第26話 VS魔法協会6

魔法協会中央付近。


 ローグがメルガーを叩き潰す少し前にさかのぼる。ルドガーが仲間を率いて魔法協会を制圧するために指揮していたところ、戦闘班と幹部の一人に出くわしていた。


「……ほお、今度はお前がお出ましか、なあ、トーレン」


「き、貴様はルドガー・バーグ! 何故ここに!?」


 それは幹部のビルグ・トーレンだった。トーレンは戦闘班と合流し、パルサを倒した暴徒を始末しようと向かっていたが、その指揮者がかつて魔法協会を裏切った男だったなどとは思ってもいなかった。


「そ、そうか! 貴様がこの事件の首謀者だな! まさか、生きていたとはな! 元騎士団にいたくせにテロ行為とは、この恥知らずめ!」


「何が恥知らずだ、お前たちにそんなことを言われる筋合いはねえよ! さんざん人を食い物にしてきやがってよお」


「うるさい! 前にも言ったが魔法の発展には犠牲が付きものなんだ! それがこの国のためにもなる、何も悪いことは無いんだ!」


「ふざけんのも大概にしろ! その犠牲の中にどれだけ罪のないものがいると思ってんだ! そんな犠牲が無ければ成り立たない組織も国もいらねえよ!」


「ふん! 言っても分からんか。戦闘班よ、奴らを始末しろ! 殺してしまえ!」


「「「「「了解!」」」」」


「野郎ども! かかれー!」


「「「「「おおー!」」」」」


 ルドガーのグループとトーレン率いる戦闘班で戦いが始まった。もちろん、ルドガーとトーレンの対決も始まった。ルドガーは剣を抜いて構えている。


「ちっ、私一人で貴様の相手か」


「なんだ? 戦う前から怖気づいてたか?」


「ふざけるな、魔法なしが! この私をだれだと思っている!」


「腰ぎんちゃくのヒョロヒョロ野郎だろう?」


「きっ、貴様ぁ!」


「いや、臆病者だったか?」


「……!……」


 ルドガーの馬鹿にするような言葉にトーレンは、顔が真っ赤になるほど頭に来た。怒りの沸点を超えてしまったトーレンは、冷静さを欠いたまま攻撃に出た。


「くらえ! 【切断魔法】『飛び交う刃』!」


シュイン! シュイン! シュイン! 


 トーレンは手から白い光の刃を放った。刃はそのままルドガーに向かっていく。ルドガーは刃をすり抜けてトーレンを切ろうと迫るが、すり抜けた刃が方向を変えて再びルドガーに向かっていく。


ザクッ ザクッ ザクッ 


「ぐっ、ぐぬぅ……!」


「「「「「大将!」」」」」


 刃は全てルドガーに直撃した。ルドガーは背中と腹と腕を負傷してしまった。それを見ていた協力者たちの中で悲痛な叫びが聞こえてくる。トーレンのほうは、笑い出した。


「ははははははは! どうだ、参ったか! これが私の実力だよ! 貴様らのような魔法なしが我々にたてつくなど愚かなことなのだよ! はははははははははははははは! 」


「……それはどうかな?」


「はははははは! 負け惜しみか、って何い!?」


「俺達が魔法なしだって? そんなこと、いついったけなあ?」


「そ、そんな馬鹿な!? 何故だ!? 何故、貴様の傷が治っているんだぁ!?」


 トーレンの言った通り、ルドガーの傷が治っていたのだ。背中と腹と腕、さっき受けた傷の全てが治っている。こんなことはあり得ないはずだった。何故なら、


「き、貴様の【再生魔法】はあの時、会長が奪ったはずだぁ!? 奪った【再生魔法】も今は私の中にあるのに!」


「ほう。俺の魔法はお前が持ってんのか。これはいいこと聞いたな」


「うっ、しまった!」


 トーレンの中に【再生魔法】がある。それを聞いたルドガーはにやりと笑う。


「てめえを叩きのめした後に返してもらうとするか、俺の魔法を。なあ、泥棒野郎!」


「っ!?」


 ルドガーは剣を構えなおして、トーレンに向き直る。トーレンはルドガーの言動であることに気付いた。周りをよく見ると、誰もが不通に魔法を使って戦っているのだ。魔法を使っていない者はいない。つまり、この場に魔法なしなどいないことを意味する。


(そんな馬鹿な! こいつら全員ルドガーについてきたんだろうが、こんなに貧相な格好をしていれば外町のクズだって分かる! それなのに魔法持ち? あり得ない! どういうことなんだ!? もしや! 会長の他に【強奪魔法】の使い手がいるのか!?)


「何考えてんのか知らねえが、そんな暇はねえぞ!?」


「!? く、くそぉ!」


 トーレンは、ルドガーの傷が治った理由は不明だが、ルドガーを倒すことに専念することにした。この状況では、考えている暇はないと判断したのだ。だが、ルドガーが以前のように傷を治せるなら、トーレンには分が悪いだろう。ルドガーは元騎士団にいたため、戦闘能力が高い。一方、トーレンは【切断魔法】という殺傷能力の高い魔法を持っているが、身体能力は低く、【再生魔法】も使いこなせていないのだ。つまり、


(誰か手を貸せるものはいないのか!? このままでは、あの時と同じように……)


 トーレンは一度ルドガーと戦ったことがあったが、あっさり負けていたのだ。トーレンの中でその時の様子が思い出される。屈辱にして恐怖の思い出を。


 実際、この戦いはルドガーが押していた。トーレンの繰り出される魔法をかわし、防ぎ、切りつけて、迫ってきている。傷ついても治ってしまうのだ。


(本当に【再生魔法】を持ってるようだ。同じ系統の魔法を二つ持つだけでここまでできるとは……)


 ルドガーが今持っている魔法は、【治療魔法】と【治癒魔法】の二つ。この二つは【再生魔法】と同じ系統のため、ローグに与えられた。この二種類の回復系の魔法を持つことで、肉体の回復能力を底上げして【再生魔法】のような再生能力を再現しているのだ。


「【切断魔法】『魔力剣』!」


「へえ! お前が接近戦か、少しは成長したか?」


「だ、黙れぇ!」


ブンッ! ブンッ! ブンッ! 


 ついに目の前にまで近づかれたトーレンは、魔力でできた剣を形成して振り回し始めた。だが、どう見ても素人の振り方なので、玄人のルドガーには及ばない。


「はん! 素人が! こうすんだよ!」


ガキン! ガキン!


「ぐふっ! うう……」


 ルドガーに魔力剣をはじかれて、そのまま、しりもちついたトーレン。彼の顔には先ほどの余裕は無く、代わりに恐怖に染まっていた。


「ひいいい! ひぃっうぇあああああああああああああああああああああああああああ!」


「なっ!? おい待て! 逃げんじゃねえよ! くそ!」


 トーレンはすぐ立ち上がってその場から逃げ出してしまった。情けない叫び声が響く。ルドガーは追いかけようとしたが、そこで邪魔が入る。


「ここからは通さん!」


「トーレン殿を逃がすのだ!」


 戦闘班が割って入って、ルドガーの追跡を妨害し始めたのだ。彼らはただの構成員のようにはいかず、自身で考えて行動しているようだ。


「ちいっ、邪魔すんじゃねー!」


 ルドガーは苛立って、二人と交戦する。だが、彼らは知らない。トーレンの逃げた先に何が待ち構えていたのかを。



「はあ、はあ、……」


 トーレンは逃げ続けていた。ただひたすら、ルドガーと距離を取りたかっただけで、どこに向かっているのかも考えていなかった。


「はあ、はあ、……ここまでくれば大丈夫か」


「何がだ?」


「っ!?」


 トーレンが声がしたほうに振り替えると、そこにいたのは見知らぬ少年と少女だった。いや、少女のほうは知っているはずなのだが今のトーレンはそれどころではない。


「な、何だお前たちは!? ここをどこだと思ってるんだ!」


「俺達が攻めてる魔法協会だろ? 幹部のビルグ・トーレンさんよ」


「何い!? 攻めてるだと!? おまっ、貴様らも敵か!? 奴の仲間か!?」


「正解!」


 敵だと知ったトーレンは攻撃するか逃げ出すか迷っていたが、そこで少年の後ろにある人物が黒焦げになって倒れているのが分かった。その人物はトーレンがよく知る人だった。


「んなっ! そんな! 会長!」


「それも正解! ついでに倒したのは俺! その次の獲物が今、目の前にいます!」


「っ!? ひ、ひあ……」


「んん?」


「ひっ! うぇあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「……聞いた通りの臆病者だな。【外道魔法・憤怒】『理不尽の雷』」


ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!


「うぇぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


ドサッ


 またしても情けない声を上げながら逃げ出したトーレンに向かって、ローグは【外道魔法】をぶつけてメルガーと同じ目に遭わせた。


「……トーレンって、こんなに情けない奴だったんだ」


「見た目通りってやつだろ? さてと、これで魔法協会上層部二人を確保した」


 物陰からミーラが顔を出してきた。彼女のトーレンを見る目はとても冷めていた。


「次はいよいよ暴くってこと?」


「その通りだ。洗いざらいしゃべってもらおうか。魔法協会の全てを、魔法の全てを、王都にいる全ての人間にな!」


 その通り。ローグが魔法協会を利用する時が来た。





数分後。


「……うう、ここは? ……はっ! これは!?」


 メルガーは目を覚ますが、辺りは真っ暗だ。そしてすぐに自分が縛られていることに気付いた。隣にはトーレンもいたが同じように縛られている。しかも、二人とも黒焦げだ。メルガーは気を失う直前の出来事を思い出した。


「そうだ! あの時私は罠にかかって意識を失って……トーレン! 起きろ! 眠ってる場合ではないぞ! 起きてくれ!」


「うう……私は、一体……?」


「我々は敵に捕まったのだ!」


「はっ!?」


 メルガーの声で起きたトーレンが目を覚ます。それから二人は情報交換して状況の打開のために相談しあうが、そこである人物が現れる。


「よう、お二人さん。ごきげんよう」


「ひい! 貴様は!?」


「……ローグ・ナイト!」


 暗闇から、元凶の少年が現れる。それはローグ・ナイトだ。彼の次の計画が始まる。


カチッ


 ローグはポケットの中に突っ込んでいた手で、何かを指で押した。ポケットに手を入れたまま、ローグは計画を実行に移す。


「お元気そうで何よりです。魔法協会の幹部ビルグ・トーレンさんと会長のメルガー・メンデスさん、でしたっけ?」


「……!?……」


「……元気に見えるわけないだろう、こんな目に遭わされたのだからな」


 トーレンは恐怖で震えて何も言えない。メルガーは目に怒りを宿して文句を言う。その様子を見てローグはうまくいくと思った。


(幹部の男はともかく会長はいい感じだな。これはよくしゃべってくれそうだ)


「黒焦げにされたことをそこまで根に持つことないでしょう? 今までずっと非道極まりない人体実験をしてきたんだからさあ? 何の罪もないものを相当死なせてきたんだから、その程度で済むなんて贅沢だと思わないのか?」


「っ!? な、何を、言って……!?」


「……まだ気が済まないというつもりか、今度はどうするつもりだ?」


「そうだな、あんたたちのやってきた非人道的な人体実験や、他者から魔法を奪って野に捨てる悪逆非道な行為を騎士団や国に訴えたとしてもな~」


「「…………」」


「国そのものが、分かってて容認しているうえに、騎士団も協力してるとなると、この国で魔法協会を裁けるはずがない。何故なら、国民の間で、魔法協会の悪~い噂が流れていたのに誰も調査しなかったぐらいだしな~」


「…………」


「まったくその通りだよ。だが、そこまでわかっているなら、どうするというのだ? まさか、お前が裁くとでもいうのか?」


「話が早いな、会長さん」


「……ひいっ!?」


(よし。肯定したな!)


 ローグは二人が黙り込んでいて内心焦ったが、メルガーが話に乗ってきたため、ホッと安心した。


「まあ、正確には似たようなもんだけどさ、その前に話をしようぜ」


「話だと? 何だそれは? まさか、ミー……」


カチッ


「……ラ・リラにした仕打ちのことで文句でもあるのか?」


「いや、彼女のことじゃないさ」


カチッ


「話ってのは魔法のことさ」


「「……?」」


「何でこの国だけが、他国に比べて、魔法持ちが多いのかって話だ。国の人口の9割も魔法持ちがいるというのはどういうことかな?」


「な、何を言ってるんだ?」


「お前は何を言い出す? 魔法とは神が我が国の民に授けてくださった贈り物なんだぞ? そんなことも知ら……」


「本気でそう思うわけないだろう、魔法の研究をしていれば魔法を持つリスクのことも分かってるはずだろ?」


「き、貴様!? 何を!?」


「お、おい、まさか!?」


「魔法を持つことは、体に負担をかける。特に影響があるのは、生きられる寿命だ。魔法を持つ体になれば、10年くらい寿命が縮む」


「「んなっ!?」」


 トーレンとメルガーは二人揃って目を丸くして驚いた。魔法協会が見つけてしまった真実、そして最重要機密を目の前の少年の口から出てきたのだ。

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