第10話 森の中

森の奥。


 3人の男と二人の女がいた。彼らの関係は、被害者と加害者だった。


「……この反応は、ロー、だと? ローの気配がする!?」


「ん? 何々? 何だって?」


「ローがいるだって?」


 死体の上に座っているゲテが、のんきな声でレントに話しかける。


「……ああ、間違いない……あいつの気配がする……」


 そんなゲテに対して、青ざめた顔をしてレントが答えた。


「本当かよ?」


「「…………」」


 器用に足で穴を掘ってるケリーが二人の会話に加わる。傍にいる女性二人は何もできない。手足を縛られ口も塞がれているからだ。


「ローは確か死んだんじゃなかったのか? 『あの女』に井戸に突き落とされてよ? お前も確認したんだろ?」


「あっ、ああ……あの時、ローの気配が消えたのを感じたが……俺の魔法の……範囲から……出ただけかもしれない……」


「ふ~ん、そういうことかよ。まっ、どっちでもいいけどさ……いや待てよ、生きてたら生きてたで利用できるかもしれないな」


 ローが生きてることに二人はあまり気にしてはいなかった。だが、今も青ざめた顔をするレントを前にケリーは陽気な調子であることを思いついた。


「何だよ利用できるって? あいつ魔法なしだろ?」


「……そ、そうだぞ……何に、利用するんだ……?」


「そりゃそうだけどよ、あいつが魔法なしだってのは王都じゃ俺達しか知らないはずだ。それなら、こいつらが死んだのをあいつが殺したことにして俺達が敵を討ったことにするってことさ。そうすりゃ俺達は英雄になる! ローは人殺しの悪人になるけどな!」


「「ええ!?」」


「「……!?」」


 ケリーは周りの冒険者の死体を見ながら恐ろしい提案を始めた。レントとゲテは驚いた。縛られてる二人の女性は信じられないものを見るような目になった。


「そりゃあいいや! ケリー頭いいなお前!」


「だろー! もう十分金と装備は集まったからさ、そろそろこの森から出たいと思ってたんだよなー! あいつのおかげでそれが叶うぜ!」


「「…………っ!」」


 レントは複雑な顔をするが、ゲテは大喜びでケリーに賛同した。二人の女性はもはや怒りすら感じてしまった。


 この3人の行方不明事件。それを追う冒険者達の相次ぐ失踪。その真相は、この3人こそが自分達の行方不明を利用して森にやってきた冒険者達を殺害し、金や装備を奪ったという恐ろしいものだった。そして今、自分たちの悪行を死んだと思っていた幼馴染のローに擦り付けようという卑劣な計画が行われようとしている。


 今のローがどうなっているかは、レントは【解析魔法】である程度は分っていたが、ゲテとケリーは知らない。ローは昔のままではなくなっていることに。


 だが、ケリーの提案に、レントだけは疑問を口にした。


「……そ、そんな簡単に……うまくいくか?……」


「「ん? なんで?」」


 さっきよりも顔色が悪くなったレントが二人に聞く。肝心の二人の声が同時に重なった。レントのことを不思議そうに見ている。


「レントお前まさか、今更ビビってんのか? 役場の連中はどうってことないって」


「そうだぞ、大体この二人だって俺たち見つけた時になんて言ったか忘れたのか、「生きてたんだ」だとよ。役場の連中は気付いてないって、はははははは!」


「…………」


「「…………っ!」」


 のんきに笑うケリーを見て、縛られた二人の女性が怒りの形相でケリーを睨め付ける。同時に彼女たちの心に悔しさが広がる。


(どうして! どうしてこんなことに!)


(誰か! 誰か助けて!)


 彼女たちの視線に気付いたゲテが下卑た笑みを浮かべて最低なことを言い出した。それは二人の女性に対して屈辱的なことだった。


「この二人さあ、殺す前に遊ぼうぜ、なあ?」


「そうだな、結構美人だしな。まだ時間はあるだろうし!」


「「…………っ!?」」


 彼女たちの顔が恐怖と絶望に染まった。これから何をされるのかこの男たちを見れば容易に想像できてしまえるからだ。


(そんな……そんな! ひどい! ひどいわ!)


(嫌! 嫌! 嫌だ! 誰か助けに来てよお!)


 ゲテとケリーがそんなことを話している中で、レントだけが違った。彼には【解析魔法】がある。その魔法でどうしても分かってしまうのだ。今のローのことが。


「ちっ、違うんだ二人とも……聞いてくれよ……今のローだけど……っええ!?」


「ん? どうしたレント?」


「ローがどうしたって?」


 ゲテとケリーがレントの様子がおかしいのに気付いた。そのレントは何かに驚いているようだった。


「何だこれは!? どういうことだ!?」


「どうしたんだよレント、何に驚いてんだ?」


「まさかヤバい奴が来たっていうんじゃないだろうな?」


「ロ、ローが、ローがものすごい速さでこっちに来てるんだ!」


「「ええ!?」」


 レントの言葉に二人は耳を疑った。レントの【解析魔法】は信頼しているが、魔法なしと呼ばれたローがすごい速さで向かって来ているなどありえないはずなのだ。


「何言ってんだよレント」


「そんなことあるわけないだろ?」


「本当だ! そもそも今のローは……(ドガッ!!)ぐへあ!」


 レントが必死に説明しようとしたその時に、黒ずくめの少年がレントの脇腹に勢いをつけた蹴りを放った。その衝撃でレントは吹っ飛んでしまった。


「……え?」


「……レント?」


 あまりの出来事に、ゲテとケリーは何が起こったのか理解できずにん呆けてしまった。だが、いつまでもそうしているはずもない。


「レ、レント! レントが!」


「な、何だテメエ……は……んなっ!?」


「う、嘘だろ!?」


 突然、敵が現れたことを悟った二人は、レントを倒した敵を確認した。だがそれは、二人には信じられないものだった。


「よお、レント、ゲテ、ケリー」


 ゲテとケリーの前にいるのは村で魔法なしと呼ばれた『ロー・ライト』だった。この状況では、レントを倒したのは間違いなくローだと判断できるが、昔のローを知ってる二人にとってはとても受け入れがたい事実だった。『ロー・ライト』が『ローグ・ナイト』として生まれ変わったことすら知らないならば無理もないだろう。


「どうした? せっかく会いに来てやったのにだんまりか?」


「「…………」」


 『ロー・ライト』の姿をしたローグは笑いながら声をかけてみた。二人はそのままローグを睨みながら沈黙している。


「あれ? もしかして~、レントをぶっ飛ばしたことを気にしてるのか? 怖がらせてごめんね~(笑)」


「「ッ!」」


 ローグは二人が一番気になってることを口にした、つまり核心を突いたのだ。そして二人の反応はというと……。


「やっぱり、お前がレントにあんなことを!」


「許さねえぞ! 魔法なしのくせにどんな魔道具を使ったんだ!?」


「くっくっく、魔道具を使っただって? いやいや違うよ~、俺の魔法でレントはぶっ飛ばされたんだよ~」


「「何!?」」


 ローグはあっさり種明かしをしてみた。それを聞いた二人の様子を見て見たかったからだ。その結果は、ローグの望んだものだった。


「嘘だ! でたらめだ! 魔法なしだったお前が魔法を使ったなんて!」


「そうだ! テメエは魔法が使えない役立たずの出来損ないだ! そうじゃなけりゃいけないんだ!」


「ぷっ、あははは! まだ言ってるよ。 現実が見えてないねー、馬鹿じゃないの?」


「「な・ん・だ・とー!」」


 ローグはあまりにも考えた通りの展開になったので(二人の声が重なるのは除く)、ついに笑いが込み上げてしまった。というよりも、この二人の馬鹿さ加減は予想を超えていた。


「もう我慢できねえ! 俺の【恐怖魔法】でもう一度、いや何度でも震えさせてやる!」


「おう! やっちまえゲテ!」


「震えろ! 【恐怖魔法】『黒いゆりかご』!」


 ゲテの手から黒い霧が発生した。ゲテの魔法が発動したのだ。この黒い霧の中に入ってしまうとつらい記憶が鮮明に思い出されてしまうのだ。ローグはその黒い霧に包まれてしまったが、慌てることなくローグも魔法を放つ。


(相変わらず陰湿な魔法だな。耐えきるのもいいけど俺の魔法を見せてもいいか。俺自身も魔法を試したいしな、【外道魔法・暴食】『腹外消化』)


「はん! ざまあみろ! 後はこれだけじゃ済まねえけどな!」


「恐怖で震え切ったテメエをたっぷり蹴りつぶしてやるぜ! 殺すのはその後……って、何だ? あの光は!?」


「お、俺の『黒いゆりかご』が消えていく!?」


 二人が見たのは、『ロー・ライト』が赤紫色の光を放ち、黒い霧を照らすように消していく姿だった。二人は自分の見ているものが信じられなかった。これは完全に魔法だ。レントがいなくても分かるほどに。そして、黒い霧が完全に消え去った後、ローグは言った。


「ゲテ、次は俺の番だ」


(【昇華魔法】『身体昇華・脚力・腕力』っと!)


「え? な…(ドガッ!!)ぐは!(ドサッ)」


「なっ、ゲテ!」


 ローグはまるで一瞬でゲテの前に来て、その勢いもつけてゲテの腹を殴った。ゲテはそのまま気絶してしまった。

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