災厄の日々 第七話 エルゼ川の戦い①
マグス大佐が高魔研への出張から戻ったのは土曜日であった。
彼女は教務長であるバッカス少将に高魔研での試験結果を報告し、教務長の方では彼女の留守中に開いた臨時会議の結果(の一部)を伝え、研修生に提出させているレポートの書写と来期からの教材化について了解を求めた。
一時間ほどの面談を終え、大佐が自分の教官室に戻ると、扉には鍵が掛かっていた。
研修生たちに与えられる休日は日曜のみで、土曜日も普通に講義や訓練がある。
しかし、既婚者でまだ小さな子どもがいるネフェル少佐は土曜日の受け持ちを免除されており、土日は夫と子どもの待つ帝都の自宅に帰るのがいつものことだった。
ネフェル少佐が愛する夫と子どもとの充実した休日を過ごし、満足して官舎に戻ってきたのは日曜の夜遅くであった。
彼女がノックをして扉を開けると、マグス大佐は自分の机に向かい、何やら書類をめくっていた。
「ああ、第二旬の成績表が届いていたんですね。
今回も上位三人は変化なしですか?」
少佐は手荷物を片付けながら、自分の机の上にも置かれている見慣れた書類に目をやった。
「ああ、赤毛の小僧は盤石だ。黒髪の坊主も頑張ってはいるが、やはり届かんな。
……気に入らんのは金髪の阿呆だ」
大佐は憮然として答えた。
「気に入らないって……また三位なのでしょう?
四位以下とは相当差がありますし、イアコフの成績だって大したもんですよ。
軍大学みたいに座学と実技の配点が同じだったら、ルーニーより上なんじゃないですか」
「少佐、君の目は節穴かね。あの金髪は明らかに手を抜いているだろう。
総合的な実力では、あいつに勝てる奴はいない。赤毛の小僧ですらだ」
大佐の主張にネフェル少佐は懐疑的だった。
「そうですかねぇ? 私には真面目にやっているように見えますが……。
第一、手を抜いてわざと成績を低くしても何も得をしないじゃないですか。
はい、これお土産です。
うちの近所に新しいお菓子屋さんができたんですが、そこのクッキーがなかなかなんですよ!」
少佐はマグス大佐の机の上に、美しい包装紙がかかった小箱を置いた。
その横には成績表が置かれていた。
「あら、成績表を見ていたのではないのですか。
なんですかそれ?」
悪気なく少佐は大佐の手元を覗き込んだ。
「身上書……?」
「ああ……金髪と赤毛の分だ。やつらの原隊に手を回して取り寄せた」
「なんだってそんな……?」
「まぁイアコフは三位以内に入れればいいのだろう。
それ以上は目立ちたくないらしい。赤毛はいい目くらましだな。
そんなことよりだ。あの二人、普通に考えておかしいだろう?
あいつらは同じ村出身の幼馴染だと聞いているが、どう見ても赤毛は金髪の家来だ。
それも番犬みたいに忠実に主人の側から離れないし、金髪の方でもそれが当たり前だという顔をしている」
「まぁ……そう言われればそうですね」
短気な人間というものは、常人には理解できない些細なことで怒りのスイッチが入ると言われている。
このネフェル少佐の何気ない返答も、マグス大佐の嗜虐心を刺激したらしい。
「ほお、ずいぶん気のない返事じゃないか。君は若い男どものプライべートにもっと関心があると思っていたのだがね」
大佐の露骨な当てこすりに、温厚な少佐もさすがにむっとしたようだった。
「当たり前です! 彼らは毎年入れ替わる研修生に過ぎません。
特別な関心など抱くはずないでしょう。変なことを言わないでください」
「そうか……いや、そうだとしたら何も問題はないな。私の失言だ。済まなかった、謝ろう。
実を言うと、君が若い研修生にチョコを与えて餌付けしているという、まことしやかな噂を聞いてな。
君の旦那――アンドレイ大佐はほら、私の同期だと知っているだろう? 友人の妻に不名誉な噂が広がる前に忠告すべきかどうか迷っていたのだ。
そうか、違うのか……それは失礼したな」
ネフェル少佐は耳まで真っ赤になって慌てふためいた。
「ちっ、ちがっ――! ああああああ、あれはそのっ!
――ってか、いつ見てたんですかっ!
違うんです! イアコフは実家の弟に似てるんですよ!
弟は金髪じゃないですけど、目とか口元とか笑った時の表情が可愛くって、じゃない! 凄く似ててっ!
おっ、弟は私と一回りも違ってたから、姉弟っていうより自分の子どもみたいな感じで可愛がっていたんです。本当ですっ!
だからっ! そういうんじゃないんですってば!
お願いですから、アンドレイには内緒にしてください!」
最後には涙声になった少佐の弁明を、マグス大佐は「ふふん」と鼻でせせら笑った。
「私はチョコをやった相手がイアコフだとは言っていないがね……。
まぁいい、アンドレイには黙っといてやるから、若い男に色目を遣うのはほどほどにしておきたまえ」
生意気な同僚をいたぶることに満足した大佐は「これでこの話は仕舞だ」と言うように、再び書類に目を落とした。
「さっきの続きだがな、二人の身上書を見ると、確かに奴らの住所は同じトルガ村で、しかも同じ家になっている。
だが赤毛の方の出生地はシュトレイラ村だと記録されている。
ということは、イムラエルは養子でもないのにイアコフの家に住んでいたことになるな」
「親が使用人として住み込みで働いていたのでは? それならイムラエルの態度にも納得がいきますよ」
やっと落ち着きを取り戻した(まだ顔は赤かったが)ネフェル少佐が、まっとうな意見を述べた。
「ああ、だが金髪小僧の家はそう豊かでもなかったようだぞ。
一応身分としては自作農だが、親父は四十歳間近まで軍にいたようだから、農業だけじゃ食えなくて軍の給料で暮らしていたんだろう。
とても住み込みの使用人一家を抱えるような余裕はなかったと思うな。
それに赤毛の両親は、奴が十歳の時に死んでいるようだ」
「分かりませんねぇ……。それなら本人に聞いた方が早いんじゃないですか?」
少佐は早々に匙を投げた。
「ああ、聞いてみたさ。
だが、あいつらは何も話さなかったよ。
あれは拷問にかけても無駄だな。二人ともそういう目をしていた。
よほど人に言えない事情があるんだろうよ。
――ところで、トルガ村にシュトレイラ村とは、ずいぶんと懐かしい名前を聞いたものだ。
君は覚えているかね?」
訊ねられた少佐は首をひねった。
「そう言えば妙に聞き覚えのある地名ですね……」
「二つの村は結構近いぞ。
エルゼ川を挟んだ両岸にある村だと言えば分かるか?」
少佐ははっと気づいたように顔を上げた。
「ああ! エルゼ川の戦いの……!
思い出しました。シュトレイラ村といえば、あの戦いで全滅したはずですが、それじゃイムラエルはその生き残りなのでしょうか?」
マグス大佐は手にしていた身上書を机の上に戻すと、目を閉じて溜め息をついた。
「ああ、少なくとも奴の両親はその時に殺されたのだろう。
あの戦いは十二年前だ。赤毛の小僧は十歳前後だったろう。
さすがに根掘り葉掘り聞くことができなかったよ。あれは……酷い戦いだったからな」
* *
帝国は複数の敵と戦争をしていたが、その中でも主敵と言ってよいのが西のケルトニア連合国であった。
ケルトニア連合国は西洋海に浮かぶ島を本国とした海洋国家で、絶大な海軍力で西洋海を制し、数多くの属国や植民地を所有していた。
海洋貿易で得た莫大な財力で強力な職業騎士団を擁し、海に面した大陸の西部をも支配していた。
内陸国家である帝国は、北の北洋海への出口を遊牧民であるアフマド族に阻まれ、西の海への出口はケルトニアに抑えられていた。
唯一の外洋港は東洋海に面したカシルであったが、ここは帝都からあまりに遠かった。
そのため、比較的帝都から近い西部を侵略して、西洋海への出口を確保することは帝国成立時からの悲願であった。
もっともそれが実現したとしても、ケルトニアの外洋艦隊に伍するだけの海軍を育てるのは容易ではなかっただろう。
それが分かっていても、帝国は西を目指すことを諦めなかったのだ。
特に三十年前からは、帝国軍の魔導士部隊が急成長を遂げ、帝国の侵攻を撥ね退けてきたケルトニア騎士団に徐々に優位に立つようになってきた。
その結果、長年ケルトニアの属国とされていた、西部小国家群のかなりの国が現在帝国の支配化に置かれている。
ケルトニア連合国との戦争は、この三十年の戦いこそが国家間の戦争状態だとする学者が多く、一般に〝三十年戦争〟と呼ばれている。
一方で、これを〝百年戦争〟と呼ぶ者も少なからず存在した。
ケルトニアも帝国も、同じ唯一神ダグザを信仰する聖霊教という一神教が広く普及している。
聖霊教はケルトニア本国で発祥した宗教で、ここに教皇庁が置かれて地上における神の代行者である〝教皇〟が全教会組織、聖職者、ひいては信者を支配していた。
この聖霊教が帝国で布教を始め、教線を拡大していく過程で、民衆に長年信じられてきた土着の神々が大きな障害となった。
そこで布教責任者である枢機卿は、これら土着の神々はダグザの教えを広めるために天使が化身した姿だという説(
その結果、帝国は聖霊教を国教に定めるまでになったのだが、この教義の変容を本国の教皇庁はなかなか認めようとしなかった。
これに業を煮やした帝国の枢機卿は、とうとう〝東聖霊教〟の成立を宣言し、その地上における代行者たる教皇に帝国皇帝を指名したのである。
これに対しケルトニアの教皇庁は、ただちに東聖霊教を異端と断定して破門を宣告した。以来両国の国境線では散発的な衝突が頻発するようになり、それが今に至るまで百年間も続いていたのだった。
つまり、両国の争い自体は百年前の宗教対立から始まり、三十年前からはそれが激化して完全な戦争状態に入っていた――そう理解すればよいだろう。
先に述べたように、この三十年間は帝国側が優位に立って、戦線を徐々に西へと押しやっている状況だったが、連戦連勝というわけではなく当然敗戦もそれなりにあった。
中でも十二年前の〝エルゼ川の戦い〟は、戦史に残る帝国の大惨敗として記憶されていた。
* *
エルゼ川は大河というほどの川ではなく、川幅は広いところで二、三十メートル、水深も一メートル半ほどの中級河川であったが、当時は帝国とケルトニア連合国支配地域との実質的な国境線で、川を挟んで両国が睨み合っていた。
エルゼ川の上流部にあたる南部のトルガ村付近は、小規模な村が点在する農耕地帯であったが、穀倉地帯と言えるほど豊かな土地ではなく、戦略的には重要度の低い地方だった。
ただし、上流部であるため川幅も狭く水深が浅いこと、流れが大きく蛇行して膨らんだ地点で障害物のない河川敷が広がっていることから、大軍が渡河するには都合がよかった。
トルガ村から三キロほど北方の高台に築かれたアインシュタット城を拠点とした帝国軍は、四万人の大部隊(うち純粋な戦闘部隊は二万八千人)を集結させ、渡河作戦を強行しようとしていた。
敵兵力の集中に気づいたケルトニア軍は、渡河を阻止すべく急遽一万五千の勢力を派兵して防衛に当たろうとした。
このうち戦闘部隊は八千人に過ぎず、残りは輜重隊と工兵隊である。河川敷が広がる帝国側に対し、対岸のケルトニア側は川岸近くまで森が迫っているため身を隠しやすい。数の劣勢をそれで補おうという作戦だったが、実際に帝国が侵攻を開始すればひとたまりもないと思われた。
ところがこれが罠だった。
七千人の輜重隊と工兵隊のうち、実に四千人は偽装したロングボウ部隊であったのだ。
ロングボウはしばしば〝長弓〟だと誤解されているが、本来は〝縦弓〟という意味である。そう誤解されるのも当然で、弓の長さは一・八から二メートルはある長大なものだった。これを引くのには、それなりの力と技術を要したが、ケルトニアは徴兵に頼らず金銭に応じて働く職業軍人が主体としており、弓の扱いに習熟した専門集団が育っていたことから、これを主戦力として採用していた。
ロングボウは五百メートルにも達する長射程と、熟練者なら一分間に十五射以上を放つ速射性があり、帝国歩兵が携帯する
唯一、帝国でこれに対抗できるのは魔導士が放つマジックアローだけだったが、射程はともかく速射では敵わない上、弓兵以上に魔導士の数は不足していた。
これまでケルトニア側が戦いにおいて投入した弓兵隊は、多くても五百人に満たない規模だったが、それでも帝国にとっては十分過ぎる脅威だった。
それなのに、恐らく全戦域から部隊を引っこ抜いたのだろう、エルゼ川では四千人というとてつもない数の集中投入が行われたのである。
これは明らかに事前に帝国軍の動きを察知した上での、周到に計画された罠であった。
帝国軍の渡河作戦は夜明け前、深夜三時に決行されることになり、エルゼ川の広い河川敷には三千騎の騎馬兵と二万五千人の歩兵が集結していた。
月のない夜で、当然明かりを消しての行動だったが、これだけの大部隊の集結は敵の間諜に筒抜けだった。
帝国の方でもそれをよしとしていた。彼我の勢力差は圧倒的で、例え敵に知られていても数で押し切れると考えていたのだ。
もう半時もすれば、全軍に突撃の号令が下されるだろう――固唾を呑んで待ち構えている帝国兵たちは、突然対岸の黒い森から数万羽の鳥たちが一斉に飛び上がったことに驚いた。
ねぐらと定めた森の木から叩き起こされた鳥たちは、ギャアギャアという抗議の鳴き声を上げ、黒い塊りとなって夜空を飛び回った。
その隙間から、別の黒い塊りが突然雲のように湧きあがり、帝国兵たちに向かって飛んできた。
「ヒィィィィーーーーーーッン!」という甲高い
しかもそれが数秒おきに何度も何度も降ってくるのだ。
たちまち河川敷は大パニックとなった。
敵の矢に射抜かれて絶命する者が続出したが、彼らはまだましな死に方だった。
逃げ惑う味方に突き飛ばされ戦友の足に踏まれて圧死する者、暴走する馬の蹄にかけられ、内臓を口から吐き出して死ぬ者が続出した。
部隊付きの魔導士は、指揮官を守るため防御障壁を張っていたが、そこに取り付いて「入れてくれ!」と泣き叫ぶ兵士が殺到し、障壁を破られることを恐れた指揮官の命令で魔導士が周囲に炎の壁を張り、部下の半数近くを焼き殺した部隊すらあった。
わずか二十分ほどの戦闘(というより一方的な虐殺だったが)で、帝国軍の三割余――実に八千五百人もの将兵が死傷した(その三分の一は圧死だった)。
帝国軍は射程から逃れるため川から八百メートル近く後退し、ケルトニア兵は悠々とエルゼ川の逆渡河に成功した。
体勢を立て直しきれない帝国軍を、いち早く渡河したケルトニア騎兵が容赦なく蹂躙し、アインシュタット城へ逃げ戻ろうとする者は、帝国兵の死体が転がる河川敷に再展開したロングボウ部隊にとって格好の餌食となった。
この追撃で帝国軍はさらに三千人を超す死傷者を出し、壊滅は時間の問題と思われた。
それを救ったのは、たった一人の女性魔導士だった。
当時はまだ無名に近かった、ミア・マグス魔導中尉である。
彼女は爆裂魔法を開発したばかりで、その恐るべき威力に驚愕した高魔研と軍司令部は、マグス中尉を秘密兵器扱いにして実戦使用の機会を窺っていた。
そして大規模な作戦が計画されていたこの地へと送り込まれたのであった。
とはいえ、彼女は後方の補給・防衛拠点であるアインシュタット城での待機を命じられており、前線への出動は予定されていなかった。
四万という圧倒的な戦力で渡河した帝国軍が進撃し、ケルトニア側が防衛拠点に依ってこれを食い止めようとしたその時に、爆裂魔法で敵城塞を粉砕し決定的な勝利を収める――それが帝国軍首脳部が思い描いたマグス中尉のデビューだったのである。
しかし、未明のアインシュタット城には前線からの早馬がひっきりなしに到着して、全軍崩壊の危機を訴え続けた。
伝令兵が血を吐くようにして叫ぶ戦況報告に、総司令官のハボック中将はとうとうマグス中尉を幕営に呼び出した。彼女が出頭した時、中将は作戦卓に広げられた両軍の配置図を食い入るように見つめていた。次々に動かされるコマは、帝国軍の絶望的な状況を示しており、彼は苦悩の色を隠さなかった。
「マグス中尉、君は司令部からの特別な命令とともに派遣されてきた、いわば客人だ。私の直接の指揮下にないことはよく承知している。
君の使い所についても、司令部から事細かに指示されているし、万一渡河作戦が失敗した場合は、君を温存したまま後方に送り返せと厳命された。
そのことは、君自身も聞いているだろう。
したがって、これから君に伝えることは、指揮官が一魔導中尉に下す命令ではない。言うなれば、敗軍の将からの情けない〝懇願〟だ。君には拒否権がある。
それを明言した上で、君の情けにすがりたい!
どうか、……どうか頼む! 私の部下たちを助けてはくれまいか?」
禿げ上がった頭に脂汗を浮かべた初老(中将は六十五歳を越していた)の男がまだ二十代の小娘、それもたかが中尉に涙を流して頼んだのだ。
「司令部が君の新魔法を秘密兵器として最重要視していることは承知の上だ。無論、責任は私が取る。
――すべてが終われば私は自決する覚悟だ。
この命が数千の将兵の命に釣り合うなどと奢るつもりはないが、それがせめてもの償いだ。
ミア・マグス魔導中尉、この無能な男の最後の我儘を、どうか叶えてはくれまいか!」
彼の涙ながらの訴えには、微塵の偽りもなかった。
中将に付き従う副官や参謀たちからは、すすり泣く声が聞こえてきた。
彼らの心情を思えば残酷な言い方だが、そこには〝お涙頂戴〟といった少し芝居がかった雰囲気が溢れていた。
それを――この不遜な表情を浮かべた赤毛の小娘は、馬鹿にするかのように笑い飛ばした。
「頭をお上げください、ハボック中将。指揮官が泣き言を言うようでは勝てる戦も落としましょうぞ!」
「無礼者っ! 貴様っ、たかが中尉の分際で閣下に対して何たる言い草だ!」
二人の副官は、激怒して剣の柄に手をかけたが、中将はそれを片手で制した。
幕僚たちの逆上を軽蔑の目で見下したマグス中尉は、笑顔を浮かべたままで言い放った。
「士官学校時代の私の恩師は常々こう言っておりました。
――ミアよ。お前も戦場に出れば、否応なく気づくだろう。
帝国軍兵士は、自らの命を投げうってでも、魔道士を守ろうとするはずだ。
それはお前のためではない、苦労を分かち合い、ともに死線を乗り越えてきた戦友を、一人でも多く救うためだ。
ならば! われら魔道士はその意気に応えねばならん!
一人でも多くの敵兵を殺せ! それは即ち味方の兵の命を守ることになるのだ! ――と。
筋肉にしか興味のない、暑苦しい師ではありましたが、この言葉は心に刻んでおります」
マグス中尉はここで言葉を切り、すうと息を吸い込んだ。そして、小柄な身体のどこからそんな声が出るのだろうと驚くような大声を張り上げた。
「司令部が何を言おうとクソ食らえです!
私の魔法が兵を救うのならば、どうして出し惜しみをしましょうか!
このミア・マグス、そこまで性根が腐っておりませぬ!」
「おお!」というどよめきがあがり、その場の雰囲気は一変した。
「すぐに馬を用意させます!」
ついさっきまで剣を抜かんばかりだった副官の一人が、慌てて駆け出そうとするのをマグス中尉は呼び止めた。
「無用です。それより物見塔に上がりますから、扉の鍵をお願いします」
そう言うと、彼女は部屋を後にした。
この時点では、まだ彼女の爆裂魔法がどんなものか、ほとんどの者が知らなかった。
さすがにハボック中将だけは簡単な説明を受けていたが、もちろん実際に見たことはない。それだとて敵の城塞を破壊する大威力の〝攻城魔法〟だという程度だった。
遠距離魔法の代表格であるマジック・アローですら、その有効範囲は五百メートル前後であるのに、爆裂魔法が数キロ先の敵を射程に捉える超遠距離攻撃であることも、数千の野戦軍を一挙に殲滅しうる大規模魔法であることも、味方である彼ら自身知らなかったのだ。
この夜、歴史上初めて爆裂魔法が実戦で使用され、その桁違いな威力は敵ばかりが味方の帝国軍にも大きな衝撃を与えた。
爆裂魔法は敗走する帝国軍の瓦解をかろうじて食い止め、マグス中尉の名とその魔法の威力は全軍に轟くことになった。
ただし、当の本人――マグス中尉にとって、その戦果は予想外に乏しいものであり、術後に魔力切れを起こしたことを含めて反省の多いものだった。そのため人々から称賛を受けるたびに彼女は不機嫌になって、上官であろうと睨みつける始末であった。
爆裂魔法を自家薬籠中のものとした後年であれば、それも頷ける話だが、初の実戦使用への彼女の自己評価はあまりに厳しかったと言える。
このことを伝え聞いた彼女の恩師、アドリアーノ准将(当時)は苦笑いを浮かべてこう言った。
「まったく、欲張りな娘だな。男にでも飢えてるんじゃないか?」
元教官のこの言葉は、ある意味では
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