第37話:不協和音

本殿から離れた森の中を抜けるとそこは開けた場所が広がっている。

この神楽山には本殿に繋がる正門とは逆に位置する裏門から入ることができる、一般にも開放されている自然公園が隣接している。


この自然公園は春になると美しい花びらが舞い散る桜、その種はソメイヨシノが何本も植樹されている。夜にはライトアップも行われ、花見客で賑わっていただろう、その桜の花弁は初夏を迎える今の時期には既に散り、その葉は青々と生命の息吹を感じることができる。


春にはライトアップがされると上述したがそれは、桜の季節だけとなる。

今は深夜を迎えるこの時間では公園は閉園されており、人の姿は見えない。

それだけでなく、神楽山の公の場には結界魔術を施す仕組みが常設されている。今はその仕組みが正常に動作していることに他ならない。

公園の中心には大きな池が存在しており、月の明かりを反射して妖しくも幻想的な風景を演出していた。


だが、その美しい景観にそぐわない異物が存在している。その異物はギシギシと不快な音を鳴らしながら、周りの桜の木が風で揺れる動きに合わせてただ、そこに漂っている。


凛の隣にいる、誠からまさしく言葉通りに固唾を呑む音が聞こえた。


「凛。あいつは本当にオウムか?」


誠がそう言いたくなるのも頷ける。異様なのだ。まるで自然に溶け込むようにしてそこにいる存在が。


「ああ、間違い無いだろう。今まで見て来たどのタイプとも異なる奴のようだ。私が鬼切おにきりで先に仕掛ける。誠は後ろから援護をよろしく頼む」


凛はそう言って、愛刀である鬼切を構える。

この鬼切は平安時代に生きた渡辺綱わたなべつなと呼ばれる武将が使用していた刀がモチーフとなっている。その刀は元は髭切と呼ばれていたのだが、当時京の都で暴れまわっていた鬼、茨木童子の腕を切り落としたことにより鬼切と称されるようになった。


凛が今構えている鬼切にも同様に鬼型のオウムに対して絶対的に優位な力が発動する能力がある。ただ鬼型のオウムなど滅多に出ない超上位種ではあるが、通常のオウムに対してもある程度、効果的な力は発揮する。


誠がこちらを見て静かに首を縦に動かしたのを確認すると私はその愛刀に魔力を込め、不気味揺らぐオウムに向かって身体強化を施した体で接近した。


近づいてもなお、その場から動く素ぶりを見せないオウムに対し、鞘から鬼切の刃を滑らし、薙いだ。


凛が放った刀が奴に触れると同時に後方で誠が魔力を込め、魔術を展開しようとしている。


「第3群ノ10:裂烈さくれつ!」


そして放たれる魔術は中位魔術、裂烈。3つの三日月状の刃がオウムに向かって飛んで行く。凛はすぐに横に飛び跳ね、魔術がオウムに命中した。

オウムにぶつかるとその魔術はそのまま破裂し、辺りに煙を舞い上げる。


「凛。どうだ?やったか?」


「いや、まるで手応えがない。あれで倒せたのなら、ここまで警戒する必要はなかっただろう」


本当に不気味な相手だ。向こうからの敵意を一切感じない。


「うぐっ、り...ん...」


「なっ!?」


不意に横から苦しむ声が聞こえた。

誠の方に目を向けると、そこには先ほどのオウムが誠を腹に突き刺さっていた。

しかし、彼は苦しむだけでそこからは一滴も血が流れていない。

そしてそのままオウムは彼に吸い込まれて行き、同化した。


「ま...こと?」


彼は俯き、その場に立ち尽くしている。

なんだ?一体何が起きた?オウムは一体どこに消えたというのだ?


そして彼は頭を上げ、目を見開く。そこには一切の光も灯さない、生気のない誠の姿があった。


ありえない。こんなオウムは見たことがない。なんだあれは!?

霊体型のオウムなど世界的に見ても前例がない訳ではないが、とても稀有な存在だ。

しかし、奴らは物理攻撃が効かないだけで、通常の攻撃魔術であれば効くはずだ。それに人にとり憑くなど聞いたことがない。

凛は心の中でこれまでにない敵の様子に焦りを隠し切れないでいた。


奴は誠の得物、両手につけられた鉤爪を顔の前でクロスさせ、ニヤリと口を歪ませるとこちらに肉薄し、その狂気をこちらに振るって来た。


「くっ!」


凛は刀で向けられた悪意を防ぐ。彼はそのまま横に振り払い、刀を絡め取ろうとする。どうにか力で刀を落とさないように抑え込む。鍔迫り合いのような形になったところで、相手を押し切り、後退した。


「誠!私だ!目を覚ませ!」


凛の言葉にも眉ひとつ動かさない彼は、相も変わらずニヤケ面でこちらに向かってくる。


「くそ!第0群ノ4:荒縄!」


凛の手の平から放たれるは、補助魔術で相手を拘束する魔術だ。

青白い縄状の光は蛇のように地面を奔り、誠の足に巻くつく。巻くつくと誠の体を乗っ取っている奴はその場に転んだ。


「済まない、誠。第1群ノ3:空撃!」


彼の体を傷つけることに心を痛めながらも比較的威力の低い、魔術で彼の体を打ち付ける。そのまま彼は後ろの気に激突し、沈黙した。


「ケホケホッ」


「誠!?誠なのか!?済まない。大丈夫か!?」


今の衝撃でどうやら正気を取り戻したようだ。凛は鬼切を鞘にしまい、彼に駆け寄った。


「凛...?俺は一体?」


「ああ、どうやら奴に取り憑かれていたらしい。でも奴は一体どこへ消えた?」


凛は誠が奴から解放されたことが分かると周りを見渡した。


それがいけなかった。

右腹部に痛みが走る。


これは...血?誰の?私のだ。


「な...んで?」


誠の手から伸びるその鉤爪は確かに凛の腹を捉えていた。

視界が滲みながらも急いでその場を飛び退いた。


「はあはあ。どうしてだ、誠!?」


「ぎひひひひひ」


誠の体で不気味に笑う奴はまだ誠の中から出ていっていない?

なら、なぜ奴は話すことができたのだ。完全に油断した。乗り移った奴が意思を持ち、さらには演技してくるとは。これは明らかに上位の存在を超えている。


他の助けは当てにできそうにない。

今もなお、相良さんや八代達が向かった2箇所の方向から激しい魔力の衝突を感じる。彼らも今、目の前のような厄介な敵と戦っているのだろう。


「これは参ったな...」


諦めたような言葉が口からこぼれてしまった。先ほど以上に彼の体を傷つける覚悟をしなければならない。

凛は治癒魔術が得意なわけではない。せいぜい応急処置程度だ。それでもやらないよりかはマシなので、患部に淡い光放つ魔術を施す。


少し、血を流しすぎた。


奴はまた、恐るべきスピードで疾駆する。今度こと私の命刈り取らんと猛攻を仕掛けてきた。

凛は、鞘から引き抜いた鬼切で応戦する。刃と爪の打ち付け合う音が数度、鳴る中、横に一閃し、それに飛び退いた奴に魔術を行使する。


「第2群ノ6:灰炎!」


灰の塊が奴目掛けて舞い飛ぶ。その灰は触れるや否やその場に燃え広がった。

そしてそのまま、詠唱を続ける。


「第4群ノ2:久遠の風!」


業風とも呼べる風の奔流は燃え盛っている彼の体を再度襲った。

そして先ほどの下位魔術とは比べものにならない衝撃を体感しているはずだ。


地面に打ち付けられたはずの彼は、それでもなお立ち上がる。

ところどころ火傷の痕も見える。

その瞳には未だ生気は感じられない。


「もう、やめろ。よしてくれ。これ以上、誠の体を傷つけさせないでくれ...」


凛の目から涙が滲む。

骨もいくらか折れているだろう、その体を奴は無理やりにでも動かしている。

そんなボロボロの体になってもなお、その体を使ったスピードは落ちることはなかった。


爪を受け流す過程でどんどん、凛の体にも切り傷が増えて行く。

頬から血が滴る。


再度飛びかかるところを魔術で牽制する。


「第0群ノ2:閃!」


その魔術は単に光を発するだけのもの。つまり目潰しだ。


「ぐぎゅえ、ご...り.ん..」


「え!?」


だが、意外にもそれだけの魔術が彼の正気を少しだけ戻したのだ。

一瞬彼の目にも生気が灯った。それだけでなく、奴の体から霊体が少しだけ出たような気がする。

奴は光系統の魔術に弱いのか?

もう一度。もう一度試す価値はある。


「第0群ノ2:閃!」


再度、光が奴の目を眩ます。

だが、それだけでない。


「第0群ノ32:千変万化」


この補助魔術はかなり特殊で高度なものだ。その能力は行使された魔術の一部を改変する。

制限のある中で今回改変された事象は、その光の強さだ。

ただの目潰し程度のフラッシュをより強く、より長く変化させたのだ。


辺り一帯がまるで夜明けのような光を取りもどす。

魔力の強化なしでは目を開けていることはできないほどの鮮烈な光が満ちているが、凛は目を局所強化し、誠の様子を伺った。


そこには誠の体から確かに離れた霊体の姿があった。

そして霊体はそのまま、光に包まれ泡となって消えていった。


「はあはあ...誠...大丈夫か?」


「凛...よくもここまでボロボロにしてくれたな?」


笑いながら軽く憎まれ口を叩く彼は、もう奴に取り憑かれてはいなさそうだ。

仰向けになって倒れている、彼の横に座った。


「凛、すまない...無理をさせた」


「謝らないでくれ。今は君が戻ってきてくれたことを寿ぐこととしよう。だが、しばらくは休ませてくれ。君も少し休んだほうがいい」


「ああ、少し休めば魔力がわずかに戻る。そこから応援に行こう」


さすがに今回ばかりは危なかった。まさか味方同士戦うことになるとは。

他の場所でも苦戦を強いられているだろう。すぐに助けに向かいたいところだが、今のままでは足手まといになってしまう。

体力と魔力を少しでも回復させたのち、救援に向かおう。それまではどうにか耐えてくれ。


そう祈り、凛と誠はその場で少しの間、意識を失った。

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