第17話 戦闘開始!

 ミーラの話によると、『ローが叫びながら走り去る姿』を目撃したミーラ達5人は、そのことをからかってやろうという話になった。その翌日、レントの【解析魔法】で探し出した『ロー・ライト』を順番にいじめるという遊びを始め、最初にミーラが手を出したのだ。


 ミーラは【透明魔法】を使って近づき、『ロー・ライト』を井戸に突き落とした。彼女はその時はうまくいって喜んだそうだ。その直後、レントが突然井戸の中を確認しだして、「ローが死んだかもしれない」と言い出したのだ。その言葉の意味を理解したミーラはさすがに怖くなったが、レオンやケリーがつまらなさそうにしていただけで、「気にすることじゃない」と言い出したので、深く考えないようにした。


 その後、ミーラはそのことを忘れるために、レオンやケリーたちと距離を置くようになった。これが、『ロー・ライト』が井戸に落とされるまでの経緯だ。


「……これがすべてよ、私の犯した罪の経緯は。何か質問ある?」


「…………」


「村の連中には話さなかったのか?」


「うん……ケリーたちは言いふらそうとしてたけど、私が嫌だって言ったらレオンも言わないほうがいいって言いだしたから……私たち以外知る人はいない……」


「そうか、言ったとしても村の誰も気にしないだろうがな」


「……そうね……」


 ミーラはローブを脱いで、死んだ魚のようにも見える両目で、はっきりローグを見た。ローグもミーラを見る。左半身がひどい火傷したミーラを。 


「ロー、私はあなたに伝えたい気持ちがあるんだけど、聞いてくれる?」


「……嬢ちゃん?」


「なんだ?」


「私は魔法なしになるまで、あなたの気持ちを考えてあげることができませんでした。魔法がないという理由で周りに見捨てられて、嫌われ、蔑まれる苦しみがこんなにつらいものだなんて知りませんでした。あなたが私に復讐したい気持ちも今なら分かる。その気持ちは、私をこんな目に合わせたレオンを許せないという気持ちと同じ、ううん、それ以上だと思うから」


「……ミーラ……」


「だから、私は償いになるのならあなたに何をされても受け入れる。私の命をあげる。あなたの好きにしてください」


「……そうか……」


 ミーラからすべてを聞いたローグは、自分でも少し驚くほど落ち着いていた。許せないという気持ちがあるが、以前ほど憎しみがわかないのだ、復讐心はあるはずなのに。その理由はミーラにあるのだろう。彼女が覚悟を決めていることは、十分理解したのだから。


「……坊主、今この嬢ちゃんに何もしないでくれないか、嬢ちゃんも、すぐに早まるんじゃねえよ……」


「え?」


「……何?」


 ここでルドガーが口を開きだした。彼も黙って聞いていたが、二人の会話と今の状況に思うことがあるようだ。


「坊主が、この嬢ちゃんやほかの幼馴染の連中が許せないってことは分かった。だがよ、この嬢ちゃんはもう十分ひどい目にあったんだ、女の子なのにこんな大やけどだぞ! どんな復讐か知らねえがこれ以上何をするってんだ!?」


「ルドガーさん、これは俺とミーラの話なんだが……」


「だとしてもよ! 見てられねえんだよ! 俺はこの嬢ちゃんがこの外町に来てから苦労してる様子を知ってんだ! こんな格好をしなけりゃ外に出歩けねえし、町のこともわからねえ、挙句は馬鹿にされる始末だった。今はもう十分報いは受けたはずなんだ!」


「ルドガーさん……」


「…………」


 ルドガーは必死になってローの復讐を止めようとしている。だが、「もう十分報いは受けた」と言われても納得するはずがない。ローグはミーラよりも長い間、虐げられてきたのだから。ミーラもそう考えているはずだ。しかし、ここで予期しなかったことが起こる。


「……今は、か……それもそうかもしれないな」


「え!? ロー!?」


「分かってくれたのか!?」


「勘違いするなよ、この話は後だってこと、っだ!」


 突然、ローグは後ろを振り返って魔法を放った。【外道魔法・怠惰】『堕落の壁』がローグたちを包み込んだ。

 ルドガーとミーラは、ローグの魔法に包まれた。突然、赤紫色の結界のようなものに包まれるという状況に二人は困惑した。


「これが、ローの魔法……」


「坊主、一体何のつもりだ!」


「静かにしてくれ、それから顔を隠せ。どうやら……」


ドガン! ドガン! ドガン! 


「「っ!?」」


(やはりか、この感じだと強い敵意を持ってるな、防御魔法から始めて正解だったな)


「これは、攻撃されたのか!? いったい誰が!?」


「え!? どういうこと、まさか!?」


 何かがぶつかり合ったような衝撃と爆音が起こった。それに驚いたルドガーとミーラは、ローグが魔法を使った理由を理解した。彼は魔法を使って二人を守ったのだ。『堕落の壁』には氷でできた矢が刺さっていた。しかも、刺さった部分から凍っていく魔法のようだ。


「……二人はさっさと小屋に隠れてろ、無粋な奴らが来たんだからよ」


「「!」」


 ローグがそう言うと、二人は言うとおりに小屋に隠れようとした。しかし、その前に襲撃者が姿を現した。


「隠れても無駄だ! 逃がしはしない!」


「3人とも捕まってもらうぞ」


「「!?」」


「……何者だ?(魔法協会の追手か?)」


「知る必要はない! だが、驚いたな。こんな防御までできるなんてな」


「全くだ、研究対象としても申し分ないようだ。研究対象としては期待できそうだ」


 それは、黒い仮面で顔を隠し、フードを被った二人の男だった。それを見たルドガーが真っ先に口を開いた。


「ま、魔法協会の手先か!」


「そ、そんな! どうしてここに!?」


「ほう、こいつらが……(やっぱり)」


「んな!? おい! 何で分かった!」


「貴様こそ何を……あいつは!」


 ルドガーの言葉に反応した男たちは、ルドガーを見て驚いたようだった。ローグはルドガーのことをある程度知っているミーラを見たが、彼女は事態を呑み込めていないようだった。


「……貴様、ルドガー・バーグだな」


「その声は、バルムドか!」


「なんだバルムド! あいつは何なんだ!?」


「ハイド。奴は我々を裏切った愚か者だ。しかし、まさか裏切り者の貴様が生きていたとはな。しかも外町に潜んでいたとは、その小僧は貴様の差し金だったのか?」


「「!?」」


(あの二人の目的は俺か。やはり、魔法協会には感知タイプがいるってことか。しまったな。俺はともかくルドガーには迷惑だったな)


 今の会話を聞いたローグは、ルドガーが元は魔法協会の人間で、現在は裏切ったと推測した。そして、自分を狙って魔法協会が来てしまったことで、ルドガーの居場所を知られてしまったことを申し訳なく感じた。ルドガーとミーラの視線がローグに向けられる。


「どういうことだ、バルムド! 俺じゃなくてそこの坊主が狙いだと!」


「貴様に言う筋合いはないがそういうことだ。そいつは魔法協会全体に微弱な魔力を流していたそうだ。何かを探っていたらしい」


「な、なんだと!? 坊主本当か!? どういうことだ!?」


「あの魔法協会に探りって、ローは何をしたの!?」


「……幼馴染の女の子を探してたんだけど」


「「は!?」」


 ローグは棒読みで答えた。ローグの言葉を聞いたルドガーとミーラはそのまま固まってしまった。ローグの言葉を聞いたルドガーは何かを察したようだ。嫌な予感がした。


「ぼ、坊主、お前……どうして、ここに来た……」


「魔法で探知したら、ミーラの反応がここにあったからだ」


「ロー……」


 ルドガーは天を仰いでしまった。無理もないだろう。どうやってミーラの居場所を見つけ出したのか詳しく聞かなかったことが悔やまれるのだ。ミーラも同じ気持ちだ。彼女の頭は真っ白になった。一方、「魔法で探知」と言ったローグの言葉に仮面の男たちは少し驚いた。


「ほう、防御と探知もできる魔法か……どんな魔法か知らないが、小僧、貴様には我々とともに来てもらおう。他の二人はいらないがな」 


「それじゃ、女とおっさんは死ね!」


「何だと!? 俺はともかく嬢ちゃんは関係ないだろ!」


「その女はすでに我々のことをある程度知ってしまった。魔法なしでない限り殺すしかない。外町で暮らしているなら魔法なしだろうがな」


「魔法なしなら生きてる価値ねえだろ? 殺すほうが救いだろ! ははははは!」


「なっ……てめえら……!」 


「……う、うう、……!」


(これが魔法協会か……こういう組織か……)


 魔法協会の追手、バルムドとハイドの言葉にルドガーは怒り、ミーラは恐怖とそれ以上に悔しさを感じた。一方、そのやり取りを見たローグは虚しさを感じていた。末端とはいえ魔法協会の者は命を粗末にしようとしている、必要のない犠牲を出そうとしている、裏切り者が出るほどに。ローグはそれが気に食わない。


「魔法協会の追手よ、ちょっといいか?」


「ああ?」


「何か質問か、我々と来るのが嫌だといっても来てもらうぞ?」


「そうじゃない。お前らはそこまで命を粗末にするのか? 魔法なしはそこまで価値が認められないのか?」


「は? 何言ってんだお前?」


「質問の意味が分からん。魔法の発展に比べれば命の価値など無視すべきだ。魔法なしは殺す価値すら怪しい。それくらい分かるだろ?」


「…………………………………………………………………………そうか」


「「…………」」


 ローグの中で魔法協会に対する評価が決まった瞬間だった。まともな線引きがされていないことは魔法の研究機関として危うい。良好な関係にはなれそうにない。最も、ローグの獲物を横取りした時点で第一印象は最悪だったのだが。


「お前らが俺に興味を持つのは当然だ。俺のほうは気に食わないがな、魔法協会は」


「ああ? 拒否するってのか?」


「ふん、やはりそうか。そっちから探っておきながらこんなところに逃げ込むようだからな。ならば、無理やり連れて行くだけだ、覚悟しろよ」


「くっ、坊主……!」


「ロー……!」


 バルムドとハイドが敵意をむき出した。ルドガーはミーラを守るように前に出た。そしてローグは、体全体から赤紫色の光を放ち始めた。


「「「「!」」」」


「悪いが覚悟するのはお前らのほうだ。お前らを倒して俺のほうから乗り込んでやるよ、魔法協会をつぶすためにな!」


 ローが敵意をむき出した。戦いの火ぶたが切って落とされたのだ。

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