第48話:新たな日常

 ※更新放置していてすみません。これより不定期更新にはなりますが、徐々に更新していこうと思います。


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 俺は今、学校に来ている。俺は学生なんだからそんなことは当然のことだ。

 それはあまりに普通すぎる日常で教室はいつも通り、クラスメイト達の声で賑わっている。


「新!どうしたの?ここ最近ずっとそうだよね?ぼーっとしてる。何かあったの?」


「雫。いや、なんでもねえよ」


「ほんとに〜?新ってすぐに何でもないって言うから!何か悩み事があるんだったら遠慮なく言ってね?幼馴染みなんだから!」


「ああ、ありがとう」


 俺は雫にそう返すと、前に座った高崎さんの姿を目に映した。俺の瞳には映し出された彼女は今日も美しい金色の髪を靡かせていた。


 今、俺と高崎さんの関係というのはなんの変哲もない、クラスメイトという関係なのである。そんなの前からそうだと言われてしまえばそれまでなのだが、高崎さんから見た俺への一番近い記憶といえば、林間学校で一緒の班だったこと、そしてその後にあった、雫の退院祝いのことだろう。それだけなのだ。


「はあ」


 ため息が溢れた。しかし、俺にとっては彼女との一番近い記憶というのは林間学校で毒物に近いカレーを食べさせられたことでも、それで倒れた俺を看病してくれたことでもなかった。あの神楽山での惨劇。あれからすでに1週間が過ぎ去っていた。


 翌週から学校に何事もなかったかのように通い始めた俺は少し、戸惑いながらも高崎さんに声を掛けたが、返ってくるのは、爽やかな挨拶だけでそれ以上の進展は何もなかった。


(どうしてこうなったんだ......?)


 俺はこうなった原因を作った一人の女性とした会話を今日最後の英語の授業中に思い出していた。



 ──────────


「何も覚えてない?」


「ええ。彼女たちは何も覚えてませんよ」



 新と琥珀を抱えて新の家へ帰ってきた唯香は、新の傷を自身の力で消し去るとベッドへ寝かせていた。

 新がその後、目を覚ましたのは半日後、つまり土曜日の午後であった。


 その間も唯香は新の家に居座り、なぜか家事、洗濯、掃除と家政婦顔負けの仕事をこなしていたらしい。そして俺がベッドから飛び起きてリビングへ降りてきた時、唯香はキッチンで料理を作っていた。


「何してるんですか?」


「見てわかりませんか?料理ですよ?」


 唯香は楽しそうにそう答えた。「そりゃ見りゃわかるよ」と心でそう呟いた。問題はどうしてこの家にいるか、何が目的かということであった。


「まあ、まあ。そんな顔せずにまずは顔を洗ってきてください。お腹すいたでしょう?ご飯にしましょう」


 腹の音が恥ずかしげもなくその場に鳴り響き、俺は仕方なく、洗面所に向かい自分の寝ぼけた面を洗った。


 そしてリビングに戻る頃には、唯香が調理した料理が既に皿に盛られていた。オムライスのようだ。


 ゴクリ。と思わず喉の奥が鳴った。見れば見るほど美味しそうだ。雫がつくるものとも遜色がない。


「どうぞ。召し上がってください」


 唯香は満面の笑みでオムライスを差し出すと新の正面の席に座り、食べるのを待っていた。


「頂きます......」


 何か釈然としなかったがその腹の空腹には勝てず、そのオムライスを食べ始めた。昨日は体力を使い、それから何も食べていなかったので俺はその大きなオムライスをペロリと平らげた。


「それで、昨日あの後何があったんですか?そもそもあなたは何者ですか?」


 昼食を終え、片付けまでしてくれた唯香に改めて詰め寄った。


「ふふ、この際ですが、私が何者かは置いておきましょう。それよりあなたはあの場にいた真白さんたちのことが気になっているのではないですか?」


 まるで心を見透かされている。そんな感覚だ。そんな不思議な感覚に浸されながらも、そのまま唯香の話をしてくれそうだったので黙って聞くことにした。


「彼女たちは無事ですよ。皆さん、怪我はされていましたが命に別状はありません。あの後、協会の手配した救護班により彼女たちは協会が経営する病院へ移送されました」


 それを聞いて新は安堵の表情を浮かべる。一先ずは安心した。


「それでですね。大変申し辛いことなのですが彼女たちはあの山であった出来事であなたのことを何も覚えていません」


 そしてこの後に続くのは冒頭のやりとりだ。


「ええ。私があなたがあの山で何をしたかという記憶を彼女たちから消し去り、改竄しました」


(な、なんてことを......)


 俺がせっかく彼女たちの前にヒーローの如く登場し、敵を片付けたというのに目の前にいる女性はそれを全て無かったことにしたと言うのだ。あんまりではないか。決して、ヒーローっぽくわざと遅れて登場したわけではないが。


「ふふ、これでもあなたを守るためなのですよ?」


「俺を守る?」


 目の前の女性はアンニュイな笑みを浮かべながら続ける。


「ええ。あの山で能力を使ったあなたは、あのままでは魔術師サイドの協会から目をつけられていたことでしょう。今はまだあなたのその力を彼ら知られることは得策ではありません。魔術協会も一枚岩ではないのであなたの力に興味を持った連中があなたを捕まえにくることだってあります」


 それでも。と俺は言いかけて口を噤む。自分で言うのもなんだが、あの山にいた魔術師くらいなら追い払うことはわけないと思う。


「あの山にいた生徒会の彼らは魔術師としてはまだまだ新米。実力的には下層ですから。1、2名はそこそこの実力者もいたようですが、それでも協会のトップに比べれば雑魚同然というわけですね。それは今のあなたにも言えます」


 山本さんは俺が疑問に感じていることを先回りして答えてくれる。俺の心でも読んでいるようだ。しかし、協会のトップというのが俺より圧倒的に強い人たちらしい。自分の力をある程度、自負していただけにショックではある。


「もちろん、あなたはその力を完全に使いこなせば話は別です。完全に使いこなせた時、魔術師のトップクラスの実力者でもあなたを止めることは難しいでしょう。そうなれば、それができるのは候補者同士のみとなりますね」


 理路整然と語る山本さんに俺はまた、先ほどと同じ疑問が沸き起こる。

 この人はなんでこんなにいろんなことをしっているんだ?それに何が目的で俺を助けてくれているんだろう。


「まあ、たくさん疑問はあると思いますが、今はあなたには自分に与えられた力のことを理解し、強くなってもらわなくてはなりません。来るべき審判の時に向けて。私がお答えできるのはこのくらいですかね。何か質問はありますか?今なら少しだけお答えしますよ?」


 色々気になることはあるが、まずは記憶の改竄と聞いてどのように改竄していたのか気になった。これによっては登校してからの高崎さん達との接し方が変わる。


「えっと、じゃあ高崎さんたちの記憶を改竄ってあの山であったことはどんな風になってるんですか?」


「ああ、そこは気になりますよね。そうですね、あの最後にあなたたちを襲った男は彼女たちの記憶から抹消しました。さらに言えば、暴走して協会を裏切った学校の非常勤講師の男は、八代さんが獅子奮迅、満身創痍の活躍で倒したことになっていますね」


 あの野郎!!俺の手柄全部持って行ってるじゃねえか!!!いや、そう改竄したのは山本さんなのだが、この理不尽な怒りは抑えられなかった。次学校で会ったら

 一発どついたろ。


「では、私はそろそろ失礼しましょうか」


 山本さんは無言で怒りに震えた俺を見て、もう質問はないのかと思ったのか椅子から立ち上がり、家の玄関へと向かった。それに俺も追いかけるように背中を追う。


「山本さん!」


 俺の声に山本さんは優しい笑みのまま振り返る。


「ありがとう。助けてくれて。最後に一つだけ質問してもいいですか?」


「ええ、私に答えられる範囲であればいいですよ」


「なんで俺にここまでしてくれるんですか?」


 もっと色々聞きたいことはあった。候補者のこと。代行者のこと。あの男のこと。だけど、きっと彼女は全てを答えてはくれない。だから、その中でも最後に一番気になったことを質問した。


「......私はあなた助けられました。神様がいるならこれはきっと運命かもしれませんね」


「は?」


「では失礼します」


 彼女はよく意味がわからないことを言い残して家を出て行った。一人残された俺はぽかんと口を開けてアホヅラだったに違いない。

 俺に助けられた?運命?俺、山本さんにどこかで会ってたっけ?全然覚えてないけど......


 俺はその後、しばらくその閉じたドアを見つめていた。


 ──────────


「三波!三波!三波新!!」


「......うぇ!?はい!!」


「何をボーッとしている?話を聞いていたのか?この問題の答えはaからdのどれだ。答えてみろ」


「え?あ、えっと......」


 話など全く聞いていなかった。まずい。

 俺は冷や汗を掻きながら黒板の問題を読むが全く頭に入らない。

 これは適当に答えるしか......


 そう思った矢先、視界の端に雫が映る。雫はノートの端をペンで差して、トントンと音を鳴らしていた。俺に答えを教えてれているようだ。ありがてえ!!雫様感謝します。


「bです」


「なんだ、ちゃんと聞いているのか。もっと授業は真面目に聞くように!」


 先生はそれだけ言うとまた、テキストの説明を始め、黒板にチョークを滑らせて行った。



 そうして授業が終わり、放課後を告げるチャイムが響く。


「雫、さっきはありがとう。助かった」


「もう!ほんとだよ。しっかりしてね?」


 俺は先ほどの授業のお礼を雫に言うと、雫は不満そうな顔をしながらもどこか嬉しそうに答えた。


 そんな俺と雫の元へ一つの影がやってくる。


「雫〜〜!!」


「キャッ!」


 その影、雅さんは雫にそのまま抱きついた。女の子同士イチャイチャする様は正直言って悪くない。眼福。


「もう!雅ちゃんったら!」


「へへ、ごめんね。ああ、それで二人に聞きたいことあったんだけどさ。今いい?」


「え?聞きたいこと?何かあったの?」


「雅さんからってなんか珍しいな」


 雅さんはさっきまで雫と戯れていた雰囲気とは異なり、至って真剣な眼差しをこちらに向けた。


「その、碧人のことなんだけどね。何か聞いてない?」


 碧人はここ3日ほど学校を休んでいる。学校への連絡によると風邪ということになっているらしいのだが。


「聞いてるって何が?私は何も聞いてないよ?」


「なんか、風邪って言ってたじゃない?でもね、なんか違うみたいなの。お見舞いがてらに家に行ったんだけど、誰もいなくって。アイツん家ほら、私の家の隣じゃん?だから誰か帰ってきたら大体わかると思うんだけど、出入りしてる形跡がなくって」


「えっと、おばさんはどうしたの?」


 碧人はおばさん.......碧人のお母さんとマンションで二人暮らしである。雅さんの家もそのマンションの隣の号室というわけだ。


「それがね、おばさんは先週から長期出張でいないのよ。学校へはちゃんと連絡しているみたいなんだけど、私から連絡しても返事ないし......だから私心配で......何か事件に巻き込まれてないかね......」


「それは心配だね......」


「うん......だから何か連絡があったら教えて欲しいの!」


 確かにそれは気になることだ。たまにサボったりもするが幼馴染みである雅さんになんの連絡もせず、心配をかけるようなやつではないと思う。


「わかった。俺の方でもちょっと連絡して探してみるよ。何かあったらチャットする」


「ありがと」


 こうして俺の新しい日常は一つの不安とともに始まるのであった。





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