第27話 暴く1

 驚く二人を無視してローグは続ける。


「正確に言えば、最低で5年、最高は20年。寿命の縮まる基準は魔法の能力で決まる。例えば、強力な魔法や極端な効果を持つ魔法ほど縮まる寿命が長くなる」


「な、なななな、何を言ってるんだ!?」


「おい! 何を言い出すんだ! やめろ!」


 二人が話を遮るように、というよりも遮って話を中断させようとする。だが、ローグは止まらない。止まるわけが無い。


「縮まる寿命は最初に発現した魔法で決まる。魔法を失っても縮んだ寿命は戻らない。逆に二つ目の魔法を何らかの手段で獲得してもそれ以上寿命が減ることは無い。何故なら、魔法を発現した時から肉体が魔法に耐性を持つからだ。それを知っているから、会長さんはいろんな魔法を奪って使ってきた、そうだろ?」


「「…………!」」


「それから、こんなことも知ってるかな? 魔法によっては副作用をもたらすものもある。使う度に肉体に悪影響があったり、周囲を巻き込んでしまったり……かなり稀少なタイプだけどな」


「そ、そこまで……」


「そんなことまで知っていたというのか!?」


 トーレンは唖然としてしまい、メルガーは激しく動揺する。まさにその通りなのだ。ローグは真実を口にしていたのだ。ローグはさらに続ける。


「それが魔法だ。それなのに、この国の人間の9割が魔法を発現する、特別なこともなしに。……こんなことは自然ではありえない。魔法で人の寿命を左右するなど、神が与えたものにしては残酷なルールだな。これはつまり、魔法は神が与えた力ではなく、全く別の何かが、この国の人間が魔法を発現するように仕組んだってことだ」


「まさかっ!? やめろぉ! やめてくれぇ!」


「もうやめろ! それ以上言うな!」


 二人はローグが口にしようとしている内容を察して、何とか話を中断させようと叫ぶ。魔法を封じられている以上、叫ぶか説得するしかない。


「その先を! その先だけは言うなぁ!」


「自分が何を言ってるのか分かっているのか!? 国家機密どころの話じゃないんだぞ!」


「全く別の何か。それはこの国の王族を含む上層部」


「「っ!?」」


「そして、魔法協会もそれに絡んでいる、違うかな?」


「「…………」」


 トーレンとメルガーは愕然とした。国家機密さえ上回る事実を、目の前の少年が語ったのだ。しかも、魔法協会では自分たちしか知らないなのに。


 ローグが語ったことはほとんど事実だが、実をいうと、ローグは自身の推測を語ったに過ぎなかった。国の上層部を中心に魔法の発現を行う、それ自体は前世でも行われていたこともあった。もっとも、それは独裁国家で国民を犠牲にする形で行ったために反乱が起きて中止された。今の王国はその前例と似ていたために、ローグは事実を言い当てることができたのだ。


(この二人の様子だと、俺の予想が的中したみたいだな。違っていても後で捕捉させようと思ったが手間が省けたな。後は方法か……)


 この後、話はまだ続いた。




「何故だ……何故なんだ!? 何故、貴様のような子供がそんなことを知ってるんだ!? こんなことは書類にも記していないはずなのに!?」


「一体、どうやって知った!? 何をどうすればお前のようなイカれたガキに知られるんだ!?」


 トーレンとメルガーはローグに向かって叫ぶ。二人はすっかり冷静さを失っていた。そんな二人に対してローグが答えたのは……。


「どうやって知ったかだと? 強いて言うなら自分で推測して導き出した、かな?」


「「はあ!?」」


 ……嘘ではないのだが、誰も納得するはずがない。


「ふざけるな! 馬鹿にしやがって!」


「田舎で暮らしていたのに、自力で魔法の秘密を暴けるはずがないだろ! ましてや、国の秘密など論外だ!」


 トーレンとメルガーは怒って怒声を上げる。ローグの計画通りに。


「それもそうか。だが、あんたたちに知る権利はあるのか?」


「「ああ!?」」


「俺が言ったことはこの国の国民のほとんどが知らないんだろう。それなのにあんたたちだけが知ってるのは不公平と思わないのか?」


「「っ!」」


 ローグの言葉は二人にとっては理不尽なものだった。あくまでもこの二人には。


「何を馬鹿なことを言うんだ! 私達は国のために働いているだけなんだ! そのためには魔法に関するあらゆる情報を知る義務があるんだ! そこらの一般人とは違う!」


「その通りだ。お前は我々が多くの人を犠牲にしていることが気に入らないようだが、それが最終的に国の利益につながっていることは分かるはず。ここで我々を始末したとしても何も変わることは無い。この国が我々を、魔法協会を求めているのだからな」


「……まるで絶対権力者のセリフだな」


 ローグは冷めた目で二人を見るが、気にされはしなかった。


「当たり前だ! 私達は選ばれた存在、私達こそがこの国の要なんだ! 研究のために人を犠牲にすることを許された絶対的な存在なんだ!」


「絶対権力者とは、確かに我々のことを指すかもしれんな。騎士団はともかく、国王陛下を含む国の上層部は我々の味方。たいていの要求は呑んでくれる。そういう意味では影の権力者ともいえるのだろう。そんな我らを敵に回したらどうなる? この国に一生追われる身になることになるぞ、分かっているのか?」


「…………」


 トーレンは偉そうになり、メルガーは落ち着きを取り戻して挑発するような口調に変わった。ローグと話しているうちに自分たちの後ろ盾を思い出して余裕を取り戻したようだ。それでも、ローグの冷めた気持ちは変わらない。


「呆れたな」


「はあっ!?」


「……何?」


「発展には犠牲がつきもの……それは理解できるが、露骨に、目に見える形で、必要性もない犠牲まで出すのは愚かしいことだ。魔法の研究者ならもっと線引きすべきだ」


 線引き。それはローグの前世でも悩んだものだった。ローグの前世の『ナイトウ・ログ』は死ぬまで悩み苦悩し続けたのだ。だが、ローグの目の前にいるこの二人は……。


「な、何を……」


「線引きだと?」


「本当に犠牲が必要なのか、何を犠牲にすべきか、何のためにするべきか、どう責任を持つべきか、あんたたちはそういう線引きができていない。かなりあいまいだ。そんなだから、目的があれば何をしてもいい、許される、かばってもらえる、そんな考えが出来上がるんだ。実際、今日まで無事だったんだからな」


 ろくな線引きをしない研究者などローグにとっては軽蔑するしかない。研究者として失格なのだ。目の前の二人は決して理解しないだろう。


「ちっ、何を言うかと思えば……」


「線引きなどして何にな……」


「まあ、あんたたちにはそういうことを理解してもらおうとは思わない。話してみて罪悪感を一切感じられなかったからな。俺が言いたいことも、あんたたちに喋ってもらいたいことも全部言葉にしてもらったしな」


カチッ


「「……?」」


((なんだ、さっきの音は?))


 ローグはポケットから突っ込んでいた手を戻した。その手には何かが握られていた。


「もういい」


「「っ!?」」


「もう、あんたたちに用は無い。後は勝手に始末が進むだろうしな」


「「っ??」」


 ローグはトーレンとメルガーに近づいてきた。二人は何をされるのか分からず、トーレンは震え、メルガーは睨みつけるしかなかった。だが、ローグが行ったのは、意外にも二人を開放することだった。縛っていた縄を解いたのだ。


「か、解放してくれるのか!」


「……どういうつもりだ」


「もう用は無いと言っただろ? だから開放するんだ。俺が出てった後にここを出ていきな。この場所に見覚えがあるだろ?」


「…………」


 ローグにそう言われて、メルガーは周りをよく見てみると確かに見覚えがある場所だということを思い出した。暗闇の中で目が慣れてきて今になって気付いた。ここは魔法協会の裏側にある倉庫だった。


「それじゃ、俺は出ていく。少し時間がたった後に出ろよ、お楽しみはこれからだからな」


「「…………」」


 ローグはそのまま言葉通りに倉庫の外に出て行った、二人を残して。……残った二人、トーレンとメルガーは気味が悪くてすぐに倉庫から出ようとは思わなかった。




数分後。


「……もうそろそろ……出てみませんか、会長」


「そうだな。いつまでもここにいるわけにはいくまい。嫌な予感はするがな……」


 二人は遂に倉庫から出ることにした。



魔法協会内部。


 倉庫から出たトーレンとメルガーは魔法協会の内部が騒がしいことに気付いた。ただ、その様子がこれまでとは違っているようだった。構成員の誰もがかなり動揺しているのだ。


「これは……?」


「……どういうことだ?」


「あっ! 会長!」


「「っ!」」


 トーレンとメルガーに一人の構成員が気付くと、彼はすぐそばまで駆け寄ってきた。何やら、切羽詰まったような顔をしていた。


「会長! 大変です! 民衆が魔法協会を取り囲んで暴動を起こしています!」


「ええ!? 何だそれは!?」


「このタイミングで暴動だと!?」


 メルガーの予感は的中してしまった。このタイミングで暴動が起こるなど、原因はローグ・ナイト以外ありえない。トーレンも驚愕する。


「間違いありません! 先ほどの音声を聞いた民衆が怒り狂って、この魔法協会と城の騎士団に詰め寄っているんです!」


「魔法協会だけでなく、城にまで?」


「先ほどの音声と言ったな? 何だそれは!?」


「少し前に、会長たちと若い男の会話している音声が王都中に聞こえてきたんです!」 


「なっ、な、な、な、な、何い!?」


「お、おい! それはまさか!?」


「王都に住むすべての人間がその内容を知ってパニックになったんです! 魔法のこととか国がどうとかで……」


「なっ、何だとぉー!?」


「……な、なんてことだ……奴は……それが……狙い……だったのか」


 トーレンは頭を抱えて叫び、メルガーは膝をついて項垂れた。今まで隠してきたはずの最高機密が、知る者が限られた秘密が、よりによって王都の、それも大勢の人間が知ってしまったのだ。これほどの不祥事をどう責任を取ればいいというのか、。魔法協会の解体どころでは済まされないだろう。下手をすれば国が大きく傾く。自分たちの処遇は最終的に死が待っているだろう。絶望しないほうが無理だ。


「う、嘘だ! こんなの何かの間違いだぁ! 嫌だ、嫌だ、嫌だ!」


「……もう……終わりだ……」


「「「…………」」」


 メルガーが絶望で沈んでいる横で、トーレンは現実逃避に入って喚き散らしている。そんな二人をこのままにしない者たちがいた。


「……その様子だと、本当だったのかよ」


「「っ!」」


「魔法で寿命が縮む? 魔法は神じゃなくて国のお偉いさんが与えた? 俺達も初めて知ったんだけど、なあ!」


「今まで人体実験とかは……仕方ないと思ってたけど……あんたたちがそこまでひどかったなんてなあ!」


「……うっ、それは……」


「………………」


 話の内容を理解した構成員の中には、トーレンとメルガーに怒りを向ける者がいた。それも、一人二人ではない。メルガーに状況を説明した者を含めて、結構な数がいる。


「何が選ばれた存在だ! 何が国の要だ! 何が絶対的な存在だ!」


「最高権力者だと!? 人を食い物にしてるだけのくせに偉そうに!」


「こんな事態になったのはあんたらのせいだ!」


「ま、待て、落ち着きたまえ……今、それどころじゃ……」


「………………」


 怒りと殺意を向けてくる構成員を何とかなだめようとするトーレンだが、説得は無理そうだ。横にいるメルガーは絶望のあまり放心状態。魔法も使えない。つまり、


「事態の収束のために、あんたたちに責任を取ってもらう」


「はっ?」


「つまり、あんたらに民衆の前に出てもらうってことさ」


「ええっ!?」


「俺らと違って、あんたらは知ってたんだろ! 責任取れや!」


「そ、そんな!?」


「「「つべこべ言わず! さっさと前に出ろー!」」」


「ひっ! うぇあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「………………」


 トーレンは逃げ出すしかなかった、情けない声を上げながら、会長のメルガーを置いて。数時間後には彼らに捕まって、ボコボコにされた姿で民衆の前にさらされることになるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る