第50話 これまでの経緯4

数分後。


「う、う~ん……あれ? 私……」


 ミーラがベッドから起きると、そこは宿の寝室だった。だが、彼女とローグがいつも使っている部屋と何か違う気がする。いつもより布団のしわが少ないし、清潔感がある気がする。


「ここは……! そういえば……」


 ミーラは思い出した。帝国の皇女とローグの話を聞いている途中で、つらい思い出を思い出して叫んでしまったこと、それで寝室で休んでいたことも。どうやら、自分がそのまま眠ってしまったことも。


「……あの後、どうなったんだろう……」


 ミーラは深呼吸してから立ち上がり、寝室から出て行った。そこで、ローグとリオルに会った。


「ミーラ、起きたのか」

「もう大丈夫なのか?」

「ローグ、皇女様!」

「ちょうどいい、休憩は終了だ。今ならミーラも聞けるしな」

「そうだな、今度は私が話す番だ」

「へ? 話? あ、そうだったね、どこまで話したの?」

「俺とミーラの魔法協会の襲撃から帝国への逃亡まで話し終わっている」

「そ、そうなんだ。そこまで話し終わってたんだね」


 ミーラは自分がそこまで長く眠っていたことが恥ずかしくなった。自分も当事者のはずなのに、主でもあるローグに全部任せてしまったようなものだ。ローグは気にもしないのだが。


「それでは、私の話を始めよう。もう知ってるだろうが我が名はリオル・ヒルディア。この帝国の第一皇女だ。……今は冤罪で犯罪者とされているがな」

「ほ、本当だったんだ……!」

「分かってる、なんでそうなったのかは知らないがな」

「それは一か月前、お前たちが暴動を起こす一週間前にさかのぼるな……」


 リオルはここで少し間をおいて、大きく息を吸ってから話の続きを始めた。


「その時、皇帝である父上は少し気分が良さそうではなかった。ご自身はただの風邪の類だろうと笑っていたのだが、一日、三日、五日と日がたつごとに悪くなり一週間後には寝込んでしまわれてしまったのだ。……ずっと元気だったのに、今はしゃべるのも苦労するほどなのだ」

「そんなことが……」

「どんな症状だったんだ?」

「最初は風邪と同じように咳・鼻水・発熱といった症状だったのだが、それが見るからに悪くなって高熱が治まらなくなっているんだ。起き上がれないくらいにな」

「どんな病気か判明したのか?」

「分かっていない。国中の医者に見せたが分からないと誰もが口にした。部下たちは王国の仕業だという者たちが多かった。だが……」

「だが……?」

「身内で争う事態につながったんだな」

「……そうだ」


 リオルは悲しそうな顔になった。ローグに言い当てられたことを気にしているのではなく家族の関係の変化を嘆いているのだ。


「父上があんな状態になったというのに兄上は皇帝の後継者は自分で決まりだと言い出すようになったんだ。父上は今まで一度もそんなことを認めたことがないというのにだ」

「ええー……」

「長男なのに認められなかったのか?」

「兄上は傲慢なくせに小心者でな、とても皇帝としてうまくやってはいけるはずはないんだ。私やサーラはおろか部下たちですらそう思っている」

「うわ……」

「……どんな教育をすれば皇帝の息子がそんな男に育つんだよ」

「兄上の母親だった第一皇妃様がとても兄上を溺愛していてな、かなり甘やかして育てていたんだ。間違いなくそれが原因だろう。それと、その第一皇妃様が3年前に亡くなられたことも今の兄上の性格を形成する要因になったんだろうな」

「…………」

「マザコンが母を失った、か。その反動で残念な性格になったというわけか……」

「「マザコン?」」

「……母親にべったりな子供という意味だ」


 ミーラとリオルが同じ質問をしてきたが、ローグは動揺することなく答えた。間違ってはいないので嘘にはならないだろう。


「兄上が子供というのは……精神年齢は否定できんか」

「どんな皇子なんだろ……」

「あんたや妹の第二皇女様はどうしたんだ? 部下たちですら認めていないんだろ?」


 ローグが『妹』という言葉を口にした時、リオルの顔が険しくなった。その表情には悲しみと疑念と怒りが感じられる。


「妹のサーラは、初めのうちは私のように兄上を非難していたんだが、いつしか様子がおかしくなったんだ。何をするにも消極的になってしまった」

「消極的にってどんな感じにですか?」

「帝都で集めた話では政治に詳しくて心優しい姫様だと聞いているんだが?」

「……ふっ、本来ならその情報であっている。もともとあまり積極的な子ではなかったんだが国の政治には必ず表に出るだけの度胸があったんだ。そして、父上の期待にもこたえられるほど聡明な子なのだ」


 リオルは少し懐かしそうに妹について話す。だが、ここでミーラが疑問を投げかけてきた。


「もともと積極的でない? それってちょっと違うような……?」

「ミーラ?」

「何? どういうことだ?」

「国の政治には必ず表に出るってだけでも結構積極的な気がするんです。私だったら間違いなく怖気づいて逃げるか気絶しちゃいますよ?」

「お、おい……」

「な、何を言うか! 私に比べれば、あいつは自分で剣や槍をもって戦場に立つこともなければ、訓練もしないし、体術だって護身術だけで満足しているんだぞ! それを積極的だというのか!?」

「ひいい!?」

「……落ち着いてくれ。ミーラが言ってるのは多分一般市民の視点からという話だ。決して皇族としてという意味ではないよ」

「む、むう……」

「そもそも、自ら戦場にまでたつあんたと比べるなんて極端な話じゃないか。気にしないでくれよ、話が進まない」

「…………」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


(相手が皇女だと知って震えてたくせに、つまんないこと聞くなよ……)


 ミーラのつまらない疑問(ローグの見立てでは)にリオルが怒り出すが、ローグが上手くごまかして何とか収まった。話が再開する。


「……まあ、ともかく、変わってしまったサーラを私は受け入れられず、そのまま疎遠になってしまったんだ。その結果、私と兄上が対立してサーラは傍観するという構図になったのだ」

「そんな……」

「そして今は、あんたが反逆者扱いというわけだが、それもその兄の差し金か?」

「それは間違いない、何しろ兄上が私がありもしない反逆を企てていて父上に毒を盛っていたなどと騒ぎだしたのだからな」

「それで今に至ると?」

「私を犯罪者扱いなど、同じ皇族にしかできない。今それができるのは兄上だけだが……」

「「?」」


 リオルは再び険しい顔になる。余程、この状況を作った内の一人に自分の兄がいることに思うことがあるのだろう。


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