白狼の娘 第七話 再会

 翌日、ヨーコは宿屋の一階にある食堂で少し遅めの朝食を摂り、かなり日が高くなってから出発した。

 サイジ村までは三十キロほど、ロキの足ならのんびり行っても午後には着く。別に急ぐ旅でもないのだ。


 辺境の景色は十七年前とあまり変わっていなかった。

 ただ、街道の東側に迫るようにして聳えていた大森林の巨木群が、今ではかなり後退して遠景となっている。

 それだけ人間による開拓が進んでいるのだろう。新しくできた枝郷も、既存の村の東側にできたらしい。


 サイジ村には午後の早い時間に着いた。村の場所自体は変わっていないが、防壁は築き直されて立派になり、村自体の規模も大きくなっているようだった。

 門番は若い男の二人組で、地面に座り込んで藁細工に勤しんでいることは以前のとおりだ。ただ、傍らに立てかけている武器は農具であるホークから、ちゃんとした槍に変わっていた。


 門番は近づいてくるロキとヨーコに気づき、慌てて立ち上がった。一応槍は手にしているが、表情には恐怖の色がない。

 もう召喚士やその幻獣に馴れっこになっているようだ。


「あんた、召喚士さんかい? うちの村にゃ最近オークは出てねえが、何の用だね?」

「私は二級召喚士のヨーコ・マクレーンと申します。大した用ではありませんが、昔世話になったアシュリンを訪ねて来ました」

 しかし門番の若い男は首を捻った。

「アシュリン? そんな奴、うちの村にはいねえと思うが……」


 そう返されたヨーコの方も首を傾げる。

「おかしいわ。十七年前には確かにいたのだけれど……。年齢はまだ五十歳前のはずよ。エーファという娘さんと二人暮らしだったんだけど」

 すると、もう一人の門番が思い出したように相方の脇腹を突ついた。

「ほら、あれだべ。昔この村に初めてオークが出た時、食い殺された男の女房と娘だっぺ。

 娘もオークにさらわれて、手籠めにされたって聞いたことがあるぞ」


 ヨーコは少しむっとして彼の言葉を訂正した。

「そう、その家族のことだけど、娘さんは手籠めになんかされていないわよ。私がそのオークを殺して助けんだから間違いないわ」

 すると、最初の男も何かを思い出したように「ああ!」と声を上げた。

「思い出した! その最初の召喚士ってのが女ですげえ美人だったって、爺ちゃんが言うとった。そんで女は白いオオカミを連れてたって……あんたがその召喚士さんなのかい?」


 ヨーコは苦笑した。

「ええ、その召喚士よ。美人かどうかは知りませんけどね! あなたのお爺ちゃんは『その召喚士は胸がデカかった』って言ってませんでした?」

 若い男は真っ赤になって口ごもった。どうやら図星のようだ。

「なら、信じてくれるわね」

 彼女はそう言って、わざとらしく豊かな胸を青年の目の前に突きつけてみせる。


「それで、そのアシュリンとエーファはどうなったの? あなたたちが知らないってどういうことかしら?」

 門番の二人は顔を見合わせて困ったような顔をしている。

 そこへ村の中から声が掛かった。

「おい、どうかしたのか?」


 若者たちの顔がぱっと明るくなった。彼らは門の内側に顔を入れて手を振った。

「肝煎! ちょうどよかった、ちょっとおねげえしますだ」

 どうやら門の前でもめているのを心配して肝煎が出てきたようだ。


 すぐに年輩のがっちりした体格の男が顔を出した。

「何だ、どうしたんだ……あれ? あんた、ひょっとしてヨーコさんかい?

 いや、間違いない! 何だ若い時と全然変わらないじゃないですか! いやぁ懐かしい。ささ、どうか入ってください」


 その肝煎はケネルだった。十七年前と変わらずにずっと肝煎を続けているらしい。

 黒々としていた髭はすっかり白くなり、さすがに老人と言っていい顔つきだったが、逞しい体格は変わっておらず腰も曲がっていなかった。

「ごぶさたしております、ケネルさん。またお会いできて嬉しいわ」

「昔言ったはずですよ。あなたみたいな別嬪さんなら、いつでも歓迎だって」


 ケネルは上機嫌で彼女を役屋(肝煎の執務室と公民館を兼ねたような建物)に案内した。

 肝煎は彼女を応接室に案内し、お茶を出して互いの息災を祝い合った。

「それで、門の外で揉めていたようでしたが、何かあったのですか?」

「ええ、実はこの村に寄ったのは、アシュリンとエーファに会うためだったのですが、あの子門番たちが知らないって言うものですから……」


 ケネルはその一言で事情を察したらしく、大きく溜め息をついて椅子の背もたれに寄りかかった。

「そうでしたか……。せっかくお訪ねくださったのに、大変お気の毒なのですが……二人はもうこの村にいないのです。十何年か前のことなので、若い連中が覚えていないのは無理もありません」

「いない? ということは、どこかほかの村にでも引っ越したのですか?」


 肝煎は言いづらそうに、自分の目の前に置かれたカップを取ってお茶を飲んだ。

 そして意を決したように口を開く。

「まぁ、そういうことです。隣りのソドル村は覚えておられますか?」

 ヨーコはうなずく。

「ええ、以前イノシシ退治で立ち寄ったことがあります」


「実はアシュリンはそのソドル村から嫁いできたんですよ。

 それであっちには親戚――アシュリンの姉がいて、エーファはそこに引き取られました。

 確かあのが十五歳の時だったと思います。

 それで、その一年くらい後だったと思いますが、同じ村の男に嫁いだと聞いています」


 やはり母娘二人だけでは生活していけなかったのか……ヨーコの胸がちくりと痛んだ。だが、頼っていける親戚があったのは幸いだった。

 そして辺境の娘が十六歳くらいで嫁にいくのは珍しいことではなく、エーファだって年頃になれば縁談もあっただろう。

「それはまぁ……おめでたい話ですね。では、アリュリンは今もお姉さんの家で暮らしているのですか?」


 しかし、肝煎は辛そうな顔でかぶりを振った。

「いや、アシュリンはもうどこにもいない……死んだんですよ」

「………」


 ユーコはしばし黙り込んだ。エーファが隣村の伯母の家に引き取られたと聞いた時点で、彼女は何となくその答えを予感していたのだ」

「……事故か、何かの流行病はやりやまいでしょうか?」

 ケネルは何度目かの溜め息をついた。

「ただの風邪です。最初に倒れた時は、本当に風邪をこじらせただけに見えたんですが……。

 旦那のリーアムがオークに殺されてから、いろいろと無理をしていましたから、身体が弱っていたんでしょうね。あっという間に容態が悪化して、最後には肺炎を起こして……ころりと死んでしまったんです」


「それはお気の毒に……。でも、エーファが結婚して幸せになったのがせめてもの救いですね。もう子どもも生まれているのでしょう?」

 肝煎はますます辛そうな顔になって、ゆっくりと首を横に振った。

 ヨーコの眉間に思わず皺が寄る。

「幸せ……ではないのですか?」


「身寄りのなくなったエーファを、ソドル村へ連れていったのは私なんです。

 何かの折に、アシュリンから隣村に姉がいると聞いていたものですから……。

 考えてみれば、その姉――ベルタと言いますが、彼女がうちの村に来たことなんて一度もないんです。

 隣村に住む姉妹なのに、そんなことがありますか? よく考えれば何か変だと気づけたはずなんですが……」


「……と言うことは、姉妹仲があまりよくなかったのですか?」

 ヨーコの質問に、ケネルはがっくりと肩を落としてうなずいた。


「後で知ったことですが、アシュリンの母は一人娘を抱えた未亡人で、同じように女房を亡くした男に後添えとして迎えられたそうです。要するにエーファは母の連れ子で、ベルタは先妻の子――二人は姉妹とはいえ、まったく血のつながりがなかったのです。

 アシュリンは子どものころからベルタに相当いじめられたらしく、この村に嫁に来たのもソドル村から逃げ出したい一心からだったようです」


「そんな関係なのに、ベルタは血の繋がらない姪をよく引き取りましたね?」

「ええ、私が隣村に出かけていって、肝煎の仲介でこの話を持ち込んだ時は、露骨に嫌な顔をされました。

 ところが、エーファが十五歳でなかなかの器量よしだと話すと、ころりと態度が変わったのです。『可愛い妹の〝忘れ形見〟だ。あたしが引き取らねばなりますまいよ』ってね。

 あの時に気づいていれば……エーファはこの村の娘です。私が養女にしてでも面倒を見ればよかったのです」


「つまり、そのベルタという女は、エーファを金に換えるつもりだったということですね?」

 肝煎は疲れたような笑いを浮かべた。

「さすがですね、話が早くて助かります。

 エーファは十六歳になったばかりで、ソドル村の五十歳を過ぎた男やもめに売られたのです。

 その話を聞いたのは、彼女が嫁入りして一年も経ってからでした。その時にやっと事情を掴んだのですが、もう何もかも手遅れでした。亭主は評判の悪い男で、前の女房も母親と一緒になっていびり殺したという噂でした」


「一年後に話を聞いた? ……まさか、一年後に何か起きたと言うのじゃないでしょうね」

「その〝まさか〟ですよ。

 エーファの亭主、それに一緒に暮らしていた姑が、二人揃って毒キノコに当たって死んだのです。そして……エーファは姿を消して行方不明です。

 隣村ではエーファが二人を毒殺したのだと噂になり、不審死として親郷の役所に届け出ました。

 ですが、検死に来た役人の調べでそれは否定されました。姑の婆さんが森からキノコを大量に採って帰ったきたのを見た者がいたのです。

 その人は婆さんが採ってきたキノコは毒だから食べてはいけないと親切に忠告したそうなんですが、婆さんは聞く耳を持たずに怒って帰っていったそうです」


「なるほど……」

 ヨーコもケネルにつられたように溜め息をついた。

「伯母のもとへ戻っても、またすぐにどこかの小金持ちに売られることは目に見えているものね。誰だって逃げ出すと思うわ。

 じゃあ、それ以来エーファはこの村にも戻っていないのね?」


 肝煎はうなずき、またまた溜め息を洩らした。

「風の噂でそれらしい娘を見たという話は時々聞くのですが、あまり信用できるものではありませんでした。

 案外、蒼城市かどこかの都会に出て、ちゃんと暮らしているのかもしれません」


「う~ん、まいったわね。これは当てが外れたわ」

「当て?」

 不思議そうなケネルの顔を見て、ヨーコは慌てたように言い繕った。

「あら、何でもないの。独り言よ、気にしないでくださいな。

 それではもうこの村にいても仕方がないわね……。

 ねえ、ケネルさん。もしよかったらアシュリンのお墓を教えてくださいます?」


 肝煎は「お安い御用です」と請け合い、彼女を村の郊外にある共同墓地に案内した。

 アシュリンの墓には石碑も墓標もなかった。ただ小さな土饅頭があるだけで、教えてもらわなければ絶対に分からないだろう。そして教える人間がいなくなれば、忘れされていくのである。

 ヨーコは墓の前でひざまずいて祈りを捧げると、肝煎に礼を言ってそこで別れた。


 翌日、ふと気になったケネルが墓地を見にいくと、アシュリンの墓の土饅頭は野から摘んだ色とりどりの花で覆い尽くされていた。


      *       *


 ヨーコは親郷に戻ると、宿屋にひと月ほど滞在し、各枝郷を訪ねて懐かしい村人たちと旧交を温めた。

 時にはロキとともに大森林に入り、オオカミの狩りに付き合ったりもした。この辺境旅行は、普段都会で窮屈な思いをしているロキのストレスを発散させるという意味もあったのだ。


 サイジ村で聞いたエーファの話も気になっていたので、訪ねた先々で聞いてみたが、誰も彼女らしき女性を見たと言う者はいなかった。


 のんびりと休暇を楽しんでいたヨーコは、ある日サラ(元肝煎の奥方)の元を再び訪れた。老女の噂話と愚痴(主に嫁の悪口)を、彼女はにこにことして辛抱強く聞いていたが、サラが喋り疲れたところでやっと用件を話すことができた。


「今日はお別れを言いに来たの。そろそろこの村を出ようかと思って」

「あら、そうなのかい! そいつは残念だねぇ……。でも、また暇ができたらいつでもおいでよ。あたしゃまだ当分くたばらないだろうからね」

 サラはひとしきり笑うと、ヨーコに「都会に戻るのかい?」と訊ねた。


「いいえ。私はまだまだ遊ぶつもりよ。これから南の親郷――カイラ村でしたっけ? そちらに寄って、それから南回りで赤城市に行ってみようと思っているの」

「へえ~! そりゃまぁ、大したもんだねぇ。あたしがこの村を出た回数なんか、両手の指で数えられるくらいだっていうのにね。

 でも、南のカイラ村なら行ったことがあるよ。あそこは辺境でも一、二を争う古い村だからね。美味しい料理を出す店も多いって話だよ」

「それはますます楽しみだわ。それじゃサラさん、どうかお元気でね。またいつかお会いしましょう」


 二人の女性はしばらく別れを惜しんでいたが、やがてヨーコはサラの家を出た。そこにはもう、馬用の振り分け鞄を装着して旅支度を済ませたロキが待っていた。


      *       *


 辺境南部の親郷であるカイラ村は、村というより町――それもかなり大きなそれに近かった。〝辺境の首都〟と呼ぶ者もいるくらいだ。

 宿屋の質もクリル村とは段違いで、サラの言うとおり美味しい料理を出す店や辺境の特産品を売る雑貨屋があり、かなり規模の大きないちも定期的に開かれていた。


 ヨーコはこの村に二週間ほど滞在した。大きな親郷なだけあって、集まってくる召喚士の数も多く、中にはヨーコの友人や顔見知りも混じっていたので、退屈をすることなく楽しく過ごすことができた。

 それでもいずれは飽きるものである。彼女は予定どおりこの親郷を出て、辺境を南北に貫く脇街道を南下した。クリル村から六十キロほど進むと、西南の赤城市へと通じる街道との分岐点がある。そこを目指したのだ。


 季節は九月に入っていたが、まだまだ日差しは厳しかった。特にオオカミであるロキは毛皮を脱ぐわけにはいかないので、あまりの暑さに音を上げた。

 そのためヨーコたちは街道を外れた草地の大きな木の下で昼食を摂り、そのまま木陰で昼寝をすることにした。「どうせ急ぐ旅でもないし」と言うヨーコの提案に、ロキは一も二もなく賛成した。


 大きな木の幹に寄りかかり、膝を抱えて座っているヨーコの横で、ロキはオオカミの威厳を忘れた自堕落な格好で眠りこけている。

 巨木の重なり合った葉で陽光から守られた木陰の草地は、ひんやりとして心地よかった。生ぬるい風ですら、額に滲んだ汗を気持ちよく拭き取っていく。


 ヨーコもいつしか目を閉じ、うとうととしていた。眠いのだからロキのように横になればいいのに、膝を抱えて頭を垂れた窮屈な姿勢を解く気になれない。

 彼女は半分以上眠っていたが、横になろうかどうしようかという変な迷いのせいか、わずかに意識が残っていた。


 その耳に、遠くの方から甲高い声が聞こえてきた。

「……いた……きん、ものもらい~」

 節のついた声は、とぎれとぎれにゆっくりと近づいてくる。

「子どもの声? 何かはしゃいでいるわね……違うわ、何か囃し立てている声だわ」

 彼女は朦朧とした頭の中でぼんやりと考える。近くの枝郷の子どもたちなのだろう。誰かを仲間外れにしていじめているのか、物乞いに石を投げて追い立てているのか……。


 しばらくして、突然彼女の意識が現実に引き戻された。

 ヨーコたちの方へ石が飛んできたのだ。子どもが投げた石が狙いを逸れたのだろう、拳ほどの結構大きな石が彼女の数メートル横に落ち、ごろごろと転がった。


 ヨーコはやや不機嫌になって立ち上がった。子どもの悪ふざけを咎める気はないが、こちらに被害が及んではたまったものではない。

 彼女が一段高くなった街道の上に登っていくと、想像したとおりだった。


 まだ十歳にもなっていない四、五人の悪童が「売女ばいた、ばい菌、物貰い~」と罵り言葉に節をつけて囃し立て、前をふらふらと歩いている女性に向けて石を投げつけていたのだ。


 街道の下からいきなり姿を現したヨーコに、悪童たちは驚いて足を止める。彼女はずかずかと近づくと、先頭に立っていた鼻たれ小僧にいきなり平手打ちをくらわした(もちろん手加減している)。

 そして男の子の胸倉を掴むと、軽々と持ち上げ顔をぐっと近づけた。


「あんたたち、人に石を投げたら駄目だって母ちゃんから教わらなかったの? 当たったら怪我をするのよ!」

 低い声で睨みつけるヨーコには凄まじい迫力があった。


 手足を宙でばたばたさせていた悪ガキの怯えた目からは、たちまち涙が溢れ出た。

「ごめんなさい」

 ヨーコは小さな声を絞り出した男の子の額を、ぴんと指で弾いてから下に降ろしてやる。

 たちまち悪童どもは「わーっ!」と叫び声を上げて、一斉に逃げ去っていった。


 ヨーコは「ふう」と溜め息をつくと、振り返って石を投げられていた女性に近づいた。

 さっきまでは立っていたはずだが、いつの間にか女性は道に倒れている。

 黒く長い髪はぼさぼさで、明るい花柄のワンピースにエプロンを着ていたが、何度も転んだらしく泥で汚れ、全身が埃まみれだった。

 不格好なほどに大きな荷物を肩に掛けているが、女の衣装との違和感が甚だしい。肩かけ紐のついた帆布のような生地の武骨な袋である。

 うつぶせに倒れているので顔は見えないが、若そうな女性に見える。


「ちょっと、あなた。大丈夫? どこか痛めたの?」

 ヨーコが心配そうにかがみ込むと、うつぶせの顔のあたりから「ぐううううう」という音が聞こえてきた。

いびき? 寝ているのかしら?」


 とりあえず、木陰の草地に移動させようと考えたヨーコは、まず女の荷物を手に取って「よいしょ」と肩にかけた。

 途端にずっしりとした重みが加わり、彼女は思わずよろめいた。

「何なのこれ? やたらと重いわね」


 ヨーコはまず荷物の方を先に運んで、それから女の身体を仰向けに転がして抱きかかえた。

 立ち上がってみると、先ほどの荷物と違って女の身体は軽々と持ち上げられる。

 がくんと頭をのけぞらせた女の口から「げふっ」という息が洩れ、ヨーコは思わず顔をしかめて横を向いた。


「酒臭っ! このったら、酔っ払っているの?」

 熟しきって腐った果実のような甘ったるい息は、飲まないヨーコを辟易へきえきさせた。

 さらに女は無意識にだろう、顔に汗でへばりついていた黒い髪をうるさそうにかき上げた。

 おかげでその表情をやっと確認することができる。


「あらあら!」

 ヨーコは女を抱きかかえたまま、思わず吹き出した。

 そのころにはロキも目を覚まして面倒くさそうにのそのそと近寄ってきた。

『何の騒ぎだ……っていうか、何を笑っているんだ、お前?』


 ヨーコは街道脇の坂を転ばないよう慎重に下りると、おかしそうに答えた。

「だって、見てよこれ。

 街道で酔っ払いを拾ったら、エーファだったのよ!」

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