第40話 外国の話題

現在。


 普段着に着替えた二人は、部屋から出て階段を下りる。朝食のために一階に向かうのだ。ミーラは食事を楽しみにしている。


「今日のご飯も美味しいかな、ローグ?」

「……美味いんじゃないか。少なくともこの時代では」

「この時代?」

「何でもないよ……」


 一階には広い食堂があった。そこは店員にお金を払えば、注文した料理を出されるようになっている。つまり、ローグの時代の『レストラン』のようなものだ。食堂の人々は美味しそうに料理をほおばる。しかし……


(あの時代に比べれば、食堂の設備も治安も料理も……そこは深く考えなくていいか。これだけでも満足しないとな)


 前世の記憶を持つローグとしては少し不満を持ってしまう。どうしても前世の記憶に出てくるレストランや喫茶店などと比べてしまうのだ。より豊かな時代の記憶が今の時代に対し不満を抱かせてしまうのだ。


(ここの食堂、宿屋はこの時代から見ればかなりいいほうだ。不満を持つ今の俺のほうがおかしいはずなんだ。前世の記憶を持つってのはこういう時には不快な思いをさせてくれるものだな)


 そんなことを思いながらローグが注文したのは3種類のサンドイッチ、ミーラが注文したのはピザだった。店員に注文してから5分後に料理が届いた。


「お客様、お待たせしました。サンドイッチとピザです。ピザはお熱いのでお気をつけください。では、ごゆっくりどうぞ」

「「いただきます」」


 二人は急がずゆっくりと食事を始める。ミーラは美味しそうに食べる間に、ローグは聞き耳を立てながらサンドイッチを口に運ぶ。他の客のうわさ話を聞くためだ。こういう人が集まる場所はいろんな話が飛び交うのだ。すると、大人たちのこんな話が聞こえる。


(昨日の夜はうるさかったな)

(こんな夜中に何してんだよ。周りの迷惑を考えてもらいたいもんだぜ、まったく)


「……(違う。俺達は関係ないはずだ。防音対策はしてるからな。俺達の話声も夜中の営みも聞かれてはいない。だから違う)」


 ローグとミーラは、今後の動きに関しては部屋の中で行っている。隣と上下の部屋に話声が漏れないように、壁に魔術で防音対策しているのだ。決してどんな声も漏れてこない、聞かれることはない、動揺する理由にはならないのだ。


(なんで兵士が夜中を走り回るんだよ。また内戦の問題か?)

(まったく、今度は何が起こったってんだ。犯罪か? 反乱か? 反逆か?)

(どんなことでもこっちは迷惑だよ。うんざりするぜ)


「…………(内戦問題の話か)」


 大人たちの話はどうやら内戦に関するものだった。昨晩、何やら騒ぎ声がしていたが、ローグも気になっていた。だがらといって、外に出て確かめるということはしなかったが、後で調べるつもりではいた。何故なら、以前会った帝都の門番の話を思い出していたのだ。







約三週間前。


 帝都に入っていくローグとミーラに門番が声を掛けてきた。


「君たち、帝都の中は気を付けるんだよ。近いうちに、また内戦が起きる可能性があるからね」

「近いうちにだと?」

「どういうことですか?」


 帝国が過去に幾度か内戦を起こしていたのは聞いていたが、そんな情報は初耳だった。内戦と言えば大規模な犯罪、反政府組織の反乱、国家への反逆、と言ったものがあるが、今の帝国に起こる内戦があるとすれば……。


「皇族同士の問題か……」

「その通りだよ、よく分かったね。皇帝陛下が病気になってたおれてしまってね、そのせいで皇子と姫様たちが次の皇帝に誰がなるか三人でもめてるのさ。貴族を巻き込んでね」


 皇位継承に関する問題。内戦の原因となりうるには複雑な問題だろう。皇子だろうが姫だろうが、国の象徴たる皇帝の血を引く者たちが争うとなれば、誰もが注目するだろう。国民の人気で決まるならいいが、この時代ではそうはいかない。


(こういうのは人望・信頼ではなく、武力・謀略・暗殺といった血なまぐさいもので決まる。この時代だと間違いなくそれが利用されるだろうな)


「皇位継承のことで内戦が起きれば帝都にどんな影響が起きるか分からない。最悪、昔のように多くの民が巻き込まれるかもしれないんだ」

「そんな……!」

「今の皇子や姫様はそんなに血の気が荒いのか?」

「いや、それは……」


 ローグが質問すると、門番は何か言いにくそうにしている。自分のはるか目上の人物を評価することに遠慮があるのだろう。それでも何とか彼なりの評価を教えてくれた。


「……三人のうち二人はそうかな。第一皇子『アゼル・ヒルディア』は誰に対しても尊大な態度を取る人で、その割には無責任な人でな。いつも帝国を誇り他国を滅ぼすと口では言っておきながら、自分自身が戦場に立つことは滅多に聞かない。陛下や第一皇女にだけ頭が上がらないけどな」

「傍若無人かつ臆病者というわけか」

「……そうだな」


 仮にも自国の皇子をかなり低く評価した。門番の口からでさえ、敬意が感じられない様子を見ると、第一皇子はかなり嫌われているのだろう。それに対して他の二人は違った。


「…………第一皇女『リオル・ヒルディア』様は姫の身でありながら剣の腕が立ち、自ら進んで戦場の最前線に出て戦うお方だ。軍の指揮官としても優秀で周りからの人望が厚い。強く美しいだけでなく、常に責任感を持った生真面目な性格をしておられるんだ」

「皇子とは正反対の性格か。それなら国民に期待されてそうだな」

「そうだ。政治のことは疎いかもしれないがあのお方が一番の候補にあたる」


 今度は門番の口から強い尊敬の念が感じられた。熱く語る様子から、彼自身も第一皇女を見たことがあるのかもしれない。ただ、「政治のことは疎い」という言い方だと、誰かと比べたようにも聞こえる。その誰かはすぐに予想できた。


「もしかして、政治のことが上手いのが第二皇女なのか?」

「よく分かったな、その通りだ。第二皇女『サーラ・ヒルディア』様は武力はないが政治に関しては皇帝陛下に匹敵する才能を持っていると言われているんだ。美しく心優しい人で、リオル様とは違った魅力を持っているのさ」

「第二皇女の人気も高いようだな」

「そりゃそうさ。できれば姫様二人だけで帝国を支えてくれるって話になればどんなにいいか」

「だけど皇帝の座についてもめているんだろ」

「それは…………」


 門番はそこで話を止めた。何故かうつむいて残念そうにしている。どうやら何か言いづらい事情があるようだ。


「皇子はともかく、姫様たちの関係はそこまで悪くは無かったはずなんだ」

「「?」」

「だけど、ここ最近になってお二人は距離を置くようになってしまった様子なんだ……」

「皇帝が病気になってからか?」

「そこは違う……いや、実際はどうなのかは分からないんだ。皇帝陛下が病気になった時のお二人は一緒に心配されたそうだ。仲がこじれたのはその後なんだが……」

「お二人? 皇子は心配しなかったのか?」

「…………」


 帝国の皇子は本当に最低な男のようだ。父親が病気になったことを気にも留めなかったらしい。


「ここだけの話なんだが、お二人が距離を置くようになってしまったのは皇帝陛下の病気のことなんだそうだ」

「どういうことだ?」

「実は……」


……………………。

……………………。

……………………。

……………………。

……………………。

……………………。

……………………。

……………………。





現在。


「ローグ、どうしたの?」

「ん? ああ、ミーラか」


 ローグが門番との会話を細かく思い出している最中にミーラが話しかけてきた。少し心配そうな顔をしている。


「さっきから難しい顔してるけど、どうかしたの? 気になることでもあった?」

「いや、大したことじゃないさ。ここ最近のことを思い出してな」

「そうなんだ、ここ最近のことね。大変だったね……」

「ああ」


 実際は一か月ほど前のことを思い出していたのだが、そんなことをこの場所で口にするのはマズい。思慮の浅いミーラがそんなことを思い出して口にすれば第三者が聞けば不審に思うだろう。それなら最近あったことを話題にしてもらったほうがよかった。


「この宿を見つけるまでいろんな宿に泊まったけど、周りがうるさかったり部屋が汚かったり変質者に襲われたり……酷い時には高いのに条件が悪かったり」

「……苦労させたな」

「ローグのせいじゃないわ。悪いのは全部おう……」

「ミーラ! 話が変わるんだが……」

「こ……?」

「食事をして休んだ後に外を出歩いてみよう。いい天気だしな」

「え?」


 ミーラは王国を非難するつもりだったようだが、ここで出自が発覚するようなことを口にされては困る。だから、ミーラが『王国』と言い切る前にローグは話を遮って、強引に話題を変えたのだ。


「いいけど、急にどうしたの?」

「今日の朝、鳥のさえずりが聞こえたから縁起がよさそうだと思ってさ。どうだ?」

「そうなんだ! 分かった、一緒に行こうね!」

「決まりだな」


 方針が決まった後、会話は終わった。ミーラはピザを食べるペースを早めた。ローグはそのまま聞き耳を立てながら食べ続ける。今度は違う男たちの会話が聞こえてきた。


(おい、聞いたか、リオル様のこと)

(ああ、信じられねえよな、あの第一皇女様がよ)

(きっと何かの間違いだろ。あのお方が……)

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