第7話:力の制御(改稿済み)
服を着替え、準備を終えた新は、先ほどのようにドアノブを壊さないように慎重に家を出た。
今の自分は何かものを握るのでさえ、一苦労する。なんて不便な体になってしまったんだと心の中で悪態を付く。
そして外に出てから、気づいた。もうすぐ夕暮れであるのにも関わらず、空が異常に明るいように感じた。
「ええ......」
新の心は昨日から立て続けに起こる異変により、少し擦れていた。そのせいか心なしかリアクションもだいぶ薄い。
新が見上げた空には、あの門の向こうで見たのと同じような空が広がっていたのだ。
星雲。宇宙を感じるその空は、あの異界でないこの場所でも美しく感じた。
「これなんなんだ?みんな見えてないのか?」
外へ出て町の方へ向かう。その際にすれ違った周りを歩く人間は、そんな空が広がっていることにも全くの無関心で通り過ぎていく。いや、これは無関心ではない。どうやらこの幾千の輝く星々は新にしか見えていないようだった。
「はあ。まあいいか。早くいこ」
もう一々驚くことに疲れていた新はこれからはリアクションは省エネで行こうと決意するのだった。
しかし、新の驚愕はこれだけで終わることはなかった。
コンタクトを買いに行くために住宅街を抜けて大通りの方に向かう。
街ゆく人々は、一日の仕事を終え帰宅するために足早に過ぎ去って行く。
そこには働く人だけでなく、子供を連れた母親や学生の姿もちらほら。
「ゆうくん、今日のご飯何にしよっか?」
「うーんとね。僕ハンバーグがいい!」
道ゆく人々の中、なんとなく横断歩道ですれ違う親子の姿を見ていた。新はその姿に昔の自分を重ね合わせ、懐かしい気持ちを感じると同時に寂しい気持ちになっていた。
「あ、やべ。赤になる」
ぼーっとその光景をまるで幻影でも見るかのように眺めていた新は信号が点滅していることに気づいて急いで渡ろうとした。
プップー!
横断歩道を半分渡った時だった。
新の後方で横断歩道を渡り終えようとした親子に向かって大きなクラクションが鳴り響く。
そこへ近づくのは、トラックだった。かなりのスピードが出ている。
「嘘だろ!?」
まずい。
振り返った新は、親子を突き飛ばそうとしたが今の馬鹿力で突き飛ばせば怪我をしてしまうかも知れない。
刹那にそんな思考がよぎった新は少しでも衝撃を和らげるため、二人を守るように咄嗟にトラックと親子の内側に入った。
爆発音のような大きな音が大通りに轟いた。
「あっちで大きな事故だって!」
「え?ほんとだ!人が集まってる。私たちも見に行ってみよ!」
先ほどの横断歩道前には多くの人混みができている。大きなトラックとの衝突事故に野次馬が集まって来ている。
事故現場へ向かって行く多くの人とは、逆の方向へ下に俯きながら歩いている者が一人いた。
歩く者、新の体は全くの無傷だった。
先ほどの現場から急いで離れた新の思考は未だに混乱していた。
あの時、あの瞬間何が起こったのか。
あの時確かに、新はあのトラックに轢かれたはずだった。
通常なら新は、吹き飛ばされ、骨という骨が砕かれ、臓物を撒き散らし、生き絶えるはずだった───。
それにも関わらず、どういう訳か砕け散ったのはトラックの方だった。
慣性などまるで初めからそこになかったかのようにトラックはそこで機能を停止した。
まるで隕石でも直撃したかのように砕けたトラックを見た瞬間に、脇目も振らずにその場から立ち去ったのだった。
「それにしても、俺の体どうなっちまったんだ?」
いつもの新ならこの超人のような力に歓喜していただろう。
しかし、今の新にはそんなことを受け入れる余裕はまるでなかった。あまりに多くのことが一度に起こりすぎた。その情報量に新の頭は追いついていなかった。
「今なら世界記録だせるかもな......」
ぼそりと呟く。
あの時は、あのトラックから逃げる時は一瞬だった。全力で踏み込んだ時は一〇〇メートルくらいだったか。一秒もかからなかった。
新は自分の体が恐かった。あの瞬間、現場から逃げる瞬間でさえ自分の体が更に異常だと自覚させられた。
「はあ、とりあえずコンタクト買いに行くか......」
思い悩みながらも本来の目的を思い出し、新は歩を進める。
処方箋がなしでコンタクトが買える場所は限られている。眼科へ通わず買える場所はこの街には一つしかない。そこでカラーコンタクトを購入した。カラーコンタクトは元の目の色と同じもの、黒色の物を買った。これで明日から赤い目を人目晒さずに学校へ通うことができるだろう。そのことに安心した新はもう一つの目的のものを買いに向かった。
「うわー、ひどいですね。何があったら、こんな状態になるんですか?」
携帯ショップで木っ端微塵になった携帯を見せると店員に奇妙な目で見られた。
どうにかデータの移動はできないかと持ち込んだのだが、ここまで砕けていると流石に無理とのだった。
まだ、データの復元を諦めきれずにいたが、もうどうしようもないので店員に勧められるままに新しい機種をその場で購入した。
「ありがとうございましたー」
ケータイショップを後にした新は改めて後悔の念を吐き出した。
「ああ......あのゲーム結構良いところまで行ってたんだけどな......バックアップも取ってなかったし、ついてない......。それに......」
少し課金もしていた。
一度、いいところまで行ったデータが消える。これで完全に新はそのゲームに対してやる気を失っていた。
そしてケータイショップでのあの店員の目。それは明らかに新を怪しい人として見る目だった。
先ほど買ったばかりのコンタクトも付けていったのに、まだおかしいとこがあったのか?と自分の体の周りを確認してみる。
「あ......」
煤だった。先ほどの事故に巻き込まれた時だった。トラックに衝突した時についた汚れ新の体は黒く染まっていた。
そういえばコンタクト買う時も変な目で見られてたなと思い出す。あれは、目が赤いからという理由だけではなかったようだと納得した。
これで目的のものはどちらも購入することができた。しかし、新は自宅とは違う方向へ向かって歩いていた。
買い物をしている時も考えていたことだった。自分の体についてもっと知る必要がある。知らなくちゃいけない。
そう感じたゆえの行動だった。
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