第19話 人形
ローグの決断を聞いたルドガーとミーラは、その後も必死に説得を続けた。
「事の重大さを理解しろよ! 相手は国そのものになるんだぞ!」
「危ない橋をわざわざ渡るようなものよ!」
「そう言われてもな……」
しかし、ローグの意志は折れることはなかった。遂に二人は渋々ながら諦めたが、ミーラはある条件を出した。
「ロー、どうしてもというのなら私にも協力させて!」
「な、何を言うんだ!? 嬢ちゃんまで!?」
「……ミーラ」
ミーラの言葉にルドガーは度肝を抜かれた。ローだけなら仕方がないが、ミーラが協力するのはおかしい。彼女は今、魔法なしなのだ。
「今の私でも、頭のいいローなら何かに利用できるでしょ! ローは魔法なしから魔法持ちになったんだから!」
「お、おい、嬢ちゃんよ! それとこれとは話が別だろ!」
「もちろん、最初から協力してもらうぞ」
「「ええ!?」」
今度は二人そろって驚いた。ミーラは最初は断られると思っていたために、いきなり受け入れられるとは驚くほかない。ルドガーもローグが受け入れるとは思わなかったのだ。
「え? え? いいの? 本当に?」
「自分で言ったんだろ? それにお前には俺を手伝う理由があるだろ? 償いたいのは嘘だったのか?」
「あ、うん、そうだよね! な、なら私は……」
「冗談じゃねえぞ! 何言ってんだ! お前正気か!? この嬢ちゃんに何をさせるってんだよ!?」
ルドガーは怒鳴る。それもそのはず、ミーラは魔法なしというだけじゃなく、左半身を大火傷している。そんな彼女まで加担させるなど、ルドガーの正義感が許せない。
「魔法なしと容姿のことを気にしてるのか? それなら対策がある」
「なんだ!? 対策ってのは!? どっちの問題も解決するってのか!?」
「その通りだ」
「「!?」」
ローグの言葉に二人は言葉を失った。どっちの問題も解決できる、その言葉が意味することは……。
「魔法なしの問題の解決案として、俺が村人から奪った魔法の一部をミーラに与える」
「何!? その魔道具はそんなこともできるのか!?」
「そ、それじゃあ、私の火傷は、どうなるの?」
「回復魔法を使う。もちろん、これも村人たちから奪った魔法だ。ミーラの火傷も治せるはずだ。そのついでに、魔法協会にばれないように姿も変えよう」
「ぼ、坊主……」
「ロー……」
「ルドガーさん、あんたがそれでも心配だというなら、あんたも協力してれないか? 与えられる魔法はまだあるから?」
「な、な、な、何だって!?」
ミーラがローグに協力することそのものが反対だったルドガーは、思いがけない提案をされてしまった。
「……坊主、何言ってやがる……。今更俺に魔法協会と戦えというのか!? 一度負けたこの俺に!?」
「ああ。経験者がいれば心強いと思うんだが?」
「んなっ!?」
「…………」
ローグの提案を聞いたルドガーは、とても受け入れられないと思った。一度負けた上に魔法を奪われ、外町で生きていくしかない身の上になったのだ。もう一度戦っても同じことの繰り返しになるに決まっている。そうとしか思えないのだ。
(こいつは何もわかっちゃいない! こいつの過去には同情できるが、やろうとすることが滅茶苦茶だ! 現実が見えてねえ!)
「ふざけんのもいい加減にしろ! お前は……」
「勘違いするな、誰もあんたに直接戦えとは言っていない。そんなことをされても困る」
「は?」
「え?」
ルドガーはローグの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけたが、ローグはその言葉を遮って話を続けだした。さっきの言葉とは矛盾したことを言い出したのだから、ルドガーも意味が分からなくなった。ルドガーは落ち着いて最後まで話を聞いたほうがいいと判断し、ローグの胸ぐらを放した。
「……どういうことだ、俺を戦力にするんじゃないのか?」
「俺があんたに求めるのは情報だけだ。あんたなら魔法協会の内部構造、人物関係、戦力のことをよく知ってるはずだからな」
「あ、ああ、そうだな……」
「あんたはそれを俺たちに与える、その対価に俺はあんたに魔法を与える。俺が求める協力はそういうことだ。あんたは間接的に魔法協会と戦えばいいだけだ」
「……そういうことか」
「ああ、俺たち二人のために知ってること全てを話すだけだ。それだけでいいんだ」
「………ロー、ルドガーさん………」
ルドガーはしばらく何も言えなくなった。そのまま考え込んでしまった。
夕方。
結局、ルドガーはもう少し考えてから決めるということになり、明日の昼までに決める約束をして解散という形になった。ルドガーは外町の中心にある家に戻ることにしたが、ローグはミーラが寝泊まりする小屋に泊まることにした。それは、ローグがミーラと一緒に泊まることを意味する。
「坊主、何かするつもりじゃないだろうな?」
「ルドガーさん、心配は無用です。私は何されても問題ありません。ローが望むなら私はこの身を……」
「二人とも、言いたいことは分かるが、俺がミーラの小屋に泊まるのは昼間の時みたいなことがあった時のためだぞ」
「え? 昼間? あっ!」
「また、追手が来た時のためか……」
昼間は、バルムドとハイドという魔法協会の追手がやってきた。うまく倒したが、また来る可能性もなくはない。ローグはそのための対策として、ミーラと同じ小屋に泊まることにしたのだ。ここなら、町外れにあって、人気が少なく戦いやすい。ルドガーとミーラは納得したが、ルドガーはあることも思い出した。
「そういえば坊主、バルムド達なんだがいつまで眠っているんだ? その魔道具の……」
「こいつは『魔封書』な、あいつらは【睡眠魔法】『仮死睡眠』をかけてあるから、俺が起こさない限り絶対起きない、何をされてもな。不安ならあんたが処分してもいいぞ?」
「……そうか、ならこいつらは俺が責任をもって預かろう」
「し、処分ってまさか……」
魔封書を見ながらローグは、彼らの生死をルドガーに預けた。ミーラはさすがにそのやり取りの意味が分かったようで、言葉に詰まる。
「なら、今日はこれまでだ、何かあったらすぐ来いよ」
「ああ、そうするよ。多分大丈夫だけどな。それじゃまた明日」
「おやすみ、ルドガーさん」
ルドガーはそのままバルムド達を抱えて、外町に戻った。町外れの小屋にローグとミーラだけだ残った。ルドガーが見えなくなったところで、ローグはミーラに声をかける。
「なあ、ミーラ」
「な、何!? ど、どうしたのかな?」
「この小屋は二人分寝れるスペースはあるか?」
「あ、ああ! そういうことね! だ、大丈夫よ、いざとなれば私が外に出るから……」
「それじゃ意味ないだろ」
「え?」
ローグは小屋の中に入り、隅々まで見て回った。汚くはあるが魔術できれいにできる程度のもので、二人分が寝れるくらいの広さがあるようなので安心した。これならローグに必要なものは揃っている、没案だった計画のために必要な準備が。
(ルドガーがもう少し心配をしていたらこの計画は実行できなかったな、ミーラの奴隷化という復讐計画が)
「ロー? どうかしたの? 何か気に入らないのがあった?」
「魔術できれいにしただけさ、後は周りに魔術を張るだけだ、そうしたらもう寝よう」
「え、もう寝るの? うわっ、こんなにきれいになってる! すごい!」
ミーラが小屋の中がきれいになってることに感動している間に、ローグは小屋の周りに魔術を張り巡らせた。これから行う計画をだれにも邪魔されないように。魔術を張り終えたローグはミーラに問う。
「……ミーラ、お前は何をされても問題ないといったな、それは命だけじゃなく身も心もいいのか?」
「……!……うん。私を好きにしてもいい、私の命も、か、体も……こんな私だけど……」
ミーラはローグの言葉の意味を察して顔を赤くして答える。そういう覚悟もしているようだ。ローグはミーラと小屋の中に入ってミーラを優しく抱きしめる。
「ッ!? え? え!? ええ!?」
「ミーラ、お前はこれからずっと俺のものになれ」
「ロ、ロー……はい……」
少し離してミーラの目を見つめるローグを見たミーラは、目を閉じて答えた。ローグはそんな彼女に対し、小声でつぶやいた。
「【外道魔法・色欲】『操らぬ人形』」
ローグの魔法が彼女を変えるために発動した。彼女の心を壊して、『奴隷』として作り直すために。ローグは魔法をかけながら、ミーラに口づけをかわす。そして、そのまま押し倒した。それから……。
【外道魔法・色欲】『操らぬ人形』。これはローグの【外道魔法】の中で、使用頻度が少ないだろうと思っていた魔法だ。ローグ自身は【外道魔法】を攻撃的に使うことを中心にしている。【昇華魔法】はその補助のように使っている。しかし、【外道魔法】は本来、負の感情と悪意があれば様々な力を発揮する万能な魔法なのだ。攻撃だけには限らない。
ローグがミーラに使った『操らぬ人形』は、人を洗脳する魔法だ。ただし、ただの洗脳というわけではない。通常の洗脳系の魔法は、常時魔法をかけ続けなければ効果が消えてしまうものだが、『操らぬ人形』は長時間連続でかけ続ければ、人の心をただ『操る』のではなく完全に『変える』ことができる。つまり、常時魔法をかけなくても思い通りにすることができる、恐ろしい魔法なのだ。
例えば、愛や忠誠を誓わせれば一生誓い続け、誰かを憎むようにすれば死ぬまで憎しみ続ける。その思いは余程のことがない限り変えられない。魔法をかけた者以外は。
しかし、この魔法を使うには条件がある。それは、対象となる者の精神が不安定な状態でなければならないことだ。情緒不安定だったり、恐怖や罪悪感で心が押しつぶされそうだったりしなけれな効果は薄くなる。それ以外の条件があるとすれば、対象者が洗脳を受け入れるパターンがあるのだが、そんな状況は滅多にない。
ローグがミーラになら『操らぬ人形』を使用したのは、彼女の心が罪悪感で壊れる寸前であり、魔法の効果が一番効く状況だと判断したからだ。今なら、復讐のためにも都合のいい『共犯者』で『奴隷』にすることができる。今のミーラはそういう状態なのだ。
ただ、残された時間は限られている。明日の昼にはルドガーと合流する。彼に不自然に思われないためにも、出来れば一晩でミーラの洗脳を仕上げなければならない。ローグの都合のいい奴隷にするために。
そこでローグは、魔法の効果が早く効くようにするために、ミーラの心をさらに不安定にすることにした。それは彼女と一線を越えることだった。その最中に魔法をかけ続けることによって、ローグを「愛している」と思い込ませる。魔法をかけながら本当に交わるのだから、その思い込みは本物と変わらなくなるだろう。
実際、ミーラはまともな心を保てなかった。ほどなくして、何も考えられなくなっていた。そこにローグの魔法による洗脳が入り込んでも、ミーラの心は拒むことも疑うこともなかった。思考が定まらないミーラはローグに対し、深い罪悪感だけではなく、深い愛を抱くことになった。それ以上魔法をかけなくても本物とさして変わらないほどの愛を。それ以外、何も考えられなくなるほどに。
数時間後。
朝までまだ時間があると確認したローグは、虚ろながらも自分を愛おしげな眼で見るミーラを見てあることを決めた。それは彼女の火傷を直すことだ。ローグの持つ魔封書には、回復系の魔法がいくつかある。それらを重ね掛けすれば火傷など治せるはずだ。
ローグはミーラが起きてる内に、魔封書を出して2種類の回復魔法を使った。【治癒魔法】と【治療魔法】。【治癒魔法】は肉体のもともとの回復能力を高める魔法で、【治療魔法】は傷口に直接干渉して癒す魔法だ。つまり、体の内外から同時に回復させる。
その結果、ミーラは火傷が見事になくなり、傷一つない体になった。ミーラは、虚ろな意識だっためにまだ何も分かっていないようだが、ローグが自分のためにまた何かしてくれたと思い込み、何も分からぬまま、自分からローグに抱き着いた。
ローグはミーラを抱きしめ返して、再び魔法をかける。今度は『愛』だけではなく、絶対に裏切らない『忠誠』を誓わせるために。操らぬ人形にする最終段階に入る。その後は簡単だった。
数時間後。
小屋の中で、ミーラは幸せそうに眠っている。ローグの『共犯者』で『奴隷』となることが確実に決まった後で。
(この女はなんて愚かだったんだろう)
狭い小屋の中でローグは、ミーラの幸せそうな顔を見ながら、そんな風に思わずにはいられなかった。ミーラは『ロー・ライト』の幼馴染の中で、彼と一番仲が良かった少女だった、幼い頃だけは。
ミーラはローグの復讐対象に入ったのは、彼女もまた、『ロー・ライト』が魔法なしという理由でいじめる側になったからだ。しかし、彼女がいじめる側になったのは、他の4人のように『性格が悪い』のではなく、『頭が悪い』というだけなのだ。今のローグはそれを理解できてしまっただけに、苦しめて終わりにすることができなかった。
ミーラのことをよく知る者がミーラの長所・短所を述べるなら、彼女の長所は優しくて人懐っこいというが、短所は頭が悪くて考えないで行動するというだろう。ローグの評価もそういうものになる。つまり、愚か者だ。ミーラの奴隷化に成功しても、肝心の彼女が長く持つか心配するほどにだ。
実際、ミーラが『ロー・ライト』をいじめる側になったのは、村全体がいじめを行っているから、それが正しいと勝手に思い込んでいたからだ。いじめられる側の『ロー・ライト』の気持ちも考えずに「みんなやってるから」と言って行動した結果なのだ。
だが、そんな考えなしのミーラに変わるきっかけが起きた。それはお遊びで『ロー・ライト』を井戸に落としたことだった。正確には、彼を殺してしまったと勘違いしたことで、自分のした行いを後悔して、少しは行動する前に考えるようになったのだ。周りに気にするなと言われても、「人殺し」をしてしまった少女の心が変わるきっかけとしては十分だった。
それでも、変われたのは「少し」程度だったとしか言えないだろう。何しろ、魔法協会を脱出しようと思ったにもかかわらず、部屋から出た後に興味本位で地下に行った挙げ句、わざわざ魔法を解いた隙をつかれて魔法を奪われたのだから。
その後、ミーラは王都の外で幼馴染の一人に焼かれるという悲惨な目に遭い、外町で苦しい生活を強いられるのだが、そこで大きく変われるきっかけに出会う。いや、再会する。それがローグ・ナイト、かつて『ロー・ライト』だった少年だ。彼との再会により、彼女は新たに変わるきっかけを得た。だが、それはローグの都合のいい『共犯者』で『奴隷』になるというものだった。男女の一線を越えた後で。
(この女がもう少し利口だったら、こうも上手くはいかなかっただろうな。本当に愚かな女だ。同情しないし、できないがな……)
ローグの思う通り、第三者から見てもミーラは愚かな女だっただろう。実際、これまではそうだった。しかし、これからは変わるかもしれない。ローグが彼女をどう扱うかで。さすがに疲れたローグも、ミーラの隣で幸せそうに眠っている。一見、仲良く寝ているように見えても、二人の『幸せ』の意味は間違いなく違っている。『愛』が純愛か復讐かという違いで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます