第9話 冒険者

「……村を出てからもう五日か」


 一人の少年が王都に続く道を人間離れした速さで走り進んでいる。彼は魔法なしだった『ロー・ライト』から二つの魔法を持つ『ローグ・ナイト』に改名したばかりの、復讐と世界の謎を解くことを目的に旅する少年である。


 ローグが人間離れした速さで走れるのは、彼の【昇華魔法】によって脚力を上げたからである。【昇華魔法】は、あらゆるものをより優れたものに昇華させることができる魔法だ。人体に使えば身体能力が向上する。今使っていないもう一つの【外道魔法】は、負の感情と悪意があれば様々な力を発揮する万能な魔法だ。


 人間は通常、一つしか魔法を持てないはずなのに、ローグは二つの魔法を持つ。何故なら、彼は迷宮を攻略したことで、『前世の自分』という攻略者に与えられる特典をもらったことにより、二人分の記憶と魔法を持った状態になったからだ。


 ローグはロー・ライトだった頃に、生まれ故郷の村で魔法なしとされて、過度ないじめを受けていた。それを許せず、迷宮攻略の後に村全体に復讐を果たした。その後、幼馴染達への復讐と文明退化の謎を解明に挑むために旅に出たのだ。


 旅先の最初の目的地に王都を選んだ理由は、まず情報収集が必要だと思ったからだ。王都の大図書館には国の歴史や古代文明についての記述があるはずだ。そこには、ローグの前世の『ナイトウ・ログ』の時代が崩壊した手掛かりが見つかるかもしれない。そんな大きな謎の解明が目的になった理由は前世に由来する。研究者だったナイトウ・ログの記憶を持つローグは、その研究欲を強く引き継いだからだ。


「ふう、王都までまだかかるか……ん? もしやあれが王都か?」


 ローグが【昇華魔法】で視力を上げて見てみると、大きな町が見えた。大きな兵と堀があることからして、村よりも発展した街に違いないだろう。


「やっと見えてきたんだな。さあ、急がなきゃな」


 ローグはあまりゆっくりできないと思っていた。村の復讐は成し遂げたが村人は生きている。これから生きていくのに苦労するようにあえて生かしたのだ。復讐された村人達が王都に連絡すれば、ローグは犯罪者として兵士に追われる身になるだろう。その対策として、顔と名前に髪と目の色を変えてあるのだが、それでもローグは警戒していた。


(前世の時代には、魔法による偽装を見破る魔法や魔術があった。この時代にもあるかもしれないから気を付けるに越したことは無いだろう)


 ローグの持つ二つの魔法は両方とも強力なものだ。特に【外道魔法】は、ロー・ライトだった頃に抱いた負の感情が強いことに比例して強くなっている。それでも警戒するのは、ローグに味方がいないからだ。味方がいないのに、いやいたとしても国の抱える強い兵士たちを相手にするのは無謀すぎる。


(俺の二つの目的を実現するには、どうにかして国家レベルの味方をつけるか、なるべく正体をさらさずに敵を作らないかだな。どっちも難しいから、出来れば後者か)


 この時、ローグは目立たないで行動する方針に決めた。




数分後。


 王都の門の前に来たローグは、門番に声をかけられた。


「止まりなさい。君は何者だ?」


「俺はローグナイトと言います。旅をしているものです」


「王都には何の用できたんだい?」


 王都の門番がローグに質問する。ローグのことをただの子供と見ているようで、特に警戒はしていないようだった。


「旅の途中で立ち寄っただけです。それと旅用の食料等の補給のためですね。ついでに王都の観光もしたいです」


 ローグは嘘のつもりで答える。聞いていた門番は疑う様子はなかった。


「そうか、分かった。ようこそ王都へ」


 笑顔でそう言った。ローグはその様子に呆気にとられてしまった。


「……ありがとうございます。」


 ローグは礼を言って、王都に入っていった。心の中ではそんな風に思ってはいなくても。


「なんて不用心なんだ。俺が危険人物だったらどうするんだ?」


 ローグは門番の対応に呆れてしまった。それと同時に人類の文明が退化してしまったことを嘆いた。さっきの対応はローグにとって、その象徴と言えるのだ。過去の世界なら門番よりもしっかりした仕組みがあったのだから。


「……気にするだけ無駄か。さっさと大図書館に行こう。俺には目的があるんだ……ん? あれは冒険者役場か?」


 ローグは冒険者役場を見つけた。冒険者役場とは、冒険者達に仕事を与えるために王国が作った組織だ。役場の受付を通して登録したり、掲示板を見て仕事を決めたりする。仕事の内容というのは、町の人の手伝いのような雑用から魔物退治のような戦闘まで様々な内容がある。ローグの故郷では、冒険者はいても冒険者役場は無かったので興味がわいた。


「ふふ、漫画やアニメに出た冒険者ギルドってやつだな。面白そうだからちょっと見ていくか。もしかしたら、あいつらがどこに行ったか分かるかもしれないしな」


 ローグの復讐の対象の5人は冒険者志望だった。どこに向かったかは聞いていなかったが、この王都にいる可能性はある。冒険者役場では冒険者の噂話が飛び交うらしいので、彼ら個人の情報を入手するには利用できるだろう。そう考えたローグは冒険者役場に入っていった。


 冒険者役場に入ったローグは、中を見てみて少し驚いた。


「ここが冒険者役場か。思ったより整ってるな」


 ローグはもう少し雑で小汚いだろうと思っていた。しかし実際は、少し古びているが常に掃除されているぐらいにはきれいだった。冒険者が中で飲み食いしていることもなければ、感じ悪そうにしていることもないようだった。受付の人も身なりは整っていた。


「お客様。登録希望者の方ですか? でしたらこちらへどうぞ」


 受付の男性が声をかけてきた。その対応を見てローグは思った。


(前世で見た漫画やアニメとは少し違うな。俺がどうしてもそういうものと比べてしまうのは、前世の影響が強すぎるからだろうな。休みの日は一日中ラノベやアニメ三昧だったし……)


「お客様? どうされましたか?」


「いえ、何でもありません。登録希望に来ました。お願いします」


「ではこちらにお掛けになってください」


 受付の言われたとおりにローグは椅子に座った。机の上にある羊皮紙に個人情報を記載するようになっているが、その内容にローグはまた思ってしまう。


(これだけ? これだけなのか? 名前や得意技は書くのは当たり前だけど住所や出身地とかはいいのか? ……ていうか、この紙には魔術とかかかってないし不用心だな……)


「書くのはこれだけですか?」


「はい、そうです。何か気になる点がございますか?」


「……いいえ、何でもありません」


 ローグはこの時代の文明に絶望すら感じた。ここまで文明のレベルが下がっているなんて予想できていなかったのだ。ローグが記載した内容はというと、こんな感じだ。


冒険者

名前:ローグ・ナイト

性別:男

魔法:雷魔法

武器:ナイフ等


 本当にたったこれだけなのだ。


 ローグは記載した内容を見直しもしないでそのまま受付に渡した。


「冒険者登録ありがとうございます。これからのお客様の活躍に期待します。」


「……ありがとうございます」


 冒険者登録はすぐに終わった。ローグは何かの役に立つと思って冒険者になったのだが、あまりにも簡単に終わってしまったので期待できなくなってしまった。


(記載する個人情報が少ないのは都合がいいが、役場としてはそれじゃダメだろ。こんな組織が冒険者を管理してるってのか? ……適当だな、おい)


「お客様。掲示板は向こうにあるのでご覧ください」


「……分かりました」


 ローグは言われた通り掲示板に向かった。そこにあるのは、依頼書と呼ばれる仕事内容が書かれた紙がたくさん貼ってあったが、どれも子供でもできるような小遣い稼ぎ程度の仕事しかなかった。しかも、その掲示板のそばには数名の冒険者しかいない。


「……あの~、これが掲示板ですよね?」


「そうですが、何かご不明な点がございますか?」


「仕事内容が……その……」


 ローグは仕事内容について聞きにくそうにしつつも、受付に聞いてみた。


「今の時間帯はほとんどの大仕事が他の冒険者の方々に取られているのです。どうかご了承ください」


「……そうですか」


 どうやら冒険者の仕事は早い者勝ちになっているようだ。言われてみると、役場内の冒険者の数が少ない。ローグとしては、登録したその日にいきなり仕事をするつもりではなかったが、これでは何も参考にならないし情報交換もろくにできない。


(俺の若い頃……ナイトウ・ログも日雇いのバイトとかやってた時期もあったけど、冒険者ってのはそれと似たようなもんか? やっぱり思ってたのと違うな。想像してたのとなんかギャップが大きい。ん? あれは?)


 ローグは気落ちしながら掲示板を見ていると、端っこの方に貼ってある赤い依頼書を見つけた。何故か、複数の依頼書が重なっていたが、なにやら意図的に遠ざけているようだった。


「これはどんな内容なんだろ? 何々、捜索依頼だって?」


「お客様どうされ……あっ、それはっ!」 


「……えっ!?」


 ローグが見たその赤い依頼書の見出しに書かれた内容は、行方不明の3人の人物の捜索だった。名前は、『レント・ゲーン』『ゲテ・モウノ』『ケリー・イパツ』だった。


 ローグが探している復讐相手5人のうちの3人だった。ローグは、3人の捜索依頼の依頼書を眺めながら思った。


(マジかよ。もう復讐の方の手掛かりが見つかったよ。この冒険者役場も捨てたもんじゃなかったな。しかもこの3人、村の連中にも相当嫌われてたやつらじゃねーか、残りの二人とは違って分かりやすいほど典型的ないじめっ子だったからな)


 レント・ゲーン、ゲテ・モウノ、ケリー・イパツの3人は村でもかなりの悪童として知られていた。レント・ゲーンが【解析魔法】、ゲテ・モウノが【恐怖魔法】、ケリー・イパツが【脚力魔法】を使う。この3人がそれぞれの魔法を使って村でいたずら等の悪さをしてきた。そんなやつらだったので、ロー・ライトが魔法なしだと言われる前から彼をいじめの対象にしていた。魔法なしだと言われた後はさらに過激になった。この3人が憎まれないわけがない。


(こいつらが行方不明か。ここから北の森で迷って苦しんでいれば愉快なんだがな……)


「お客様、その依頼はお勧めできません。どうかお控えください。」


「えっ、どうしてですか?」


 ローグが頭の中でこの3人が迷子になって泣きわめいてる姿を想像していると、受付の男性が心配そうに声をかけてきた。その顔から複雑な何かがあるようだ。


「実は行方不明のこの3人は登録した時からとても態度が悪く暴力的で、他の冒険者の方々とよくケンカになっていました。ですが、今から3週間前に、王都の北にあるノースレイの森で「薬草採取に行ってやる!」と言ってあの森に向かったのを最後に行方が分からなくなりました」


「そうなんですか。その件について役場としてはどう考えたのですか?」


「森の中で迷ったか魔物に出くわして襲われたかですね。我々は魔物による被害と考えています。ノースレイの森は広い森ですし、過去に大きな魔物が現れたことが確認されています。それに……」


「それに?」


 受付が言いにくそうにしている。まだ何かあるようだ。


「その依頼を受けた方々が、戻ってこないのです。誰一人として。しかも、依頼を受けた方の遺品らしいものが発見されてしまったのです」


「……そんなことが……。ではこの依頼書に重ねてある方の捜索依頼の依頼書は……」


「3人を探して新たに行方不明になった方々の捜索依頼です。依頼を受ける度に捜索依頼が増えているのです」


「相当な大事じゃないですか!?」


「ですからお勧めできません。この依頼に関しては単独ではなく、大勢の方とで挑むべきだと思います。役場としても、国の騎士団に依頼しようとしているところなのです」


 どうやら、大事になっているようだった。役場は魔物の仕業と考えているようだが、あの3人を知ってるローグは違う考えを持った。


(おそらく、この3人は行方不明になったのは襲われたからじゃない、むしろ逆だ。襲うために行方不明になったんだ)


 ローグは復讐のためにも、すぐにでも自分が解決する必要があると判断した。自身の復讐を騎士団などに横取りされるわけにはいかないのだから。




数時間後。


 役場を後にしたローグは、ノースレイの森のすぐ手前にいる。その目的は行方不明扱いされているレント・ゲーン、ゲテ・モウノ、ケリー・イパツの3人を見つけ出すことだ。そして復讐する。ついでに他の行方不明者も探してみる。


 役場の受付にはこの件には関わらないと言ったが、実際は依頼として引き受けるのではなく、私情で探して解決することにしたのだ。黙って解決することで、後で目を付けられないようにするためだ。あまり、目立たないようにすることがローグの方針なのだから。


「さて、どの辺にいるかな? レントは【解析魔法】を持ってるから、ゆっくり近づいたら気付かれる。ゲテの【恐怖魔法】は陰湿すぎる。ケリーの【脚力魔法】は蹴りが要注意だな。……ちっ、嫌な思い出がよみがえるぜ」


 【解析魔法】は、対象にした相手を解析して魔法・魔力等を見分けることができる魔法だ。更に、一度この魔法で解析した相手が近づいてきたらすぐに気付くことができる。【恐怖魔法】は、精神攻撃魔法だ。相手の恐れるものを幻覚として見せることができる。【脚力魔法】は、脚力向上に特化した身体強化魔法だ。使い方次第ではかなり攻撃的な魔法になる。


 この3種類の魔法を持つ3人組は『ロー・ライト』のことも知っている。つまり、ローグが彼らに近づいていったらすぐにレントに感知され、ゲテの【恐怖魔法】で怯んだところをケリーの強力な蹴りを浴びせられてしまうだろう。『#ロー・ライト__むかし__#』の場合はそうなるが、今の『ローグ・ナイト』はそうならない。


「この位置でも特定されてるかもしれないな。ならこっちも特定してやるか、【外道魔法・傲慢】『呪い探し』」


 ローグは地面に手を付けて森全体に微弱な魔力を流し始めた。『呪い探し』とは、特定の対象となる人物を探す【外道魔法】である。森の広さから時間はかかるが、魔力の多いローグなら数時間で見つけられると考えたのだ。


「……ふん、少し遠いがいいか。【外道魔法・嫉妬】『偽変身』」


 ローグは自分自身に向けて魔法を使った。すると、ローグの姿が『ロー・ライト』になった、いや戻ったのだ。『偽変身』は姿を変える効果を持つが、ローグなりに元の姿に戻ったのは意味があることだった。


(向こうには【解析魔法】があるから俺が何者かはバレるはずだ、どんな姿でもな。それなら、ローグとしての姿を知られるより『ロー・ライト』の姿で復讐に行く方がいい。目立たなくて済むしな。なによりも……)


「この姿で仕返しされると、あいつらは悔しがるだろうからなあ。あははは!」


 『ロー・ライト』の顔が悪意に満ちながら、そのまま思ったことを口に出す。


「作戦はもう決まった。後は実行するだけだ!」


 ローグは【昇華魔法】を発動して森の中に入った。

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