第44話 自己紹介
必死に再戦を要求する女性(暑苦しい)。正直、ローグとしては騒がしくしてほしくない。人気のない場所と言っても、人が来る可能性はゼロではないからだ。いつまでも同じ場所にとどまるわけにはいかない。ローグは話し合いが必要だと思っているのだが、相手の女性のほうはそんな気にならないだろう。
「あ、あの~」
「ミーラ?」
「何だ!?」
ここでミーラが口を挟んできた。
「今すぐ再戦して、あなたが勝てるの?」
「……!」
「何だと!?」
女性は怒鳴るが、ローグはチャンスだと思った。正直、ミーラにしてはよく口を挟んでくれたほどである。ローグは微笑みを浮かべて女性に声を掛けてきた。
「悪いが、ミーラの言う通りだ。今すぐ再戦はなんて、今の状態のあんたに不利だろう。あんたがよく分かってるはずだ」
「っ! ……くっ!」
「あんたの負けだ。だが、相手がよかった。俺達はあんたにこれ以上の危害を加えるつもりはないからな」
「……何だと?」
訝しむ女性にローグはここで本題に入ることにした。今がいいタイミングなのだ。
「王国の人間を、それも魔法の使い手を信じろとでもいうのか? 帝国の騎士たる私が!?」
「俺達が王国の出身だからと言って、帝国に敵対するとは限らないだろう?」
「……何?」
「そもそも、あんたは騎士よりも上の立場にいるはずだ。違うか?」
「っ! な、何を……!?」
「本題に入りたいからまず、自己紹介から始めよう」
騎士よりも上の立場。その言葉に動揺する女性に構うことなくローグは相手に敬意を示す態度で自己紹介を始めた。
「俺の名前はローグ・ナイト。お察しの通り王国出身の魔法持ちです。遅れましたがお初にお目に掛かれて光栄です。帝国第一皇女リオル・ヒルディア様」
「んなっ!? 何故それを!?」
「ええ!? 帝国の第一皇女!?」
女性はローグの言葉に驚いていた。実はローグの言う通り、女性の正体はリオル・ヒルディア、現在は国家反逆罪で捜索が続いている帝国の第一皇女その人なのだ。食堂で話題になった張本人がこの女性なのだ。ローグは見事に招待を見破ったのだ。
驚いたのはミーラも同じだった。偉そうで感じの悪い女性の正体が帝国の第一皇女だったことがショックだったのだ。身分が違いすぎる相手に対して、ミーラはどうすべきか混乱してしまった。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう!? 帝国の第一皇女様? そんな相手が目の前に? どういうこと!? ていうか、私ったらそんな人にあんな態度を取ってたの!? ローグもだけど、ちょっと待って!? ローグは戦っちゃってるし、しかも勝っちゃった! これってどうなるの!? 不敬罪? 暴行罪? これから私たちどうなっちゃうの~!?)
頭の中がグルグル回っているミーラを無視して、女性……リオルはローグに問いただしてきた。話が続く。
「ど、ど、ど、どうして分かった!?」
「その驚きようだと、やっぱり皇女様で間違いなさそうだな」
「はっ!? き、貴様! カマを掛けたな!」
「落ち着いてくれよ。俺達はあんたに危害を加えないって言ってるだろ」
「ぬう……ん? 待てよ、ローグ・ナイトだと? 1ヶ月前に王国で反逆を起こしたという男と同じ名前ではないか!」
「ほう! 帝国の皇女にまで知れ渡っていたとは光栄だな。俺はそのローグ・ナイトで間違いない。つまり、王国の反逆者ってことさ」
「……っ!?」
ローグは嘘は言っていない。確かに、ローグは王国に対して反逆とも取れる行動を起こしていた。王国が後ろ盾となる魔法協会の壊滅、魔法における国家機密の大規模な暴露、どちらも王国にとって大きな痛手だ。
「本当なのか? そんな男が帝国にいて、この私の前に現れるなんて……!」
「嘘を見抜くのが『得意』何だろう? 俺の言葉に嘘はないぞ」
「……それは……」
「王国の反逆者。そんな俺の存在は帝国から見れば、かなりの利用価値があるとは思わないか?」
「…………」
ローグの話を聞いたリオルは落ち着きを取り戻し、剣を鞘に収めた。先ほどの興奮から覚めてキリッとした凛々しい顔になった。
「どうやら、詳しい話を聞いたほうがよさそうだな」
「そういうことだ」
「だが、私には嘘を見抜く特技がある。話の中でお前の言葉の中に嘘があったり、不可解のことがあれば私はすぐにでもお前たちの敵に回るだろう。覚悟することだな」
「了解」
ひとまず、ローグは帝国の第一皇女と話ができることになった。
「話し合う前に聞いておきたいことがある。それも嘘偽りなく話してもらおうか」
「何だ?」
「どうして私の正体が帝国の第一皇女だと分かった?」
リオルとしては、まず最初に気になった疑問を解いておきたかった。それと同時に、ローグのことについて可能な限り知るために少しでも多く話す必要があった。どんな些細なことでもだ。
「帝都で聞いた噂話と、今のあんたの状況を照らし合わせて一致することが多かったんだ。それで試しに第一皇女と呼んでみたのさ」
「……どんな噂話だ」
「容姿については白髪に赤い瞳、色白で美人。主な活動が戦場で騎士として戦闘。高い戦闘能力とカリスマ性で周囲の信頼も厚い。だが、今の状況は……」
「反逆者、だろう?」
「……そうだな」
ローグの言葉を遮って、リオルは自嘲気味に薄く笑う。それに対してローグは肯定して頷いた。
「ふっ、白髪に赤い瞳か。確かにこれは目立つな。私のトレードマークのようなものだからな。これを見られたら私だと分かって当然か」
「それと、色白で美人。高い戦闘能力だな」
「ふん。そんなお世辞を言っても……え?」
「どうした?」
ローグは世辞の意味ではなく、そのままの意味で『美人』と言ったのだが、それが本当に世辞でしかないと思っていたリオルはそこに驚いたようだ。彼女の特技は嘘を見抜く、それが本当ならば、
「な、何を言っているのだ、お前は!」
「な、どうした?」
「じょ、女性に気安く美人だなどと……何を言って……はっ、王国の文化か!?」
「いや、その……」
(何だ。意外とかわいらしいところもあるんだな。思ったより感情豊かで面白いなこの人)
リオルはローグの言葉に照れているようだ。動揺して少し顔を赤くしている。そして、何やら一人でブツブツ小声で話し始めた。
「……王国の人間が帝国の私に美人とは……髪と瞳が気にならない……? あり得るのか……? 外国だから気になることもない……?」
ここで、ずっと混乱していたミーラが勇気を振り絞って会話に混ざることを決意した。リオルの態度に危機感を持ったからのようだ。
「あ、あのっ!」
「ん?」
「な、何だ……!?」
「も、申し遅れ、ま、ましたが! わ、私の、な、名前は、ミーラ……ミーラ・リラと言います! よ、よろしくお願いします、皇女様……!」
「…………」
「あ、ああ……」
とりあえず、ミーラも自己紹介ができた。
「で、では、私からはな……」
「その前にここから離れよう」
「何?」
「何で?」
「騒がしくしすぎた。気になって野次馬が集まれば面倒だろう?」
「!」
「え? え?」
ミーラは理解が遅かったが、リオルはローグの言葉の意味をすぐに悟った。すぐに身に着けているフードを被り直そうとしたが、ここでフードが破れていることに気付いた。
「しまった! フードが……!」
「……ミーラ、お前の上着を貸してやれ」
「え? 何で?」
「お前の上着にもフードがついてるだろ」
「うん、分かった」
「ボロボロの服だと目立つから俺の上着も貸そう」
「……いいのか?」
リオルが気まずそうに二人に聞いてくる。ローグは上着を脱ぎながら、何も気にせずにこう答える。
「別に問題はない。ミーラもそうだろ?」
「ローグがいいなら私もいいよ」
「……すまない。助かる」
リオルは素直に礼を言って上着を受け取ろうとする。……と、思いきや!
「はあ!」
シュッ
「「!?」」
リオルは突然、後方に向かってナイフを投げ出した。ナイフの向かった先は壁だったが、壁が当たる直前……
カキンッ!
「……! 流石はリオル様だ」
「ちっ」
「「!?」」
驚くべきことに、壁から手が生えてナイフを刃物で防ぎ、更には人が出てきたのだ。少なくともローグとミーラにはそんな風に見えた。
(な、何だ、あいつは!? 忍者か!? いや……)
「ミーラ! あいつは何だ!? 感知できなかったのか!?」
「え!? え!? 何で!? 何で、突然気配が出てきたの!? あ、いや、ローグ、さっきまではいなかったんだよ、あの人!」
「何だと! どんな魔法だ!」
「それは……」
ローグがミーラに確認を急ぐと、壁から現れた人物が答えてきた。
「魔法ではない、王国の者どもよ」
「「!」」
「我の為したのは魔法に対抗するための技よ。貴様らの知ることではない」
その答えはローグに新たな可能性を見せた。
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