密林の賢王 第十話 代償

「まずは最初から仕切り直しだ」

 ダウワース王は一度立ち上がって「ぱんぱん」と太腿のパンくずを叩き払い、どっかと座り直した。


「ユニとやら、お前は確か召喚士と名乗ったな。

 では、お前の幻獣はどこにいる?

 幻獣と召喚士は常にともにあると聞いているぞ」

 ユニは正直に答えようと即座に決めた。下手な嘘はこの〝賢王〟に通じないと直感したのだ。


「村の人々を驚かしてはいけないので、周囲の森で待機させています」

「幻獣の種類は何だ?」

「オオカミです。――ただ、この世界のものより大きいですが」

「オオカミ……一頭か?」

「いえ、全部で八頭の群れです」


「なるほどな……。

 お前はさっき〝待機させている〟と言ったが、ずっとそうだったのか?」

 ユニは心の中で驚いた。『うわっ、やっぱり賢王の名は伊達じゃないわね……』

 そして動揺を表情に出さないよう、冷静に答える。

「いえ、私たちがこの国に入った後、周囲の様子を探らせました」


 王は少し感心したようだった。

「ほう……素直だな。

 それで俺たちが何かに備えて臨戦態勢を取っていることに気づいたというわけだ。

 しかも、その相手はオークではないかと思ったのだな?」


 ユニは小さくうなずきながら、『少しは反撃しないと甘くみられるわね』と覚悟を決める。こうした土壇場になると、彼女は肝が据わってくるのだ。

「はい、おっしゃるとおりです。

 王はそれを覚られないよう、村の人たちに『普段のとおりにしろ』とお命じになられたわけですね?」


 ダウワースは不意を突かれて目を丸くしたが、愉快そうに笑いだした。

「ユニ、お前は面白い奴だな! 人間にしておくには惜しいぞ」

 彼はひとしきり笑ってから、再び真顔になった。

「よし、状況は分かった。

 それで、お前たちの訪問の理由を改めて訊こうではないか」


 この質問には淀みなく答えられる。

「それは始めから言っているように、王国の人間と密林オークとの間に友好的な関係を築くことです」

「具体的には何を求めるのだ?」

「まず、街道の安全を保障することです。

 少ないとはいえ、年に何度かは隊商が密林のオークに襲われています。これを止めていただきたい」


「それは……無理だな」

 王の答えは意外なものだった。

「え? でも、王は人間との争いどころか、接触すら避けているように思えますが……」


「そのとおりだ。

 そこの二人は別かもしれんが、普通に戦えばオークは人間より強い。

 だが、人間は鉄の武器と長射程の飛び道具を持っているばかりか、呪術や魔法といった妖しげな術すら遣う。それが集団で襲ってきてみろ。オークに勝ち目はない。

 だから俺は人間を襲うことを厳に禁じている」

 王はそこで言葉を切って間を置いたが、表情が苦いものに変わっていた。


「国には掟というものがある。オークは血の気が多くてな、年に何人かは掟を破って追放される愚か者が出る。隊商を襲ったのは、狩場からも締め出され、ヤケを起こした追放者どもの末路だよ。

 追放者は俺の支配下にない。支配していない者の行動を制限することはできない相談だ。

 第一、お前は人間が被害者だという顔をしているが、隊商を襲った奴らはどうなった? どうせ皆殺しになっているのだろう?」


 王の言葉は理屈が通っていた。ここは引き下がるしかない。

「分かりました。では、追放者が出た場合にその情報を流していただくだけで結構です。

 それにも関連しますが……二番目の要求は連絡手段の確立です。何かあった時には話し合う余地を残しておきたいのです」

「何かあった時? その〝何か〟が何か、気になるところだな。まぁいい、それはその時に限った連絡なのか?」

「いえ、今こうしてお話しているように、日常的に情報を交換し合って互いの種族の理解を深めたいと思っています。

 あとは交易でしょうか。例えば、先ほど塩が貴重品だと聞きましたが、私たちは塩を大量に、しかも安価に提供――」


「言ってみろ!」

「え?」

 オーク王は低い声で繰り返した。

「人間がオークから何を買うつもりか、言えるものなら言ってみろ。

 お前たち人間がこの密林から何かを得るというなら、それは薬か麻薬の原料くらいだろう。

 それだったら大公国や首長国の薬師どもが、昔から入り込んで好き勝手に採っていってるぞ。

 大体、俺は人間の文化を入れるつもりがないからな。交易は成立しないだろう」

「それは……そうですね」


「では、一体お前ら人間が俺たちから得ようとしているものは何だ?

 これ・・以外にあるまい?」

 王はにやりと笑って、指先で自分の額をこんこんとつついた。


 ユニは思わず溜め息をついたが、その表情は明るいものだった。

「お見それしました。さすがは〝密林の賢王〟ですね。

 おっしゃるとおり、私たちが得たいのはオークに関する情報です。

 リスト王国では、長年辺境を襲う、その……私たちが〝はぐれ〟と呼んでいる者たちに悩まされています。

 それが、ここ最近急激に数を増しているのです。

 今のところ、私たちには対処療法――つまり、現れた〝はぐれ〟を殺すことしかできません。でも、それは被害が出た後の話です。

 なぜ彼らが出現するのか、そしてなぜ人間の村を襲うのか、その原因を突き止め未然に被害を防ぎたくても、私たちはあまりに彼らに対して無知なのです。

 しかし、この密林のオークは王国を襲う〝はぐれ〟に見た目は似ていても、中味がまったく違います。それはこのわずかな滞在でも十分に理解できました。

 ましてやダウワース王は私たちと意志を通ずることができます。どうか、私たちにオークのことを教えてほしいのです!」


「ふん」

 オーク王は鼻を鳴らしたが、まんざらでもない顔をしている。

「やっと本音を吐き出したか……。

 お前たちの望みは分かった。

 だが、それを教えたとして、俺たちはどんな見返りを手にするのかな?」

「お望みの物を……」


 王は突然立ち上がったが、機嫌を損ねたわけではないようだ。

「それについては少し考えさせてくれ。主だった者との相談も必要だ。

 ――長話をしたな。あと一時間もすれば昼になる。俺は水浴びの時間だから、これで失礼する。

 お前たちは宿舎に戻ってくれ。昼飯は俺の娘に運ばせよう」


 ダウワースはそう言うと、くるりときびすを返した。深紅のマントがぶわりと翻って、その大きな背中を隠す。


 ユニたちは、ほっと安堵の息をついた。

 どうにか話し合いは決裂せずに済んだらしい。

「よい交渉ぶりだったぞ。お疲れさまだ」

 アスカが優しい声でぽんとユニの肩を叩いた。


      *       *


 王が予告したとおり、昼食を運んできたのは若そうな女オークだった。

 王の娘だから〝お姫様〟ということになろう、くりくりとよく動く目、あまり広がっていない鼻、いたずらっぽい笑みが浮かぶ口が印象的で、多分……オークとしては相当の美人なのだろう。

 ただ、そうは言ってもオークはオークである。腕や肩にはたくましい筋肉が盛り上がり、胴回りはユニの三倍はありそうだった。


 彼女は山盛りの食事を乗せた木の盆を運び込むと、かいがいしく三人の前に配膳した。

 木の椀の奥手には瑞々しいシダの葉と赤とオレンジの花が飾られ、娘はその位置がちゃんとしているか、とても気にしているようだった。

 腰に手を当て、自分の仕事を満足そうに眺めると、彼女は膝をついて空の椀に温かい汁ものをよそった。


 すべての用意が整うと、彼女は三人のそばに横座りで腰をおろした。あぐらをかいているユニとアスカはちょっと気まずい。

 そして、彼女は初めて口を開いた。


「お口に合うか分かりませんが、どうぞお召し上がりください」

 それはダウワース王ほど流暢ではないが、十分に理解できる中原語だったので、三人は目を丸くした。


「あなたはその……人間の言葉が話せるのですか?」

 オークの娘はにっこりとうなずいた。

「はい、ユニさま。父から習いました。

 あまり上手ではないので恥ずかしいです。人間の方とお話ししたのは初めてですから……」


 彼女は〝ジャヤ〟という名で、二十四人いる兄弟の末っ子だと自分を紹介した。オークの女は早熟な上に多産なので、二十人程度は珍しくないそうだ。

 ジャヤは十二歳なので、もう子どもを産める年齢だったが、まだ夫が一人も・・・いないと少し悔し気に説明した。求婚者は多いのだが、父王が「まだ早い」と言い張っているらしい。


 オークは女性の割合が少ないため一妻多夫制をとっていて、夫同士が争わないように夫が日を違えて妻の家を訪れる〝通い婚〟なのだという。

 彼女は三人の世話をしながら、こうしたいろいろなこと――主に家族や恋愛、結婚事情について話してくれた。

 ダウワース王は子どもたちに等しく人間語を教えたが、向き不向きがあったらしく、修得できたのは一番上の姉と彼女の二人だけだという。


「上の姉はもう独立して三人の夫持ちです。

 ですから人間語が話せる私が皆さんのお世話をすると言ったのですが、父さまがお許しくださらないのです。お食事を運ぶのだって、やっと『うん』と言わせたんですから」

 彼女は「ぷう」と頬を膨らませた。

 ユニたちは『オークの男が見たらきっとかわいいに違いない』と自分を必死で納得させた。万が一にも笑ったら、ダウワース王に殺されかねない。


「そうそう、父さまから伝言があったのを忘れてました!」

 娘はくるりと表情を変え、屈託のない笑顔を浮かべた。

「午後から余興に付き合ってほしいそうですよ」


 ユニは首をかしげた。

「余興……何か歌か踊りでも見せてくれるのですか?」

 ジャヤの方も首を傾げる。

「さあ……? 何も聞いていないので私には分かりませんが、少なくとも歌や踊りではないはずです。

 今はそうしたことをするような場合じゃ――いけない!

 ごめんなさいっ! 何でもないです、忘れてください!」


 娘は慌てて食器を片付けると、それらを抱えてそそくさと外に出ていった。

 その後姿を見送ったアスカがぽつりと洩らした。

「いいだな。

 きっと父王から『村の状況については話すな』と釘を刺されていたんだろう。

 お喋りに夢中でうっかり口を滑らせたのだな――なんだかフェイを思い出してしまうよ」


      *       *


 昼食が済んで一時間ほど経つと、くつろいでいたユニたちに「邪魔するぞ」と声が掛かった。

 答えを待たずに入口のむしろを跳ね上げ、ダウワース王が顔を覗かせた。

「ちょっと付き合ってほしい。三人とも外に出てくれ」


 どうやらジャヤが言っていた〝余興〟が始まるらしい。

 ユニたちが外に出ていくと、広場にかなりのオークが集まっている。

 その集団の中央には、人垣に囲まれた円形の空き地ができている。


 ダウワースの隣りには、王と同じくらい体格のよいオークが木槍を手にして立っている。

「実は今朝のお前たちの稽古が評判でな。見ていた連中が手合わせをしたがっているんだ。

 すまんが相手をしてやってくれないか?」


 なるほど、これが〝余興〟か――三人は納得した。確かにジャヤは「余興に付き合え」と言ったが、誰にとっての余興かまでは言わなかった。

 これは、オークにとってまたとない余興に違いない。


「それは構わぬが、ユニは武人ではないから外してくれ。

 私とゴードンのどちらがお相手すればよろしいか?」

 アスカが前に出て訊ねた。王も隣りの戦士も大柄だが、それでもまだアスカの方が背が高い。


 王は振り返ってオーク語で戦士と短い会話をし、アスカにその結果を伝えた。

「アスカと立ち会いたいそうだ。稽古ではお前の方が強そうに見えたと言っている。

 ただ、客人に怪我をさせては申し訳ないので、あの金属の鎧を着てもよいそうだ」


 アスカは日常的にプレートアーマーを着込んでいて、この国に入った時もそうだった。

 だが、金属製の鎧はオークたちにとってかなり威圧的に見えたらしい。彼女を見る目には怯えの色が窺えたのだ。

 そのため、アスカは今朝の稽古からは鎧を脱いで、革鎧(これは荷物として持ち込んでいた)に着替えていたのだ。


 アスカはにこりと笑った。

「心配ご無用。むしろ私に怪我を負わせることができたら、心からの敬意を贈ろう。

 ――そう伝えてくれ」

 彼女はそう言うと、すたすたと群衆の輪に入っていった。

 人垣がさっと割れて中央の試合場へ道ができる。アスカは躊躇ためらわずに進み、その小さな広場に入った。


 一人のオークが進み出て、彼女に木槍を手渡す。アスカは槍をりゅうりゅうとしごいて感触を確かめ、満足したのか「うん」と独りちた。

 遅れて先ほどの戦士がアスカの前に立った。アスカの「怪我を負わせられたら誉めてやる」という言葉を伝えられ、顔を真っ赤にしている。


 二人は槍の切っ先をかつんと合わせてから、互いに少し後退する。

 王から正々堂々戦うよう注意が与えられ、ダウワースも数歩引き下がった。

 そして「始め!」と叫ぶ。オーク語だが、アスカにもその意味は問題なく伝わった。


 オークの戦士は大股に踏み込んで、いきなり槍を横薙ぎに払った。

 膂力に任せた全力の攻撃だったが、アスカは難なくそれを受け止め、思い切り上に払う。

 オークの槍が頭上高く弾かれた次の瞬間、アスカの突きが一閃し、オークの喉元でぴたりと止まった。


 見物のオークたちには、アスカが相手の槍を跳ね上げたところまでは見えたが、その直後の突きはあまりに動きが早すぎ、何が起こったのか分からなかった。

 木槍の先は削られて鋭く尖っており、それがオークの喉仏をちょんと押している。

 アスカが止めなければ、喉を突き破られて間違いなく即死していただろう。

 オークは槍を持った両手を振り上げたまま、身動きできずにオーク語で「参った」と言うしかなかった。


 ダウワースが「それまで!」とアスカの勝利を認め、近くに歩み寄った。

「これでは早すぎて誰も満足すまい。アスカよ、こいつはもう一本やりたいと言っているが、どうだ?」

 彼女は「いくらでも」と快諾する。

 再び両者は対峙し、第二試合が始まった。

 今度はオークが大上段から槍を振り下ろしてアスカの肩口を狙う。


 彼らの木槍は金属の刃がついていない、むしろ棒に近いものだ。ただ、長さは二メートルほどでそれほど長くない。

 このくらいの短槍だと叩くよりも突く方が効果的なのだが、このオークはそれを理解していなかった。


 アスカは打ち込まれた槍を斜めに受け、滑らせるようにして相手の力を逸らす。つんのめって前に出たオークの足をさっと払うと、オークはぶざまに地に這った。

 慌てて顔を上げたオークの目の前には、ぴたりとアスカの槍の切っ先が突きつけられていた。


 三本目は、さすがに学んだらしくオークは突きを放った。アスカは真正面から槍を合わせると、巻き込むようにして下に方向を逸らす。

 そのまま絡めとった槍を叩きつけると、地面に突き立った槍から伝わる衝撃がまともにオークに伝わり、彼は堪らずに痺れた手を離してしまった。

 当然、アスカの槍先は「ちょん」とオークの首の皮を押している。


 両者の実力差が大人と子どものように離れていることは、もはや誰の目にも明らかだった。

 このオークは、恐らく戦士として最も強い男なのだろう。見守る群衆の表情は、落胆と畏怖が入り混じったものとなった。

 たび敗れたオークは、それでも諦めずにアスカに挑もうとしたが、見かねてゴードンが見物の輪から飛び出した。


 驚いているオークに構わず、ゴードンは彼を後ろから抱きかかえるようにして構えを直す。

 足の開き、腰の下ろし方、脇の締め方、槍の握る位置――一つひとつ直していくと、どうやらオークにもその意図が伝わったらしく、彼は素直にゴードンに従った。


 構えが直ると、ゴードンが横に立って同じように槍を構え、突きを放ってみせる。

 オークがその真似をすると、いつの間にか横に来ていたアスカがオークの手を取って突き方を修正した。

 何度か繰り返すうちに、どうやら動きが様になってきた。


 するとアスカが前に立って槍を構えた。「今の要領で突いてこい」と表情が語っている。

 オークは教えられた動作で渾身の突きを放った。思い切った踏み込み、無駄がなく隙をつくらない動作は鋭く、さっきまでとは見違える攻撃だった。

 もちろんアスカは難なくそれを受け流したが、突きを逸らされてもオークの重心が低くて体勢が崩れない。


 「おお~」という感嘆のどよめきが起こった。短時間の指導で劇的に変わった動きは、王はもちろん見守る群衆にも明確に伝わっていたのだ。

 ゴードンは輪の最前列にいる王のもとに戻ってきた。

「今教えた突きの動作を毎日繰り返して身体に叩き込むよう、あいつに伝えてくれないか。

 飲み込みが早いし筋がいい。すぐに良くなるだろう」


 王はいたく感心したようだった。

「アスカといいお前といい、大したものだな。――これは思った以上の収穫だった。

 ユニ、夜にまた迎えをやる。午前中の続きをやろうではないか」


      *       *


 ユニたちが宿舎に戻ると、ジャヤが嬉しそうに迎えてくれた。

「父さまからお許しがでたの。

 あなたたちのお世話をしてもいいって!」


 その無邪気な喜びように、アスカが微笑みかける。

「それではさっそく頼みたいのだが……汗を流したいのだ。

 風呂をお借りできないだろうか?」

 ユニがその提案に飛びつく。

「あっ、それ賛成! お風呂入りたいわ!」

 ゴードンも黙って頷いているところを見ると、彼も風呂嫌いではないらしい。


 しかし、ジャヤは困ったような顔をした。

「人間の方のお風呂って……お湯に浸かるのでしたね?

 オークは水浴びこそしますが、温かいお湯に入る習慣がないんです。

 第一、私たちには木桶を作る技術がありませんから……。

 水を貯めるのは大きな壺(土器)ですけど、人間が入れるほどのものは作れないんです」


「ううっ……いくら暖かい南方とはいえ、冬場に水浴びなの?」

 ユニが絶望的な顔をしてその場に崩れ落ちたので、ジャヤを気の毒なくらいに慌てさせてしまった。

「でっ、でもっ、お湯を沸かすことはできますからっ!

 私が手伝ってお湯をかけたり、お背中を洗ったりはできますよ。そうです、そうしましょう!」

 さっそく準備させますねっ!」


 ユニはアスカから「わがままを言って王の娘を困らすんじゃない」と叱られたが、結局ジャヤの奮闘で案外気持ちよく身体を洗うことができた。

 女二人とオーク娘の〝きゃっきゃうふふ〟な場面は本筋とは関係ないので省略する(ゴードンはジャヤの手伝いを丁重に断って、一人黙々とお湯を使った)。


      *       *


 日が落ちると、三人は前日と同じように王と食事をともにし、その後再び交渉に入った。

 あぐらをかいた王は、くつろいだ様子で口を開いた。

「朝の続きだが、よくよく考えた結果、俺はお前たちの申し出を受けることにした。

 お前たちの知りたいと思う情報は、俺が知る限り正直に伝えよう。

 あるいはそのことが、俺たちオークの存在を脅かすことになるかもしれないが……少なくともお前たちは信頼に足ると俺は思う。

 どうかこのささやかな王国をそっとしておいてほしいのだ――約束できるか?」


「私の名誉と良心にかけて」

 ユニは真剣な表情で答え、アスカも大きくうなずいた。ゴードンはそうした立場にないということだろう、黙って見守っている。

「よし、ではその見返りを要求しよう。

 ユニ、お前は俺たちが望むものを差し出すと言ったな?」

「はい、私たちに用意できるものなら」


 オーク王は大きくうなずいた。

「よかろう。では、お前たちに頼みたい。

 お前たちが推測したように、この国が外敵と戦っているのは事実だ。

 正直に言って俺たちは苦戦している。

 そこで、お前たちに協力をしてもらいたい。

 具体的には、アスカとゴードンに俺たちの戦士を指導して鍛えてもらいたい――できれば彼らを率いて戦いを指揮してほしいのだ。

 ユニには、オオカミたちを使って敵の動きを探ってもらいたいと思っている」


 さすがにユニは慌てた。

「ちょっ、待ってください!

 もし、敵に攻められているというのなら、王国の第三軍に出兵をさせます。

 そうなれば、相手がいかに手強くても一掃できるでしょう。いざとなればこちらには赤龍――ファイアブレスを持つドラゴンだっているんですから」


 王は歪んだ笑みを浮かべた。

「もし、王国にサラーム教国家群が大挙して侵攻したとしよう。あいつらの兵力は王国を圧倒するはずだ。そして幻獣はいなくとも、奴らには呪術師がついている。そんな事態になって苦戦した時に、北の帝国が『それは大変だ、我が軍が助けてやろう』と言ってきたら、王国はその助勢を受け入れるか?」


 アスカは首を横に振った。

「ありえないな。例えサラームの連中を追い払えても、今度は帝国軍が居座ることが目に見えている。〝軒を貸して母屋を取られる〟というやつだ」


「そういうことだ。国に王国軍を入れるほど、俺は人間を信じてはいない。

 だが、お前たち三人なら友人として信用しよう。

 ユニ、お前はさっき〝私たちに用意できるものなら〟と言ったではないか。あれは口先だけだったのか?」


 完敗だった。ユニが答える前に、もう結果は決まっていたのだ。

「……分かりました。できる限りのことをいたしましょう」


 この一か月前に、ユニに対して「お前はそのうちオークを率いてともに戦うことになる」と予言したらどうだったろう。

 彼女は「冗談じゃないわ、天地がひっくり返ってもそんなことあり得ないでしょう」と笑い飛ばしたことだろう。

 ユニはそんな事態に否応なく巻き込まれてしまったのである。

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