第8話:怪異(改稿済み)
突然ではあるが、幽霊の存在を信じているだろうか。
いや、幽霊に限らず、妖怪や怪物。悪魔に天使。はたまた、UMAなどの未確認生物は本当に存在するのか。この摩訶不思議な存在達はオカルト研究者の間では長らく議論されていることだろう。
そして以前までの新であれば、そんなもの全く信じていないと言っていただろう。
例えば幽霊。新はそんな未知の何かを見たこともなければ、出会ったこともない。なのでいないと思っている。多くの人は目に見えるものだけを信じているからだ。新もその多くの人のうちの一人でもある。
以前、新と碧人はそんな幽霊について話していた。碧人は「幽霊は確実にいる」と話す一方で、新はその全てを否定していた。
「あいつら、写真とかによく映り込むらしいけど、人の写真でそんなに自己主張がしたいならもっと明るい時間に堂々と目の前に出てこいよ」これがその時の新の言い分でもあった。
それに対し碧人は、「いやいや、慎ましく暗い場所で出てくるからこの世への憎悪を感じるんだろ?」と反論する。
そんなこと言ってしまえば、「人の写真に勝手に映らないで、憎悪の源になるところに直接行ってこいよ」と新は思っていた。
しかしながら今、現在の新はそれまでの意見と全く真逆の考えを持っている。つまりは幽霊の存在を信じるということだ。
それはあの摩訶不思議な異界での意味不明な体験を差し引いてもそう思うに違い無い。
ではなぜ、新は急に意見が変わったのだろうか。
なぜなら、そんな新の目の前には一つ目の触手に覆われた意味不明な生物がこっち見ながらニョロニョロしてたからに他ならない。
時は1時間前に遡る。
コンタクトと携帯を買い終えた新は、自宅から歩いて約1時間ほどの場所にある、とある霊山に来ていた。1時間という距離は、いつもの新なら歩くだけでもしんどいと思う距離ではあるのだが、今日は全くと言っていいほど体が疲れていない。気づけば筋肉痛もなくなっていた。それどころか快調といってもいいほどだった。
そしてこの霊山の名前は神楽山という。
この霊山、神楽山には逸話が存在している。なんでも昔の偉い人が陰陽師なるものに命令して、ここら辺の地域で暴れまわっていた化け猫をこの地に封じたと言うものだ。
この話はここでは有名な話で、封じたその場所に大きな神殿を建て、豊穣に祈りを捧げたと言う話まで残っている。
そしてその神殿は今もなお、神が祀られ多くの参拝者に見舞られている。
豊穣だけでなく、恋愛成就に合格祈願など、様々なご利益があると話題のパワースポットである。
なぜ新がこの山を選んだかというと、この辺には他に山がないので場当たり的にこの場所を選んだだけであった。
そして平日のこの時間であれば参拝客は少なく、本殿からも外れているため人目につく事はない。
とりあえずはそんな場所で思い切り運動のできるところであればどこでもよかった。
山に踏み入った瞬間に感覚すら強化されている新は、神聖な雰囲気というのだろうか、とにかく違和感を感じた。
「なるほど。強ちパワースポットというのも間違っていないのかもしれない。ここなら、ちょっとくらい暴れても大丈夫だろ!」
山の中は暗いはずだが、新にしか見えない星雲は目に映る全てを幻想的に照らしている。
山に入ってから少し進んで、森の拓けたところに出た新は、まずは己の力加減を確認することとした。
ケンカすらまともにしたことのない、新ではあるが、ドアノブやスマホを木っ端微塵にした握力があれば並大抵の輩では太刀打ちできないだろう。
下手をすれば殺してしまう恐れすらある。
そして、今新の目の前には大きな木がある。同様の木が周囲にも何本も生えているのでその内の一本で新は試すことにした。
まずは軽く力を込めて拳を握り、放った。
森に響き渡る異音。
「どうすんの、これ......」
そこには新から放たれた拳により、先ほどまで存在していた木がへし折れていた。
それに対し自分の拳は全くといっていいほど痛く無い。血すらも出ていない。木屑が少しついただけである。
新は自分の力を確認して、少し青ざめてしまった。
「これは確実に人を殺してしまう。殺人罪が己に適用される前にどうにか制御しなければ、洒落にならん......」
新は、その場所で力に慣れるためにしばらく拳を振り続けることにした。
時にはふにゃふにゃに力を入れ、時には今まで以上に力を入れ木を殴りつける。気づけばそこらかしこに折れた木が散乱している。これは立派な森林伐採である。
1時間ほど経ち、周りの現状を見渡した時には、更に青ざめた。ようやく力の感覚には慣れてきていたが、全くといっていいほど周りのことを気にしていなかったからである。今更ながらかなりの大きな音が何度も響いていたのでは?と思い、人が来る恐れがあるその場からすぐに移動することにした。
そして今は森の中のけもの道を歩いている。そのあぜ道は一本の直線であり、思いっきり走るのにはちょうど良かった。そこで新は次に身体能力を確認してみることにした。
目の前に見える一本の直線路を全力で踏み込み、前に進もうとした。
その瞬間、新の視界は反転する。
「あり?」
何かが壊れた音が辺りに響き渡った。
新の周りには古くなった木材や石材が散乱していた。
凄まじい脚力で踏み込んだ新は、自分の体を御しきれずに、前のめりに半回転しながら背中から何かに激突したらしい。
「これは......祠?」
マズい。神を奉る神物を破壊してしまった。
ごめんなさい。と心の中で謝り、木材、石材を適当に積み上げていく。
「こ、これでよし......」
そこには不出来な祠を作り上げられていた。祠と呼ぶのも怪しい代物だ。
「こういうのは信仰心が大事なんだ。そう気持ちが大事。見かけではないのだ。
神様もきっと分かってくださる」
そうして新はそんなことをぼそぼそと呟くとその場から逃げるように立ち去った。
これでは信仰心もクソもない。と第三者なら思ったであろう。
そうやって祠(新:作)を後にし、現在、新は山道を歩いている。
拳に力を込めれば木をなぎ倒し、足に力を込めれば祠を壊す。今の新はこの神社の関係者からしたら、破壊神と言う名の疫病神であることに間違いなかった。
新はそんな力の制御がままらない自分のこれからのことを考えるだけで憂鬱であった。
そんなことを考えていると目の前から何やら二つの影がこちらに近づいてくる。
一つは、小さな動物。猫のようだ。
もう一つは、気色の悪い奇妙な生物だった。
そして冒頭にもどる。
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