第39話:神器の解放

真白たちが入山してから既に2時間が経過していた。

真白や凛たちはそれぞれ、対峙した的を見事に討ち亡ぼすことができたが、山頂では未だ、その戦いは苛烈を極めていた。


「もう〜なんなのよ〜あいつ〜!!」


「いのり、落ち着くっすよ!相良さんが引きつけてくれている間に怪我を治すっすよ!」


いのりと悠馬はの体は既に傷や打撲、打ち身だらけになっていた。今は準特級魔術師である相良が敵の相手をしてくれているおかげ、二人は体力の回復に徹していた。


「それにしてもこっちの魔術が全然効かないなんて、ずるくない!?」


「武器を使った攻撃もまるっきしダメっすね。せいぜい薄皮程度が関の山っす」


「こんなことなら、凛さんたちについて行くべきだったよぉ」


悠馬も泣き言を言いたくはなったが、言ったところで状況が好転するわけではない。それを分かっているので、今は体力の回復に意識を集中させていた。

とそこへ土肌が捲れ上がる音と同時に相良さんが吹き飛ばされてきた。


「相良さん!」


「くっ、二人とも大丈夫かい!?そろそろ手伝ってくれると助かるんですが......」


「相良さん、それ......」


相良の体は既にボロボロだ。眼鏡が既に何処かに行ってしまったのか、今はつけていない。

そして彼の右腕は肘から先が完全に失われていた。


「来ますよ!」


それでも彼は戦う意思を失っていない。

悠馬といのりは相良は視線を向けている方向に目を向けた。


そこへ地鳴りを起こしながらやってくるのは先ほどまで相良が戦っていたオウム。

その姿は全てを飲み込んでしまいそうなくらい大きな口を持った丸い巨体に人型の体が生えているような見た目をしていた。

大口からは巨大な牙が見え隠れしている。


「ケキャキャキャキャ」


「ゲギャギャギャギャ」


一つは人間のような体を持つ部分から発せられる高いアルトボイスの耳障りな笑い声。そしてもう一つは巨体の口から出るあまりに下品な笑い声だ。

そしてオウムは相良の方ではなく、いのりと悠馬に狙いを定め、向かってきた。


「ッ!第2群ノ3:鬼火!」


いのりが魔力を込め、魔術を唱えると周囲に青白い火の玉が10の数生まれた。

そしてその火の玉は目の前の敵を焼かんとすべく、飛んでいく。

見事命中したのだがやつらはそんな攻撃、意にも介さなずにこちらを食らいつくそうと突っ込んでくる。


「ちっ!」


悠馬はいのりの前に立ち、大剣を構え迎え撃とうとするが、オウムはそれすらも飲み込んでしまいそうな大口を開ける。


「いけない!佐之さん!中城君!」


「ひっ......」


いのりは目の前から襲い来る敵を前に、目を閉じてしまった。


......?

5秒ほどたったが、一向に襲ってこない痛みに疑問を生じゆっくりと目を開ける。

そこにはオウムの左右の牙を刀で抑える凛と光輝の二人の姿があった。

そして二人は力任せにオウムを弾き飛ばした。


「いのり!大丈夫!?」


「真白.......さん?」


「どうやら間に合ったようだな」


「助かったっす〜」


悠馬はその場に尻餅をついた。

いのりは皆が応援に来てくれたことにより、ホッと安堵のため息が出た。


「みなさん、無事でしたか!助けに来て頂き助かりました。」


「相良さん腕が......」


「ええ、このくらいは仕方ありません」


そう言って腕を抑える姿を真白は痛々しく思った。


「しかし間に合ったと言ってもまだ、奴は元気そうだ。俺たちも少なからず怪我をしている。ここは皆で連携を取り倒すことにしよう」


「ああ、誠の言う通りだ。奴の魔力は確かに膨大だが、こちらも6人いる。いのりと真白、誠は後方から援護を頼む!残りは前衛だ。相良さんはすみませんが下がっていてください。行くぞ!」


まず仕掛けたのは深春だった。その大きな斧に魔力を込め、叩き斬ろうと力限り振り落とす。それに続いて、凛、そして光輝が美しく煌めくその刃で切断にかかる。

オウムを切り裂いた二人はそのままオウムの背後に回る。

オウムはその二人にターゲットを定めたのか振り返り、大口を開ける。先ほどの斬撃もさほど聞いていないようだ。


「第3群ノ7:閃電」


その隙に後方側に控えていた3名から魔力で作られた電流の嵐が飛び交う。

もう一度全員で合流し、しきり直す。


「あいつまるで効いてない......」


つい、真白はあまりにも無傷な相手を前にぼやいてしまう。

すると他の愚痴のような言葉が溢れおちる。


「私の本気の一撃受けてもあんだけなんて、なんかショック......」


「しかし、本格的にマズイな。私たちもほぼ魔力が残っていないと言うのに......」


先ほどまでも強者と戦っていたのだ。連戦となるとやはり精神的にきついものがあるのだろう。


「みんな、聞いて欲しい。おそらく、今一番魔力と体力が残っているのは俺だ。

だから今から神器の力を解放する。解放するまで悪いが時間を稼いで欲しい」


先ほどは真白が同様に時間を稼いでもらった。そして真白が上位魔術を使ったことで倒せたので光輝にはまだ余力が残っていた。


光輝は真白のように上位魔術を扱うことはできないが階級は真白より上に当たる。その理由が神器だ。

神器を解放すればかなり優位に戦うことができる。その神器の特殊能力はもちろん、単純に所有者本人の身体能力も飛躍的にあげることができるのだ。

ただ、未だ未熟者ゆえ、使いこなすところまでは出来ておらず、解放にも時間がかかる。


「分かった。今はそれが一番勝機があるだろう。八代に従おう」


光輝は、皆が了承したことを確認すると自らの神器に魔力を込め始める。

そして他のメンバーは迎撃体制に入る。はずだった。


凛は刀を構えたところで、目の前の相手の様子がおかしいことに気づいた。

それは凛だけでなく、他の者がみてもその様子は明らかだった。

震えている。小刻みに横に震えているのだ。


光輝はその光景を目の当たりにしながらも魔力を込めるのやめない。

お互いがその場で相手の出方を伺い、その奇妙な動きを見守った。

あたりを緊張が包む。


しかし、先に動いたのは奴の方だった。

オウムはその口から今まで見せてこなかった、恐ろしく長い舌をこちらに向けて伸ばしてきた。


「いけない!第0群ノ21:土影障どえいしょう!」


いち早く反応した相良が前に出て魔術を唱える。それは土を使った防御魔術で片手で触れた地面から土の塊が壁を成すため、隆起した。


しかし、繰り出されたその舌は土の壁をいとも簡単に貫通した。


「ぐあああああああ!」


その土を発生させていた術者を舌で搦め捕り、引き戻したのだった。

バキ、ゴキュリ

大口の中に凄まじい勢いで放り込まれた相良からは骨が砕ける音、そして時折悲鳴とも取れる音が聞こえた。


オウムが大きな口で咀嚼を完了させるとその口の合間からは、相良のものと思われる大量の血が滴っていた。


「ひっ」


誰も声に出すことができずに青ざめる。

この中で一番階級の高かった魔術師がいとも容易く目の前で殺されてしまったのだ。

残魔力も少ない彼らを絶望させるには十分すぎる出来事であった。


「皆!気をしっかり持て!八代の神器を解放させる時間を稼ぐんだ!」


それでもこの中でリーダーを務める凛は、自分を奮いたたせ、周りの仲間を鼓舞した。そして光輝自身も自分の役割が分かっているようで、目の前のショッキングな出来事を前にしても解放を行うべく魔力を注いでいた。


真白も凛からの激励に我を取り戻し、魔力の矢を作り、その矢を放った。

自分たちが何もしなければ確実に殺される。そう思っての行動だった。

誠もいのりも同様に魔術を展開し、敵を足止めする。

悠馬と深春、凛はそれぞれ展開された魔術の間をすり抜け、巨体の一部を切り開いていく。


そうしてどうにか時間稼ぎを行うこと5分。

ついに突破口は開かれる。


「はああああああ!」


一気に光輝のもつ天羽々斬が輝き、光を放ち始めた。


「みんな、お待たせ」


そこには光のオーラを纏い、およそ2倍の長さになった刀を持つ光輝がみんな前にかばうように出てきた。

今まで疲労に満ちた皆の顔が少しだけ、希望を持った顔つきに変わった。

八代ならやってくれるとそう信じている顔だ。


「ここから先は、俺が相手だ」


そこからは一進一退の攻防だった。八代が能力の上がった身体で素早く敵を翻弄し、深い一撃を与えると相手も素早く、その攻撃に反応し、体をぶつける。


先ほどまで全くといっていいほど有効打を与えられなかった相手に深い傷が増えていく。


「やっちゃえ、こうちゃん!!」


深春の声援をもらいながら、相手を追い詰めていく光輝。その体には確かに少しのダメージが溜まってはいたが、些細なことだった。

オウムもまずいと思い始めてきたのか、巨体から生えていた人型の部分の気味の悪い笑みがいつのまにか消え去っており、その顔には焦燥が見られた。


オウムは考える。追い詰められるこの状況をひっくり返すには。

舌を光輝ではなく、後ろで待機する深春に向かって繰り出そうとしていた。


深春は突然向かってきた舌に死を覚悟した。


「させるか!」


しかし、光輝はそれにもいち早く反応し、舌が深春に到達する前に切断した。


「ゲェエエエエエエエエ」


声にならない悲鳴が夜の森に響き渡る。


「深春!大丈夫!?」


真白は危うくやられそうになった深春に近づいたが、その顔を見るとなんとも言えない気持ちになった。

こんなときにも関わらず助けられた深春自身はうっとりとしていた。


それでも今のは流石と言うべきだった。やはり神器を持つものは単純に戦闘能力が高く、真白はそんな姿を羨ましく見ることしかできなかった。


そして情けないことにオウムは死を覚悟し、敵に背を向け、逃げようとしていた。

しかし、光輝はそれを許さなかった。


「これで終わりだ!」


光が天羽々斬に収束していく。


「真技:光影斬!」


そして収束した光を纏った刀を光輝は振り下ろした。

光はそのままオウムに向かってまっすぐに降り注ぎ、その巨体を真っ二つに引き裂いた。


「はあはあはあ、やった!勝ったぞ!」


「やったあああああ!こうちゃん流石!」


「ああ、八代、よくやった。助かったよ......」


犠牲を出しつつもどうにか倒すことができた。

一同は自らの生を掴み取ったことに喜び、そして安堵に包まれた。

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