第39話 外国に入国

 王国で大きな暴動が起こってから一か月が過ぎた。王国の、王都の人々は数日間に暴動を起こしていたが、騎士団の努力と王国の対応によって暴動は治まった。今の王都に暮らす人々は、はたから見れば大人しそうにしている。暴動を起こした者たちも同じだった。ただ、人々から笑顔や笑いがめっきり少なくなっていた。王国側は真剣に対応したのは事実だが、誰もがはっきり納得したわけではない。王国側の権力と騎士団の強さを恐れて何もできないだけだったのだ。


 当時は、いきなり真実を知らされて感情のままに行動してしまった多くの国民たちだったが、冷静になって馬鹿なことをしたと思うものも多かった。暴動を起こし、王国にたてついたところで、無力な国民にできることなどたかが知れる。国民が支える王国が、どうしようもなく大きな罪を隠したり、大事なことを黙っていたのは許せることではない。だが、相手は国そのものだ。敵として力が大きく強すぎる。一時の怒りに任せても何も変えられるはずがないのだ。結果的に暴動は治まったが、それは多くの人々が強大な存在に負けたことを意味する。王国を糾弾しても何も得られず、罪人から何も取り戻せなかったのだ。人々が笑顔を失うのは当然だ。


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」





 しかし、その胸に抱く怒りを忘れないものはまだ多かった。暴動が終わっても、怒りが収まらない、仇を隠したことが許せない、王国を変えたい、そういう者たちが集まり結束していたのだ。王国に反旗を翻すために。


(この国を変えてやる! 本当に国民が笑える国にするために!)


 その中には、こんなものがいた。とある大きな組織の罪を暴き、王都全土に知らせた少年のようになりたい、と願い憧れる者が。


(声からして少年だったけど、あんな風になりたい! あんな英雄になりたい!)


 ……その少年が実は復讐を目的に行動していて、決して正義感で動いているわけではないと知らずに憧れている残念なものもいた。


 

 こうして集まった彼らだったのだが、実際に王国に反乱を起こす組織にまで発展することになる。そして、本当に王国と世界を変える戦いを起こしてしまう。だが、それはもう少し先の話になるため、ここからは暴動が起きるきっかけを作った少年の話に変わる。いや、少年と新たに出会った少女の話になる。



 話の舞台は王国から帝国に移り変わる。帝国はこの世界に存在する大きな4か国のうちの一つで、王国よりも少し広い領土を持つ大国である。王国と仲が悪く、しかも隣国のためによく戦争をしている相手だ。帝国は大国であるがゆえに内戦を起こすこともよくあり、それを他国に付け込まれ政治的に利用されることも度々あった。そんな国が今度の舞台になった。



 

帝国の首都・帝都。


 帝都。帝国の皇帝の居城が構える首都にして、帝国最大の都市。だが、その治安はあまりいいものではなかった。少なくとも今は。


「はぁ…はぁ……!」


 人々が寝静まる夜中に人気のない場所を走り回る少女がいた。その少女は正体を隠すためなのかフードを目元が見えないほど深く被っている。少女は追われている身だった。少女はちょうどよさそうな物陰に隠れると、身をかがめて追ってきた男たちをやり過ごした。


「探せー! 反逆者を探せー!」

「見つけ出して捕まえろ! 帝国のために!」

「…………っ!」


 追ってきた男たちは帝国の兵士だった。彼らは鎧を身に着け、手に武器を持っていた。一人の少女を捕まえるにしてはどう見ても過ぎた武装だ。兵士たちの言葉を聞いた少女は激しい怒りを抱いた。


(この私が反逆者だと! 何が帝国のためだ! ふざけるな!)


 しかし、その怒りを行動で示すことはできない。できるはずがないのだ。少なくとも今の少女は剣の腕以外に何の力もないのだから。腰に掛けている剣も非常時以外に抜くわけにはいかない。


(この帝国の第一皇女たる私が! この『リオル・ヒルディア』が反逆者扱いとは!)


 彼女の名はリオル・ヒルディア。帝国の第一皇女。それが彼女の正体だ。大国の皇女としてのプライドが高く、剣士としての実力もある。兵を率いて何度も戦ったこともあり、多くの兵からも信頼されている。そんな彼女が兵士に追われている理由は国家反逆罪だと言われているが、冤罪だった。


(どうせこれは妹か兄上の差し金だろうが、こんなことで私は終わらない! 必ずこの帝国のためにも内戦を終わらせて見せる! どんな手段を使っても!)


 彼女は心の中でそう決意して立ち上がり、暗闇の中に消えていった。この時の彼女はまだ魔法を持っていなかった。ローグ・ナイトという男に出会うまでは。




帝国の首都・帝都。


 帝都の西側に四階建てになる大きな宿屋があった。その二階にある二人部屋に、王国からやってきたことを隠した二人組の少年少女が寝泊まりしていた。そんなことを知られたくない二人。当然、宿屋の従業員はその事実を知らない。


チュン、チュンチュン


「…………」


 朝になった。二階の二人部屋に小鳥の鳴き声が聞こえてくる。最初にベッドから起き上がったのは裸の少年だった。体を隠すものはベッドのシーツ以外にない。それは横で寝ている少女も同じだった。少年は、まだ眠っている裸の少女を見て言った。


「……これが朝チュンってやつか。ていうか、朝起きて鳥の声が聞こえてくるのって今日が初めてだな」

「ん~……」

「起きろミーラ。朝だぞ」

「ん~、あい……」


 少年は少女を起こす。少年の名は『ローグ・ナイト』。前世の記憶と二つの魔法を持ち、とある二つの目的を果たすためにそれらを利用しながら行動している。目的のためならどんな手段を選ばないつもりでいるが、ある程度の線引きはしている。今は帝国にいるが元は王国出身だった。だが、王国で大きな騒動を起こしたことで王国にいられなくなり、今は帝国に身をひそめている身だ。横で寝ている少女も同様だった。


 少女の名は『ミーラ・リラ』。ローグと同じく王国出身でローグの幼馴染。ローグに協力したために一緒についてきた。ミーラがローグに協力したのは、ローグに対する贖罪の気持ち、そして愛と忠誠からだった。もっとも、ミーラがローグに抱いている愛と忠誠はローグによって作られたものだ。……ローグの都合のいいように。


「ふわぁあ……もう朝?」

「そうだ。さっさと服を着て朝飯にするぞ」

「ふぁい……」


 眠そうにしながらも、ミーラもベッドから起き上がった。すると、二人は一緒に服を着だした。一応、お互いの着替えを見ないようにしているが、すぐそこに異性がいるにもかかわらず二人の間に気恥ずかしさが見えない。年頃の男女にしては不自然だ。第三者が見れば、二人の関係が恋人同士と予想するだろうが違う。二人の関係は主従関係に近い。ミーラが望んでローグに従い続けるだけなのだ。……ただ、昨晩の営みはミーラから望んだものだったが。


 ローグとミーラ、この二人が帝国にたどり着いたのは、王国を出てから一週間後のことだった。つまり、今から約三週間前ほどになる。





約三週間前。


「あれが帝国……! その首都の帝都か」

「やっと……やっと着いたね……!」


 ローグとミーラは、王国の追手が来るのを警戒しながら、やっとのことで帝国が見えるところまで来た。だが、二人はすぐに帝国に入ることはしなかった。帝国は王国と仲が悪いことは有名なのだが、先回りされて待ち構えている可能性も否定できない。王国にとっては、ローグとミーラは犯罪者なのだ。


 そのため、ローグとミーラは身なりを整えて旅人を装って入国に乗り出した。内戦を繰り返していると言われる帝国にそんなことで入れるかどうか分からなかったが、馬鹿正直に王国の人間であることを明かすわけにはいかない。


「……よし! こんな感じならいいだろう。少なくともすぐに王国の者とは思われまい」

「王国のマークとかはないもんね!」


 そして、旅人を装ったローグとミーラが帝都の門番に入国の許可も持ち掛けた結果、門番側の要求をのむことですんなり入れてくれることになった。その要求は「金」だった。何でもその門番は借金があるそうで、それを支払えるだけの金を用意してくれれば入国を許し秘密にすると言うのだ。


「私の求めている額はこれぐらいなのだが……用意できるかい?」

「……ほう」

「ええ!? ちょっ、ちょっとこれは……!」


 ミーラは動揺したが、ローグはその要求をすんなり受け入れて金を渡すことにした。かなりの高額だったが、王国である組織からこっそり奪っておいた戦利品があるために、ローグにとってはそこまで困る額ではなかったのだ。この時代における通貨が世界共通通貨だったので渡した金から王国出身だということもバレることはない。ローグとしてはチャンスだった。


「金なら用意できる。これで通してくれないか?」

「「ええ!?」」


 金を用意してきたローグを見て門番は驚いた(ついでにミーラも驚いた)。まさか本当に金を用意するとは思ってもいなかったため、声に出すほど大喜びだった。借金の話は本当だったのか、その目には涙さえ浮かんでいた。


「ああ! ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう! まさか本当にお金を用意してくれるなんて!」

「約束は守ってくれるか?」

「もちろんだ! 帝国に入れてあげるし、このことは秘密にする! 君たちのおかげで家族を救えるんだから、遠慮なく入国してくれ! ようこそ帝国へ!」


 こうして、二人は帝国の門番に少なくない金を渡すことで帝国に入ることができた。その時、門番が今の帝国について気がかりなことを話してくれた。それは……

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