第4話:帰還(改稿済み)

扉を開けるとそこは、闘技場のような場所だった。

周りは観客席のようなものが見え、それはローマにあるコロッセオを彷彿とさせる。

そしてその闘技場の中央には醜い豚の怪物が新を待っていたかのように佇んでいた。

この豚のモンスターはゲームでもよく出てくるオークというやつだろうか。

とにかくあまり見ていて気持ちの良い相手ではないことは確かだった。


その醜い顔に思わず自分の顔を顰めてしまう新。

そしてあまりの体格の大きさに今までの以上に、恐怖心が芽生えたことを感じた。


「落ち着け、落ち着け...。やるしかないんだ......」


それに今までもどんなモンスターだろうと倒して来たじゃないか。自信を持て。

まるで呪詛を唱えるかのようにそう何度も繰り返した。


「そもそもボス部屋なんだ。ここさえクリアすれば、何か分かるかもしれない」


そう考えていた矢先、動いたのはオークの方だった。

ドスドスと地響きを鳴らしながら、その巨大な体を揺らして凶悪な大きさの金棒を持って突撃してくる。

あんな棍棒に打たれでもしたらただでは済まないだろう。

新は持っていた手投げ用の小さなナイフを数本手に取ると向かってくるオークに向かって投げた。

そのナイフは真っ直ぐにオークの方に向かって行ったが、オークは全く避けようとはせず、全て体に刺さった。


「よし!!って、え!?」


しかし、オークは体に刺さった小さなナイフごときではビクともしなかった。

そのまま減速する事なくこちらに突っ込んでくるオーク。

そして新のことをそのまま潰そうと金棒を振り下ろした。


棍棒が地面を穿つ大きな音が鳴り響いた。

その棍棒には血は全くついておらず、砂埃が舞うだけに終わった。


新は、振り上げられた瞬間、間一髪で飛び退いて避けることに成功したのだった。

そして間一髪で避けた場所には大きな穴が空いていた。

その穴を見て新は顔をヒクつかせる。


「あんなの、受けたら一溜りもない...。死んじまう......」


青ざめた顔で顔を左右に振り、今一度冷静に敵を観察する。


あれほどの巨体に有効打を与えるにはどうすれば良いか。持っている武器はモンスターからドロップした剣が2本と残りは投げナイフが4本しかない。

投げナイフは先ほどの結果からしてとても有効な攻撃手段とはなり得ないだろう。

どう攻撃すればいいか。そう考えようとしたがそんな時間をオークは与えてくれない。


「ッ!」


猛攻は続く。所詮、棍棒を振り回しているに過ぎないので集中していればどうにか避けることはできる。それにどの攻撃も一撃でも入れば、こちらは致命傷を負ってしまう。

純然たる死が新に襲いかかってくる。そんなプレッシャーを前では思考している暇さえない。


豚のくせになかなか素早い。

効果は薄いと分かっていながらも避けながらどうにか持っているナイフを投げる。2本は金棒により防がれ、2本が突き刺さる。

やはりと言うべきか、分厚い肉の壁には全くもって効いていないようだ。

手にはもう1本の剣しかない。


「全く......。嫌になるな......」


誰に言うでもないがつい、本音が溢れる。

そんな新にオークは容赦をしない。棍棒を避け、剣で流しながらもどうにか隙を伺う。しかし、新はその打ち合いの最中にミスを犯してしまった。


「ッ!?」


先ほどオークに弾かれたナイフを新はその足で踏んでしまう。

刃先が新の足裏に少しの傷を作ってしまった。それにより、隙は新に生じてしまった。


「しまっ」


気づいた時にはもう遅い。足に気を取られ、影ができた方向に顔を上げるとオークが棍棒を大きく振りかぶっていた。

まるでトラックに轢かれたような衝撃が腕に走る。叩きつけられる瞬間どうにか腕で受け止めることができたが吹き飛ばされてしまった。


まるでボールのように体が地面をバウンドし、そのまま地面を転がり込む新。その体は気の弱い人が見れば失神してしまうほどにボロボロになっていた。

体中傷だらけでほぼ全身と言って良い場所から血がにじみ出ている。


「がっ...かはっ...」


体の内側からも血が競り上がってくる。口からおもむろにそれを吐き出してしまった。

骨もいくつか折れている。血で視界がぐらつき、意識も朦朧としている。


あー、まじで死んだ。

痛みでおかしくなりそうになりながらも心の中でそう呟く。


しかし、これ以上ないくらい絶望的な状況のはずなのにその目にはまだ意思が宿っている。これは何かを果たそうとする決意の目だ。


オークはそんな新の目を気にもとめず、ゆっくりとニタニタと気味の悪い顔をしながら近づいてくる。


そして、最後の一撃。新を潰さんとすべく、腕を振り上げた。


「この時を待ってたんだよっ!」


「グォ」


突如オークに向かって何かが放たれた。

オークに向かって投げつけられたものは、空になった小瓶。オークはいきなりのことに反応をして効くはずのない攻撃である小瓶を防いでしまった。

それによって視界が一瞬ふさがり、オークは新から目を離してしまった。


その一瞬の隙をつき、新はオークへ肉薄する。全身の骨という骨が軋んでいる。先ほど飲んだポーションでは全て回復しきったわけではなかった。それでも関係はない。


終わりだ!

オークの顔へ放った剣撃は片目を潰した。

オークはあまりの痛みに耐えられず、目を押さえのたうちまわる。

そして、もう一発。先ほど踏みつけた時に拾ったナイフで逆の目を突き刺した。

これでオークは両目を使う事が出来なくなった。

バランスを崩したオークに勝機を見出した新は、何度も何度も何度も体とその更に醜くなった顔に向けて刃を振り下ろした。


そしてオークは遂に息絶えた。


「はあはあはあ......やっ...たー!」


勝った。勝ったんだ!あの化け物に勝ったんだ!

その場に倒れ込んだ新は体の痛みより先にその達成感が全身を駆け巡った。


『第一試練の終了を確認』


は?

突然鳴り響くアナウンス。

新はまだ理解できていなかった。それが何を意味するのかを。


『体組織の再構成を開始します』


「あぐっ、がっ...」


突如そのアナウンスと共に全身痛みが駆けずり回る。先ほどのオークから受けた一撃の比でない痛みは、新を新しい存在へと昇華していった。

気を失いたいのに失えない。まるでこの痛みを受け入れろと言わんばかりに。


『再構成の完了を確認。万物への干渉の権限を容認。三波新を正式に候補者の一人に選定します』


なおもアナウンスは続く。


『称号を付与。称号:天狼を取得。同期しています』


『...。...。...。』


『同期が完了しました。第二試練に移行します。座標を確認。これより転送を開始します』


左手の甲に痛みが疾る。そしてようやく頭の中に鳴り響く機械音が遠くなって行く。

新の頭の中はぐちゃぐちゃだった。何も分からないまま意識が薄れていった。


────────────────



目が覚めた。


「ここは...?」


そこはリビングだった。新はソファーの上で横たえていた。

真っ暗なリビングで掛けられている電子時計を確認する。

そこには、確かに門入った翌日の日付と早朝を指し示す時刻が刻まれていた。


「もど...ってきたんだな.....」


混濁した意識の中で自分が確かに元の世界へと戻ってきたことを確信した。

そしてまた眠気が新を襲う。

左手に刻まれた不可解な紋様に気づくことなく、新は再び目を閉じ、意識を眠りの海へ落とした。

リビングにはもう門は存在していていなかった。

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