第5話:彼のいない日常(改稿済み)

朝、家のチャイムが鳴る音と同時に目が覚めた。

まだ頭が覚醒しきっておらず、ぼーっとしている。まぶたが重く起き上がる気にはなれない。


しかし、再び鳴るチャイム。

朝から誰だよ......もう少し寝かせてくれよ。行くのが面倒臭い。どうせ新聞とかの勧誘だろう。放っておけばそのうち居なくなる。

そう思っていたが、三度チャイムは鳴った。


「......あれ?今何時だ?そういえば、今日は......っ!学校か!ということは雫!?」


完全な寝坊だった。

意識を急速に覚醒させ、急いで起き上がろうとしたが、まるで体が鉛にでもなったかのように動かない。


「え?なんで?体が動かん......」


自分の意識とは別に体は全く言うことを聞いてくれなかった。不思議な感覚だ。金縛りってこんな感じかなあ。と呑気に考えていたが、それどころではない。

声を張りあげることすらままならない始末。このままでは雫にでさえ、助けを呼ぶことができない。


4度目のチャイムが鳴り終わると同時に、太腿あたりで何かが小さく震えるのが分かった。昨日からポケットに入れてっぱなしにしていたスマホである。どうやらチャイムに出ない、新を心配して雫が連絡をくれたようだ。

新はどうにか、錆びついたロボットのようにギギギと腕をゆっくり動かしてスマホを手に取った。


『どうしたの?寝坊?』


やはり雫からの連絡だった。「助けてくれ」そう返そうと思ったが、ここまで無様な姿を見せたくなかったことと余計な心配をかけたくなかった新は助けを求めるという選択を我慢した。


『ごめん、今日体調悪いんだ。先行っててくれるか?今日は休む』


指先でさえも動かしにくく、どうにか返信を返す。スマホに文字を打ち込むだけですらこの有様とは...。今日俺死ぬんじゃない?そう思わずにはいられなかった。


『え?大丈夫?風邪?帰ったらお見舞い行くね。ゆっくり寝てるんだよ!』


やっぱり助けてもらった方がよかったか。一瞬そんな考えが頭を過ぎったが、今日はとりあえず様子見てみることにした。

玄関の方から雫の気配が消えた。どうやら、学校へ向かったようだ。


ここで新はまた一つ疑問が浮かんだ。なぜ気配など感じることができたのか。

そしてなぜこんなに体が疲労にも似た感覚に襲われているのか。ゆっくりと昨日から今起きるまでのことを考える。


「......」


そして徐々に思い出す。あの血に濡れた地獄のような日々を。

まだ思考が追いつかない。一瞬、夢でも見ているのかと思った。しかし、それはないと自分の考えを直ぐに否定する。なぜならあの謎の門の向こう側で体験したことを新は事細かに、鮮明に覚えていたからだ。


「今思い出してもむちゃくちゃだな。よく俺生きてたよ...。自分を褒めてやりたい......」


相変わらず動かない体で独り言をぼそりと呟き、自画自賛したところでもう一眠りすることにした。



「新堂さん、おはよう。あれ?新のやつは今日は一緒じゃないの?」


雫が学校の教室に着くと新の一番の親友である、篠山碧斗しのやまあおとが声を掛けた。

いつも雫とセットでいる新がいないことを不思議に思っての行動だった。


「うん、今日は休むって。体調悪いみたいだよ」


「ほーん、珍しいこともあるもんだな!いや、待てよ?もしかして、アイツ振られたのか!?」


「えっと...」


誰にとは言わなくても分かっていた。その事実を知っていた雫は碧人にどう答えるか迷っていたが、碧人はそんなことお構いなしに続け様に言う。


「あちゃー。やっぱりダメだったか!それにしてもアイツ振られたくらいで落ち込んで休むとは...。ぷくく。明日きたらいじってやろ!」


振られてからいじられるというのは人によっては嫌がられるかもしれない。だけど新と碧人の関係はそんなことがあっても問題のないほどの良好な関係だ。


「あ、今日は三波のやつ、振られて傷心で休みなんだ!」


そう言って話に入ってきたのは、雫の友達である、夢崎雅ゆめさきみやびという少女。中学校からの友達で新のこともよく知っている共通の友達だ。

そして碧人のこれまた幼馴染でもある。

基本的に学校では新を含めたこの4人で過ごすことが多かった。


「それにしても、三波のやつ、隣にこんなに可愛い幼馴染が住んでるのにもったいないねえ!」


「え?なんでそこで私が出てくるの!?わ、私はただの幼馴染みだよ?」


雅からの突然の発言に雫はかなり焦った。急に自分の話題が振られるとは思っていなかったからだ。


「そんなの見てれば分かるって!雫は分かりやすいから。ねえ?碧人?」


「ああ、そうだよな。新堂には報われてほしいもんだ」


こうやって二人は新のいないところで時折、結託して雫のこといじっている。

しかし、やられてばかりではないことを思い知らせようと雫は反撃にでた。


「そ、そう言う二人はどうなの!?お似合いだと思うけど!!」


どうだ!と言わんばかりに碧人と雅の関係を指摘する。


「私が?こいつと?ないない。こんなのただの腐れ縁よ。彼氏にするならもっとイケメンにするわ!」


「ああ、全くだ。俺もこんな色気のない女、興味ない」


「何よ!?」


「何だよ!?」


雫はそんな二人をみて十分仲が良いのでは?と微笑ましい目線を送っていた。

しかし、そんな視線に気づいた雅は雫のある一点に狙いを定める。目が光った気がした。


「まあ、確かに色気といえば、雫の秘密兵器を使えば、三波のやつも一発だけどね!」


「ひゃっ!雅ちゃん!」


そうして雫の背後に回り込んだ雅は「何をするのだろう?」と頭に疑問符を浮かべていた雫の胸を鷲掴みにしてきた。


「や、やめっ...。ちょっと、みんな見てるから!んっ、ダメだって!」


扇情的な声が雫の意識と関係なく漏れ出る。

クラスのみんなが二人の動向を観察していた。男子なんて顔を赤らめて鼻血を出している人までいる。

そして二人の様子を見つめる者の中には真白までいた。


「ほれほれ、この乳を使って押し倒せば、三波の奴なんてイチコロよ!」


「お、おい、そこらへんにしとけよ...。流石に新堂さんがかわいそうだ...」


「あらー?顔を真っ赤にして言っても説得力ないけどねー?まあ、そろそろチャイムもなるしここら辺で勘弁しときますか!」


「うう...。もうお嫁にいけない...」


「大丈夫よ!きっと三波がもらってくれるわ!」


何で朝からこんな恥ずかしい思いをしなくちゃいけないの......

新のバカー!と雫は理不尽にも新のせいにするのであった。


そして朝の一件があったせいか、男子の視線が気になる状態が昼休みまで続いた。

新のいない教室は雫にとってなんだかとても静かに感じた。

雫と雅が机を向かい合わせて、ご飯を食べていると誰かが近寄ってきた。


「えっと、新堂さん?ちょっといい?」


雫に声をかけてきたのは昨日、新を振った真白だった。

少し雫は顔を合わせづらかった。なぜなら大切な幼馴染が振られた相手なのだ。しかし、それでも真白からの問いかけを無視することはなかった。


「うん、いいよ。どうしたの?」


「今日、三波君休みだから。新堂さん幼馴染だったよね?何か知ってる?」


その発言を聞いて雫は思わず少しムっと顔を顰めてしまった。

昨日、新の事振ったのになんでそんなこと聞いてくるの?

そう言いたい衝動を抑えて冷静に返す雫。


「今日、体調悪いんだって。新に何か用があったの?」


「ううん、ごめん。何でもないよ。教えてくれてありがとう」


真白は、聞きたいことを聞けたのか、それともそれ以上聞くとができなかったのか目的を終えると自分の席へ戻っていった。


「うーん、珍しいね!高崎さんが振った相手のこと心配してるなんて!まあ、振った相手が翌日に体調壊したら自分のせいとかって思っちゃうか!」


本当にそれだけだろうか。雫は自分に問いかけるもその答えは返ってくることはなかった。


そうやってモヤモヤしたまま、午後の授業が始まったが、新へのお見舞いのことを思い出し、何か栄養のある料理を作ってあげようと帰りに買う食材について考えるとすぐに忘れてしまった。


ただ、聞いてきた時の真白の顔はどこか寂しそうだったと雫は思った。

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