第21話 VS魔法協会1

魔法協会。


 魔法協会の地下実験室で、非人道的な実験の準備が行われていた。暗い顔をする被験者、つまり実験体が実験室に連れていかれていく。そんな様子をまったく気にしない者たちが実験を取り仕切る。それは魔法協会の研究員と構成員たちだ。


「よし。全員、実験室に入ったな。実験開始!」


「了解! 身体強化魔術・A-015開始!」


シュウウウウウウウウ!


 実験室に白い煙が入ってくる。実験室に取り付けられた窓から中が見えなくなるころになって、悲鳴や叫びが聞こえ始める。


「うあああああああああああ!」


「苦しいいいいいいいいいい!」


「出して! 出してくれええええええええ!」


「助けてく……あっ!? ああああああああああああああああああああああああ!?」


「う……う、あ……あ……………」


バタッ バタッ バタッ ドシャ


 やがて、悲鳴も叫びも聞こえなくなった。実験室から白い煙が無くなった後に残っていたのは、死体の山だけだった。その結果を二人の人物が眺めていた。


「生存者はなしか、つまらんな。このところ変化がない」


「そうですな。身体強化魔術の開発なのですが、もう少し工夫が必要かもしれませんな」


「工夫と言ってもどうする? 魔術の術式を下手に変えれば、反動が起こりやすくなるぞ?」


「それならば、魔法を使える実験体にやらせればよいでしょう。反動も実験体が担うのなら問題ありますまい」


「ほう。斬新な案だな。しかしそれだと、我らの保有する魔法が増えなくなるぞ?」


「ありふれた魔法しか持ってないものを実験体にすればよいでしょう。我々が求める魔法は、もっと有能な魔法なのですから」


「もっともだな。検討しておこう」


 あまりにも残酷な話をする二人。白い服に身を包む細身の男が幹部研究員の『ビルグ・トーレン』で、白い服に身を包む小太りな大男が魔法協会の『会長』こと『メルガー・メンデス』だ。この二人こそが魔法協会の中心人物なのだ。先ほど行われた実験は、この二人と他の二人の幹部たちが考えて計画したものだ。他にも、様々な非人道的な実験に携わってきたのだ。


「ところで、我が魔法協会に魔力を流して探りをかけた輩はまだ見つからんのかね?」


「その件で新しい報告は入っていませんね。バルムドとハイドが探していますが連絡が途絶えたままです。あの二人はそこそこの実力者だったのですが……」

 二人の話題が変わった。それは数日前、何者かが魔法協会全体に、時間をかけて魔力を流してきたのだ。誰が何のためにそんなことをしたのか探るために、こちらから追手を差し向けてみたのだが、あれから音信不通になってしまったのだ。


「……連絡がこないままか。捕まったか殺された可能性があるということだな。気は進まんが騎士団の連中にも声をかけて警戒すべきかもしれん」


「騎士団ですか? 我々の構成員だけでよいのではないでしょうか?」


「魔法協会全体に魔力を流すような奴だ。希少な魔法持ちかもしれん。可能なら生け捕りにすべきだ。騎士団の上層部も我々の実態をよく知っているのだ。共通の敵だということにすれば問題あるまい」


「……そうですか。ではさっそく、騎士団に連絡を入れましょう」


 ビルグは、騎士団に連絡を入れるためにその場を離れようとした。その直後だった。




ズウゥ……


 何者かの微弱な魔力が流れてきたのは。


「「これは!?」」


 魔力を感じ取ったビルグとメルガーの声が重なった。そして、同時に察した。さっき話していた輩が再び動きを見せたことを。しかし、これが単なる探りではなく攻撃だったことを後から思い知ることになる。


「会長!」


「間違いあるまい、先ほど話題にしていた奴だ。まさか、また仕掛けてくるとはな」


 微弱な魔力が地下にまで流れ続けている。トーレンとメルガーに緊張が走る。


「ええ。ですがこれは好機です。これを機に確実に捕えましょう」


「うむ。ではすぐにでも戦闘班を……」


ジリリリリリリリリリリリリリリリン! ジリリリリリリリリリリリリリリリン!


「「っ!」」


 話を遮るような音が響く。これは周囲に危険を知らせる『警報ベル』の音だ。魔法協会全域に仕掛けられている非常警戒用の魔道具のはずだが、今鳴っているということは……。


「警報ベルが鳴っている! この魔法協会に侵入してきたというのか!?」


「しかし、そうだとしたら余程の命知らずか、相当な実力者ということになりますが……」


「……後者の可能性のほうが高いだろう。すぐに全部署で警戒態勢を取れ! 戦闘班を優先に連絡するんだ! それから……」


カチャ カチャ カチャ カチャ カチャ カチャ カチャ カチャ


ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン! 


ガコン! ガコン! ガコン! ガコン!


「「!?」」


 今度は何かの金属同士がこすれるような音が聞こえ始めた。それも、連続で。


「トーレン! なんだこの音は!」


「実験体を収容している施設の扉が開いた音ですが、今日の実験は終わったはず……?」


「大変だー! 扉が勝手に開いた! ああ!? 実験体が逃げたぞー!」


「「何!?」」


 メルガーが指示を出してる途中で別の音が聞こえてきたが、それは収容施設にいる被験者の脱走を許す事態が発生したことを意味していた。




収容施設付近。


 多くの構成員が状況を呑み込めないでいたが、事態の収束に急いでいた。


「実験体の扉が開いたぞ! どういうことだ!?」


「マズイぞ! 逃げられる!」


「何故、ロックが解除されたんだ!? 扉を閉めろ!」


 収容施設付近にいた構成員たちは、すぐに大慌てで被験者の脱走を食い止めるために奔走していた。二手に分かれて、脱走者の追跡と扉の閉鎖に向かったのだ。




階段。


 逃げまどう脱走者を構成員たちが追っていた。


「脱走者を探せ! もう殺しても構わん! 魔法協会から出すな!」


「魔法持ちは気をつけろ! 戦闘班はまだか!?」


「くそ! このチャンスを逃してたまるか!」


「ここを逃げ切れば自由になれる! もう実験はごめんだ!」


 脱走者を追いかけるグループは、すでに収容施設から離れていた。脱走した被験者が何者かも知らずに。



収容施設内部。


「扉を閉めろ! これ以上脱走者を増やすな!」


「開閉用の魔術のロックは何故解除された!? すぐに調べろ! くそ! 一体、どれほど開いたっていうんだ!?」


 収容施設に残ったグループは、収容施設の全ての扉が開いたことにまだ気づいていなかった。もちろん、人間以外の実験体が解き放たれたことも。


「ウオルルルルルルルルルルルルル……」


「うわあああああああああああ!? だっ、誰か……」


バキン!! ガツッ! ガツッ! ガツッ!


 魔法協会の実験は、人間以外にも及んでいた。つまり、強力な魔物が解き放たれたのだ。


「ウオルルゥゥアアアアアアアアアア!」





 メルガーとトーレンは地下の中央室に向かっていた。


「急ぐぞトーレン! 騒ぎが大きくなっている!」


「はい、会長! それにしても、我が魔法協会でこんなことが起こるなんて……!」



魔法協会・地下中央室。


「どういうことだ! 実験体が逃げ出しただと!?」


「本当なんですか!?」


 メルガーは研究員の一人に食って掛かる。研究員は怯えながらも、分かる範囲で事態を説明する。


「ひいっ! は、はい、しゅ、収容施設の扉のほぼ全てのロックが、何故か、解除されたようなのです……。『首輪』のほうも間違いなく……。それで、好機と見た、実験体が脱走したものかと……」


「何ということだ!」


「ひいい!」


 メルガーは顔を真っ赤にして怒る。実験体の中には希少な魔法持ちも多いため、『首輪』という魔法を抑える魔道具も付けていたがそれも外れていたというのだ。だが、一旦落ち着いて、少し考えたメルガーは研究員に指示を出す。


「……やむを得ん。収容所付近を全て封鎖しろ。その後、我々が地下から出た後で地下施設自体を封鎖する!」


「そ、そんな!? 一部の構成員や研究員を見捨てるのですか!?」


「会長……いくら何でもそれは……」


 指示を受けた研究員の顔が蒼白になった。トーレンも絶句している。地下施設の封鎖をすれば確かに脱走者を外に出すことはないが、地下に残る構成員たちも閉じ込められてしまう。彼らに危険が及ぶのは間違いない。何故なら……。


「収容施設には、魔物もいるんですよ!? そいつらの首輪も外れていたとしたら……」


「多くのものが被害に遭う。分かっていることだ。魔物の首輪も外れているだろうからな」


「「っ!」」


 収容施設にいるのは人間だけではない。魔法協会が過去に捕獲した魔物たちがいるのだ。彼らも実験体として利用されていたが、今逃げ出す可能性は十分にある。しかし、会長のメルガーは……。


「おそらく、多くの犠牲者を出すことは分かっている。貴重な人材の損失になるが、そうしなければ我々の秘密が外に漏れてしまうだろう。脱走者が外に出れば、魔法協会の実態が国民に知れ渡り、ましてや魔物が外に出るなど不祥事どころではないのだ」


「…………」


「会長……」


 メルガーの言っていることは事実だ。脱走者や魔物が外に出れば、国民の魔法協会に対する不信感が強くなる。下手をすれば暴動になりかねない。魔法協会はそういう場所なのだ。


「そもそも、この事態は外部からの襲撃の可能性が非常に高い。現在進行形で微弱な魔力を流しているのだからな。地上でも何かが起こっているに違いあるまい。首謀者も侵入してきた可能性もあるしな。それならば、ここの対処は後に回して、首謀者を捕らえるべきだ」


「会長のおっしゃる通りです。賢明なご判断です」


「……分かり、ました。各、研究員に、伝えます……」


 残酷なことを落ち着いた口調で話すメルガーに、研究員は顔を蒼白したまま、指示に従った。トーレンはメルガーを褒め称えるだけだった。




数時間後。


 トーレンとメルガーが、地下から出た後で、地下への扉は封鎖されてしまった。


「そ、そんな……! わ、私たちまで……!? 会長~!」


 指示を受けた研究員も中にいる間に。




魔法協会・廊下。


ジリリリリリリリリリリリリン! ジリリリリリリリリリリリリリン! ジリリリリリリリリリリリリン!


 地下から出てきたトーレンとメルガーは、地上の異常事態にすぐ気づいた。非常にうるさく鳴っている警報ベルが鳴り続いているという異常を知ってしまったのだ。


「会長、これは……」


「警報ベルが……鳴り続いてるだと?」


 警報ベルが数時間以上なる続けることはない。何故なら、魔術によって数分後には止まるはずなのだ。それでも鳴り続けるということは、警報ベルに異常があるのか、新たな非常事態が起こったかの二つだ。どっちにしても、良くないことには変わりはない。


「地上も混乱しているのでしょうか? 一体何が!?」


「取り乱すな! まずは私の部屋に行くぞ、そこなら魔法協会内部の様子が分かるはずだ!」


「そうでした! 監視魔術がありました! あれなら!」


「そういうことだ、急ぐぞ!」


 監視魔術とは、魔術を設置した場所の様子を水晶玉に映す仕組みになっている魔術だ。魔法協会内部のいたるところに監視魔術用の魔道具が設置され、メルガーの部屋に専用の水晶玉があるのだ。トーレンとメルガーは急いで会長室に向かうが、その途中で思いがけない事態を知ることになる。


ドッカーン! ボオオオオオ! ビリビリビリ! ガキン! ガキン!


「「!?」」


 魔法協会のあちこちで、防衛魔術が発動していた。防衛魔術とは、侵入者や敵対者に対して攻撃を行って排除する魔術だ。防衛魔術は監視魔術と同じ場所に設置され、強力な攻撃を仕掛けられるようになっていた。侵入者が入ってきてもひとたまりもないはずだった。しかし、その防衛魔術が今、明らかに侵入者とは言えない者たちを攻撃していた。それは、


「うわああああああああああああああ!」


「きゃああああああああああああああ!」


「に、逃げろおおおおおおおおおお!」


「くっ、くそ! 畜生! 何でこんな!」


「ひい! こっちに来る!?」


「誰か何とかしてくれー!」


「……………………」


「か、会長……」


「ど、どういうことだ……? 防衛魔術が構成員を攻撃するだと!? 暴走しているというのか……!?」


 トーレンとメルガーの目に映ったのは、防衛魔術に攻撃されている魔法協会の構成員たちだった。ある者はひたすら逃げまどい、ある者は何とか魔法で防御し、ある者は大声で助けを呼び、ある者はすでに気絶している。そして、ある者は……。


「くっそお! こうなりゃ、俺の【炎魔法】で魔術ごとぶっ飛ばして……」


ヒュン! スパン! ボトッ ブシャアアアアアアア!


「「…………………………」」


 防衛魔術から出たギロチンで首を切断されて、死亡した。血しぶきをまき散らしながら。それを目にしてしまった二人は、そのまま立ち尽くしそうになる。だが、


「先を急ぐぞ……」


「は、はい!」


 二人は先を急ぐ。そうしている間にも、犠牲者を増え続けるのだから。二人は魔術の暴走に巻き込まれるものを助けもせずに、ひたすら進んでいく。するべきことは、目の前の被害に対処することではないのだから。

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