悠久の魔導王 第十話 御山温泉
港町クレアは、帝国領東部地域で北カシルを除くと最も大きな町だ。
ボルゾ川の上流部に位置する河川舟運の終着駅にあたり、対岸の王国に聳える黒城市から軍事的要素を省いたような経済都市である。
カシル経由で輸入した物資の陸揚げ港であると同時に、帝国から大隧道経由で送られてくる移出物を川船に積み込んでカシルへと送り出す基地でもある。
ユニたちは北カシルを出て二十五日目でクレアに辿り着いた。
陸路を徒歩だけで移動したにしてはかなりのハイペースであり、ボルゾ川を遡る定期船と比べても数日の遅れしかない。
それは三人(と一頭)がいずれも旅慣れていたからでもあり、陸路を通る人の少なさは安全面でも好ましいものであった。
* *
「悪いが満室だよ」
宿の主人はそっけなく答えた。
クレアには貿易に関わる商人が年中出入りするので宿屋が多い。
何軒か回れば部屋が取れるだろう、ユニたちはそう簡単に考えていたのだが、それは見事に裏切られた。
この宿で断られたのは五軒目であった。
ぐったりと脱力したユニたちは、埃にまみれて全身が白っぽく染まっていた。
ちょっと身動きしただけで、細かい埃が舞い上がって煙のように身体にまとわりつく。
さすがに気の毒に思ったのだろう、帰ろうとした三人の背中に宿の主人が声をかけた。
「あんたたち、宿を探してるんだったら諦めた方がいいな。
今、この町の宿屋は大隧道の復旧関係で来ている軍関係者の予約で、先の先まで抑えられているんだ。
何軒回っても同じことだよ」
ユニたちは顔を見合わせた。
「それじゃ、カシルから来た旅行者はどこに泊まっているんですか?」
マリウスが代表して訊ねる。
主人はこうした問いに答え慣れているのだろう、すらすらと説明する。
旅の者たちは、ほとんどが町の中央にある広い公園で夜を過ごすのだという。
公園には井戸と公衆便所があるだけましだが、船で上ってきた旅人たちはそもそも野宿の備えを持っていない。
そこで目ざとい町の連中が公園に大テントを張り、法外な料金を徴収して雑魚寝させているらしい。
「あんたら、その様子じゃ街道を渡って来たんだろう?
なら自力で泊まれるだろうからちょうどいいじゃないか。
空き地にテントを張るだけなら金はいらないんだ。
だが気をつけな。今やあの公園はスリと置き引きの楽園になってるからな。
泊まるんだったらせいぜい用心しなよ」
マリウスは宿の主人に礼を言って外に出ようとしたが、おさまらないのはユニだった。
「あああああああ~!
一か月ぶりにお風呂に入れると思ったのにぃ~!」
彼女だって毎日のように川で水浴びはしていたが、やはりちゃんとした湯桶で温かな湯につかり、よい香りのする石鹸で髪や身体を洗いたいのだ。
三人とライガだけで、すれ違う旅人もいないこれまでの道中では水浴びだけで我慢できても、クレアのような人通りの多い町では、どうしても人目が気になるのが乙女心というものである。
ユニの情けない声が耳に届いたらしく、宿の主人がよいことを教えてくれた。
「あんたたち、どうせ山越えして西に行く気なんだろ?
風呂に入りたいんだったら、大隧道の手前に温泉があるから、そこで入っていくといいよ」
「温泉ですって?」
ユニの表情がぱぁっと明るくなる一方、マリウスは首をひねった。
「変ですね。僕は何度か大隧道を抜けてここに来たことがありますが、温泉なんて見たことありませんよ?」
主人は笑いながら鷹揚に頷く。
「ああ、そりゃそうかもな。
温泉が出たのはついこの間、半年くらい前のことなんだよ。
ほら、大隧道の復旧工事であちこち掘り返しただろう。
その時に偶然湧き出したやつでね、それを引いてきた温泉なんだよ。
できたばかりだが、工事の人夫たちに大人気でな。
俺も何度か入りに行ったが、実にいい湯だから行ってみな」
マリウスは再度主人に礼を言って、今度こそ外に出た。
ユニは目にキラキラ星を浮かべながら、両手を胸の前で組んでいる。
「温泉よ、温泉!
なんて素敵なのかしら!
ねっ、マリウス。どうせ宿が取れないんなら、このまま夜通し歩いて温泉まで行かない?」
マリウスは盛大な溜め息をついた。
「ここから大隧道までは三十キロ程度ですよ。
明日の夜明けに出発すれば、午後の早いうちに着きますから。
それより早く公園に行って、宿泊場所を確保しましょう」
先を急ごうとする青年の肩を、ユニががしっと掴んで引き取める。
「待って!」
マリウスはうんざり顔で振り返る。
「まだ何かあるんですか?」
ユニは真剣な顔で訴えた。
「あたしったらどうかしてた!
温泉の話で気が動転したと思うの、大事なことを忘れていたわ。
せっかくちゃんとした町に着いたのよ、宿は塞がってたって、食堂は開いてるじゃない!
あたしたち、久しぶりにちゃんとした食事を摂るべきだと思うの!」
マリウスはにこやかに頷いてアッシュの方を向いた。
「えっとですね、今のユニさんの言葉を翻訳すると……」
エルフはきょとんとした顔をする。
「いや、別に翻訳しなくても中原語は分かるぞ。
今夜は自炊ではなく、食堂で食べようという話であろう?」
マリウスは悲しそうな顔で首を振った。
「いや、そうじゃないです。
彼女が言いたいのは〝冷たいビールを飲ませろ!〟です。
アッシュさんはお酒、飲めますか?」
彼女はやっと「ああ……!」と納得した。
そして
「無論だ。覚悟したまえ、エルフは底なしだぞ!」
* *
十か月ほど前の話であるが、王国北西部で勃発した黒龍野会戦で、リスト王国領に侵入した帝国軍は黒城市の第三軍を中心とする王国軍の反撃を受けて撤退した。
その際、黒蛇ウエマクの能力によって局地的な大地震が起こされた。
そして帝国の東西を分断するコルドラ大山脈に掘られたトンネル群である〝大隧道〟の各所で崩落が起き、内部で待機していた後続の大部隊が壊滅的な被害を蒙った。
人的被害もさることながら、東西連絡路の遮断は帝国に大打撃を与え、その復旧が国家的な課題となっていた。
そもそも大隧道の開通は帝国悲願の大事業として、百年以上の歳月をかけて成し遂げられたものであり、地震による被害の直後は復旧に二十年はかかるだろうという声さえあった。
イゾルデル帝国皇帝ヨルド一世は勅命を発し、大隧道の復旧を国家の最重要課題と位置づけ、膨大な人的資源がつぎ込まれることとなった。
クレアの宿屋が軍関係者で埋め尽くされたのは、その結果のほんの一例に過ぎない。
大隧道の出口周辺は、岩だらけの荒野であったのが、今では工事関係者の宿舎、食堂はもちろん、演劇から賭博場までの娯楽施設、果ては売春宿まで備える大集落が出現し、人口だけを言ったら東部最大の町、クレアを軽く凌駕する規模となっていた。
工事関係者の中核をなすのは単純肉体労働者である。
彼らの動機は国家のためなどという使命感とは程遠い。
あくまで〝金〟である。
落盤や出水の危険と隣り合わせで、泥にまみれて肉体と生命の切り売りをするのが彼ら労働者であった。
彼らは平和な地域で真面目な労働者がひと月で稼ぐ金の同等を、わずか数日分の日当で手に入れる。
その代わり、飯場に顔を出す男たちの顔触れは、一か月で半数が入れ替わっていた。
彼らが稼いだ金の使い道が享楽的になったからといって、誰がそれを責められよう。
そんな中で、温泉浴場は労働者たちにとって、きわめて健全な娯楽施設だったと言える。
泥まみれの身体を洗い流すのはもちろん、不自然な姿勢を長時間強いられることによる筋肉痛を緩和し、肉体と精神をリフレッシュし活力を与える場であった。
彼らの身体を洗い、マッサージを施すのは、〝湯女〟と呼ばれる女たちの役目であった。
そう言うと性的なサービスを連想しがちだが、そうした要素は一切ない。
それはそれで別に専門施設があって、健全な施設とは厳密に区分されていた。
* *
ユニたちは二日酔いの頭を抱えながら、大隧道の手前二キロほど、新造の町のはずれに設営された温泉場にたどり着いた。
源泉は数キロ奥の山の中らしいが、そこから木製の樋をつないで延々と湯を引いている。
そうすることによって、熱すぎる源泉の温度が自然に下げられ、入浴に適した湯になるらしい。
簡素な木造門の入口には「
だだっ広い岩だらけの荒野に木造の脱衣所や休憩所、食堂などが立ち並び、岩で組んだかなり広い露天風呂が複数並んでいるのが外から丸見えになっている。
ただ、そのうちの一つだけは木の板で作られた塀で囲まれていて、どうやらそれが女湯らしい。
ユニたちが着いたのは午後の二時ころで、労働者が現場から引き上げてくる時間よりかなり早かった。
要するに〝ヒマ〟な時間帯であり、ユニが意外に安価な入浴料金に驚きながら入ってみると、誰も先客がいなかった。
ちなみにユニが暮らすリスト王国では、温泉は割合珍しい。
コルドラ大山脈を背後に控える首都リンデルシアの郊外にいくつか温泉施設が存在するが、多くは王族や貴族の専有施設で、庶民が利用できる浴場はごく限られている上、入浴料はかなりの高額であった。
ユニが御山温泉のそれが安いと驚いたのはそういうわけで、逆に男湯の方に入ったマリウスは「ずいぶん高い」と感じていたのである。
ユニとアッシュは誰もいない脱衣場で服を脱いだ。
二人とも髪の毛がお湯に触れないよう頭上で団子にまとめる。
「ねえ、髪をあげちゃったら耳が見えちゃうけど、大丈夫なの?」
ユニが心配そうに訊ねると、アッシュは悪戯っぽく笑った。
「へえ、ユニには私の耳が見えるのかい?」
「だって……あれ?」
ユニがよくよくアッシュの耳に目を凝らすと、何だかぼんやりしてよく見えない。
エルフの顔全体を見ると、確かに両方の耳が露わになっているのが分かる。
だが、その形をよく見ようとすると、細部の形が定かでない。
わけが分からずユニが目を白黒させていると、アッシュが説明してくれた。
「これは〝認識阻害〟という魔法なんだよ。
この魔法をかけると、全体としてはちゃんと見えてはいるけれど、その部分に意識がいかず、記憶にも残らないようになる。
精神操作系では初級の魔法だね」
入浴料には客の世話をする湯女の料金が込みで、脱衣籠を抱えて露天風呂へと降りていくとユニとアッシュそれぞれに湯女がついた。
脱衣籠は彼女たちに渡して預かってもらう。盗難防止のためである。
二人の湯女は、どちらも五十代前後に見えた。恰幅がよくとりわけ腕が丸太のように太い。素っ裸になった二人と違い、袖なしの黒いシャツと太腿が剥き出しになった短いズボンを穿いていた。
いかにも人の良さそうな人懐こい笑顔を浮かべていて、少し緊張していたユニたちをほっと安堵させた。
ユニについた女はハンナ、アッシュの方はムメリと名乗り、手桶でお湯をかけて汚れを落としたら、まずは湯につかるよう二人に促した。
浴槽はかなり大きな岩塊を、防水性のある漆喰のようなもので間を固めて造られている。
湯は透明で硫黄のような臭いもなく刺激が少ないが、さらさらとしているのに肌を触るとぬるりとした感触がした。
風呂好きのユニは身体を思い切り伸ばして歓喜の溜め息を洩らした。
窮屈な湯桶とは比べ物にならない開放感である。
全身の筋肉から痛みと疲労が流れ出して、代わりに麻薬のように甘美な快楽がじわじわと肌から浸透してくるようであった。
アッシュも気持ちよさそうにお湯に浸かっている。
ユニの白い肌は透明な湯の中でも陽の光を反射してまぶしく輝いている。
アッシュの肌はユニに比べるとやや浅黒い。
ただ、柔らかな脂肪の層を全身にまとっているユニに対し、アッシュは肌の下がそのまま柔軟な筋肉であるように引き締まっている。
小さいが白くふわりとした半球状に盛り上がったユニの乳房は、青い静脈が透けて見え、ピンク色の小ぶりな乳首がお湯に浸かっている快感でぴんと立っている。
アッシュの方は、控えめなユニの乳房よりもさらに盛り上がりが低い。
柔らかいというより、触れたら硬そうな膨らみで、乳首もごく小さく幼女のようであった。
二人とも全裸ではあったが、アッシュは胸に紅い宝玉を銀の鎖に下げたペンダントをしている。
「それ、着けたままで大丈夫なの? 温泉は銀を黒くするって聞いたことがあるわよ」
ユニが心配すると、アッシュは笑って「大丈夫だ」と答える。
「それは硫黄泉の場合だよ。もっとも、この鎖はミスリル銀だからそうであっても平気なんだがね」
十五分は浸かったであろうか、すっかり温まり肌を桜色に染めた二人は湯から上がり、ハンナたちのもとに戻った。
低く簡素な木の椅子に座らされると、湯女たちは石鹸で泡立てたヘチマ(繊維だけを乾燥させたもの)で手荒く肌をこすり始める。
少し痛いくらいの刺激の中で、ユニの肌からはボロボロと白い垢が〝こより〟のようになって剥がれ落ちてくる。
それまで水浴び程度で済ませていたせいもあるのだろうが、自分でもぎょっとするくらいの垢が出てくるのは少なからず恥ずかしい。
湯女のハンナはそんなユニの表情を見てからからと大きな声で笑った。
「お嬢さん、誰でもそうですから気にしなくてもよござんす。
まぁ、こうして取れた垢を見せると、お客さんが大人しくなってあたしらの言うことを聞いてくれるから、はったりみたいなもんですよ」
そう言うと、手の平の上に大きな毛糸玉ほどになった垢を乗せて見せてくれる。
一方、アッシュを担当するムメリは首をひねっている。
「おかしいね……。
このお嬢さんはお連れさんでしょう?
同じ旅をしてきたにしては、まるで垢が出てこないね」
アッシュは少しすまなそうに詫びる。
「気にしないでくれ。
これは生まれつきの体質なのだ」
エルフは長命である分、新陳代謝も遅く細胞の老廃物である垢が出にくいのだが、それを説明するわけにはいかなかった。
垢すりが終わり手桶のお湯で身体を流すと、湯女たちは衝立の陰にユニたちを案内した。そこには浅い囲いのある木の寝台が並んでいて、ハンナたちは手際よくそこに乾いた藁束を敷き詰めて、上に白いシーツをかぶせた。
大きなタオルで濡れた肌を拭きとられた後、ユニたちはそこに寝るよう促された。
全裸のまま寝台に寝そべると、中年女たちは全身のマッサージを始めた。
彼女たちの太い指と分厚い手の平が、火照った肌をリズミカルに押し、揉みしだいていく。
最初は痛いくらいだったが、その圧力が抜けると同時に蓄積した疲労も消えていくようで、身体が軽くなっていくのが感じられる。
あまりの気持ちよさに強い眠気が襲ってくるが、湯女たちは陽気にお喋りを続けてあれこれ訊いてくるので、かろうじて意識を保つことができた。
「あんたたち、運がいいね。
あたしとムメリちゃんはこの店の看板娘なんだよ。いわばツートップさね。
この時間はヒマだからいいけど、夕方を過ぎるとあたしらは指名料を払わなきゃ呼べないんだよ!」
「へえ、そうなんですか……。
夕方から混むのは、やっぱり大隧道の工事の人たちでですか?」
ユニは眠気と戦いながら当たり障りのない返事をする。
「そうさ、工事のあんちゃんたちは日暮れまでの仕事だからね。
そっから夜遅くまでは大忙しなんだよ。
あと、午前中はお女郎さんたちで女湯が忙しいね」
「……工事はだいぶ進んでいるんですか?」
ハンナは「ばちん」とユニの背中を平手で叩いた(かなり痛かった)。
「あんた、そりゃあ凄いもんだよ!
なんせ大隧道は完成まで百年かかったって言うじゃないか。
今度の災害で崩れた時だって、みんな復旧までは十年、二十年はかかるだろうって噂してたのよ。
それがどうだい!
来年の春にはもう仮復旧するって話だよ。
一年半もかからずにだよ?
さすがは皇帝陛下が大号令をかけただけあるってもんさ!」
たくましい中年女は、まるで自らの手柄であるかのように得意げだった。
「……どうしてそんなに早く工事が進んだんですかね?」
「そりゃあんた、魔導士様のおかげさね!」
「魔導士?」
「そう、皇帝陛下の命令で国中の重力魔法の遣い手が集められたんだとさ。
大したもんだよ、あの重力魔法ってやつは!
象ほどもある大きな岩を、二、三人の人間で動かせるようにできるんだってよ」
アッシュをマッサージしていたムメリが声をひそめて付け加える。
「それにさ、細くて不便な所や落盤事故が多かった隧道はそのまま潰しちゃって、まるきり新しい隧道を掘っているらしいんだがね。
ここだけの話、その工事にはあの〝爆炎の魔女〟様まで駆り出されているそうだよ!」
ユニの眠気が一瞬で吹っ飛んだ。
「えっ、それってあの、ミア・マグス大佐のことですか?」
「おや、あんた外国の人なのによく知ってるね!
まぁ、あのお方はそれくらい有名だから無理もないかね。
なんでも山の岩盤に爆裂魔法で大穴あけて、数日ででっかい山を貫通させたって噂だよ!
でも、これは極秘の情報だから、嬢ちゃんたちも他所で言っちゃだめだよ」
「極秘って、どうしてお姐さんたちはそれを知ってるんですか?」
ハンナは「がははは」と豪快に笑って、再びユニの背中を「ばんばん」と叩いた(すごく痛かった)。
「そりゃさ、魔法で吹っ飛ばした岩をどける作業員が必要だろう?
そいつらが口止めされてたって、その晩女郎屋で枕語りに『ここだけの話……』ってバラすに決まってるじゃないか!
そしたらもう、次の日には町中の全員に知れ渡るってもんさ」
湯女はもう一度「ばちん」とユニの背中をひっぱたくと、彼女を仰向けにひっくり返した。
「よし、マッサージはこれで終わり。
あとは香油を塗るからね。
垢をすっかり落としちまうと、肌の脂までなくなってしまうから、ほっとくとかさかさになっちゃうのさ。
ここの備え付けは馬の油だけど、それでいいかい?」
「ああ、それなら……」
アッシュが寝台の傍らに置かれた脱衣籠に手を伸ばし、帆布製の肩掛け鞄から栓をした
「私は動物性の油を好まないのでね、すまないがこれを使ってくれ。
ユニもこれを塗るといい」
「へえ……」
瓢箪を受け取ったムメリは栓を抜くと匂いを嗅ぎ、一滴手に垂らしてぺろりと舌で舐めてみる。
「これは……
それにレンゲの蜂蜜にアロエ……ハッカも入っているね。あと何種類かの香草も。
……うん、いい香りだ。肌にもよさそうだね」
それまでの陽気な中年女の顔から、一瞬で真面目な顔になった湯女たちは、どうやらアッシュの香油に合格点を出したらしい。
二人は香油を数滴ユニたちの身体に垂らすと、手のひらでまんべんなく塗り広げていく。
その手つきはプロのもので、いやらしさは微塵もなかったが、全身をていねいに撫で廻され、それは乳房や股間も例外ではなかったので、ユニは思わず小さな声を洩らしてしまい、顔を真っ赤にした。
ハンナは片目をつぶった。
「なに、女同士だ。恥ずかしがることないさ。
それより嬢ちゃん、ちょっと伸びかけてるから手足と脇を剃ってあげようね。
お股はどうする?
最近の若い娘はあそこだけつるつるにするのが
ユニは激しく首を振った。
以前白虎帝の副官をしているエディスの私邸で、メイドたちに無理やり剃られた忌まわしい記憶が蘇ったのだ。
「こっちのお嬢さんは剃刀の必要がないわ。
これって生まれつきかい? 羨ましいこったね」
ムメリが感心したように首を振りながらアッシュの体に香油を塗り広げている。
ここまでの道中、何度も二人で水浴びをしているので、ユニはそのことを聞いたことがある。
アッシュは凉しい顔で答えたものだ。
「私はまだ三百歳だからな。
エルフも千歳を超すと、かなり薄いがそうした毛が生えてくるぞ。私の母さまがそうだった」
すべての施術が終わり、きれいなタオルで全身を拭き取られると、全身がさっぱりとして生き返ったような気分になった。
二人の湯女が一番人気だというのも嘘ではないように思える。
ユニが脱衣場で新しい肌着に袖を通すと、ふわりと榧の甘く香ばしい森林の匂いが漂った。
「あ……これ、アッシュの香りだわ」
* *
二人が湯屋を出ると、もうたっぷり三時間が過ぎていた。
出口の傍らでは、炎天下のもと待ちくたびれたマリウスとライガが、溶けた飴細工のような格好で延びていた。
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