悠久の魔導王 第十五話 王の歓迎

 突然立ち上がって窓に駆け寄ったユニに対し、マリウスとアッシュは呆気に取られていた。

 ユニは窓を開け放って身を乗り出し下を覗き込んでいたが、いきなり振り返った。

「オオカミたちがエルフ王を見つけたみたい!」

 短くそう言って、指を一本唇の前で立て、再びを外を覗き込んだ。


「外のライガと話をするから、あなたたちは静かにしてて」

という合図だ。

 二人がそっとユニの側に寄って窓の下を覗くと、そこには座ったままこちらを見上げているライガの姿(犬サイズ)があった。


 アッシュはライガたちオオカミの言葉が分かるが、それは目の前にいる時だけだ。

 ユニのようにある程度離れても意思の疎通がとれるわけではないのだ。

 ましてマリウスにはまったく状況が掴めない。

 こうなってはユニがライガとの話を終えた後に説明してもらうしかなかった。


 ユニたちの会話は十分以上続いた。

 それもどうやら終わったと見え、ユニは窓枠から手を離すと部屋の中に戻り、ベッド(マリウスの)にどっかりと腰をおろし、そのままばたんと仰向けになった。

 片腕をあげて目を隠しながら、彼女は仰向けになったままで二人に説明を始めた。


「群れのオオカミ――ジェシカとシェンカだけど――が昨日エルフと会ったみたいなの。

 状況から考えてエルフ王だと思うわ。

 樹上にツリーハウスみたいな小屋があって、そこで暮らしているみたい。

 周囲に警備はおろか、人の気配はまったくなかったって。

 ……ただ、何日か経った人間の匂いは残っていたそうだから、時々帝国の者が来ているのは間違いないみたい」


「それで、そのエルフの様子とか特徴は分かるのか?」

 アッシュの問いに、ユニは天井を向いたまま頷いた。

「ええ、アッシュと同じまっすぐの黒髪を長く伸ばしているみたい。

 背の高い、やせ形の男性のエルフで、白いローブのような服を着ていたらしいわ。

 それと笛を吹いていたそうよ」


「笛……?」

 アッシュの目に喰いつくような光が見えた。

「手作りの横笛らしいわ。

 あの娘たちオオカミ姉妹が聴き惚れるくらい、きれいな笛の音だったって……」


 それを聞いたアッシュは、脱力したようにとすんと椅子に腰を落とした。

「まちがいない。〝おじさま〟だ……」

「おじさま?

 エルフ王はアッシュさんの親戚なのですか?」


 マリウスの声に彼女は力なく微笑んだ。

「ああ、隠すようなことではないのだがな。

 西の森の現エルフ王は私の伯父上――母の兄にあたる。

 母の家系はみなきれいな黒髪をしていてな。

 おじさまは笛の名手として知られていたんだ……」


 そしてアッシュは二、三度首を振ると、きっと顔をあげた。

「私が間抜けだった。

 エルフがあのような石の塔で三十年も暮らせるわけがないのだ。

 もともとエルフは森の民、草木のない環境で長い年月を過ごすことは耐えられないはず。

 北の森は第一に疑うべき場所だった……」


 ユニもやっとベッドから起き上がった。

「……どうする?

 ライガの話だと、北の森は数か所の出入り口に非武装の門衛がいる程度で、見つからずに入ることは容易たやすいそうよ。

 大事をとって夜のうちに出発する?」


 少し考えてマリウスが提案した。

「いや、それなら無理に夜間行動をとる必要はないでしょう。

 夜目が利かない僕たちでは松明たいまつが必要となります。

 それじゃ『見つけてください』って宣伝するようなもんですよ。

 宿は夜明け前に出て、未明の内に森に入りましょう」


      *       *


 翌日、まだ夜が明けぬ暗いうちから三人は宿を捨てて出発した。

 森の入り口(公園口)から東方三キロほど、住宅街に近い緑の外縁部で彼らは足を止めた。

 夜の間にライガが再び森の仲間と連絡をつけておいたので、群れのオオカミたちが出迎えに来ている。


 その中から、ひときわ図体のでかいハヤトがユニの前に進み出て、頭をうなだれて詫びを入れた。

「ユニ、済まない。うちのバカ娘たちが迷惑をかけた。

 俺とミナがもっと丁寧に注意してやればよかったのだが……」


 強面こわもてのハヤトが、こと娘たちのこととなると、でれでれに甘くなるのを知っているユニは、ポンポンとハヤトの肩を叩いて安心させる。

「別に謝ることはないわ。

 今回はお手柄だったのよ!

 ……っていうか、あのたちが見つけるまで、どうしてあなたたちがエルフに気づかなかったの?」


 ハヤトはピスピスと鼻を鳴らして言い訳をする。

「そのエルフの居場所ってのが、公園の入口から一キロも離れていないところでな。

 俺たちはできるだけ人間に見つからないよう、森の外縁部に近づかないようにしてたんだよ」


「そんなところに?

 もっと森の奥深いとこかと思ってたけど……」

 首をひねるユニに、マリウスが助け舟を出す。

「多分ですけど、高魔研の爺さま(研究員)が通うためだと思いますよ。

 さすがの元凄腕魔導士も空を飛べるわけじゃありませんからね。

 足腰が弱ってますから、長い距離を歩かなくていいように配慮したんじゃないですか」


 夜が白々と明け始めると、一行はジェシカとシェンカを道案内に、エルフ王のもとへと向かった。

 オオカミ姉妹はくんくんと地面の匂いを嗅ぎながら、よどみない足取りで先頭を歩いていく。

 二十分も歩かないうちにエルフ王の住まいが近づいてきた。

 それまで歩きやすかった地面に、急に繁った灌木や下草が現れるようになり、一行の足取りがやや弱まった。


「エルフ王が人目につかないように、わざと刈り残しているのかもしれませんね」

 そうマリウスが推測を述べていると、先頭の姉妹がぴたりと足を止めた。

 そして少し後戻りすると、盛んにまた「くんくん」と地面の匂いを嗅ぎ始めた。


「どうしたの? 何かあった?」

 心配するユニに対し、姉妹は顔を上げて訴えた。

「おとといはねー、ここ通る時にやーな気持ちになったの」

「そうなのー。いや~んな気持ちー」

「ユニ姉に注意しようと思ったけど、今日は何ともないのー」

「変なのー!」


 ユニは振り返った。

「アッシュ、何か分かる?」

 エルフはしゃがみ込み、オオカミたちが匂いを嗅いでいた地面に手の平を当て、じっと目をつぶった。


「……結界が張ってある。

 高魔研のと同じような感知魔法系だな。

 ……だが、別の魔法の痕跡も感じる。

 これは……攻性防壁結界を張っていた痕のようだ」


「こうせいぼうへき?」

「カウンターマジックの一種ですよ。自動反撃結界とか言いますけど、まだ帝国じゃ実用化されていない魔法ですね」

 ユニの疑問にマリウスが答え、アッシュが頷いた。

「そうだ。攻性防壁に引っかかった侵入者を電撃で黒焦げにするのが一般的だが、これはもっと弱い奴だな。

 多分、ここを通ると酷い吐き気や頭痛、貧血を起こす……その程度のものだろう。

 もっとも、人間を殺さず追い払うには十分な威力だな」


 マリウスが難しい顔をした。

「つまりエルフ王は普段から人を寄せ付けないために結界を張っていた。

 警備兵はいらないから王の存在は目立たないし、高魔研の魔導士は魔法防御が使えるから出入りできる。爺さまたちには都合のいい話ですね。

 でも、それを解除して、人を感知するだけの結界に張り直したってことですか。

 なぜでしょうね?」

「私たちが来ることを予想したから……歓迎の意志ならいいのだがな」


 アッシュの呟きからは自信が感じられなかった。

「歓迎するつもりがないとしたら?」

 ユニの質問にエルフは小さな溜め息をついた。

「帝国兵が待ち構えている……のかもしれない。

 どちらにしろ、私たちには進むしか選択肢はないのだ。行こう」


 一行が伸びきった下草を掻き分け、慎重に進んでいくと、やがて前方に明るく開けた空間が見えてきた。

 大きなミズナラの木と、その大枝の上に簡素な小屋も見える。

 エルフ王の住処に間違いないようだった。


 彼らは樹間の暗がりに身を潜めたまま動きを止めた。

 オオカミたちが緊張した面持ちで鼻面を上にあげ、怪しい臭いを掴み取ろうとしている。

 やがてライガが振り返った。


「待ち伏せだ。紅葉しかかったナツハゼの茂みが見えるか? あのあたりに隠れているようだ」

「ナツハゼの茂みで待ち伏せているのね、人数は分かる?」

 ユニはマリウスに状況が伝わるように、復唱しつつ小声で囁く。

「泥や草の汁で臭いを偽装しているな……かえって目立つんだが。

 だが、そのせいで人数までは、はっきり分からない。複数なのは間違いないが……」


「十二人。全員いしゆみ(クロスボウ)を構えているな」

 アッシュが目を細めて呟いた。

 ユニが紅いナツハゼの群落に目を凝らしても何も見えないが、エルフの視力は人間とは別物なのだろう。


「それに……魔導士もいるようだな。

 向こうの空間に魔力のゆらぎを感じる。

 ……多分、魔法防御の結界だと思う……私がいることが分かっているなら当然の備えだな」


「少し時間をください。こっちも対物障壁を張ります」

 マリウスが険しい顔でそう囁き、すぐさま小声で呪文の詠唱を始める。

 相手が魔法防御をしている以上、敵から攻撃魔法が撃たれることはない。マリウスにしてみれば当然の選択だった。


 ものの五分ほどでマリウスは防御魔法を発現させた。

 群れのオオカミもカバーするため、術者のマリウスを中心とした半径八メートルほどの結界である。

 アッシュは素直に感心した顔で彼の手腕を誉めたたえた。


「大したもんだな、人間でそれだけ素早く結界を張れるとは思わなかったよ」

 マリウスはしれっとした顔でエルフの賛辞を受け取った。

「僕が特別なんですよ。

 ……って言っても、あなたなら一瞬で発動せるんでしょうね」


 ユニはそのやり取りを無視して二人の袖をひっぱった。

「で、作戦はどうする?」

「十分でいい!」

 アッシュが真剣な顔ですかさず答える。

「十分でいいから敵を食い止めて時間を稼いでくれ。

 私の名誉にかけて君たちに恩を返そう。だから頼む!」


 ユニはアッシュの瞳に決意の輝きを認めた。

「一人で行くの?」

 エルフは頷いた。

「私一人でなければ駄目なのだ。

 誰にも邪魔をされたくない。頼む!」


 マリウスもアッシュの決意に頷いた。

「このまま待ち伏せに気づかないふりをして広場に出ましょう。

 敵はいしゆみを半数で斉射した後、残りでもう一斉射してくるはずです。

 二度目の斉射に合わせてこちらの結界を飛び出してください。

 いいですか、一度出たら二度と戻れませんからね。

 アッシュはそのままエルフ王のもとへ、オオカミたちは敵の部隊と一気に距離を詰めてください。

 最初に斉射した連中が次の矢を装填するまでに肉薄するんです。

 ユニ、オオカミたちに僕の言葉は伝わりますか?」


 ユニは素早く頷いた。

「大丈夫。あたしを通じてみんなに伝わっているわ」

 そして彼女はオオカミたちに視線を移した。

「いいこと、敵の足や腕を狙うのよ!

 骨を噛み砕いて戦闘能力を奪ったら、とどめをさす必要はないわ。

 ただ、自分の命が危ないと感じたら……ためらわずに殺しなさい!」

 その言葉だけで、オオカミたちにはユニの思いも願いも十分に伝わっていた。


「行くわよ!」

 気合を入れたユニの言葉とともに、一行は身を起こして茂みから明るい小さな広場へと姿を現した。

 彼らはマリウスを中心に集まり、十メートルほど先にあるミズナラの大木へと歩を進めた。

 そして周囲に身を隠す物のない、広場の中央まで進み出た瞬間、「ぶんっ!」という低い弦音とともに、太く短い矢が唸りをあげて襲いかかってきた。


 矢は彼らのだいぶ手前で、見えない壁に当たったようにばらばらと地面に落ちた。

 ユニたちは驚いたふりをして、矢の飛んできた方向に向き直る。

 そこへすかさず第二の斉射が飛んできた。

 ――が、やはりマリウスの対物障壁に阻まれ、矢は地面に落ちる。


 その瞬間、アッシュが信じられない速さで後方に向けて走り出した。

 あっと言う間に彼らが出てきた茂みまで戻ると、そのまま大きなブナの木の幹に向けて神速の前蹴りを放つ。

 だが蹴りと見えた彼女の右足は、ブナの樹肌に「とんっ」という軽い刺激を与えただけだった。

 アッシュはそのまま垂直に飛び上がる。

 とんっ、とんっ、とんっと、軽い足音だけを残して、エルフの身体は重力を無視したように巨木の幹を駆けのぼっていく。

 

 一方、アッシュが飛び出すと同時に、ライガを除くオオカミの群れも左右へ飛び出した。

 七頭のオオカミは姿勢を低くしたまま八の字に広がると、ナツハゼの茂みから姿を現した帝国兵を目がけ、クロスボウに劣らぬ速さで突進した。


 十二人の帝国兵たちは、最初の矢が弾かれた時点で、待ち伏せが露見していたこと、マリウスが対物防御を張っていたことに気づいていた。

 ただし、彼らはマリウスが予想したように六人による二斉射ではなく、四人ずつの三斉射の態勢をとっていたのである。

 したがってアッシュとオオカミが対物障壁から飛び出した時、帝国兵には攻撃相手を選ぶ権利が残っていた。


 部隊を指揮していた魔導士官は、七頭のオオカミに四本の矢を放つより、一人のエルフにその矢を集中させることを選んだ。

 オオカミたちにすべての矢が運よく命中しても半数しか止められない。しかも彼らは自分たちを狙っている。

 一方、エルフは一人だけ。四本の矢ならどれかが当たる可能性は高い。そしてあのエルフは、彼らが敵の接触を命に代えても阻止せよと命じられた警備対象(その正体は知らされていなかった)へ、木々を伝って向かっていると推測された。

 指揮官が自分たちの危険を無視して、エルフを攻撃しろと命じたのは冷静な判断だったと言える。


 しかし、結果的にそれは間違いだった。

 帝国兵たちが事前に伝えられていた敵の情報では、エルフが手強い魔法の遣い手であることが強調されていた。

 だからこそ彼らは対魔障壁を張って魔法攻撃に備えていたのだ。

 帝国の魔導士が作戦行動時に、不意を突いた攻撃に自動発動するマジックシールドを展開しているように、かのエルフが同様の魔法を身につけている……そう予想すべきであった。


 動く敵に対し、矢の狙いは相手の未来位置を予測して放たれる。

 帝国兵たちは十分に訓練されていた。

 ほぼ垂直の大木の幹を真っ直ぐ上へ駈け上がるエルフのスピードは信じられないものだったが、矢のように迫ってくるオオカミたちに比べれば遥かに遅い。

 アッシュに向けて放たれた四本の矢は、見事な正確さで彼女に襲いかかった。

 二本は敵をわずかにかすめ、一瞬前までエルフがいた幹に突き刺さった。

 もう二本は、アッシュのふくらはぎとかかとに突き刺さるかと思われたが、その寸前で力を失ったように落下していった。

 エルフもまた、当然のようにマジックシールドを無意識のうちに身に纏っていたのである。


 第三斉射が迫りくるオオカミの群れに放たれていたら、その後の戦いは少し違った様相を呈していたかもしれない。

 しかし、アッシュを標的にした攻撃は、オオカミたちが敵に肉薄する絶好の時間稼ぎとなった。

 第一斉射を終えた帝国兵たちは、すぐさま次の矢を装填しようとしていた。

 いしゆみは人力で矢を放つ弓よりも強力である。その分、矢の装填にはかなりの力が要り、慣れた者でも簡単には操作できない。

 彼らはもう少しで装填を完了するところだった。

 それだけにいしゆみを諦めて剣を抜くという判断に遅れが生じた。


 四人の兵士がどうにか次の矢をつがえた時には、すでにオオカミの群れが彼らに殺到していた。

 だらりと舌を垂らし、口の端から白い泡を吹いた巨大なあぎとが、情け容赦なく兵士の脛に喰らいつく。

 がっちりと牙が肉にめりこむと、オオカミの太い首が振り回され、兵士はあっという間にバランスを失って転倒した。

 倒れた男は、抵抗できないまま密集態勢を取っていた集団からずるずると引きずり出された。


 仰向けでずるりと地を滑った兵士に、数頭のオオカミが一斉に襲いかかる。

 凶悪な牙が腕に、足に食らいつき、バキバキという嫌な音を立て、一瞬で骨が噛み砕かれた。

「ぎゃあああああああああああああああっーーー!!」

 絶叫を上げ血まみれでのたうち回る兵士を放置して、オオカミたちはすかさず次の犠牲者を求めて唸り声をあげる。


 逡巡した第一斉射の四人に比べ、第二斉射をした四人は思い切りがよかった。

 明らかに矢の装填が間に合わないと判断した彼らは、即座に弩を投げ捨てて剣を抜いた。

 指揮官であり最重要戦力である魔導士を囲むと、襲われている前列の兵士たちを救おうと剣を振り下ろし、突き出した。

 おかげで第一斉射組のうち二人は難を逃れ、どうにか弩を捨てて剣を抜き、自らを守ることに成功した。


 第三斉射の射手四人には指揮官を含めた二人の魔導士が含まれていたが、二人の一般兵はやはり剣を抜き、仲間とともに魔導士を守る円周防御の戦列に加わった。

 円の中心となった魔導士の一人は指揮官の魔導士官で、もう一人は通信係を務める一般魔導士だった。

 指揮官は通信魔導士に念話で作戦の失敗と増援の要請を送るよう命じ、自らは魔法防御を解いて新たな呪文を唱え始めた。

 強力な魔法を遣うというエルフは取り逃がしたが、エルフがいないということは敵の魔法攻撃を恐れる必要がないということだった。


      *       *


 この前々日、エルフ王から敵侵入の事実と、接触が予測される旨の連絡を受けた高魔研は、蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。

 ただちに軍への出動要請がなされると同時に、高魔研側にも敵の接触がなかったか、内部調査が行われた。

 その結果、塔を警備する魔導士がマリウスという同期の魔導士と市中で会っていたことが判明した。


 即座にマリウスの身元照会が行われ、彼が瀕死の重傷から復帰して情報部の尋問を受けているという話がまったくの出鱈目でたらめであることが判明した。

 エルフ王からは、一族のエルフの娘とオオカミを従えた王国の召喚士の潜入が伝えられたのみであったが、マリウスも彼らの一味だと判断された。

 そして軍歴から、彼が防御魔法のスペシャリストであるが、まともな攻撃魔法を持っていないことも明らかにされたのである。


      *       *


 待ち伏せ部隊の指揮官にもその情報は伝えられていた。エルフの娘がいない以上、攻撃魔法を持たない魔導士が一人だけという状況は圧倒的に有利だった。

 敵が対物防御を張っているなら魔法で攻撃を、対魔防御を張ればいしゆみで狙い撃てばよいのだ。

 マリウスは対物と対魔を兼ねる絶対防御魔法も扱えたが、それは魔力消費が激し過ぎる。力押しを続ければ、簡単に魔力切れに追い込めるはずだ。

 王国の召喚士が操るオオカミがやっかいだったが、そうでなければ簡単に勝敗を決していたであろう。


 ちなみに〝オオカミの群れを連れた召喚士〟の正体も、彼らに伝えられていた。

 マグス大佐から重要機密を知る要注意人物として、情報部にユニの報告があがっていたからだ。

 そして、ライガたちが巨大なオオカミというだけで、とりたてて特殊能力を持っていないことも知らされていたのである。


 剣を連ねて互いに連携し、円周防御態勢を取った帝国兵に対し、ハヤトたち群れのオオカミは攻めあぐんでいた。

 その状況を見守っていたユニたちであったが、マリウスはすぐに敵の魔導士が呪文詠唱に入っていることに気づいた。


「まずいですよ!

 奴らは対魔障壁を解いて魔法攻撃をする気のようです」

「だったらこっちも対魔障壁を張ればいいじゃない。

 あんた、得意なんでしょ?」

「ハイ、そうですかと魔法が出せたらいいですけどね、呪文詠唱に最低でも三分はかかるんですよ。

 その間はやられ放題ですが、いいんですか?

 第一、対魔障壁を張ったら飛んでくる矢をどうやって防ぐんですか!」

「え゛? ……ひょっとしてあたしたち、詰んでる?」

「あとはアッシュが戻ってくることを天に祈るか、オオカミたちに頑張ってもらうか、どちらかですけど、どっちにします!?」


 他人事のような問いかけに重ねて、マリウスはさらに追い打ちをかけた。

「それとですねー!」

「何よ! まだなんかあんの?」

「あっちの魔導士、もう一人は通信魔導士みたいですよ?」

「だからなんなのよっ!」

「援軍……呼んでるんじゃないですか?」

「え゛ーーーーーーっ?」


 マリウスは自分の言葉に「ああ!」と一人で納得していた。

「そっか、僕らが来ることを知っていて、十二人しかいないなんてありえませんものね!

 彼らは待ち伏せに気づかれないよう、わざと少人数だったんですよ!

 うんうん、多分もう周囲は大部隊で包囲されていると思いますよ~!」

「え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ?」

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