第15話 再会

 王都。そこは王国の中心にして最大の都市。最高権力者の王族が住む城を中心とした、王国で一番繁栄と富にあふれた町だ。つまり、悪く言えば一番贅沢が出来てるともいえる。そして、もっと言えば、王都以外の町や村は王都ほど発展していないともいえる。だからこそ、王都で暮らすことを夢見るものが多い。


 そのためには、魔法の実力がここでも必要になる。何故なら、別の町や村から王都へ行く道中では必ず魔物に出くわすからだ。他の町から来たよそ者が王都で暮らすには、そういう困難と立ち向かう必要がある。門番がローグをすんなり王都に通したのは、ローグが一人できたことから、相当な実力者だと見抜いたからだったのだ。そのことに後になって気付いたローグは、王国は本当に魔法絶対主義だと理解した。


 だとすれば、ローグが見ているこの町は何なのか。王都のすぐ近くにありながら、王都どころか、ローグの住んでいた辺境の村よりもみすぼらしい。ほとんどの家が、あばら家で今にも壊れそうだ。住んでる人は皆やつれていて、ボロボロの服を着て、気力というものを感じさせない顔をしていた。こんな町に、『あの女』がいる理由が分からなかったローグは困惑した。訳が分からない。


「マジで何なんだよ……これも魔法が生んだ惨状だってのか? これも知る必要があるな」


 ローグはこの町について知るために聞き込みを開始した。まず、しっかりした人に聞いたほうが得策だと思って、目についた人の中で、強そうで白髪の初老の男性に話しかけた。その男性もあまり気力のない感じではあったが、周りの人と何か違う感じがしたのだ。


「あの、すみません。少し聞きたいことがあるのですがいいでしょうか?」


「……何だ、何が聞きたいんだ? こんな俺に……」


 男性は答えてくれた。ローは自己紹介をしてすぐにこの町について質問する。


「私はロー・ライトといいます。私は王都に初めて来たのですが、近くにこのような町があったことは知らなかったのです。一体、この町は何なんですか?」


「ふん、よそ者だったか。俺はルドガー。この町は外町って言うんだよ」


「外町? 何なんですか、それは?」


「外町ってのはな、王都を追い出された魔法なしや犯罪者とかが住み着く町なんだ。いつからできたか知らねえが、簡単に言えば人生の負け組の行き着くところさ」


「ええ!? そんなっ!?」


 ルドガーの口から語られたその事実に、ローグは驚愕した。魔法の有無に関する偏見がこんなひどい町を作った。このような町は旧世界にも無かったのだ(ローグが知らないだけかもしれないが)。魔法による偏見はこの時代の方が酷いことを痛感した。


(こ、こんな町が作られてしまうなんて……! なんて時代だ!)


 ローグの驚いた顔を見てルドガーは苦笑した。


「ふん、驚いてやがるな。他に聞くことあるか?」


「……つ、つい最近女の子がこの町に来ませんでしたか? 明るい茶髪でツインテールの女の子なんですが?」


「ん? その子なら少し前に来たが知り合いか? 可哀そうな目に合ったんだが……」


「え? 可哀そうな目に合ったって? どういう状況ですか!?」


 ローグの悪い予想が当たった。こんな町に来る時点で、そうなっているとは思っていた。


「何か左半身が顔から足まで大火傷したみたいだったんだよ。最初に会った時は俺も心配になってな、人気のないところで休ませたんだ。本人は大丈夫とか言ってたけど、ありゃあ大丈夫じゃねえよ」


「や、火傷!? どこにいるか分かりますか!?」


「この町の端の方にある小屋に住んでるが、案内がいるなら俺を雇ってくれるかい?」


「お願いします!」


 ルドガーの提案にローグは即答で受け入れた。案内役に支払ったのは、ローグの所有する食料(三日分)だった。金を要求しなかったのは、この外町では食料の方が価値があるからだそうだ。


 ルドガーに案内された途中でローグは、外町の人々が恨めしそうな憎らしそうな目を向けていることが気になった。ルドガーに聞くと、彼らはローグが王都の人間だと思って妬んでるんだと言われた。王都の暮らしを知ってるがゆえにローグを妬んでいるんだと。


 そんなことを聞いてしまったローグは、彼らのことが本当に哀れに思ってしまった。そして、彼らに比べれば、ルドガーは何か違うんだと思えた。ルドガー自身も生活が大変なはずなのに、初めて来たミーラの世話をしてやるような男なのだから。




数分後。


 ルドガーに案内されて薄汚い小屋にやってきたローグは、自分の復讐の内容を変更せざるを得ないと思った。ルドガーから聞いた彼女の現状が本当のことだと悟ったからだ。その小屋から、ヒトの皮膚を焼いたような異臭がするから。


「着いた、ここだ。おい、嬢ちゃん。知り合いが来てくれたぞ!」


「……追い返して……ください……」


(!? この声は……)


「そういうなよ。魔法協会じゃなくてさ、嬢ちゃんの故郷の村の若い子が来てるんだぞ?」


「え!? な、なおさら、追い返してください! こんなみじめな私を見られたくない!」


(間違いない! ここにいるんだ!)


 ここにいると確信したローグは、自分で声をかけた。


「……おい、ロー・ライトが来たと言ってもか?」


「え、嘘!? そ、その声は、ロー!?」


 ローグは小屋のドアを強引に開いて中に入った。そこで見たものは確かに『あの女』だった。服装はボロボロで、左半身を薄汚れたローブで隠していたが。


「あ……あ……ああ、ロー?」


「そうだ。久しぶりだな『ミーラ』」


 ローグにとって予期せぬ形ではあったが、『あの女』こと、『ミーラ・リラ』と再会を果たした。


「ロー……なの? 本当に……ローなの?」


「ああ、そうだよ。ローだよ。分かるかい? お…僕のことが?」


 ミーラの右目が信じられないものを見ているかのように大きく見開いた。やがて、その右目から涙が流れ始めた。


「う、う、うあああああああ! ごめんね! ごめんね! ロォォォオオオオオオオオオ!」


「うお!? ど、どうしたんだよ!?」


「嬢ちゃん!? 落ち着け! 落ち着けって!」


「ごめんね! ごめんね! うわああああああああん!」


 ミーラは何故かローグに、『ロー・ライト』にひたすら謝り続けている。しまいにはローグに地を這いながら抱き着こうとする始末だ。復讐の対象としてみていた彼女に抱き着かれるのは嫌だった(ついでに気味が悪かった)ローグは、後ずさり避け続けた。その様子を見たルドガーが、間に入ってミーラをなだめた。その隙にローグは小屋の外に逃げた。


 ミーラが落ち着くのを待ってる間に、ローグは考える。そして、この状況と今のミーラの姿を見てローグはおおよその事情を察した。


(ルドガーは魔法協会と言った……ミーラはこんな姿だ、動きも変だった……そして、魔法なしの『ロー・ライト』に謝り続けている……もしかして、魔法協会にミーラの魔法を……)


 考えをまとめた頃に、ミーラを連れたルドガーが小屋から出てきた。ミーラは相変わらずローブで左半身を隠している。


「おい坊主、嬢ちゃんはもう落ち着いたぜ。ほら、嬢ちゃん、落ち着いてなよ」


「は、はい。ありがとうルドガーさん。……う、ロー、ひ、久しぶり……」


「ああ、そうだな。ミーラは何か大変な目に合ったみたいだが、何があった? こんな場所で暮らしているなんて、その姿だって何を隠してるんだ?」


「そ、それは…………その…………」


「……魔法協会か」


「なっ!?」


「その様子だと魔法協会と何かあったんだな。ミーラ、つらいだろうけど詳しく話してくれないか? 話が聞きたい」


「!?…………うん……」


 魔法協会のことを口にしただけで、ミーラは反応した。ローグは自分の推測が当たっってしまったことを実感した。彼女から語られる魔法協会であったことはローグのほぼ予想通りだった。


「魔法協会は、最悪の場所だった……あいつらは……罪の無い人から魔法を奪ってた……」


「な、何だって!?(やっぱりか)」


「嬢ちゃん……」


「私は……それが許せなくて、出ていこうとして、……それで、捕まって、私も魔法を奪われた! う、う、うあああああああああ!」


「嬢ちゃん!」


「ミ、ミーラ!?」


 話してる最中にミーラは崩れ落ちるように膝をついた。その拍子に被っていたローブが脱げてしまった。そこでローグが見てしまったのは……。


「う!?」


(こ、これが、あのミーラなのか!? いくらなんでもこれは……!)


 左側の髪が、顔が、左手が、左足が、左半身からひどい火傷を負って、しかも痩せこけた痛々しい姿の少女だった。ローグは思い知ってしまった。復讐の対象だった少女は変わり果ててしまったことを。


 話の途中で再び取り乱したミーラが、もう一度落ち着いた後で、話の続きが始まった。まず、魔法協会に入ったばかりのところから話してもらった。


「私が魔法協会に入った後、いろんな検査を受けたの。魔力、魔法の能力、健康状態、身体能力まで隅々にね。その後、番号札を渡されて真っ白な個室と真っ白な服をもらったの」


「真っ白な個室と真っ白な服?」


「うん。部屋の全部が白ずくめで埋め尽くされてる感じ。服もね。気味が悪かったわ……」


(それって完全に実験者用じゃん。最初っからそういう腹積もりだったようだな)


「………………」


「検査は三日続いたけどその後は私の魔法の実験が何日も続いたの。【透明魔法】の実験をね」 


(【透明魔法】か。そりゃあ研究しがいがあるだろうな)


 【透明魔法】は、自身や触れたものを透明にして目に見えなくする魔法だ。使いこなせば、ある程度の物体をすり抜けたりするような性能にまで上達することから、旧世界でもスパイ活動を中心に利用された。


「何日も実験に付き合わされた私はなんだか嫌になって、夜の就寝時間に【透明魔法】で逃げ出そうとしたの」


「え? 逃げ出そうとしてたのか、どうやって?」


「私の【透明魔法】は薄い壁くらいならすり抜けられるのよ。あいつらの実験で分かったことなの。【透明魔法】を使ったのは就寝時間になると部屋の鍵が閉められちゃうから」


「そうなのか?(もうそこまで上達してたのか)」


 ミーラは村の子供たちの中で、誰よりも早く魔法を発現した少女だった。そのうえ、誰よりも魔法を使って自慢もしていたから、上達も早かったのだ。


「魔法協会を出る前に、どうせ最後になるんだからもっと中を見てやろうと思って地下室ってところに入ってみたんだけど……」


「……そこで悪い噂ってやつの実態を見たのか」


「そうよ……いろんな人が捕まってたの……」


(地下室に監禁か、当然だな)


「魔法を解除して話を聞いてみたんだけど、その地下室でひどい人体実験をやってて魔法を奪ったり植え付けたりするって言ってたの……中には死んだ人もいるって……その話を聞いて怖くなった私は急いで逃げようとしたら、『会長』に見つかってしまった……そして……」


「魔法を奪われたのか……その『会長』に」


「……うん。【強奪魔法】って言ってた……」


「な、何!?(マジかよ!?)」


 ローグはその情報に驚愕した。ローグの知識では、【強奪魔法】はあらゆるものを奪う魔法で、他人の魔法も奪える恐るべき魔法だ。そんな魔法を魔法協会が所持していることは恐ろしい強みだ。


「魔法を奪われた後、意識を奪われて……気付けば王都の外に……魔法協会の真実を


訴えようと思って門番の人に話をしようとしたら……私が魔法なしだって言ってた……それで話を聞いてくれなかったの……!」


「門番が!?」


「何!? 嬢ちゃん、それは本当か!?」


「魔法協会から、最近魔法なしの少女がうろついてると伝わってるって言ってたの! ……門番にまであいつらの手が回ってたのよ!」

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