第47話 これまでの経緯

宿。


 あの後、ローグとミーラとリオルの3人は無事に宿に戻り、リオルの希望もあってリオルの部屋で話し合いをすることになった。無事と言っても、ローグの魔封書による【移動魔法】『指定転移』によって一瞬でローグとミーラの部屋に転移しただけなのだ。その直後、リオルは「な、何だ、どういうことだ!? 何故、周りの光景が変わったのだ!? 幻覚の類か!?」などと言って騒いでしまった。この時ローグは防音用の魔術をかけておいて本当によかったと思った。





「……取り乱して済まない。私には初めての経験だったもので、つい……」


 少し時間がたって落ち着いた後、ようやく話し合いになった。だが、リオルは顔を赤くして心から恥じていた。帝国の皇女にして多くの戦いを経験した自分が冷静に慣れずに騒ぎ続けたことを。


「き、気にしてません」

「魔法を『敵』として見ていなかったんだ。『味方』になるのは初めてなら仕方あるまい」

「…………そうか、ではここから落ち着いて話し合おうか」

「ああ」


 話はローグから始まった。


「俺はローグ・ナイトと名乗っている。ただし、これは改名した名前で本名はロー・ライトだった。数か月前まではいつまでも魔法を発現できなくてそのせいで周りから迫害を受けるようになったんだが、ある出来事がきっかけになって強力な魔法を発現したんだ」

「! 王国は最初から全ての国民がすぐに使えるというわけではなかったのか?」


 どうやら、王国の魔法の情報は深いところまで帝国に知られていなかったようだ。


「そうだ。やっと魔法を手に入れた俺は故郷を捨てて王都に出向いたんだ。魔法が無かったころの俺を特に苦しめたやつらに復讐するためにな」

「! 復讐だと!?」

「ああ。魔法なしと分かったら手の平を返す用に苛め抜いてきたやつらにな。その中には友達だった奴もいた」

「そんな!」

「…………」


 リオルは驚いて目を見開いた。聞いているミーラは顔を伏せている。おそらくは罪悪感がよみがえっているのだろう。彼女自身もその友達の一人なのだから。






「少年の身で復讐か……」

「その復讐の過程で、魔法協会と戦うことになったんだ」

「魔法協会は聞いたことがある。王国の誇る魔法の研究機関と言われたが、今は閉鎖されているそうだが……」

「閉鎖は当然だな。魔法の研究のために多くの命を奪ってきた組織だからな。非人道的な人体実験に魔法の強奪、更には魔物の飼育といった……」

「待て待て待て待て! 人体実験に魔法の強奪だと!? 何だそれは!?」

「…………っ!」


 リオルは今度は驚きのあまり椅子方立ち上がって身を乗り出しそうになった。帝国は魔法協会のことも詳しいところは把握できていないらしい。


「そのままの意味さ。人間を実験台にして魔法と魔術の開発に利用したり、有用な魔法を独占するために人から奪って適当に処分したりしてたのさ。国民に内緒でな」

「な、なんて組織だ! それでは悪の組織と言っても過言ではないではないか! 王国はどうしていたのだ! 魔法という武器がありながら……!」

「う、うわ~~!」

「ミーラ!」

「お、おい、どうした?」


 リオルが憤慨している途中でミーラが頭を抱えて椅子から倒れてしまった。その目には涙が浮かんでいた。


「うう~、う~!」

「ど、どうかしたのか? 私は何かマズいことを言ったのか?」

「ミーラも魔法協会の被害者だったんだ。俺の話を聞いて恐怖と痛みを思い出したんだろう」

「何だって……!?」

「すまないがミーラを落ち着かせたい。少し待ってもらえるか」

「あ、ああ……」


 ローグはミーラを抱き起して、ベッドのほうに移動させる。そして、精神を落ち着かせる魔術をかけてそのまま休んでもらった。


「すまない、私がカッとなったばかりに彼女につらいことを思い出させてしまって……」

「仕方がないことだ。こんな話をするのだから、むしろ思い出さないほうがおかしい」

「そうか、それで王国はどうして魔法協会を野放しにしていたのだ? 何も知らなかったわけではないのだろう?」


 王国の内情を何も知らなくてもここまで聞けば理解が早くなるあたりは流石に皇女ということなのだろうとローグは思った。失礼かもしれないが。


「野放しどころか王国こそが魔法協会の後ろ盾だったのさ。魔法協会の存在は国の利益になるという理由で援助していたんだ」

「な、何!? 王国が後ろ盾だと!?」

「実際、魔法協会は成果を出し続けていた。そのたびに黒い噂がよく流れていたんだが、隠ぺいされ続けた。それも王国の差し金だ」

「馬鹿な……!」

「王国が後ろ盾になってるせいか魔法協会は悪い方向に増長していたのさ。奴らのトップはこんなことを言ってたよ『研究のために人を犠牲にすることを許された絶対的な存在』とか『絶対権力者とは、我々のことを指すかもしれん』とか」

「な……!」

「彼らにとって人の命は軽んじられたのさ。魔法発展の道具以外の価値はないと思うほどにな」

「…………!」


 リオルは絶句した。敵国として王国の抱える闇の部分を聞いたことはあったが、ここまでひどい事実は初めて知ったのだ。頭脳派というわけではないため頭の中でまとめるのに少し時間がかかったが、彼女が示す態度はもちろん……



バンッ!



「何ということだ! 王国がそこまで腐った連中に支配されていようとは! わが帝国はそんな連中に苦戦を強いられていたのか!」


 リオルは勢いで机を叩いてしまうほどに怒りをあらわにした。その怒りようはさっきよりも激しい。


「魔法を持ってしまったことによる弊害というものかな。強い魔法を持つことによる優越感に加え権力を持ってしまったら、他者の気持ちを考えないような性格になるんだろうな。王国の国民の9割が魔法持ちだから魔法を持たない者には基本的に差別されるしな」

「それがおかしいだろ! 魔法なんぞを持つことがそんなに偉いというのか! ないものは悪いというのか! あり得ないだろう、そんなこと!」

「それが王国の基本的な常識なのさ。ついでに言えば王国の騎士団もそういうことを知ってはいたが、王国上層部に逆らう気が無くて見て見ぬふりをしてたな。知ってるやつの中には協力者もいたそうだ」

「何だと! ふざけるな! 騎士団というのは国の剣であり盾だ! それが国民を犠牲にする組織に加担だと、いい加減にしろ!」

 


バンッ!



 怒りで興奮しすぎたために、リオルは再び机を叩いた。もはや机が壊れてしまうのではないかと思うほどに。しかし、リオルはその衝撃でハッとなって落ち着いてきた。


「はぁ、はぁ……!」

「……少し休むか?」

「……いや、このまま続けてくれ。お前は、お前たちはどうやって魔法協会に勝ったんだ?」

「ああ、それは俺達はまず協力者を集めてみたんだ」

「協力者だと?」

「王国の王都の外側には外町っていう魔法を持たないものや犯罪者扱いされているものが暮らしているスラムみたいな町があったんだ」

「スラム?」

「っ! ……みすぼらしくて貧しい暮らしの村見たいってことさ」

「そんな場所があるのか……」


 この時代では『スラム』という単語が存在しなかったようだ。ローグは一瞬焦ったが、上手く説明した。ローグの前世の記憶については話す必要性は薄いため、そこらへんは省くつもりなのだ。ややこしいことになりかねない。

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