第48話 これまでの経緯2
「その外町の住人のほとんどが魔法協会の被害者だったのさ。魔法を奪われた者たちの集まりだったわけだ」
「! そうか、彼らを味方につけたのか!」
「正解。魔法協会を攻めるなら恨みを持ったものに頼ったほうが早いんでな」
「な、なるほど……。ん? 待てよ?」
「何だ?」
「魔法を奪われた者たちを協力者にだと?」
リオルは『恨みを持ったもの』という言葉に若干引いたようだが、協力者たちのことが気になったようだ。彼らは『魔法なし』のはずなのだ。
「魔法を持たない者たちをどうやって戦力にするんだ? 王国には魔法に対抗する手段があるのか?」
「……それなんだが」
「?」
ローグはどう説明するか考えた。実は復讐のために故郷の村人から奪った魔法を協力者たちに与えて戦力にしたと言えば、『魔法を奪った』ことを魔法協会と同じだと言われて警戒されるかもしれない。下手をすれば協力し合うことができなくなる。だからといって嘘を見抜けるリオルには事実を言わなければならない。ならば、都合の悪い事実は伏せて説明するしかない。
「魔法に対抗する手段は、魔法を与えることなんだ」
「は? 魔法を与える!? そんなことができるのか!?」
「ああ、この魔封書でな」
「その本か!」
「この本は魔導具の一種で、いろんな魔法が詰まっているんだ。本の中の魔法を使ったり、魔法を人に与えることもできる」
「そんな本にいろんな魔法が詰まっていて、しかも人に与えるだと!」
リオルはさっきとは別の意味で身を乗り出した。今度は怒りではなく、驚きによるものだ。にわかに信じられないのか、ローグの顔をまじまじと凝視する。
「……本当のようだな、嘘が感じられない」
「事実しか言ってないからな」
「その本、見せてもらっていいか?」
「いいけど、奪うことはできないし意味はないぞ」
「何?」
「俺が目の前にいるのに奪うなんて不可能なのは分かるだろ」
「何を言う! 私がそんな姑息なことをするはずがないだろ!」
リオルはムッとするが、ローグは魔封書を指さして淡々と告げる。
「この本を帝国が使うことができるようになれば、魔法を持つ王国に対抗できるだろう。それを手土産にすれば帝国での立場を巻き返す交渉材料に……なんてできそうじゃないか?」
「! そ、それは……だが……」
「もっとも使えればの話だけどな。この本はかなり使い方が難しいから魔法持ちが少ない帝国には使いこなせないだろうがな」
「ま、まあ、そうだな……」
「皇女様もこれ見て何が分かる?」
「……! こ、これは……あ~……」
ローグはリオルに魔封書を手渡した。リオルは魔封書を開いてみたが、その中身はリオルにはよく分からない文字がびっしり記されていた。少なくとも、文字も言語も通貨も共通しているこの時代の文字でないことは理解するだろう。何しろローグの前世の時代の文字なのだから。
「……こ、この文字は?」
「古代文字だな。この時代よりもはるか昔に使われた文字だ」
「何故、そんな文字が使われているんだ?」
「その魔封書そのものが、その時代のものだからだ」
「そ、そうなのか……しかし……」
「ん?」
「どうしてお前がこんなものを持っているんだ? はっきり言ってすごいぞ、この本は!」
「ああ、それなんだが迷宮で手に入れたんだ」
「迷宮!? あの魔物どもがたくさん住み着いているというあの迷宮のことか!?」
「その迷宮で間違いない。迷宮で迷い込んだ時に見つけて以来、持ち歩いてるのさ。便利だからな」
「! ……それも嘘ではないようだな」
「事実だからな」
確かに事実だった。迷宮に迷い込んだ事件も、そこで魔封書を手に入れたのも、魔法を協力者たちに与えたことも事実だ。ただ、迷宮の事件が復讐の動機だったこと、その迷宮が魔封書も含めて前世の自分が作ったことも、魔封書の中身が最初は空で後で村人たちから奪った魔法を入れたことはうまく伏せてはいるが。
王国の騎士団にいる『奴』を倒すためには帝国の協力が不可欠になる。そのためにはリオルとの関係はなるべく悪い方向に向けるわけにはいかないのだ。
「そんなことが……それだけのことを乗り越えてきたなんて……。ローグ・ナイト、お前は壮絶な過去を経験していたのだな。そして、それらを乗り越えて今に至ると……」
「苦労したけどな」
「兵士でもない村人がどうしてあれほどのの実力を持っているのか疑問に思っていたが、迷宮での戦いで得たものというわけか。それなら納得できるな」
「ついでに迷宮の中で窮地に陥った時に初めて魔法が覚醒したのも生き残れた要因の一つだ。雷みたいな魔法なんだ」
ローグはリオルの目の前で指先から赤紫色の光を灯した。指先からバチバチっという音が弾ける。リオルは興味深そうに見やる。
「……そんな時に魔法の覚醒か。運がよかったんだな」
「こういうのは不幸中の幸いっていうんじゃないか?」
「……それは……」
不幸中の幸いというのは確かなことだ。友達に突き落とされた先が迷宮で、その中で窮地に陥るなど不幸すぎる。リオルは気まずそうになり、顔をそらしてしまった。ここで中断するっわけにはいかないためローグは話を戻す。
「……話に戻るぞ。うまく戦力を整えた俺達は作戦を立てて魔法協会を襲撃した。最初の作戦で魔法協会内部の全ての魔道具や魔術に干渉して内部に混乱を起こし、第二の作戦で正面から戦闘を行って、第三の作戦で隠し通路から乗り込んで追い詰めたんだ」
「ほう。かなり手の込んだ作戦を思いついて実行したんだな。いや、当然か。相手は王国の誇る一大組織なのだからな」
「襲撃中に魔法協会のトップにあたる会長を捕まえて俺の目の前で真実を喋ってもらったんだ。王都全土に喋っているとも知らずにな」
「王都全土に? どういうことだ?」
リオルは訝しむ。たった一人の声をどうやって王都全土に伝えるのかが想像できないのだ。
「実は襲撃する前に、会話を記録して大音量で流すことができる魔道具を作ったんだ。それを王都周辺になるべく人目のつかず高いところに設置していたんだ」
「え? 会話を記録? そんなこともでき……あっ!」
「気付いたか? 魔法協会会長との会話の内容は魔法協会の悪事と王国の実態がメインだ。これが魔道具を通して王都全土に流れる。するとどうなる?」
「…………!」
ここまで聞いていれば魔法の知識について疎いリオルでも分かる。それから王国で何が起こるのか、どうなっていくのかが。
「……王都に住まう人々の隅々まで知り尽くされるだろうな。聞いた内容が人道に反する行為だとすれば……」
「その後は予想通りさ」
「……それがお前が起こした王国の混乱というわけか」
「そういうことだ。正直言って、あそこまでの暴動になるとは思ってもいなかったけどな。っていうか、帝国側は王国の騒動についてどこまで知っているんだ?」
「王国から国家転覆の大罪人であるローグ・ナイトを捕らえるよう求められたことを機に、間者を放って何が起こったか調べさせていたんだが……」
「間者か」
「報告によれば、魔法協会の不祥事が発覚して国民が怒り狂い暴動を起こしたと聞いていた。ただ……」
「ただ?」
リオルは何か迷っているようだが、ローグはそれが『魔法の真実』のことを聞き出そうとしていると分かった。自身の名前まで知っている様子だと、帝国は優秀なスパイを従えている。だとすれば、魔法の真実は隠しても無駄なのだろう。
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