第6話:身体の異変(改稿済み)

「1068...1069...」


朝のもう一眠りから目を覚ました新は、天井のシミを数えていた。

何でこんなことしてるかというと他にすることがなかったからである。

あの振られた日に異界へ行って、戻ってきてからも携帯は充電していなかった。どういうわけか戻ってきた時には服も携帯の充電も門をくぐる前とほぼ同じ状態であった。体も動かないしすることがなかった新は究極の暇つぶしを行なっていたのだ。


「あ、あんなとこに顔みたいなシミがある!」


しかし、天井のシミを数えて1日を終えるなんて流石にごめん被りたい。そう思った新は今一度体を動かそうと試みた。


起き上がろうと体に力を入れると今朝ほどの体の重たさはなくなっていた。

まだ、全身筋肉痛レベルで痛み感じたがどうにも動けないこともない。

そうしてどうにか立ち上がることのできた新は、その光景に一瞬違和感を感じた。何だか天井が低くなった気がしたのだ。

しかし、特に気にも留めず、携帯を充電するために新は自分の部屋に戻ることにした。


新の部屋は2階の一角に存在している。全身が痛む今日ほど部屋が2階にあることを恨めしく思ったことはなかった。

実際のところは一人で住んでいるので部屋を変えることはできるのだが、両親が住んでいた頃の状態を保っておきたいがためにそのままにしている。


そうしてどうにか2階に上がり、自分の部屋の目の前まで来た新は、ドアノブに手を伸ばして、勢いよく回した。


バキッ!


「え?」


不穏な音が聞こえた気がした。

新がゆっくりと顔を手の方に向けるとそこには鉄屑が握られていた。


「......」


はて、この鉄屑は一体?

自分の手に握られているものとドアノブが付いていたであろう部分を見比べた。

きっとドアノブ錆びてたんだろう。錆びたドアノブって結構もろいんだな、そうやって現実逃避をしばらく行なっていたが、そんなことはなかった。

そもそも建って数年のしかも、浴室のような湿り気もない場所のドアノブなどそう簡単には錆びない。


そしてもう一度、現実逃避をすることで目の前の出来事をなかったことにした。

新は部屋に入るとゴミ箱にドアノブだった物(故)を捨てた。


新の部屋は勉強用の机と本棚。そしてセミダブルのベッドが置いてあるだけのシンプルな部屋だ。

新は部屋に来た目的を思い出し、枕元に伸びている充電コードを手に取ると携帯の充電を始めた。

電力を供給された携帯はすぐに立ち上がり、メッセージを表示させた。


表示されたメッセージには雫や雅からの体調を心配するものだった。

碧人に至っては心配するどころかむしろ、昨日振られてたことをいじってくるような内容だった。


「野郎......」


わなわなと震えながら、「明日覚えておけよ」と打とうとし、力んだその瞬間。


バキッ!


「あ......」


携帯さえもスクラップに変えてしまった。


「嘘だろ......」


この間最新機種に変えたばかりの携帯電話はドアノブ同様に鉄屑へと変化してしまった。

先ほど現実逃避をしてなかったことにしたことが、舞い戻ってくる。

やはりというべきか、新は自身の握力が異常に高くなっていることを実感してしまった。


握力といえば......新は何かに閃いたように急遽、部屋を出て1階のリビングに降りた。

そして机の上の籠にあるリンゴを手に取り力を入れる。


ぐしゃっ。ぴちょぴちょぴちょ...。

水の滴る音が聞こえる。

そこには無残になったリンゴの姿があった。


自分の想定していた通りの結果が得られた新ではあったが、ふと我に帰り何やら唸りだした。


「嘘やん。こんなんゴリラやん......はっ!?そういえばバナナが食べたい気がしなくもない!」


なぜか下手くそな関西弁で一人ボケる新。またもや現実から逃げようとしていた。


しかし、本当にゴリラになっていたらどうしよう。そんな焦る気持ちが急に湧き出し、そんな気持ちを抑えつつも、確かめる為に洗面台向かう。


「ふう、よかった。ゴリラは回避した」


毛むくじゃらになっていないことを安心した新は小さく息をついた。

しかし、安心したの束の間。もう一度視線を戻すと違和感に気づく。


「は?」


そこにはいつもとは違う自分の姿が映し出されていた。

目だ。漆黒を映していた瞳の色は、今は灼熱のように燃える緋に変わっていた。


「いやいやいや。ありえない。何でこんな厨二みたいな仕様に出来上がってんの?」


新は別に目が悪くない。コンタクトをしているわけでもなく、ましてやカラーコンタクトなど持っているはずもなかった。それなのに、まるでそんなコンタクトを使っているように不自然な赤は新を混乱させるのには十分だった。


自分の瞳の色にドン引きしたところでもう一つ気づいてしまった。目線の高さだ。先ほど起き上がったときに感じた違和感も気のせいではなかったようだ。


「し、身長が伸びてる......」


男子なら一度は思ったことがあるだろう。今よりも身長高くなりたいと。

日本人の平均身長は一七二センチ。その平均を少しばかり下回っていた新は、今は一八〇センチ近い身長を手に入れていた。


「フォォォォォ!キタコレ!来た!なんという成長期!」


筋肉痛であることも忘れ、テンションも最高潮にあがり、浮かれている新だが、よくよく冷静に考えてみるとその異常さに気づく。


「というか、一日で身長十センチも伸びるはずないよな。これって明らかにおかしいよな.......」


これは色々マズイ.....と感じる新。目立つ。圧倒的に目立ってしまうのだ。きっと昨日真白に振られたことは皆知っていることだろう。新の友達である碧人がでかい声で喋っているのは想像に難くない。

そんな振られた翌日に、当事者が身長十センチ伸ばして、目を赤色にして来てみればどうだろうか?

振られてしまって、いろいろあったんだな......そんな同情の目で見られること間違いない。実際には同情の目よりも好奇な目で見られることになるのだが、どちらにせよ見世物パンダ状態に変わりはない。


ああ、明日も学校行きたくない。どうしよう......

そんな感情が新の脳内を支配する。鏡の前でうーん、うーんと唸っていても仕方ないと思い立った新はとりあえず行動することにした。


「とりあえず、とりあえず目だ。目だけでもどうにかしよう。身長はもうどうしようもないし、成長期で通そう」


そんな異常な成長期で通る訳ないのだが、うまい言い訳が思いつかないので仕方がなかった。


「コンタクト、買わなくちゃ。それに携帯。今から行って間に合うかな。急ごう」


時刻はすでに夕方。この時、新は雫がお見舞いにくることもすっかり忘れていたのだった。

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