネーシャはサーラを受け入れ、リオルの妹としてリオルと一緒に可愛がった。サーラが物心つく頃にはアネーシャこそが理想の母だと考えるようになっていた。


 アゼル15歳、リオル13歳、サーラ12歳になった頃に、第一王妃アリアドネが病に倒れ、そのまま息を引き取った。第一王妃が亡くなったことは、皇帝とアゼル、そして意外にもアネーシャの3人が深く悲しんだ。アネーシャは、母親を亡くしたアゼルとサーラの面倒を自分が見ると決めて、リオルを合わせて3人の子供の母になった。だが、母親のアリアドネが死んだことを境にアゼルは変わった。自分を溺愛してくれた母の死を受け入れられずに、周りに当たり散らすようになったのだ。このことに激しく激怒した皇帝はアゼルを一度牢獄に閉じ込めて頭を冷やすまで出さないようにした。


 アゼルは三日間牢獄に入れられてやっと外に出された。その時のアゼルの顔はすっかりやつれていて、生きる気力すら感じさせない姿だった。その姿を見た多くの家臣たちはアゼルの日ごろの行いの悪さを知っているために嘲笑う声が多かったが、家族は憐れんだ。特にアネーシャは肉親を失う悲しみを理解しているためにアゼルの境遇を深く悲しんでいた。リオルは仲が悪かったとはいえ一緒に育った間柄ゆえにサーラとともに複雑な気持ちになった。皇帝も三日間も牢獄に入れたのはやり過ぎたと反省したが、既に遅かった。アゼルの気持ちを考えれば手遅れだったのだ。


 それから二年後に帝国と王国は戦争を始めた。皇帝自らも出陣することになったが、皇帝の反対を押し切ってアネーシャも参加した。何故なら、この戦争はアゼルとリオルの初陣になるため、子供たちに無茶させないためにもそばに居たいというのが理由だった。相手が王国というのだから魔法持ちの敵と戦うことになる、それは子供たちが初陣でかなりの強敵と戦うことを意味していた。心配で仕方が無かったアネーシャの気持ちは皇帝も理解していたため、皇帝も最終的にアネーシャの出陣を許可したのだ。


 戦争は両国は拮抗した状態が続いた。王国は強力な魔法で力押しという戦い方ばかりだが、帝国は作戦を立てて効率よく戦うため、どちらも決定打に欠けていた。戦いの中、アゼルは逃げてばかりでまともに戦おうとしなかったが、リオルは率先して戦いに加わって手柄を立てていった。そんな中、リオルはバルムドという敵国の騎士に苦戦を強いられた。バルムドの【氷結魔法】と彼自身の剣技の連携は、リオルを防戦一方まで追い詰めるほどの強さだった。だが、一瞬のスキをついてバルムドに一撃を与えることに成功し、バルムドを撤退させることができた。


 リオルとバルムドの戦いは増援に駆けつけた兵士が確認し、強敵を退けたリオルのことをその場にいた部下の兵士たちが歓声を上げてリオルを称賛した。リオルはその称賛の声を受けて、自分の努力が報われたと実感した。出自のことで馬鹿にされてきた自分はやっと周囲を見返せたのだ、自分の価値を証明したのだ、そう思った彼女の目には涙さえ浮かんでいた。リオルの活躍を聞いた皇帝とアネーシャも喜んでいた。もっとも、アゼルだけは悔しそうな顔をしていたが、彼のことは誰も気にも留めなかった。更にリオルの活躍はこの後も続き、初陣で花を飾った。


 しかし、戦争中でいいことばかりは続くはずがなかった。力押しばかりで戦っていた王国が奇襲をかけたのだ。奇襲で不意を突かれた部隊の中に皇帝とアネーシャもいた。皇帝はハイドという狼のような姿をした王国の騎士に負傷させられてしまい、とどめを刺されそうになったが、アネーシャが身を挺して庇ったことで彼女が重傷を負わされてしまった。皇帝は激しく怒り、その勢いでハイドの率いる敵軍を撤退させたが、アネーシャはこの戦いの大怪我がもとで息を引き取ってしまった。


 アネーシャの死は多くの者に悲しみを与えた。特に、彼女の夫である皇帝と実の娘のリオルは深く悲しみ、部屋にこもって一晩中泣き続けた。アネーシャに愛されたサーラもまた、姉と父と同じ反応だった。周りにいた家臣や兵士たちも悲しみのあまり嘆き続けた。ただ、アゼルだけは涙こそ流さなかったが、その顔は周囲とは別の意味で絶望していた。この出来事を機に、リオルは王国と『魔法』という力を激しく憎むようになった。


 戦争は両国とも拮抗した状況だったが、戦場となった両国の境目で猛吹雪という異常気象が発生した。寒くなる時期に入った頃だったが、雪が降るには早すぎるのだ。猛吹雪で辺りが真っ白になり、積もった雪で移動も困難になった。そんな状況が数か月続き、両国は仕方なく戦争を一時中断することにした。リオルは猛反対したが、帝国側で雪道を簡単に突破する手段がなかったため、最終的に悔しそうに承諾した。


 戦争から一年後、帝国に戻ったリオルたちはアネーシャの葬儀を執り行った。アネーシャの葬儀は大々的に執り行われ、国全体でアネーシャの死を悼んだ。この葬儀はアゼルの母アリアドネの時以上の規模になったのだが、それほどアネーシャは慕われていたのだ。葬儀には、皇帝の家族が代表となっているため、皇帝とリオルとサーラ、それにアゼルも中心になっていた。リオルは仲良くもないアゼルまで母の葬儀に参加してくれたことが意外と感じていた。もしかしたら彼も母の死を悲しんでくれているのかもしれないと思ったが、それはアゼルの立場としては参加しないわけにはいかないだけに過ぎなかったのだ。実際、アゼルはリオルたちの知らないところでこんなことを口にしていた。


「僕の母上が死んだときはこんなに大きな葬儀をやらなかった……悲しんでくれなかったくせに」


 アゼルの口にした言葉は呪詛のようにすら聞こえるものだった。アゼルの母親に対する愛情は深く、その母を帝国の全てが顧みないと思い込んだアゼルは自分以外の全てを嫌うようになった。ただ例外があるとすれば、そんなアゼルの言葉を唯一聞いてしまった『クロズク』という組織の長『ウルクス』だった。


 アゼルの自室に来たウルクスは、自分がアゼルと同じように、今の帝国に不満を持っていることをあえて明かした。そして、ある計画を耳に入れた。驚くアゼルにウルクスは決断を迫った。……すでにこの時から、反乱の計画が始まっていたのだ。

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