第41話 外国の女性

 どうやら、男たちの話は第一皇女に関する話題のようだ。ローグも気になって、食べながらも聞くのに集中する。


(皇帝陛下の病気の原因が毒によるもので、しかも、あのリオル様がその毒を盛ったなんてな……)

(それで反逆罪で捕らえるために昨日の騒ぎ……なんて話だ!)

(あんなにこの国のために貢献してきてくださったあのお方がそんな反逆行為なんて、やっぱり何かの間違いだ!)

(あのバカ皇子なら分かるが、リオル様がそんなことするはずがない!)


「…………!」


(でも、考えようにはあり得ない話じゃないんじゃないか?)

(どういうことだよ、リオル様が冤罪じゃないってのか?)

(毒を盛られて病気になったのはあの皇帝だろ。武闘派で戦が大好きな恐ろしい……)

(まあな。国外のことばかりで国内の政治を第二皇女に任せてばかりだったしな……)

(言っちゃ悪いが野蛮で傲慢っていうかさ、あの方がいつまでも皇帝だと、帝国はいつまでも争いが絶えない未来しかなかったんじゃないか?)

(……言われてみればそうかもな。皇帝が変われば国の方針も変わるよな)

(国のためを思って皇帝を毒殺しようと? ……あり得ない話じゃないかもな)

(国のために、無益な戦を好むj皇帝を毒殺か。リオル様がそんなことまで……!)


「…………」


 男たちの話は、国の兵士に聞かれたら大変なことになりそうな内容だったが、酔った勢いで話ている様子もない。おそらく、彼らの第一皇女を慕う気持ちを察するに、彼女を擁護する言葉を口にせずにはいられなかったのかもしれない。


(帝国第一皇女リオル・ヒルディアか……)


 ローグは男たちの話とこれまで集めてきた帝国の情報を頭の中でまとめる。そして、今後の活動の方針を確定するために行動に移すことに決めた。


(利用できるかもしれないな。どっちにしたってな……)




数分後。


「ごちそうさま!」

「ご馳走様」

「これから、すぐに外に行くの?」

「一度部屋で休んで、準備してから出る」

「分かった!」


 二人は食事を食べ終わった。その後、部屋に戻っていく。その二人が食堂から出て行った後、このような声が聞こえてきた。


「ちっ……こんな時に外に出ていく? デートのつもりかよ……」

「けっ! 恋人がいる奴はいいよな全くよ!」

「能天気な奴らだよ、全く……今の帝国のことを知ってんのか?」


 ローグとミーラ。……本人たちは気付いていないが、この二人は少し目立っていたのだ。特にミーラに関してはそこそこの美少女なので、男の中には注目するものもいたのだ。そんなミーラといつも一緒にいるローグは嫉妬の対象になっていた。


「…………」


 ただし、ローグに注目していたのは嫉妬する男たちだけではなかった。


「…………」


 それはフードを被り顔を見せないようにしている女性だった。黙々と食事をしながら、目線だけはローグとミーラを離していなかった。余程気になっているようだ。


(……あの二人、女のほうは『王国』と言いかけた。男のほうはそれで話をそらした。もしや、あの二人は……!)


 女性は食事を終えるとすぐに食堂を後にした。早歩きで自身の部屋に向かっていったのだ。そして……。








 少ししてから、ローグとミーラは出かける準備を整えていた。二人は食堂に来た時とは違う服装に着替えている。冒険者らしい武装が目に付く服装だ。ミーラはともかく、ローグは外に出るということが今どんなに危険か理解はしているのだ。帝国全体がピリピリしている中で、軽装で出会歩くのはあまりに軽率なのだ。


「さて、行くか」

「うん! ……あれ?」

「どうした?」

「部屋の外に誰かがいるみたい。それも……」

「それも?」

「……魔法持ちみたい」

「っ!?」


 二人は部屋から出て、そのまま宿を出て外を出歩くはずだったが、ここで思わぬ事態が発生した。二人が出てくるのを待っている人物がいるようだ。


「ミーラ、騒ぐなよ。『奴ら』かもしれん」

「えっ、それって……!」

「騒ぐな」

「……うん」


 ローグの言う『奴ら』とは、王国の人間のことを指す。ローグとミーラも元は王国の人間だが、この二人は王国の上層部に狙われる立場にいるのだ。


(魔法持ち……王国っ側の人間か? 遂に追手がきたか?)


 魔法持ちとは、思春期の頃に魔法を発現した者のことを指す。ただし、そういう人間はほとんどが王国で生まれる。王国以外の他国で魔法を発現した人間はほとんどいないし、聞いたこともない。何故なら、魔法を発現する条件には大掛かりな魔術が必要なのだ。王国側はその真実を隠してきたが、一か月ほど前にローグ達の手によって王都全土に知れ渡ってしまった。そのため、王国はローグ達を捕らえようとしているのだ。


「待っているのは何人いる?」

「一人ね」

「一人?」

「うん、間違いない」

「?」


 部屋の中で緊張する二人。だが、相手が一人と聞いてローグは少し動揺した。


「他に不審な反応はないか? 離れたところに魔法持ちがいるとか、他に大勢待機してるとかは?」

「本当に一人みたいだけど……」

「…………?」


(一人しかいないだと? そんな馬鹿なことがあるか?)


 王国は長年、魔法の真実をうまく隠してきた。そんなことが可能だったのは、それだけの組織力があったからだろう。ローグとしてはその辺も考慮していたため、近いうちに居場所が特定されるだろうと予測していた。だが、差し向けられてきた追手がたった一人というのはおかしい。


(たった一人だけよこしてくるなんて、余程の実力者なのか? 戦う前にもう少し情報がいるな)


 対面する前に相手の情報を少しでも知っておく必要がある。そこでミーラの【解析魔法】(過去にローグが奪った魔法)が役に立つ。【解析魔法】を通せば、対象となる相手のことがある程度わかるのだ。特に、その相手が魔法持ちなら分かる情報が多い。


「ミーラ、そいつの魔力量は? どんな魔法か特定できるか?」

「……う~ん。魔力量は私の半分ぐらいかな」

「は? 半分?」

「どんな魔法かは、ちょっと分からない。感じたことのない魔力だからね」

「…………」


 ローグは困惑した。ミーラが嘘を言うはずがない。だが、王国側が魔力量が少ない者を一人だけ差し向けてくるのもあり得ない。どういうことだろうか?


(……王国側の人間じゃない? 王国とは無関係? もしかして、『天然』か?)


 ローグの言う天然とは、王国が裏で行っている大魔術のようなものではなく、何らかの要因で生まれた時から魔法をもっている者のことを指す。ただし、それはかなり稀なケースであり、魔法をもって生まれたことに本人が気づかない限り、発覚することすら難しい。


(いや、あり得ないな。この時代でそんなものがいて、出会うことは……なくもないか?)


 ローグは天然の存在について今まで深く考えてはいなかった。そのため、一瞬だけ否定しかけたが、すぐに逆の考えが浮かんだ。9割の人間が魔法持ちの王国が存在している以上、その子孫が他国に渡り、天然の魔法持ちを生み出すきっかけを作っていてもおかしくはない。ましてや敵国とはいえ隣国だ。


(……流石にそこまではないか。もしかして同じように王国出身者ってだけということもあるかもしれん。会ってみれば分かることだしな)


「どうするの? 今日は部屋から出ない?」

「外には出よう。向こうから話しかけてきたら応じるよ」

「王国の人かもしれないよ?」

「魔力がミーラの半分しかないんだろ? しかも一人、追手とは考えにくい」

「なるほど」

「それに興味もある。感じたことのない魔力らしいしな」


 ローグとミーラは、とりあえず部屋から出てみることにした。


(万が一、敵だったとしても逆に利用するぐらいしてやろう。貴重な情報源としてな)


 二人が部屋から出ると、確かに少し離れた位置に人がいるようだ。二人は気付かないふりして宿の出入り口に向かおうとする。その直後だった。


「そこの二人、待ちなさい」

「「え?」」


 その人物が二人に声を掛けてきた。二人が振り向くと、フードを被った女性が目に映った。この女性は食堂でローグとミーラに注目していた人物だった。


「あの、何か?」

「……何のようだ」

「お前たちに大事な話がある」

「大事な話?」

「何だと?」


 フードで顔を見せない女性に対して、ローグとミーラは警戒を強める。


「大事な話というのはここでするべきか?」

「いや、ここではマズいな。外で話そう、ついてこい」


 女性は強気な口調で二人に指示してきた。様子を見るためにローグはついて行くことにした。


(やけに偉そうな感じだな。この国で高い身分の者か? 服装からして……)


「ローグ、いいの?」

「うん?」


 ローグが女性に対して歩きながら考察していると、ミーラが小声で声を掛けてきた。その顔には不満が見られる。


「あんな偉そうな人について行くなんて……」

「仕方あるまい。おそらく、そういう身分の人なんだろう」

「だからって……」

「俺も気に入らないから我慢してくれ」

「……分かった」


 ミーラは渋々承諾した。ローグの決定には逆らわないのが彼女の基本なのだ。


「何をしている。しっかりついてこい」 

「「…………」」


 女性がどれだけ偉そうにしても、二人は今だけはついて行く。だが、


(何なのよ、この女。さっきから偉そうに……)

(この女に価値がないと判断すれば切り捨てよう。あまり気に入らないしな)


 二人は女性に対して好印象を持っていない。しかし、この女性がローグの運命を大きく変えるとは、この時は誰も思っていなかった。

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