第45話 暗殺者

「ローグ・ナイト。奴は帝国の諜報部隊の者だ。暗殺や対魔法に特化した戦士でもある」

「何だと?」

「いかにも」


 リオルが男の正体について明かすと、壁から出てきた男の全身が見えてきた。その男は上から下まで全身に真っ黒な装束を身にまとっていた。ローグもかつては黒ずくめの格好をしたことがあったが、ここまで黒を強調した格好ではない。


「我らは貴様ら魔法使いどもに対抗する技を駆使する戦闘集団。通称『クロズク』」

「クロズク……!?」

「……そういうことだ」


 ローグは黒装束の男と組織名を知って最初にこう思った。


(そのまんまじゃねえか! っていうか、どっからどう見ても忍者だし!)


 男の姿は前世の漫画に出てくるような『忍者』にそっくりだったのだ。ローグも前世で忍者系の漫画やアニメが好きだったので、心の中でツッコまずにはいられなかった。


「ふん。もっとも、対魔法に特化と言っても魔法の真似事のようなものだがな」

「おやおや、これは手厳しいですなリオル様は。我らの磨いてきた技は魔法に後れを取っていないというのに」

「それならば表の戦場で役立ててほしいものだな。こそこそ裏から敵を背後から切るのではなくてな」

「そういわれましても、我らの技は裏方のほうにこそ力を発揮するのです。わざわざ不利な条件で披露するなど愚かしいですぞ」

「……ふん」


 ローグが心の中で勝手なことを思っている間にも話は進む。そして、リオルは男に嫌そうな顔で問いかける。


「クロズクが出向くということは私が目当てか?」

「さよう。帝国の混乱を防ぐためにもお命頂戴させてもらいます」

「誰の命令だ、妹か? 兄上か?」

「「…………!」」


 リオルは己を殺そうとする男に、怒りと悲しみが入り混じった声で質問した。家族の中で誰が自分の死を望んでいるのか。ローグとミーラは静かに聞く。しかし、男の口からは意外な答えが返ってきた。


「いいえ。我らの意志です」

「何? どういうことだ!?」

「へ?」

「何?」

「リオル様が反逆者ということが決まった時、我らが独断で判断して行動に移してもらったのですよ。『今の』リオル様はい無くなったほうがいいと」

「何だと! 貴様らの独断でそんなことを進めていいと思っているのか!?」

「「…………!?」」


 リオルは激昂する。それに対して男はさらに煽るかのように余裕な調子で語る。


「さようでございます。我らほどの組織ならば独断行動さえもある程度は目をつむってもらえましょう」

「ふざけるな! 貴様らのやり口は気に入らなかったが、そこまで思い上がるとはな!」

「我らを軽んじるあなた様こそ思い上がってはいませんか? いや、もはや皇族全体でしょうか」

「我ら皇族をそこまで軽んじるか! はっ! まさか、父上の病は貴様らが……!?」

「何、どういうこと……?」

「そういうことか……」


 皇帝の病は毒によるもの。毒ということは人の手が加えられたことを意味する。皇帝ほどの重要人物に毒を盛ることができる者はかなり限られてくる。それは血のつながった親族や信頼される家臣が思い浮かぶところだ。帝国では誰もが親族の手によると思うだろう。第一皇女のリオルですら同じ思いだった。


「……それに関しては一切お答えできませんな。そもそも、今のあなた様が知って何になるのですかね。ここで死ぬというのに」

「「「っ!」」」


 男は言い終わったと同時に、地面を蹴ってリオルと距離を詰めた。そして、


ガッキーン!


 男の小刀とリオルの剣がぶつかった。男の攻撃をリオルが上手く防いだのだ。


「……ひえ?」

「まだあんな動きができたのか。疲弊してると思ったのだが」


「ほう。我が技を受け止めるだけの余力を残していようとは」

「舐めるなよ。私がどれほどの戦場に立ったと思っている!」

「それもそうですな。単なるおてんば姫というわけではないことは承知でした」

「ほざけ!」


 男とリオルはほぼ同時に地面を蹴って後ろへと下がった。男はさっきの位置に戻り、リオルはローグのすぐ真横に移動した。


「ローグ・ナイト! 手を貸してもらおう。奴に見つかってしまった以上、お前も狙われることだろうからな。今は私と共に戦ってもらおう。帝国の正義のために!」

「んなっ!? ちょっ、皇女様!?」

「……ちっ、まあ、利害は一致するから協力はしてやろう」


 ローグとミーラとリオル。この3人の運命共同体がここに出来上がった。


「ほう。あなた様がそのような者どもと手を組むとは意外ですな」

「黙れ! こうでもしないとこの場を切り抜けられん! この帝国を貴様らの好きにさせるわけにはいかんのだ!」


 どこかやけくそさも感じさせる怒鳴り声を出すリオル。それもそのはずだ。彼女はローグと戦った時にだいぶ疲弊しているのだ。まだ全快でない状態でクロズクの男と一対一で戦うのは不利だ。何としてでも自分が生き残って祖国を正さねばならない。そのためなら手段は選んでいられない。それが彼女の思いだった。


(噂通り愛国心の強い女性のようだな。自分のプライドよりも祖国のために生き残る手段を選ぶか)


 リオルからすれば嫌っている王国の出身の人間と手を組むなど屈辱でしかないことはローグも理解している。それでもそんな手段を選んだ彼女をローグは見直した。好印象を持った。


(どうやら単なる熱血女じゃないようだな。まあ、立場からして利用するのは当然だったがな)


「ふむ、我らを悪く思うのは結構。ならば王国生まれのそこの二人。貴様らはリオル様につくか? この帝国で犯罪者とされる者ぞ?」

「え!?」

「……」


 クロズクの男はローグとミーラに問いかけてきた。話しかけられるとは思わなかったのかミーラはギョッと怖気づいてしまう。ローグは無言で男を見る。


「リオル様は皇帝陛下に毒を盛った反逆者。そのようなものに手を貸せば同罪。まして王国出身者となれば不法入国も加わって死刑は免れぬぞ?」

「ええ!? 死刑!?」

「さよう。ただし、今からでもリオル様を置いて逃げてくれるならば見逃してやってもいい」

「……へ?」

「お、おい! 何を言い出すんだ!?」

「もしくは、我に協力してくれるというならば我の計らいで不法入国の罪も無しに……」



「嘘だな」



「「「!」」」


 クロズクの男が最後まで言い終わる前に、ローグが話を遮った。ほだされそうになったミーラも、そんなミーラに警戒するリオルも、クロズクの男もローグに注目する。


「我の話が嘘と? その根拠はどこにあるのか? 我の話が本当だったら貴様らの救いとなる話ぞ?」

「何故、俺たち二人が王国出身だと分かった?」

「……!」

「え?」

「俺達が王国出身ってことはそこの皇女様が見抜いたことだ。だがそれは対決の前だったはずだ。対決の最中か終わった後でも皇女様を殺す機会があったのに何でそれをしなかった?」

「あっ!」

「そういえば……そうだ、何故……?」

「……何が言いたい?」

「対決の時にお前は離れた位置にいた。だが、俺達に近づいてきたせいで皇女様に気付かれた。本当に皇女の命が狙いなら対決の最中に近づいていればよかったのにだ」

「…………」

「どういうこと?」

「まさか……他に何かあるのか?」

 

 ローグの話はもっともだ。リオルを殺すためにクロズクの男が近くにいたのなら、対決が終わった直後に疲弊したリオルを襲撃すればいい。そこが最高のタイミングのはずだ。リオルの暗殺だけが目的ならば。


「お前は最初から俺達3人を殺すつもりだった。もしくは俺たち二人だけが暗殺の対象だったってことだろ」

「「ええ!?」」

「俺達が対決を始めたから、終わった後に勝ったほうを始末しようって魂胆だったんじゃないか? 状況からしてさあ?」

「か、勝ったほうって……」

「そういうことか!」

「…………」


 ローグが言いたいことはと、ローグとミーラが最初に目をつけられていて、そこにリオルが加わった。3人が人気のない場所で対決を始めたことをいいことに、疲弊した状態になった3人をまとめて始末しようというものだ。


「……ローグ・ナイトか。頭の切れる少年だ。王国を混乱に陥れただけのことはある」

「本当だった!?」

「なんて奴だ! 卑怯者めが!」

「当たってたようだな」


 クロズクの男は肯定した。ローグの推理が正しかったのだ。男からすれば後者の話が事実だった。数週間前に王国から暴動をpkpした反逆者の情報をもたらされ、帝国にその情報提供と見つけたら捕縛か抹殺を要求してきた。その内容はクロズクにも伝わっており、彼らもローグ達の捜索を始めていたのだ。


 そして、とある宿で寝泊まりしていることを突き止めて、この男が出向いたところで、帝国の反逆者となったリオルとローグが対決するという状況に出くわしたのだ。リオルが勝つと思って、決着がつくまで様子を見ていた男だったが意外な展開になってしまった。


「仕方がない。3人まとめて死んでもらうとしよう。そのうち二人は疲弊していることであるしな。もう一人も弱そうだし」

「やってみろ」

「ま、負けないから!」

「卑怯者に屈しはせん!」


 3人は心から一致団結した。

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