第14話 あの女

「『あいつ』はこの国の騎士団に所属、『あの女』は魔法協会に所属か。どっちも有名じゃないか、出世株かよ」


 騎士団と魔法協会はローグの住んでいた村でも知ることができるほど有名な組織だ。『二人』はとある理由で村に訪れた騎士団と魔法協会にスカウトされたそうだ。騎士団に『あいつ』が入り、魔法協会に『あの女』が入った。


 騎士団は一般的な兵士とは違い、かなりの実力者だけしか所属できないとされる組織だ。国に重宝され、有事の際は大活躍することで有名だ。ローグの知る『あいつ』がそんな組織にスカウトされた理由は、彼が優れた魔法だけでなく剣の腕もかなりの才能を持っていたからだろう。性格はともかく、その才能を見込まれたわけだ。魔法がすごいだけでは入れない組織なのだ。


 魔法協会はこの時代における魔法の研究機関だ。騎士団ほど活躍しているわけではないが、魔法に関する発見を毎年発表している。『あの女』がスカウトされたのは、彼女の魔法の価値からくるのだろう。誰にも気付かれずに、人を井戸に突き落とせるほどの魔法なら。


「大きな組織に入ってくれたもんだな。は~、この二人は後回しにするしかないか」


 ローグはベッドから起き上がり、身支度を整えて大図書館に向かう。


 現在、ローグがいるのは王都の大図書館だ。ローグの見る限りでは、そこそこ大きな施設だった(前世で使っていた研究所と同じくらい)。警備に関しては、王都の門番と同じレベルだったため、これも簡単には入れてしまった。


「…………やっぱりな……」


 ローグは何かを諦めて、いちいち驚かないようにしようと決めた。はっきり言って虚しいからだ。


「俺はもう気にしない。気にしないぞ」


 まず最初に、ローグは歴史から見てみようと決めた…………はずだったのだが、最初に目に飛び込んできたのは、魔法と魔術に関する書物だった。前世で魔法の研究をしていたものとして見過ごせなかったローグは、好奇心に負けてそっちを優先した。そこでローグが見たものは、どうしようもなくほど嫌なものだった。いつも冷静なローグが復讐関連以外で感情的になるぐらいに。


「何だこれは!? これが魔法に関する知識だと!? 舐めてるのか!?」


 驚くほど間違いだらけの内容だった。前世では、魔法は人間が科学の力を人体に使用することで偶然見つけ出した副産物から作ったものだった。初めは超能力と呼ばれる類のものだったが、かなりの多様性もあって魔法と呼ばれるように統一された。


 しかし、図書館の書物には、魔法は神が与えたものであるとしか書かれていない。しかも、魔法を持たない生き物に対して人間は全てにおいて優先されるべきだとされている。こんな考えなら、魔法のない人間が差別されて当然だ。見てて腹が立つ。


「ふざけやがって! 見てられるか!」


 ローグは見るのも嫌になり、すぐに歴史の調査に移った。ちなみにこの後、ローグは図書館の職員に大声で騒がないようにと注意される。二回も。


 大図書館の前で、ローグはため息をついた。


「はあ~、失敗したな~、俺としたことが……」


 ローグは図書館から出てきた……………………………………のではなく追い出された。何故なら、肝心の歴史の調査でも大声で騒ぎだしたからだ。


 数時間前の図書館で、重要そうな本を見て、そのたびに声を荒げるたびに職員に注意されたのだ。そして終いには……


「いい加減にしなさい! 一体なんなんですかあなたは!? もう来ないでください!」


 ……と言われてしまった。そのまま職員と口喧嘩になって、図書館から出て行ったのだが、そのことでローグは少し落ち込んでいた。さすがに大人気が無いと、今更思ったのだ。恥ずかしくもなった。この後、ローグは借りてる宿屋に戻って、今日知ったことについて考えをまとめた。


「しかし、あれはひどかったな。あんなことしか書かれてないとは」


 間違った魔法の知識を記した書物よりはマシだろうと思っていたローグだったが、歴史の書物にもろくなことが書かれていないというか、大事なことがあまり書かれていなかった。


 歴史とは、偉人の活躍によって大きく変動するものだ。にもかかわらず、大図書館の本にはそういった偉人の名前がほとんど無かった。あれでは具体的なことが分からないし、読むほうも面白いとは思えない。もちろん、旧世界のことも何も分からなかった。大図書館にはもはや期待できない。


「国が秘密にしてるのか? あれでは大体のことしか分からないじゃないか。何が大図書館だよ、まったく……」


 大図書館で分かった歴史では、世界に大きな国が4か国あり、その4か国が何かしらのきっかけで戦争を起こし領土の奪い合いをするということだ。一年ほど前に、王国が帝国との戦争に勝利したそうだが、そんな話も村では聞いたこともない。


 その4か国の中で、ローグのいる王国は魔法が絶対の国だ。一年前に戦争をしていた帝国や、共和国、公国はそうでもないようだが、他国のことはそれ以上分らない。ただ、王国はそういった国々を見下しているような感じだ。そのせいか、王国は他国との関係は最悪で、孤立しており、いつも戦争を吹っ掛ける側だった。孤立しているのにもかかわらず、これまでの戦争に勝利し続けているようだが、ローグならその理由は容易に想像できる。


「魔法の力を持つ者が王国に集中しているってことだよな、他国を圧倒するほどに。この国には何かあるな……」


 他国に比べて、9割以上の人間が魔法持ちになれる王国についてもう少し知る必要がある。そのためにはこの国の魔法に関する研究機関か、国の最高権力者に聞くしかない。そう考えたローグは、次の目的地を決めた。そこは……


「魔法協会。王都の南部にある魔法の研究機関。そこなら大図書館よりもましな情報があるだろうな。何より怪しいし……」


 前世の職業が魔法の研究者だったローグとしては、非常に興味を持っていた場所だった。悪い噂も聞いていたが、それも含めても行く価値がありそうだと思っていたのだ。興味深くもある。そして、そこにはローグの復讐の対象もいる。


「そういえば『あの女』もそこの職員か研究者か、もしくは実験体かな? どっちにしろ会えるから楽しみにしなきゃな」


 魔法協会。王国の所有する魔法の最高研究機関だ。魔法に関する研究成果を毎年発表することで、王国の繁栄の貢献している。しかし、魔法協会には悪い噂もある。魔法の研究のために、死者を出すほどの非人道的な魔法実験を繰り返してるというものだった。魔法協会にスカウトされたものの中には、行方不明者が多数いるからだ。もし本当ならとんでもない不祥事だが、ローグはその噂を聞いても驚きはしなかった。


「科学でも魔法でも発展のためには犠牲はつきものだ。そこはこの時代でも変わらないってことだ。最も、露骨に必要のない犠牲は許されはしないがな。その辺の線引きは魔法協会はどうかな?」


 ローグも前世では魔法の研究者、『ナイトウ・ログ』だった。研究する側として犠牲を出すことは仕方が無いとも考えているのだ。実際、『ナイトウ・ログ』の研究のために犠牲が出たこともあった。ローグにとっては苦い思い出だ。そのローグは今、魔法協会の前までやってきた。


「ほう、ここが魔法協会か。立派な要塞って感じだな」


 魔法協会の外見は、まるで要塞のようだった。門の前は多数の魔術が仕掛けられているが、ローグの見立てでは侵入者や不審者対策のようで、警備もかなり厳重なようだ。ローグは期待が持てたが、同時に不安にもなった。


(これだけ警備に厳重だということはよほどの秘密があるということだ。過去の世界のことも何か関係あればいいんだが、今の俺でも簡単に入り込めそうにないな。誰にも気づかれずに忍び込むのは無理だと考えたほうがいいだろう)


 ローグの見立てでは、仕掛けられた魔術は門の前だけではなく、魔法協会の至る所にあるようだった。ローグの実力なら突破できなくはないが、魔法協会側の実力者の強さに関しては未知数なため、下手なまねはできない。穏便に入れればいいのだが、そんな都合のいい方法は今のローグには無い。


(何か抜け道が無いか調べてみるか? ……いや待てよ、『あの女』の関係者だと言えば少なくとも『あの女』には会えるんじゃないか?)


 ローグは魔法協会に入り込む手段を考える中で、『あの女』の関係者としてならそれが可能だと思いついたが、それも難しいことに気付いた。


(ダメだ。『あの女』が応じる保証はない。それ以前に魔法協会自体が無関係者の立ち入りを徹底して禁止してるしな。そこは旧世界の魔法研究所とかと通じてるな、悪い噂があることも含めて。そうなると、入り込むよりも前に『あの女』に会ってみることから始めるか)


 そう思ったローグは、魔法協会から離れていった。復讐対象の『あの女』を探すことにしたのだ。魔法協会のような組織に関わるのは、得策ではない。前世の記憶が無い彼だったら、スカウトしてもらうという考えもあったが、今のローグはそこまで浅はかではない。




「この辺でいいか。あとは姿を変えてっと」


 魔法協会から離れた後、ローグは王都南部で人気のない場所を探し出し、そこで誰もいないことを確認して、【外道魔法・嫉妬】『偽変身』で『ロー・ライト』の姿になり、【外道魔法・傲慢】『呪い探し』を使った。『あの女』を探し出すためだったが、わざわざこんな場所に来て姿を変えたのは魔法協会に気付かれる可能性を少しでもなくすためだった。


(『呪い探し』は広い範囲で微弱な魔力を流す。感知タイプの魔法が、魔法協会側にあるなら気付かれるのはまず間違いないだろう。『ロー・ライト』なら顔が割れても仕方ないし、人の目につくところでこんな魔法を使うわけにはいかない。『あの女』を見つけたらすぐにここから移動しよう…………ん?)


 『呪い探し』の範囲が魔法協会まで広がっていったが、まだ感知できない。更に範囲を広げて魔法協会の敷地全てに及んでも感知されなかった。


(魔法協会にいない? 出かけてるのか? そうだとしたら、この南部から出てることになるが、魔法協会が新人にそこまで許すか? ……まさか……)


 ローグは魔法協会の悪い噂を思い出し、復讐を望むものとして、少し悪い予想をした。それは復讐の対象が再会する前に死亡するか、精神崩壊などになることだった。そうなってしまったら、復讐を成し遂げることができない。いまだに感知できないことにローグは苛立った。今、把握できていることは、魔法協会の魔術の大体の数と場所だけだ。そして、どれだけの人がいるかだ。


(ちっ、もう少し範囲を広げるか。それで見つかってくれればいいんだがな。これ以上続けたら魔法協会が動き出すかもしれないが……)


 ローグはより一層範囲を広げる。その結果、王都の外にまで範囲が広がっていった。さすがにこれ以上はマズいだろうと思って止めようとした時、やっと反応を感知できた。


「ふう、やっとか見つかったよ。すぐに行くとするか」


 ローグはそのままの姿で向かった。思ったより時間がかかったため、すぐにその場を離れる必要があったからだ。魔法協会の人間にも興味があったローグだが、復讐の邪魔をされるわけにはいかないのだ。それに、今後のことを考えるなら『ロー・ライト』と『ローグ・ナイト』の姿を簡単に知られるわけにもいかない。そんなことを考えながらローグは感知された場所に急いで向かった。


「それにしても遠いな。何かあるのか?」




数時間後。


 感知された場所までやってきたローグは己の目を疑った。そこは王都ではなく、王都の外に作られたみすぼらしい町だった。はっきり言って、ローグの故郷の田舎よりも貧しそうに見えた。


「何だここは!? こんなスラムみたいな所にいるってのか!?」

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