第38話:憂い

本殿側に続く、畦道を高崎真白は歩いていた。正規の正門側から向かったのではなく、山道から入ったので歩きにくい道であるのは分かっていたことではあるが、それだけでない憂鬱な情景を目にして、思わずため息が漏れてしまった。


「こうちゃん、歩きにく〜い!これじゃあ、オウムと戦う前に足が痛くなっちゃうよ...」


「ふう、深春はしょうがないな。おんぶしてあげようか?」


「え?ほんと?やった!」


その異常な光景は、何よりも折角引き締めたはずの緊張感を阻害するものだった。

私たち、今から強敵と戦うんだよね...?

まるで彼らは自分たちが危険に陥ると微塵にも考えていないのか、普段と同じように接している。

そんな様子で前を歩く二人を見ていたが、八代の背中に体を預けた深春は、首だけでこちらに振り返り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「はあ...」


何度かの分からないため息が溢れる。

そんな彼らを決して羨ましいともなんとも思わないことは確かだが、その瞳には別の憂いが存在していた。


それは、ほんの数刻前に言い争った、一人の少年の幻影だ。

考えないようにと、出立前に凛より釘を刺された、真白だったがその時のことをどうしても思い出してしまう。


今回のこの襲撃に関して、教団の関係者が関わっている可能性がある。可能性というよりはほぼ確信に近いもので、ぼんやりと会議を聞いていた真白の記憶にもその話の内容は鮮明に残ったいた。


落ち着いて考える暇がなく、それは今現在も同じことではあるが、一つの引っかかりを覚える。この引っ掛かりを放置してこの先に進むことは、自分の中で優先すべきことではないような気がした。


教団が関係しているなら、なぜあの時言い争った彼はあそこにいたのだろう。

いや、別に教団の関係者が集団で行動しているという可能性がないわけではないが、そんなところに所属している彼が迂闊にも今日、この日何かをしようとする時に協会側の人間である自分と一緒にいるだろうか。


私自身が無理やり、引き止めたことであってもだ。そんなのは何かしら適当な理由をつけて断ればいいだけの話。

それに正体を明かしたのも釈然としない。関係者であるならば、その時点で明かす理由が見つからない。凛さんから聞いた通りのやつらなら、そんな軽率な行動は起こさないのではないかと思った。

実力がありながらも狡猾で残虐。そして常に慎重だと言っていた。


一向にはまらないパズルのピースを探している気分だ。

あの時は、激情に駆られ冷静に判断することができなかったが、一つずつ紐解いていく。


彼はなんと言っていた?

オウムを倒す手伝いをしている。山の封印を解いた。

封印が解かれたのいつ?

私に告白した翌日。彼が休んだ日。

彼に何があった?

封印が解かれた日から主に体の面で変化が見られた。

オウムが頻繁に倒されるようになったのは?

封印が解かれてから。つまり、私に告白をした後から。

じゃあ雫が襲われた時の彼の鬼気迫るものは?

あの時の焦燥にどこも違和感はなかった。彼は本気で幼馴染を、雫を心配していた。


私は.....なにかを勘違いしている?

まだ多くの謎は残っているが、一つの仮説に至る。

彼は私に告白した後、何か身体に影響を及ぼすような何かがあった。

そして、事故か何かで山の封印を偶然にも解いてしまう。封印を解いてしまったことを知った彼は、自ら責任を取る形でオウムを狩っていた。


この仮説はほぼ当たっているあたり、さすがの頭の良さを見せる真白だが、どこか確信が持てないのも事実。


ちゃんと、ちゃんと今日の任務を終えて、彼に会わなければ。会ってちゃんと話をしたい。そして謝らなければならない。彼が許してくれるかは分からないが。


「真白。止まれ!ここから先に奴の気配を感じる」


一つの憂いを断ち切り、そう思い至った時にはもう本殿は目と鼻の先だった。


「よいしょっと!ありがとね、こうちゃん」


相変わらず緊張感のない声でお礼を言う、深春は自らの武器を召喚した。

その武具は小柄な彼女には似つかわしくない、厳つい斧だった。


八代もいつの間にか自分の神器を召喚している。

真白もそれに合わせて、武器を召喚した。

彼女が召喚した武器は、身の丈ほどの長弓だ。

この長弓に名はない。深春の使っている斧もだ。

名持ちの武器はすべからく、神器と呼ばれ、その名前を知ることで真の力を発揮することができる。

名を持たない武器は神器とは呼ばれない。名前を持っていなくともそれぞれの武器に特殊な効果は存在する。


もちろん、神器を持たずともその身一つで上級以上の地位を駆け上るような猛者もいるのだが、やはり最上級の実力者たちは皆一様に神器を扱うのだ。


真白もそこに憧れを持ちつつも、未だ名の取得には至っていない。


本殿付近には既に人払いの結界が展開されていた。

そこに佇んでいるのは、3つ首を持つ、オウムだった。

そのオウムは大きな体を4足で支えている。そしてそれぞれの首はそれぞれの意思をもっているのか、別々の方向を向いている。

あらぬ方向を向いている顔には目は存在せず、ものは見えてないようだ。

そしてその顔には大きな口がついており、噛みつかれでもしたらただではすみそうにない。


「俺と深春で突っ込む。真白は後ろから、援護を頼む」


真白は静かに頷くと、二人の合図を待った。

二人は自身に身体の強化を施し、草場の影から飛び出して行った。


「はあ!」


「やああ!」


それぞれの武器に魔力を纏わせ、二人は同時に切り込んだ。

3つ首のオウムはそれぞれ器用にも首をくねらせ、その巨体を揺らし攻撃を避けた。

オウムがその速度についてきたことには驚いたが、私は弓を構え、魔力で作られた矢を連続で3本放つ。

矢は見事にオウムに命中し、爆散する。

そこで追撃の魔術を八代君が展開する。


「第3群ノ9:赤光花火」


本当の花火が打ち上がったかのごとく轟音が響く。

さらにダメ押しの一撃。煙が晴れていないにも関わらず、魔力大きく纏った斧がオウムに向かって振り下ろされた。


煙が晴れるとそこには無残な姿となったオウムがかろうじて生き残っていた。

その姿は3つあったうちの2つの首が失われており、後一発でも攻撃を与えれば倒せてしまえそうだ。


「ふう、思ったより大したことなかったな」


「ええ、やっぱり私とこうちゃんのコンビネーションは抜群ね!さあ、トドメをさしてしまいましょ!」


私も一応、攻撃したんだけどな...。

どうやら彼女の目には真白は映っていないらしい。


まだ、一応は生きているんだから油断はしないでほしいな。

真白は控えていた場所から、二人の元に向かおうとした時、地面から二つの物体が飛び出した。


「!?八代君、深春!」


二人呼んだ時には遅かった。


「がっ!」


「きゃあ!」


地面から飛び出したのはオウムから失われたはずの首だった。

現れたその首は、二人の脇腹を食い破ると分離し、首だけの状態で地面に降り立った。


二人は同様に脇腹を抑えて後退する。そして苦悶の表情を浮かべている。


「くっ、まさかあれで生きているとは...油断したな...」


「痛っ...」


「二人とも治癒するから、待ってて!」


だが、目の前の敵はそれを許してはくれない。

3つの首がそれぞれ独自に動き出す。


本体に引っ付いているものはそのままこちらに向かって突進を行なってきた。

その巨体にも関わらず、恐るべき速さだ。

3人はそれぞれ別の方向に散会し突撃を避けたが、残りの2首がそれぞれ手負いの二人を追撃する。


脇腹を抑えながらも空中でひらりと生首の猛襲を避けた、八代はそのまま首に天羽々斬を振り下ろし首をさらに切り刻んだ。

そして地面に二つに別れた物体が転がったかと思ったその時、その二つはまた動きだした。


「な!?まだ生きているのか」


そのサイズは小さくはなっているが、生命の活動は停止していない。


同じように生首が迫っていた深春にも同様の事象が発生しているようだった。

斧の腹で打ち砕いたその首は、全くと言っていいほど死ぬ気配がない。


「もう!なんなのよ!どうすれば、こいつら死ぬの!?」


驚くべき生命力に悪態をつく深春。

4つ分離したオウムたちは目はないのだが、こちらを見て笑っているようにも見える。


「これじゃあ、きりがないな」


攻撃を加えても奴ら、際限なく分離を行い、まるで倒せる気配がない。

ならば、分離も行えないほどの力で消し去るしかない。そう一考し、真白は二人に提案する。


「...二人とも時間を稼いでくれる?」


「何よ?何するつもり?」


「そうか、真白。君はあの魔術を使うんだね?」


それは深春が神楽支部を離れている間に真白が会得した上位魔術を使用し、倒すというものだった。

シンプルな作戦ではあるが、今の真白の実力では上位魔術を使うにはそれなりの貯めが必要だ。

なのでその間に二人で目の前の敵を引きつけてもらう。


「分かったわ!私とこうちゃんが使える魔術は中位までしか使えないし、それじゃあ確実に倒せるか分からないものね。その代わり、確実に倒しなさいよ?外したら許さないわ!」


「ああ、よろしく頼むよ、真白」


二人はそれぞれの武器に魔力を通し、再び敵の元へ向かった。

その間に真白は魔力を貯める。この魔術を使えば、自分の中の魔力をほぼ使い切ってしまうが、致し方ない。


そして再度、敵の元へ接近した八代と深春はそれぞれの武器で相手を切断しない程度に攻撃を加えた。

オウム自身もその殺意のない攻撃に惑わされ、反撃を行おうとするがヒットアンドアウェイを繰り返されストレスの溜まる一方だった。

そしてそんな状態が5分ほど続き、二人の体力も限界を迎えるところだった。


「ましろん、まだなの!?」


思わずそう叫ぶ、深春に真白はようやくといったように答えた。


「お待たせ!二人とも離れて!第6群ノ1:神墜!」


オウムがいた場所に魔術作られた極光を放つ神罰が下された。

それは地響きとともに目の前の敵を一瞬で炭化させるほどの威力を十分すぎるほどもった一撃だった。


「はあはあはあ...」


激しい魔力欠乏に襲われる真白を横目に、二人は先ほどのオウムのいた場所を調べた。


「うわぁ...」


そこにオウムの姿は跡形もなく、焦げ跡だけが残されていた。


「流石は、僕の真白だね」


流石の真白も今はそんな戯言に突っ込む元気はなく、その場にへたり込んでしまった。


「それにしても厄介な相手だった」


「うん...まさかいくら切っても分裂していくなんてね...そんなオウム初めてだったわ」


「まだ、山頂付近に大きな魔力を感じる。少しの休憩をした後、応援に向かおう」


その提案には深春はもちろんのこと、真白も賛成だった。

魔力を使いすぎた。それに二人とも軽傷とは言えない怪我を負っている。

彼ら二人は治癒魔術が得意ではないので、応急処置程度の魔術を施した。


本当は真白の魔力が万全なら二人を癒すのだが、今はその真白のおかげ敵を倒すことができたのだ。

そのことを誰も責めるものはいなかった。

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