第29話:償いの意思

夜の街はまるで外界から切り離されたように人がいなかった。

だがその人気のない街にも動く3つ影が存在していた。


3つの影の内、1つの影がそれぞれ2つの影に対し、攻撃を加えている。しかしその2つの影は1つの影の攻撃に対しても苦戦しながらも反撃のタイミングを伺っているようだ。


「ぐぎゅぎゅぎゅ」


「八代君、そっちへ行ったわ!」


「ああ、分かっている!」


その3つの影はオウム、そして協会の魔術師ものだ。




私は今夜も八代君と一緒にオウムの殲滅を図っていた。

今日はこれで3件目となる。


今日3体目のオウムに八代君は刀を振り、肉薄する。


「はあ!」


八代君が振りおろした刀はオウムの右腕を切り飛ばした。


「ぐぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ」


腕を吹き飛ばされながらもオウムはそんなことを気にすることもなく、八代君を残った左腕で殴り飛ばした。


「くっ!」


「八代君!」


まずい、八代君がやられた。それでもまだ動ける私が攻撃を止めるわけにはいかない。私はオウムに向かい手を掲げ、言の葉を紡いだ。


「第3群ノ2:爆輪華!」


簡易詠唱で火の魔術を唱える。正式詠唱を行えば、それなりの威力を発揮することができるが今は威力よりも即効性を優先した。


オウムに向かって咲き乱れようとする蕾は華が開く瞬間に爆発に変わる。

そしてそのままオウムを飲み込んだ。


「八代君。大丈夫?」


私は吹き飛ばされ外壁に打ち付けられていた八代君に声をかけた。


「ああ、大丈夫だ。それより、まだ奴は生きているぞ」


「ぐぎゅぎゅぎゅぎゅ」


硝煙からオウムがゆっくりと姿を現した。その姿は八代君に切り落とされた右腕だけでなく、私の魔術により体中に焦げ跡が刻まれており、既に満身創痍と言える。

それでもこちらに向かってくるあたりは、流石理性のない怪物といったところだろう。


「もう一度俺が仕掛ける。俺が奴を切ったらダメ押しでもう一つ魔術を打ち込んでくれ!」


「分かった!」


そう言うと彼はもう一度、自身に身体強化魔術をかけ直し、オウムに迫った。

オウムは既に思ったように体が動かないようだ。オウムは迫る八代君に全く反応することができずに袈裟斬りによってその身を分割されてしまった。


本来であればこれで生命としての機能を停止するはずだが、油断はしない。念のため八代君から指示のあった通り、魔術で追撃をするため魔力を込める。


「今だ!」


八代君は刀を振り下ろした後、バックステップでオウムから離れた。


「第3群ノ7:閃電」


私の指先からは激しい光が放たれる。その光はまるで稲妻のごとくジグザグ進みながら高速でオウムに直撃する。


「ぐぎゅぎゅぎゅ...」


直撃したオウムは悲鳴とも言える声をあげながら、一瞬のうちに炭化し、ポロポロと崩れ去っていった。


「ふう。どうにかなったね。しかし、ここ最近君は鬼気迫るものがあるね。やはりあのことを気に病んでいるのかい?」


「うん...」


あのこと...そうあのこととは先日、雫がオウムに襲われたという事件だ。

私たちは隣町へ林間学校へ行っていた。そしてその林間学校の夜、悲劇は起こった。それは私たち協会に気づかれることなく発生したオウムが一般人である同級生の雫を襲っていたのだ。


私たちがオウムの反応を感知し、現場へ向かった時には既にオウムの反応は消失、戦った痕跡のみが残されていた。


ではなぜ、雫がオウムに襲われていたということが分かったのか。これは私たち協会側の予測にはなるのだが、雫が発見された付近でオウムからの受けた攻撃の痕跡が残っていたためである。


オウムは攻撃するとき自らの体細胞の一部を付着させる。この体細胞はオウム自身消滅してもそこに残り続けるのだ。それは体蝕と呼ばれ、付着したそのものをゆっくりと蝕み続ける。それは無機物、有機物関係なく蝕む。

魔力を持たない人間からすれば非常に恐ろしいものではあるが、魔術さえ使用できればその細胞は打ち消すことができ、オウムと交戦した後は、付近の浄化作業が行われる。


幸い病院へ運ばれた雫自身には体蝕に侵されてはいなかった。雫を発見し、運んだ三波君にも。損壊した小屋の付近にのみ残っていたのだ。


そして一体誰がオウムを倒したのかこの疑問が残った。

状況から察するに三波君がオウムを倒した可能性があると予想できるがその可能性は否定される。オウムの調査に向かう前に下山した彼と会ったが、彼が魔術を使った後に見られる魔力残滓が全く見受けられなかったからだ。


それに残っていた痕跡の波動の強さから今回現れたオウムは上位種と断定された。上級魔術師でさえ、その上位種に単身で戦うなど不可能なことである。

ましてや、生身の人間など以ての外だ。


「まあ、確かに一般人である彼女が襲われていたのは俺たち協会側の致命的なミスだ。そこについては徹底的に防止策を検討し、再発しないようにする必要がある。しかし、彼女にできることは限られている。君は彼女に回復魔術を使っただろう?彼女への償いはそれでいいと思うが」


「それでも、それでも私たちがもう少し早く気づいていれば彼女を危険な目に合わせることはなかった。だから、許せないの。何もできなかった私自身を。今私にできることは少しでも多くのオウムを排除するだけ」


「...そうか。君がそう言うならば何も言わないよ。俺も君のパートナーだ。君に協力する」


「ありがとう」


そして私たちは協会の支部へ戻った。




「お疲れ。今日は随分頑張ったね」


「凛さん。ありがとうございます」


支部へ戻ると凛さんが労いの言葉をかけ、缶コーヒーを奢ってくれた。


「浄化作業と結界解除は手配しておいたよ。それにしても魔術の腕も少しあがったんじゃないか?」


「ありがとうございます。でもまだまだですよ。凛さんほどじゃないですし。武器の扱いの方は私はあんまりですし...。こっちももう少し上達できるといいんですが」


「まあ、それは地道に努力していくしかないだろうね。私でよければ稽古でも付き合うよ」


「さあ、戻ってきたところで済まないが今から本日の定例会を始めさせてもらうよ」


私と凛さんの会話が支部長によって遮られる。

今からこれまでのオウムの発生と討伐における会議が行われる。それはこの前の林間学校で発生した件、謎の殲滅者の話も含まれる。


私たちは会議室へ移動し、各々の席へ着席する。

時刻は既に23時を回っている。



オウムの討伐数による議題から始まった。

これまで封が解かれてからこれまで討伐したオウムの数は107。これは謎の殲滅者による討伐も含まれている。

そして議題は次へ次へと進んでいく。


「それでオウムのここ最近の発生率ですが、調査の結果、何者かによって奴らが発生する異空間への干渉が行われている可能性があります。つまり手引きを行っているものがいるみたいですね」


「手引きだと!?一体誰がそんなことを!?まさかやつらか...」


調査結果を報告する相良さんに対し、支部長が言及する。


「そんなことができるのは、教団のものしかいない...そうですね、支部長?」


「でも凛さん、教団は...」


教団は2年前に殲滅されたはずだ。それなのにいるはずがない。そう思いたかった。


「おそらく残党だな。2年前の殲滅戦でも多くの犠牲が出た。そして多くの謎も残った。逃げ果せた奴らは虎視眈々と力をため、潜んでいるんだろう。」


「吉岡君の言う通りだ。こんなことができるのは奴ら教団の連中しかない」


「でもなんで今頃!?このタイミングで出てくる意味がわからないっすよ」


「それは封が解かれたことも関係しているだろう。おそらく封を解いた奴らはこの地で何かをするつもりなのだ。それに─────」




それから結局会議は2時間ほど続くこととなった。教団の目的も謎の殲滅者のことについても林間学校の一件についてもどれも具体的な解決がないまま終わってしまった。


なんだか煮え切らないな。そんな思いを残し私は凛さんと帰りの道を歩いた。


「そういえば、新堂さんだったかな?学校で彼女の様子はどうだい?」


「ええ。もうどこにも後遺症とかは残ってなさそうで元気な様子です」


「それはよかった。君の回復魔術が功を奏したといったところだろうか。」


通常であれば、一般人に魔術の使用は禁止されている。が今回はオウムの一件が絡んでいるため特別に使用の許可が降りたものだった。

私の場合は、事後報告になってしまったのだが。


「今度、彼女、雫達と遊びに行くんです。なんでも退院祝いということで雫の友達から誘われていて」


「はは、それはいいじゃないか。君も偶には遊ぶこともしたほうがいいよ。ここ最近はストレスがたまる一方だしね?」


彼女の様子も気になるし、偶にはそういうのもいいのかな。

それになんとなく彼女と遊びに行くのを楽しみにしている自分もいた。

眠い。帰ったらシャワーを浴びてすぐ寝ることにしよう。そう決めて凛さんと別れて私は家へ帰った。

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