第40話:謎多き女性

新は公園での出来事の後、慌てて家に逃げ帰っていた。

正直、家に逃げ帰っても、家を知っている真白がもしかしたら捕まえにくるのではと思ったが、結局のところ真白は訪ねてくることはなかった。


「どうにかもう一度高崎さんと話さなくちゃな......」


逃げたのは新であったが、その時はお互いが落ち着いて話ができそうになかったのも事実。今、振り返ってようやく冷静に物事を考えられるようになったのだ。


新は食欲がないながらも、腹は減るので何か適当なもの、カップラーメンを食べ、その後はベッドの上で今日1日のことを思い出していた。



今日はずっと高崎さんに疑いの目を向けられていた。屋上であった時もそうだったが目のことをずっと気にしていたみたいだった。目が悪くないのにこの目のこと、コンタクトをつけていることがバレてしまうことを恐れ、俺はその後、高崎さんを避けていた。


だけども何の因果か、帰りに本屋で運命的な出会いをしてしまったのだ。

同じ本を手に取るため、伸ばした手が重なったのだ。いつもの俺なら、本当に運命を感じ心踊らせていたことだろう。

しかし、今日はそれが神のいたずらに思えてならなかった。


その時も逃げ帰ろうとしたが、高崎さんに呼び止められてしまい、公園で話すこととなったのだ。

公園で話すことはやはりというべきか、俺の正体についてだった。彼女からの引っかけとも言える質問にまんまと引っかかってしまった俺は、単刀直入に仮面の人物ではないかと聞かれてしまった。


聞かれた時、初めは適当に誤魔化そうと思ったのだが、高崎さんの目を見た瞬間、どうしてか本当のことをこの口は漏らしていた。

あの真剣な眼差しを前にどうしても嘘を付くことができなかったのである。

それにいつまでもこんな嘘を抱えてこれからも彼女と接していくのはどうもできないような気がした。本当の自分を......と言っていた高崎さんの気持ちが分かってしまったが故に取り繕うことのない、一切の真言を語ってしまった。


それを聞いた彼女は明らかにショックを受けていた。当然だろう。彼女らが管理していた封印を勝手に解いたのだから。彼女らからそしりを受けるのは当然の道理である。


しかし一切の真言を語ったが、語ることのできなかった真実もある。それはこの力のことだ。俺はこの力をどういう風に手に入れて、何があったかを話そうとした。しかし、この左手の甲にある紋様は俺が話すことを許してはくれなかったのである。話そうとすれば痛みが伴い、声がそれ以上は発することができなかったのだ。


その肝心な部分をはぐらかしてしまった俺は、余計に高崎さんに疑われてしまったようだった。

そのため、彼女に告白をしたのも嘘だったのかと言われてしまった。


秒殺されたとはいえ、あんな一世一代の真剣な告白を嘘扱いとは、心に刺さってしまった。

好きな人にそんな風に思われるなんて辛いどころの騒ぎではなかった。


結局、俺にとっては都合のいいタイミングで現れたオウムにより、高崎さんには悪いがその窮地を脱することはできた。

これではまるで俺がオウムを操っているように見えなくもない。そう思われていないことを祈り、そのことも含めて次回会った時はちゃんと話をしたいと思った。


明日からまた、週に2回ある休みがやってくる。いつもなら渇望して止まないその休みも今は只々、早く過ぎ去ってくれないかと思うばかりだった。

早く高崎さんと話がしたい。会ってちゃんと事情を話したい。そんな欲求が己の中で膨れ上がっていた。


「あれ?そういえば、琥珀いないな。どこか散歩中かな?」


こういう時に限って話し相手となってくれる猫がいないのは寂しく感じた。

きっと琥珀には呆れられるかもしれない。でも今は、この胸の内を誰かに聞いて欲しいと感じた。


ピンポーン。


「ん?誰だ?」


今の時間は22時27分。人が訪ねてくる時間には遅すぎる時間だ。

まさか、高崎さんが協会の人を連れてきたのか!?と思い、覚悟を決めてドアを開けるとそこには、知らない女性が立っていた。


協会からの使者だろうか。スーツも着ているし、この時間に訪ねてくるのだ。そうとしか思えなかった。


「あ、あの。どちら様ですか?」


俺は一応、確認のため目の前にいる女性に尋ねた。


「こんばんわ。夜分遅くに失礼します。私、山本唯香と申します」


女性は自己紹介をすると丁寧に、そして綺麗なお辞儀を見せた。その美しい所作を前に俺は、目を奪われてしまった。


「あ、ああ。これはご丁寧に」


俺も我に帰り、慌ててお辞儀する。


えーと、誰だろう。名乗られたところで結局俺の中の疑問は解決することはなかった。

どうする?思い切って聞いてみるか?


「私、怪しい者ではありません。よろしければ中に入れていただけますか?」


怪しい。明らかに怪しいよ。こんな時間に全く知らない人を入れることなんてさすがに俺にはできそうにない。それが、美しい大人の色気を出すお姉さんであってもだ。


「ふふ、では失礼させていただきますね」


無言を肯定と受け取ったのか、そのスーツのお姉さんは、俺が止める間もなく、パンプスを脱ぎ勝手に上がっていってしまった。正確には上がる時にこちらを見て微笑まれたことにより、顔が紅潮して何もいえなかったのだが。


知らないお姉さんを、山本さんと言ったか、リビングに通すと適当にソファに座ってもらい、俺は紅茶を入れた。

なんとなく、スーツの綺麗なお姉さんにはティーカップで紅茶をすすって欲しいという俺の密かな願望があったのは内緒の話だ。


「ふふ、ご丁寧に紅茶まで。ありがとうございます」


「それであの、俺、山本さんのこと知らないんですが何のご用でしょうか?」


勝手に上がり込んだ知らない人に対してはえらく丁寧な物言いをしたものだと思う。それにこのもてなしもだ。今のご時世、ただでさえ知らない人に対しては世間は過敏なのだ。俺もその例外に漏れることはない。

それなのにも関わらず、こうやって相手と面と向かって落ち着いているのは、彼女から醸し出される余裕というか、雰囲気が彼女を怪しい人物ではないと訴えていたからである。


「......」


「......」


紅茶がティーカップから口へ移動していく音だけがその場を支配した。

俺もあのティーカップになりたい。一瞬だが思った。

それでまだこの人は話さないのだろうか。


「あなたは随分、綺麗な瞳をしてらっしゃるのですね?」


先ほどの質問につながらない言葉が全く唐突に投げつけられた。


「!?な、なんのことでしょうか?」


「いえ、美しくも激しく燃え上がる緋。その瞳の色、私は好きですよ?」


ティーカップを下ろし、微笑みながら言う彼女の言葉に盲目的な不安が俺を襲う。

今はコンタクトはつけっぱなしだ。じゃあ、なぜ彼女は俺の本当の瞳の色を知っている?この人は一体何者だ?


「あら、警戒なさらないで。別にあなたのことを敵に回そうなどとは考えておりませんから」


「お、俺のことを知っているんですか?」


「ええ、それはもう随分詳しくなりました」


俺の頭の中は混乱と焦燥でいっぱいになっていた。


〈おお、新!今帰ったぞ!〉


そこへ空気を読まずして琥珀が帰ってきた。いや、むしろ読んでくれたのかもしれない。


「あら、可愛い猫ちゃん。おいで」


〈おお、初めてみるな!新、お主の客人か?〉


山本さんは突如間に入ってきた琥珀を手招きし、琥珀もそれに応えるようにすり寄った。それはとてつもなく絵になる光景であった。


「ええ、そうですよ。新さんに用があって来た所存です」


〈そうか、そうか。それにしても綺麗なおなごじゃ......え?〉


「あら、お上手だこと。相手が猫さんであっても褒められるのは嬉しいものですね」


抱き抱えられていた琥珀は今の会話を振り返り、放心した。

同じく新も猫とナチュラルに会話する目の前の女性に驚いた。


〈にゃ、にゃぜ!?〉


「ふふ、なんででしょーか?にゃ?」


かわいらしく琥珀と会話する山本さん。俺の頭の上にはさらなる疑問符が舞い踊っていた。


「さて、新さんの顔も見れましたしお暇させて頂きますね?失礼致します」


結局、本当にこの人は何しに来たんだろう。俺に疑問を植えるだけ植えつけて。

そして、警戒を緩めず、玄関まで無言で見送ろうとした時、パンプスを履いた彼女がこちらに振り返った。


「あ、そうそう。新さんのお友達の高崎さん」


ドキリ。心臓を鷲掴みされたかと思った。


「今すごく、危ない状況ですよ?このままじゃ、死んでしまうかもしれません。助けに行ってあげて下さいね?」


山本さんは玄関のドアを開けて出て行ってしまった。


「え?ちょっと、あんた!」


俺は彼女の言っていることの意味が分からず、玄関を裸足のまま出て、追いかけようとしたがもう近くの道にも彼女の姿はなかった。


「どういう意味だ?高崎さんが危ない?死ぬかもしれない?」


あの人は一体何だったんだ。最後まで謎を残していくミステリアスとも呼べる人だった。

しかし、今はそんなことを考えている暇はない。彼女の言っていたことが本当なら、今、高崎さんはオウムか何かと戦っていて命の危険にあるということ。

家に戻った俺は琥珀に確認する。


「琥珀!どこかにオウム出てないか!?」


〈な、なんじゃいきなり。出ておったらわしがすぐに感知できるわい。ん?いや、これは......〉


「どうした!?」


〈なんじゃ、この馬鹿みたいな魔力量は!こんなオウムがおったのにわしは気づいておらなんだのか!?〉


「それで、どこにいるんだ?教えてくれ!」


やはり、オウムは発生していた。それであれば彼女の言葉も真実味が増してくる。


〈神楽山じゃ!急ぐのじゃ!こんなもの放っておいたら生態系に悪影響が出かねん!人間にもじゃ!〉


「よし、琥珀。いくぞ!」


俺はそのまま、靴を履き外へ出て神楽山の方を目指した。




そして、新が神楽山に向かう姿を確認する者がいた。先ほどまで新の家に上がり込んでいた、唯香だ。


「ふふ、どのような選択を見せてくれるか楽しみにしてますよ。新さん」


その目に狂気はなく、慈愛に満ちたものだった。

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