第49話:違和感
先週の神楽山で起きた事件からもう1週間が経とうとしていた。未だ協会側は件の調査を進めている。教会の身内である、準特級魔術師が教団の関係者だったのだ。放置しておくには危険なことだった。
あの事件には不可解な点が複数存在していた。
一つ目は相良の目的だ。教団の関係者であれば、協会を目の敵にしていることもわかる。しかし、なぜあのタイミングだったのか全く思い出せない。これまで影を潜めていたのにも関わらず、私たちのような下級の魔術師を罠まで張って殺そうとしたのは釈然としなかった。何か目的を話していた気がするのだが、結局謎のままだ。
二つ目は戦闘痕だ。明らかに私たちが扱えるレベルでない攻撃の戦闘痕が存在している。おそらく相良のが放った攻撃あるのだろうが、あまりどんな攻撃をしたか誰も覚えていないのだ。それどころか、どうやって倒したかも曖昧だ。八代君が神器を解放して倒したのだろうが、それも覚えてないのはおかしな話だ。その事実だけが一人歩きしている。まさにそんな感じだった。
三つ目は倒したはずの相良の遺体がどこにもないことだ。各自、確実に倒したという証言は一致しているので、倒しきれず逃げたということはおそらくない。それなのに遺体もない。
そして最後に、私は何かを忘れているような気がする。何か大切なことを。誰かを待っていたような気がする。だけど何かモヤがかかるように思い出せない。思い出そうとすると頭痛までしてくる。まるでこれ以上は思い出させないように誰かに押さえつけられているような感覚だった。
事件直後は特に何も思わなかった。それなのに日に日に増すこの違和感に頭を悩ませられずにはいられなかった。
結局、この件は不可解な点が見受けられるも、教団関係者の相良が協会にスパイ行為を行っており、見事、その相良を八代君が私たちを率いて倒したこととして処理された。
「はあ......」
「どうしたんだい、真白。ここのところ、ため息ばかりじゃないか」
「凛さん、いえ......」
今私たちは生徒会室へ集まっている。集まっていると言っても今ここにいるのは私と凛さんだけだ。
凛さんは優しげな表情で会長席の前の机に乱暴に腰を下ろした。生徒会長がしていい行為かと言われれば、ダメだが、なんだか凛さんが長机に座って、足を伸ばしているのは様になっていた。
「何か、違和感を感じているね?」
「......はい。凛さんもですか?」
「ああ、なんていうか、説明しづらいんだが、どうもあの事件のことが気になってね」
やっぱり何かがおかしい、そう言おうとした時、急に生徒会室のドアが音を立てて開いた。
「真白、会長、失礼しますよ」
そこに現れたのは今、協会でも相良さんを倒して噂になっている、八代君。その人であった。
彼は相良さんを倒してからより自尊心が高くなり、少し傲慢になったような気もする。
普段、ペアを組んでいる私から注意すべきことなのかもしれないが、彼に命を助けられたのでそのことを強く言えないでいた。
「失礼しまーす!光ちゃん!今日もかっこいいね!さすがあの相良を倒しただけはあるよ!!」
「ふふ、まあ、中々の強敵でだったけど、俺にかかれば当然さ」
その理由は深春があれからずっと八代君を持ち上げているからだ。それに彼も満更でもないように答える。深春は転校生としてこの学校へやってきた。深春がきてからずっとこんな調子で1週間を私たちは過ごしていた。
八代君たちに違和感はないのかしら。
今のところ、この件に疑問を感じているのは私と会長の二人だけだった。
それから、悠馬君にいのりちゃんの二人も合流し、特に話すことない定例会を行い今日は解散となった。
私は、一人帰り道を歩く。ふと、帰り道で立ち寄った公園が気になった。もう夕暮れ時で子供たちの姿はそこにはなかった。
また、違和感だ。誰かとここで私は大切な話をしていた気がする。それなのに思い出せない。
また、頭が痛くなる。
私は首を左右に振り、その違和感を振り払い、今来た道を引き返すことにした。
こういう時は、何か新しい本でも買って読もう!きっと面白い本に出会えたらこんな違和感ともさよならできるはずだ。そう思い、駅前の本屋へ向かった。
駅前は帰宅する人であふれていた。学生に会社員、子供連れの人まで様々だ。みんないろんな表情をしている。疲れた顔、笑った顔、楽しいそうな顔から、泣いている人もいた。恋人と喧嘩でもしているのだろうか。
そうして人間観察に耽るうちに私は見知った顔を見つけた。
「あれは......篠山君?」
篠山碧人君。彼は学校のクラスメイトだ。最近私と仲が良い、雅さんの幼馴染みでもあるらしい。そして私がフった三波君の友達でもある。
あれ?三波君......?何か彼に言いたいことがあった気がするけど気のせいだったかしら?
それよりも今は篠山君だ。
ここにまた、違和感を覚えた。彼は確か3日ほど前から風邪で学校を休んでいたはずだ。もう風邪は治ったのだろうか。フードを被ってまるで顔を隠しているようにも思える。
気になった私は、本を買うという目的も忘れ、人目を憚るように周りをキョロキョロと見ながら路地裏へ入っていく、篠山君を尾行することにした。
本当であれば、金曜の夜の繁華街。しかも路地裏なんかに華の女子高生たる私が入っていくべきではないと思う。自分で言っていて恥ずかしい。
路地裏は狭く、人が一人入れるほどの隙間が奥まで長く続いていた。
私は制服が汚れることを覚悟して、その隙間の中へ消えていった、篠山君を探すため、身を投じた。
しばらく、その道を進んでいくと開けた空間に出た。しかし、その空間は行き止まりで周りには何も存在していない。壁だけが存在している。道は一本道であったため、明らかに不自然だ。入って行った人がいなくなるなんておかしい。
念のため魔術的な要素がないか、探ってみるも何も反応しない。つまりここには魔術が使われていないということを意味する。
「じゃあ、一体篠山君はどこに行ったのかしら?」
そう言いながら周りを見渡すと右側の壁に描かれた一つの絵が目に入る。絵とは言っても、どこかの不良がよくその辺に書いてある落書きのようなものがスプレーで壁に描かれているというだけだ。
その絵は、五芒星を逆にしたものの上に、顔はヤギ、そして体は人間、羽まで生えた不思議な生物が描かれている。
私はこの絵を見て、気が昂るのを感じた。しかし、同時に不快感も襲ってくる。気分が悪くなるのだ。
私に芸術的センスなど恐らくないのだろがこの絵はなんとなく良いものではない気がした。
そして、その絵の横には殴り書きで文字が書かれている。
『我らがメシアが降臨す』
なんだろう、メシアって?降臨?よく分からない。見れば見るほど不快になるその絵から気づけば目が離せなかった。
私は良くないと思いつつ、後退りし、その場を去ろうと振り返ろうとした時、何かにぶつかった。
「っ!?」
振り返ってから飛び退くとそこには筋骨隆々のスキンヘッドの男が立っていた。
「よう、嬢ちゃん。嬢ちゃんみたいなのがここに何の用だ?」
その男は嬲るように私を見渡す。
「え!?あ、その、猫ちゃんがここに入っていくのを見て追いかけたらここまで来てしまいまして......」
そして私は言い訳を絞り出しどうにかその男に伝えるのであった。男はそれを聞いても何も反応しない。やはり、少し無理があっただろうか。
「じゃ、じゃあ、私はこの辺で失礼しますね、それでは!」
「まあ、待てよ、嬢ちゃん」
私はその男の横を通り過ぎ、急いで路地裏から出ようとしたが、男に肩を掴まれてしまった。
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