第20話 新たな関係

魔法協会、会議室。


「昨日送ってもらったこの資料は本当かね?」


 広い会議室の中で、白い服に身を包む小太りな大男が、通信用魔道具に声をかける。


『ええ。【恐怖魔法】、【脚力魔法】、【解析魔法】の使い手3人をたった一人で倒したという少年の話は間違いありません。冒険者役場の連中も探し出そうと躍起になっています。どうやら、復讐が目的のようでしてね』


 通信用魔道具から返事が返ってくる。男はそれを聞いて顔を歪める。


「つまり、危険人物をひっ捕らえてしまおうということか。すでに騎士団に連絡済みか。我々を差し置いて……」


『そうですね。冒険者役場は魔法協会をよく思っていないようなので、騎士団に連絡したようです。もっとも、騎士団のことも気乗りのしない感じでしたが』


「我々よりはましという考えか、愚かなことだ。まあしかし、同じだということが分からんから仕方ないか」


『そうですね。ではもうそろそろ仕事に戻ります。他に何か質問はございますか?』


「この資料の他に情報は無いのかね? もう少しあったほうが絞り込めるのだが?」


『それは難しいですね。生存者の女性二人からこれ以上は望めそうにありません。あの3人も精神崩壊していて、少年に関することは聞き出せない状態です。出身地は分かったのですが、かなり遠い場所の辺境なので情報はすでに……』


「そうか分かった。もういいぞ。ご苦労だったな」


『ありがとうございます。ではまた。………ブツッ』


 通信用魔道具による定期連絡は終わった。男は魔道具をしまって、少し考えてから周りに聞こえるように話し始めた。


「皆、聞いてもらっただろうが、冒険者役場からの情報はこれ以上は出てきそうにないようだ。これらの資料から見て、先日、我が魔法協会に探りを入れてきた者はこの『少年』の可能性がある。時期と言い、実力と言い、他に怪しいものはいないだろう」


「そうですな。騎士団に連絡を入れた様ですが、奴らがすぐに動き出すことはありますまい」


「冒険者のようですが、分かっていることがこれだけあれば、冒険者役場の連中でも対処できるのでは?」


「その少年が強いということが分かりますが、もうこちらからも追手を出しているのでしょう? そっちはどうなんですか?」


「……いつになっても連絡がこない」


「「「え?」」」


 会議室にいるのは4人の白い服に身を包む者たちだ。彼らのうち、3人が驚いた顔で声を重ねた。


「どうやら何かあったようだ。戦いの最中か、死んだか、捕まったかは知らんがな」


「そ、それはまずいのでは!?」


「追手に出したのは元騎士団にいた者がいたんでしょう!? それが倒されるほどの相手だったら!?」


「落ち着け! まだ追手を出してからそんなに時間は経ってないだろ!」


 落ち着かない様子で様々な意見が飛び交うが、会議を始めたリーダー格の男がこれを収めた。


「もう少し待ってみようではないか。たとえ彼らを失ったとしても、我々の戦力は十分にある。今は、会議に集中しようではないか」


「「「……はい……」」」


「その少年についてだが、私はこの人物と同一人物か関係者ではないかとみている」


「「「……?」」」


 男は、冒険者役場の登録記録を取り出して、ある名前に指さした。それは……。



翌朝


 小さな小屋で少年と少女が一緒に眠っている。少年は『ローグ・ナイト』。幼馴染への復讐と世界崩壊の謎を解くことを目指す少年だ。隣に寝ているのは『ミーラ・リラ』。ローグの復讐の対象の一人で、昨晩、ローグの計画で彼の奴隷になるように仕込まれた少女だ。そして、


「は、わ、わ、私……ローと……あんなことを……はわわわわわ……!」


 ミーラが先に起きた。彼女は起きた後、昨晩のことを思い出して顔を赤くして手で顔を覆った。どこか嬉しそうな気持があるのはミーラの気のせいではない。その時、自分の両手を見て、左手の火傷がないことに気付いた。


「あ、あれ? て、手が!? 治ってる!? まさか!?」


 ミーラは体中を確認し、最後に割れたガラスで火傷していたはずの顔を見てみた。火傷の跡はどこにもなく、完全に無くなっていたのだ。ミーラは何が起こったのか分からなかったが、隣にいる幼馴染の少年に気付いて誰の仕業か理解した。そして、その少年も目を覚ましている。


「ん、おはよう、ミーラ。元の姿を取り戻した気分はどうだ?」


「う、うう……グスッ……」


「?」


「わあああ~ん! ありがとう! ありがとう! うわあああ~ん!」


「うおっ!? おいおい、誰も抱き着けなんて言ってないぞ!」


 ミーラは派手に泣き出してローグに抱き着いてしまった。ローグはやれやれといった感じで、ミーラにされるがままになった。しかし、いつまでも泣き続けるミーラに面倒くさくなってきたローグは、あることを告げた。


「お~い、いつまでも素っ裸のままだと風邪ひくぞ? 俺もだけど……」


「う、うええ……え? あっ! きゃあああああああああああああ!?」


「さっさと服着て朝飯を……はあ、今度はそう来たか……」


 ローグの言う通り、二人とも裸だったのだ。服は散乱している。昨晩の行為の後はそのまま眠ってしまったため、服を着てなかったのだ。思い出したミーラは再び顔を真っ赤にして、今度は布団の中にもぐってしまった。ローグは、下手なことしないで落ち着くのを待つことにした。




数時間後。


 小屋の中で、朝食のパンを食べるローグとミーラがいる。ローグは黙々と食べるだけだが、ミーラはとてもおいしそうに食べている。よく見ると涙ぐんでさえいる。気になったローグは、ちょっと聞いてみることにした。


「……なあ、ミーラ」


「ふぇ!? な、な、な、な、何でしょう!? ロー、じゃない、ローグ様!?」


 ミーラはローグのことを、『ロー』ではなく『ローグ様』と呼んでいる。ローグは朝食の前に、名前と姿を変えたことをミーラに明かしていた。さらに、普段行動するときの『ローグ・ナイト』の姿も見せた。彼女にそこまで明かしたのは、それを知ったことでどう反応するか試したのだが、すんなり受け入れられた。


 人がいるときは『ローグ』と呼ぶように言ってあるのだが、二人だけの時は『ロー』と呼んでいいと言っているのだ。しかし、『ローグ様』と呼ぶように言ってはいない。


「いや、その……あまりにも美味そうに食べてるけど、ただのパンだぞ?」


「そ、そ、そ、そ、そんなことないよー! ロー様、いや、ローグ様がくれたパンだもん! 世界一美味しいよー!」


「そ、そうか……あ、ありがとう。そ、それと今は二人きりだから、別に『ロー』と呼んでも大丈夫だぞ?」


「は、はい……ロー様!」


(こ、これほど変わるとは……予想以上だな。やり過ぎたか? 昨日の夜に火傷を直しておいてよかったな……ミーラの変化はそのせいだとルドガーに言っておこう)


 ただのパン(安物)をもらっただけで涙を流すほど喜び、食べてみて世界一美味だと信じ込むなどあまりにもローグを慕いすぎている。ローグを愛するように心をいじった結果なのだが、いじった張本人が軽く引いている。


 ルドガーならこの変化を見逃さないだろう、絶対に。誰がどう見ても不自然なのだから。



正午。


 約束の時間になって、ある男がミーラの小屋の前にやってきた。彼は『ルドガー・バーグ』。王都の外にいる外町に暮らしている元魔法協会所属の人間で、大火傷を負ったミーラを憐れんで世話をしていた男だ。そこでルドガーはとんでもないものを見た。


「ど、どうしたんだ嬢ちゃん!? 火傷がなくなってんじゃねえか!?」


 ルドガーはミーラを一目見るなり驚き叫んだ。昨日まで火傷の跡が大きく目立ち、ローブを被らなければならないほど悲惨な姿だった少女が姿を変えたのだ。その姿は、ルドガーが見たことのないミーラ・リラだった。


「ルドガーさん! これはね、ロー様が私の体を治してくれたからなの! あんなにひどい火傷がほとんど残ってないの! ロー様のおかげで!」


「ぼ、坊主、お前……お前ってやつは!」


「…………(ロー様って、言っちゃったよ)」


 ローグがミーラを治した。その事実を知ったルドガーは、ローグのことを心から見直した。ルドガーから見たローグは、危険人物の一歩手前のように見えていたのだ(本人には内緒)。


「私、私、ロー様にあんなにひどいことしたのに、許してくれたわけじゃないのに私を助けてくれた! ルドガーさん! これから私は人生をかけてお礼をしていくんです!」


「そ、そうか嬢ちゃん……それは良かっ……ロー様?」


(あっ、やべえ……)


 ルドガーは、ミーラの口から出た「ロー様」という言葉に明らかな違和感を感じ取った。いや、違和感どころの話じゃなかった。そして、その原因はその「ロー様」にあるだろうと察し、ローグに顔を向けた。その顔には疑ってる様子がよくわかる。


「おい、坊主よ、ちょっといいか?」


「言いたいことは分かるが、俺も驚いてんだよ」


「?」


 二人は、ミーラから少し距離を取って小声で話し始めた。ルドガーはミーラの変化についてローグに聞き出そうとした。ローグの思っていた展開に突入した。


「嬢ちゃんの変化は何だ……お前のことを様付けだぞ? 何をしたんだ?」


「火傷を治したんだよ、そしたらあんな呼び方になったんだ……」


「本当か? 他に何かしたんじゃないのか?」


「俺のパンをあげたんだ……外町で手に入らないような高いパンだ(嘘)……美味しいと言ってたけど……」


「……ほ~う?」


「ミーラに聞けばわかる。朝食で一緒に食べたんだ……泣くほどおいしいパンをな……」


「二人とも何話してるの?」


「「!」」


 ここで、不審に思ったミーラが声をかけてきた。ローグはチャンスだと思ってミーラにパンのことを聞く。話題をそらすために。


「ミーラ、今日食べたパンは本当においしかったよな?」


「うん! とってもおいしかったよ! それがどうかしたの?」


「そのことでさ、ミーラが俺のことを様付けするようになっただろ? ルドガーさんはそれが気になったみたいでさ、ルドガーさんもパンを食べたかったっていうんだよ」


「えっ!?」


「はあっ!?」


 ルドガーは、ふざけたことを言い出すローグの言葉の意味が分からなかった。さっき話していたのはミーラのことであって、パンの話ではない。それに、昨日もらった食糧があるのにパンが食べたいなどと思うはずがないのだ(同じパンをもらってる)。しかし、ミーラはそれを聞いて悲しそうな顔をしてしまう。


「あ、あの、ごめんなさいルドガーさん。パンは私とローさ……ローの分しかなかったんです……」


「いやいやいやいや! パンの話じゃねえよ! 坊主、お前話を変えるな! 嬢ちゃんも本気にすんなよ! そんなわけねえだろうがー!」


 ルドガーは頭を抱えて叫んだ。結局、話題をそらすことに成功した。



数分後。


 少しひと悶着あったが、大事な話に入った。それはルドガーがローグとミーラに協力するかどうかという話だ。


「結論を言おう。俺は協力することにした。俺の持つ情報をやろう」


「ルドガーさん! 本当ですか!? やったあ!」


「うれしい話だ。感謝しますよ」


「……ただし条件がある」


「「え?」」


 ルドガーが協力すると言った。それを聞いたミーラは大喜びだった。ローグもミーラほどではないがルドガーに感謝した。だが、話は続き、ルドガーが条件があると告げた。それは意外なものだった。


「魔法はなくてもいい。俺も前線に出る。直接たたかわせてもらう!」


「ええ!? ルドガーさんが!?」


「ほう……どういう風の吹き回しです?」


「……お前のせいだよ」


「ローのせい?」


「俺?」


「そして、魔法協会の手先の二人だな」


「「?」」


 ローグとミーラは、ルドガーの言ってる意味が分からない。ローグと魔法協会のせいで気が変わった、思い当たる理由がない。


「坊主のせいと言ったのは、坊主の魔法の力のことを言ってんだ。お前さん、相当強力かつ多様性のある魔法を使えるだろ。違うとは言わせんぞ?」


「ふっ、そうだな」


「しかも、魔術も相当なもんが使える。なんたって魔法を奪うんだろ? そして、奪った魔法は魔封書とやらで使うことができる、これも強力な切り札だ」


「よく分かってるじゃないか」


「ローはすごく強いもんね」


 ルドガーの言ってることはすべて本音だ。彼は、ローグの力のすべてを知っていなくても、昨日の戦いを見ただけでローグが相当な実力者だと理解したのだ。ミーラもその言葉に肯定する。


「しかし、それだけじゃない。俺が相当強いからついて行くってわけじゃないんだろ? あの二人を見て思うところがあるのも理由の一つのはずだ」


「そうなんですか、ルドガーさん?」


「そっちもよく見てんな。その通りだ。お前さんは魔法なしの価値観をあいつらに聞いてみただろ。あいつらの返事を聞いて俺は腹が煮えくり返る思いをしたんだ。そのせいで魔法協会に対する怒りを思い出したんだ。圧倒的理不尽に対する激しい怒りをな……」


「ルドガーさん……」


「……なるほどな」


 魔法協会に対する激しい怒り。それがルドガーに再び戦う決意をさせた。ローグとミーラはルドガーの決意の理由を理解し納得した。だがここで、ローグは気になることを聞いた。


「よく分かったが、それで魔法はなくてもいいはおかしいだろ。魔法がないと不利になるぞ」


「普通はそうだろうが、俺が持ってたのは【再生魔法】っていう特殊な魔法だ。俺自身も慣れるのに苦労したほどにな。そんな魔法の持ち主だった奴が今更別の魔法を使いこなそうなんて、時間がかかりすぎるだろ? そんなら、むしろ無いほうがいいんだ。同じ魔法でない限りな」


「なるほど、一理ある。いや、確かにそうだな」


「……? つ、つまりどういうことでしょうか?」


「つまり、新しい魔法をもらってもいきなり使いこなせないから、逆にお荷物だってことだよミーラ」


「分かったか、嬢ちゃん?」


「は!? はい!」


 ローグが簡単にまとめて、やっとミーラが理解したルドガーの考えは、ローグにとっても正しい理論だ。ローグがそう思うのは、やはり前世でも似たような例を知っているからだった。全く別の魔法を持たされてもすぐに使いこなせるはずがない理論は、前世の実験でよくわかっているのだ。全く別の魔法ならば。


「ルドガーさんの言ってることは正しい」


「そ、そうなんだ……」


「そういうことだ……」


「それなら、【再生魔法】に似た魔法ならどうだ?」


「……なんだと?」


「え?」


「つまり、同じ系統の魔法なら使いやすいってことさ」


「「!?」」


 ローグはルドガーのために、それ以上に自分のために、ある提案を告げた。



夕方。


 ローグとミーラ、それにルドガーの3人は一旦、解散した。ルドガーが家に戻った後、ローグとミーラは小屋の中で夕食の準備をしていた。ただし、ミーラは疲れて休んでいた。


「はぁ~……やっと家に帰れた。今日は本当に疲れた~」


「ほう。ここがお前の家になったのか。と、いうことは俺の家でもあるわけか。なら、二人分の飯は俺が作るか」


「え、そんな、悪いよ。ローは私の大切な恩人でもあるのに」


「今日のことを考えると、お前には休んでもらったほうがいい。その代わり、これから数日は新しい魔法に馴染んでもらうからな」


「ロー……! ありがとう!」


「お礼はいらないよ。これから二人で一緒にいるんだしな」


「うん! えへへ……」


 ミーラが疲れていたのは、彼女が新しい魔法を得たため、使いこなすための訓練をしていたからだ。魔法協会を潰すためにも、ミーラとルドガーには新しい魔法を早く使いこなしてもらったほうが都合がいいのだ。ルドガーの見立てによると、一週間が過ぎる前には新たな追手が来るらしい。元魔法協会所属の言葉を参考にすれば(ミーラもそうだが参考にならない)、数日しか時間が無いのだ。


 ローグは自らの食糧から、夕飯の準備に取り掛かる。作業をしながら深く考え事をする。


(ルドガーはともかく、ミーラは流石に時間がかかるだろう。魔法の系統が違うし、何よりあの性格だ。だが、俺の言うことならなんでも従うなら死に物狂いで訓練してくれるだろう。訓練が続けられるように十分な休みと食事を与えなければならないな。それから……)


「ロ、ロー……あの……」


「! どうした、ミーラ?」


 ローグがミーラの訓練について考えていると、肝心のミーラから声をかけてきた。何故か、ソワソワしている。というか顔を赤くしている。


「……ど、どうした? 顔が赤いが……」


「へ、変なこと聞くけど……」


「?」


「また今日も、昨日の夜みたいなこと、する?」


「……(こいつ……)」


 ミーラのこの言葉は、ローグに対する愛情から出たものだ。だが、ローグとしては、夜は休んでもらったほうがいいため、少し返答に困った。


(まいったな。ミーラとしては愛情表現何だろうけど、それをしたら結構疲れるだろうし……だけど、拒んでしまったらまた、情緒不安定になりかねない、訓練にも支障をきたす。……やむを得んか)


「……そうだな。しばらくは昨日みたいなことはちょっとできそうもないから、今日も……一緒に寝ようか」


「! わ、分かりました! ロー様!」


 ローグが言いにくそうに返答すると、ミーラは満面の笑顔になった。どうやら、彼女自身は強く望んでいたようだ。ローグは顔を引きつって思う、やり過ぎたと。


(……まあ、俺も男だ。女性とこんな関係になるのは悪い気もしないしな。……前世では研究一筋だったし、休みはアニメやゲーム、ラノベにしか趣味もなかったしな)


 ローグは前世の記憶を持っている。前世で魔法の研究者だったのだが、女性と関係はおろか友人には恵まれなかった。というよりも、敬遠されていた。前世と現世でも友人に恵まれることは無かったローグだが、皮肉にも奴隷にしたミーラとはそういう関係になったのだ。


(生まれ変わっても、いい関係に恵まれなかったってことか。はぁ~)

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