第13話 牢屋

 冒険者役場には、日の光が一切届かない地下室がある。ここは牢屋。冒険者が依頼などで捕まえた盗賊や犯罪者を兵士に引き渡すまでに閉じ込める場所だ。つい最近、凶悪な事件を引き起こした3人の犯罪者もいまだここにいる。レント・ゲーン、ゲテ・モウノ、ケリー・イパツの3人だ。


 3人とも重症を負っている。レント・ゲーンは、体中が火傷などで傷だらけになって暗い顔で俯いているが、それでも他の二人よりはマシだった。ゲテ・モウノは、あまりの恐怖に精神に異常をきたして部屋の隅で震えている。ケリー・イパツは自慢の足を魔物に膝まで食われたせいか、放心状態が続いている。【恐怖魔法】の使い手が恐怖で怯え続け、【脚力魔法】の使い手が足を失ってしまうとは皮肉、いや、因果応報と言える。


 そんな3人に近づく者がいる。それは、彼らがここにいる理由となった男だ。その男は笑みを浮かべて声をかける。


「よお、3人とも、いい顔になったなあ」


「ひっ! お、お前は!? ロー!?」


「…………」


「…………」


 それは、『ロー・ライト』の姿になったローグだった。ローグは、【外道魔法・嫉妬】『偽変身』で職員に変装して、誰にも怪しまれずにここまで来た。この3人に会うために。それに気づいたレントは震えあがった。


「おや? レントだけしか反応しないとなると、ゲテとケリーはもうダメかな? もっと楽しみたかったけど、これはこれで面白いな」


「あ、あ、あ、な、何しに、来たんだ……これ以上……何するんだよお!?」


「ははっ、お前らの顔を見たかったんだよ、俺が楽しむためにな。それとお前に確認したいことがあったんだよレントよお」


「……か、確認だと……!? 魔法か、魔法のことか!?」


「察しがいいな、なら話が早くていい。はっきり聞くけど、なんで俺や村の連中には黙ってたんだ? 俺の魔法のことをさ?」


「う、う、あ……」


 レントは【解析魔法】の使い手だ。その魔法の能力で『ロー・ライト』がどんな魔法を持っているか分かっていたはずなのだ、村で暮らしていた頃から。それにもかかわらず、レントは『ロー・ライト』が魔法なしではなく【外道魔法】を持っていることを誰にも教えなかった、本人も含めて。


「もっと早く教えてくれていれば俺は虐められなかったし、お前たちや村の連中はひどい目に合わずに済んだんだけどさあ、なんでかな~?」


「……む、村の連中って?」


「ああ、お前が何も言わなかったせいでな、今のお前らくらいひどい目にあってもらったんだ(笑)。すごいことになってるよ~」


「ええっ!? そ、そんな!? お、俺の…せい…で……」


「そうだよ~、何度も言うけどお前のせいだよ~、ねえ、何で言わなかったのかな~」


 ローグは笑顔を保ちながらレントに話しかけ続ける。レントはそんな状況に追い詰められていく。そして、ついに答えが出た。


「……村長だよ……」


「ほーう。あの爺さんが関わってんのか?」


「……村長が、ローは魔法なしということにしろって言ってたんだ。俺が解析魔法で見た結果を伝えたらそう言われたんだよ……」


「あの爺さんめ、もっとひどい目に合わせればよかったな。まあ、残りの余生をみじめに過ごすんだからもういいかな」


「そ、それだけか……聞きたいことは……」


「あともう一つあるな。あの『二人』はどこにいる? 知ってんだろ?」


「……ああ、あの『二人』は……」


 このやり取りを最後に、この3人とローグはもう出会うことは無かった。ローグが牢屋から立ち去った後に、レントは精神崩壊を起こした。


 つまり、この3人に対するローグの復讐は終わったのだ。





(俺はどこで間違えたんだ……)


 彼は牢屋の中で何度もそう思っていた。


 彼の名はレント・ゲーン。幼い頃から、ゲテ・モウノとケリー・イパツと一緒に行動してきた、村の悪童の一人だ。ただし、仲良しだったかというと、そういうわけではなかった。レントは臆病な性格で、自分の保身ばかり考えていたのだ。レントがこの二人と一緒だったのは、二人に逆らうのが怖かったということが大きい。この二人に同調すれば、大丈夫だ。そんな考えだったのだ。


 思春期に入って魔法を得た後もそれは変わらなかった。それどころか、他の二人と一緒に、もっとひどいいたずらをするようになり、レント自身もそれが楽しくなった。そのため、今の自分の環境を変える必要はないと思っていた。ローの件に関してもそうだった。ローが魔法なしではないことを村長にこっそり話して、「黙れ」という指示を受け、それを守り続けていれば、いつもと同じ日常のままだったのだ。


 だが、レントの考えが変わるきっかけが起こった。『あいつ』と『あの女』を交えて行われた送別会の時に、叫び声を発しながらローが走り去る姿を見たのだ。送別会に参加した全員が「明日からかってやろう」ということになった。そしてその翌日、レントが【解析魔法】で古井戸に寄り添うローを見つけた。さっそく、昨日話したことを実行することになった。まず最初に、『あの女』が「ローを古井戸に落とそう」ということになり、『あの女』はそれを成功させた。それを見た者たちは喜んで笑っていた。レントもその一人だったが、ローの気配が途中で消えてしまったことに驚いた。レントは不思議に思って、古井戸の中を見てみると、底が見えないほど深い闇があった。大声でローの名前を呼んでも声が返ってこない。レントは取り返しのつかないことをしてしまったと思った。




あれから数日後。


 レントは冒険者として冒険者役場で働くことになった。あの出来事を忘れたかったレントは真面目に生きようとしていたが、ゲテとケリーが恐喝や暴力などの問題ばかり起こしたのだ。レント自身は特に何もしなかったが、その二人と一緒にいたため、3人一緒に孤立していた。その状況に不満を持ち、他の真面目な冒険者に嫌気がさしたゲテとケリーは、とんでもない悪事に動き出した。森で行方不明になったふりをして、他の冒険者を襲うことだった。レントはさすがに止めようとしたが、二人に逆らうのが怖かったため、最終的に『共犯者』になった。この後レントは、初めて自分の手で人殺しを経験することになった。その時やっと、この二人についてきたことを後悔した。


 そして数週間後、殺してしまったと思い込んでいたローの気配が感知された。レントは恐怖に震えた。レントにとって、ローが二つの魔法を使えるようになっていたことは驚くべきことだったが、それ以上に仕返しに来たこと自体が恐ろしかった。結局、戦うことになったが、3人まとめた敗北してしまった。しかも、ブラッディウルフのエサにされた。




牢屋の中。


(俺はどこで間違えたんだ……いつ間違えたんだ……何が間違っていたんだ……二人のせいか……村長のせいか……ローのせいか……)


 レントは自分たちが牢屋に入れられることになった経緯を思い出しながら、何が悪かったのかを考えていた。死刑になることは分かっているのに。だが突然、その思考を妨げる声が聞こえた。


「よお、3人とも、いい顔になったなあ」


「ひっ! お、お前は!? ロー!?」


 彼はこの後、すべては自分が原因だったと悟った。

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