第12話 狼と女性

「うう、うん……って何だこれ!?」


 最初に目を覚ましたのはゲテだった。ゲテが見たものは、自分とレント、ケリーが一緒に大きな岩に縛り付けられている状況だった。レントとケリーは気を失ってるままで、しかもレントに関しては火傷を負っている。


「一体何なんだ!? た、確かローが出てきて……それで……」


 ゲテは思い出した。ローが現れて、レントを倒し、自分の魔法を謎の魔法で打ち消した挙句、腹を思いっきり殴られたことを。ゲテは腹が立った。


「そ、そうだ……ローが出てきてこんなことに……俺達が縛られてるのもあいつの仕業か……くそ、なんでこんなことに……」


「「「グルルルルルル……」」」


「ロ、ローか? ……いや違う……あ、あ、あれは……『ブラッディウルフ』!」


 ゲテが気絶する前までの出来事を思い出している途中で、小型の狼のような魔物がたくさん寄ってきた。この魔物は『ブラッディウルフ』の一種で、常に群れで行動して獲物を捕らえる習性を持つ。普通の狼より小さいが非常に知能が高く、冒険者のような強い人間を襲うことは無いが、縛られている人間がブラッディウルフには強い人間には見えるかどうかというと……


「「「グルゥゥゥゥア!」」」


「ひいいいいいい! 来るなああああああああ! きっ【恐怖魔法】『黒いゆりかご』!」


シーン…


「魔法が出ない!? どういうことだ!?」


「「「グルルルル! ガウ!」」」


ガブッ


「ひっぎゃあああああああああ!」


 どうやら、ブラッディウルフは賢明な判断をしたようだ。ゲテは魔法を使おうとしたが、なぜか使えなくなっていた。そして、ゲテの足にブラッディウルフが噛みつき、鋭い犬歯が食い込んだ。ゲテは激痛のあまり絶叫した。その叫びはレントとケリーを起こすには十分だった。


「う、つ、な、何だこれは!?」


「これはどういうことだ!?」


ガブッ ガブッ


「ぎゃあああああああ!」


「いっつ、くそ! 何だよおおおおお!?」


 状況を把握しきれない二人の足にも、ブラッディウルフの犬歯が食い込んでくる。レントはゲテのように絶叫するが、ケリーは激痛を受けながらも抵抗しようとした。だが……


「何で魔法が使えない!? しかも何で俺だけ足まで縛られてんだ!?」


「知らねえよ! 早く何とかし、ぎゃあああああああ!」


「だっ誰か助けてくれー! 魔物におそ、ぐああああああああ!」


 ケリーも魔法が使えなくなっていた。おそらく、レントもそうだろう。彼らがそうなってしまった元凶は、彼らのすぐ近くの木の上にいた。恐怖と絶望と苦痛に襲われる様子をじっくり見下ろしていた。


「いい気味ね。兄さんとディオの仇め」


「このまま苦しみ続ければいいんだわ」


「その通りだ。あいつらはひどい目にあって当然なんだよ」


 それは、ローグと、その『共犯者』になったカティアとノエルだった。




数時間前。


 カティアとノエルは、ローグの提案に乗ることにした。カティアとしては、兄と友人の仇を自分の手で討ちたいと思っていたが、殺人に手を染めること自体は怖かったのだ。ノエルも同じ気持ちだったため、殺さずに苦しめる形で復讐することに賛成した。


 方針が決まった後、ローグはケリー達の魔法が使えなくするための台座を準備し、カティアとノエルはケリーの足をきつく縛った。ケリーの足まで縛ったのは、足が自慢のケリーがその足を使えない状況に苦しんでほしいからだというローグの要望だった。


 次に、周りの冒険者の遺体を全て木の上に配置した。この森に多く生息するブラッディウルフのエサをケリー達だけにするためだ。


 最後に魔術でケリー達の魔法を使えなくして復讐の準備は整った。後は勝手にブラッディウルフが集まってくるのを待つだけだ。多くの人々を殺し、金や装備を奪い続けた者達が、人を食い物にしてきた者達が、魔物のエサになる。ローグは、自業自得にして最大の報いだと考えている。


そして現在。


 カティアとノエルは魔法を使えなくするなど半信半疑だったが、ブラッディウルフに魔法で抵抗できない様子のケリー達を見て驚いた。それと同時に、初めてローグに恐怖を覚えた。


(こんなことが……できるなんて……)


(もしかして……私達……)


((とんでもない男と手を組んだんじゃ……))


 二人が恐怖を感じていることは顔を見ればわかる。ローグは二人の恐怖の対象が、ブラッディウルフではなく自分に向けられていることを自覚した。そうなると、二人が『約束』を破ってしまう可能性がある。


(この二人は俺のことを役場に報告するだろうな、遅かれ早かれ。俺自身がまともな人間じゃないって自覚あるし、何を言われても仕方ない。まあ、『ロー・ライト』としての姿だけしか知らないから『約束』を守ってもらわなくても問題ないか)


ボトッ


「ぎゃああああああああああああ! ああっ!? 俺の足がああああああ!」


「ひいいいいいいいい!」


「あああああああああああああ!」


 ローグが二人のことを考えていると、ケリーの絶叫が響いた。どうやら、ケリーは遂に足を食いちぎられてしまったようだ。その様子を見たローグは笑っていたが、カティアとノエルは顔が真っ青になってしまった。あの3人に対して、冷たい目で眺めていたはずだったが、さすがにおぞましい光景を見て怖くなったようだ。ローグのことも、自分たちが何をしているのかもだ。


「ふむ、もうそろそろ頃合いかな」


 ローグは最後の仕上げに取り掛かる。そのための新たな指示を出す。


「カティア、ノエル。もう十分だ。こいつらを突き出そう。ただし、『約束』は守ってもらうぞ」


「………………」


「まずは、狼たちにはもう退場してもらうか。狼に恨みはないしな」


 ローグは手から魔法を放った。狼たちを逃がすために……。





 ここは冒険者役場。しかし、受付ではない。役場内の奥の部屋で、二人の女性が職員と真剣に話をしている。部屋のドアには、関係者以外立ち入り禁止という立て札まである。


「もう一度確認します。カティアさん、ノエルさん、お願いできますか?」


「「はい」」


 二人の女性はカティアとノエルだ。


「レント・ゲーン、ゲテ・モウノ、ケリー・イパツの3人が冒険者を襲っていた。あなた方も被害に合い、仲間二人が殺された。3人は襲った冒険者の物資を奪っていた。あなた方は女性だという理由で見逃され……」


「そこは違います」


「女性だったから、ひどいことするために生かされたんです」


「ッ!? ……なんてことを……!」


 静かに聞いていた職員は、その言葉に絶句した。


「……あの3人は、そんなことまで……」


「ですが、そうなる直前に黒ずくめの服装をした少年に助けてもらったんです」


「黒ずくめの少年?」


「はい、彼がたった一人であいつらをなぎ倒してくれたんです。そうよね、ノエル?」


「その通りです。彼のおかげで私達は今ここにいるんです」


「あの3人をたった一人で? あなた方二人が加勢したわけではなく?」


「「はい」」


 これは真実だ。二人は『黒ずくめの服装をした少年』の圧倒的な力を縛られた状態で見ているだけだった。そのあとで見た恐ろしさも……。


「……あの3人は、強力な魔法を持っていたのですが、その彼はそれ以上の魔法を持っていたんですね。あの3人があそこまでやられている様子を見ればわかります。それで、肝心の彼は一体今どこにいるんですか?」


「彼は私たちを助けてくれた後、すぐにどこかへ行ってしまいました」


「正確には……あいつらを縛った後ですが……」


「えっ?」


「彼は私達にあいつらを役場か兵士に渡すように言ったんです」


「自分はいいから……私達の……手柄でいいって……」


「ええ!?」


 職員は驚いた。無理もない。連続殺人をするような輩を捕まえて役場か兵士に引き渡せば、相応の報酬がもらえるはずなのに、それを他人に譲ってしまったからだ。それだけではない。どちらに引き渡しても、冒険者役場でも兵士の間でも名声が広がる機会を失うことなのだ。職員の中で疑問がわいた。


「……彼のことについてもう少し聞かせてもらえないでしょうか? あなた方が助けてもらったことを話したのだから、彼についてもっと話すつもりなのでしょう、違いますか?」


 職員は知る必要がある。冒険者役場としては、ケリー達3人を一人で倒すことができるほどの戦力は、何としても冒険者側にい続けてもらいたい。少なくとも野放しにするなどありえないのだ。今の時点で分かることは、人助けで悪人を突き出す正義感と報酬や名声に興味がなさそうだということだ。だが、それだけでは足りない。それ以上の情報は、カティアとノエルが握っている。何故か複雑な顔をしているがこの二人しかいないのだ。頭の中をざっと整理した職員は二人に追及する。


「……分かりました。お話しします」


「彼は……」


 カティアとノエルは、『ロー・ライト』と名乗った彼について話した。……最も、全てを話したわけではないが。

翌日。


 ローグは冒険者役場にいた。昨日のことでどんな動きがあるか知りたかったからだ。とある男3人の処遇についてだ。


 昨日、カティアとノエルが冒険者役場に表れて大騒ぎになった。今はとても陰鬱な雰囲気が役場内で漂っていた。とある3人の非道に対する怒りと、犠牲になった者達に対する悲しみが原因だ。今でも思い出して泣き出す者がいるくらいだ。


「……ふん、こうなったか」


 冒険者役場で正式に、レント・ゲーン、ゲテ・モウノ、ケリー・イパツの3人が死刑確定になったことを発表した。死刑は当然だが、決まるのも発表するのも早すぎる。それ以前に、現場で捜査して証拠を確保しないで、二人の証人だけで決めた可能性すらある。なにしろ、その3人がボロボロになって役場に突き出された日から1日しかたっていないのだ。


「……死刑確定は納得だが、役場にはもっと動いてほしかったな。時間をかけて捜査してくれないとはな……」


 冒険者役場の中で、『ローグ・ナイト』の姿に戻ったローグは不満そうにつぶやいた。ローグとしては、もう少し詳しく捜査することであの3人の非道を世間に知らしめてほしいと思っていた。それがこんなに早く決まってしまうとは思っていなかった。


(だが、これはこれで俺に有利な状況になってると言える。あいつらがさっさと死刑になれば、余計な事が知られずに済むだろうしな。あいつらが極端なおしゃべりじゃなければの話だがな。……それでも俺が不愉快な気分になるのは、世界の発展に貢献してきた研究者として文明の退化を嘆いているのか、復讐者としてやり足りないんだろうな。それと……)


 ローグの頭に浮かんだのは、カティアとノエルの複雑な顔だった。ローグは二人に約束させた。それは、報酬も名声もいらないからローグのことは可能な限り黙ってほしいというものだった。名前や行動理由も秘密にすることも含めて。


(あんな約束をしてもらったが破る可能性が高いな。そもそも、出会ったばかりの人間を信用できるはずもない。俺自身の話を聞いたらもっと複雑な顔をしていたし……)


 約束をしてもらう理由について聞かれた時、ローグは自身のことについてある程度話した。かつて魔法なしと蔑まれた挙句、誰かに井戸に落とされ、その怒りがきっかけになり魔法を発現し、生まれ故郷に復讐を果たし、幼馴染にも復讐するために旅をしていると伝えた。さすがに、迷宮を攻略して前世の記憶と二つの魔法を持っていることは伏せた。


(まあ、約束など保険に過ぎないから守ってもらう必要はない)


 話の途中で、カティアとノエルの視線が一瞬だけ嫌なものを見るような目になった。そのことを見逃さなかったローグはある事実に気付いた。


(この国は、ほとんどの人間が魔法持ちだ。つまり、魔法なしが差別されること自体は珍しいことじゃない。むしろ常識なのかもしれない。……だとすればヤバいな)


 カティアとノエルも魔法なしを軽蔑するような人間だ。村の外でも、魔法なしは差別されていたのだ。そのことで、この時代の魔法について改めて思い返した。


 魔法は思春期ごろに自然に身につくもの。それが『ロー・ライト』の時代の常識だ。そう、今の時代の常識なのだ。しかしそれは、ローグにとってあってはならないことだった。


(思春期ごろに自然に身につく? そんな馬鹿な事があるか! 何故、何故すぐに気付かなかったんだ! この世界の異常を! 俺ともあろうものが!)


 『ナイトウ・ログ』の時代では、特別な処置をした者が魔法を使えるようになる。かなり稀なことだが、その子か孫が魔法を使えるようになることもある。それが過去の常識だ。


 だが、この国の人間のほとんどが魔法持ちになれることになっている。しかも、魔法なしの方がごく稀のようだ。ローグはそのことに危機感を感じた。前世から魔法の危険性を知り尽くしている身としては、どうしても見過ごすことができない。


(魔法持ちの人間が少なくとも9割以上いるこの国は異常だ! 他の国はどうだ? 帝国は? 共和国は? 他国でもここまで魔法持ちがいるならまずいぞ、国際的なパワーバランスが崩れている可能性がある。銃火器を誰もが持ってるようなもんだ)


 魔法によっては、国を動かすような価値を持ったものもある。そういう魔法は軍事利用される場合が多いため、戦争の火種には十分だった。そのため、過去の時代では、その特別な処置は自国に認められたものだけが許されることだった。


(いや、もうすでに手遅れなんじゃないか? 辺境の村で暮らしてたから世界の情勢とかが何も分からないな。平和なのか戦争中なのかも分からない。役場では戦争の話は聞かなかったが)


 ローグが今の世界について知ってることは、ローグがいる『王国』の他に『帝国』、『共和国』、『公国』が存在するということだけだ。名前だけ知ってるだけで、それぞれの国がどのような国かさえ知らない。王国の歴史さえ詳しく知らないほどだ。


(俺がいた村は本当にド田舎だったからな。これから一から情報収集しないといけないことは分ってたことだが……なんか今になって大変なことだと実感してきたな……だが……)


 ローグは自分の無知を嘆いた。そして、自分が解き明かそうと決めた世界の謎がさらに深くなったと感じ、嬉しくなった。なぜなら、ローグには『ナイトウ・ログ』という前世がある。


(それほど大きな謎なら、研究者としてこれほど嬉しいことは無い。ハードルが高いほどやる気が出るものだ。前世からの性分は今でも抜けないな。ならば、俺が今やるべきことは……)


 ローグは役場から出て行った。


「すぐに大図書館に行こう。歴史を知って、今の世界の情勢を知ろう」


 『ナイトウ・ログ』の研究者としての部分が、ローグの心に良くも悪くも影響を与える。大体の行動もそれですぐ決まる。ただ、ローグは『ロー・ライト』でもあった。


「……その前にあの3人の顔でも拝んでやるか。今の様子なら面白そうだしな」


 復讐という目的もいまだ背負い続けているのだ。

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