第3話:広がる世界(改稿済み)

突如として目が覚めた。

気を失っていた間に襲われることはなかったようだ。このまま襲われでもしたら気づくことなくお陀仏していただろう。

そのことに今更ながら安心した新は小さく、息を吐いた。


周りを見渡すと辺りは先ほどまでの明るさはなく、既に夜になっていることがわかった。

来た時は青空が広がっていたおかげで辺りはすっかり明るかったのだが、今の森はまるで何かが出る思わせるくらい暗かったことから、もう数時間も眠っていたことが分かった。


迂闊ではあったが、初めての殺戮で限界だった。あんな強烈な体験は今までしたことがなかった。自分の血をあれだけ見ることもないし、他の生物の大量の血をこの身に浴びることも通常の人生ではないことだろう。


しかし、あんなグロテスクなことをやってのけた新だったが、仕方ないと自分の中で片付けるしかなかった。

あの時、ああしなければ血を這いつくばって居たのはゴブリンではなく、自分自身なのだ。そう思うしか心を正常に保つことはできなかった。


そして新は陰鬱な思考とともに宵闇に広がる空を見上げた時、ここがやはり地球ではないことに気づいた。


「すげえ......」


星雲だ。限りなく広がる空にまるでこの世の全てを詰め込んだかのような鮮やかな星雲がそこには存在していた。日本ではこんな景色など拝めるはずもない。


しばらく見とれていた。

そんな素晴らしい空を見ることができた新はいくらか心が安らいでいくのを感じた。


少し冷静になったところで状況を整理してみる。

突如、家のリビングに現れた異界へ通ずる門。

そして聞こえて来た機械音。試練。


試練というからには何かしらクリアする条件が存在するのだろう。例えば敵を倒すとか。しかし、既にゴブリンを倒したが何の反応もなかった。

一体、何が条件なのか。考えても全く分からない。

とりあえず動けば、どうにかなるか。楽観的な考えはあったがいつまでもここに居ては何も始まらないと思い、移動を始めた。


夜の森ほど危険なことはないのだが、空に輝く星雲がその下にある全てを明るく照らしてくれていた。

その星雲を視認した時からどういうわけか、あれだけ暗く感じた森も明るいとまではいかないが、いくらか見渡せるようになっていた。


しばらく移動を続けたがゴブリンを倒してから、それらしい生物に出会うことはなかった。


それどころか、行き止まりについてしまった。目の前には物理的な壁は存在しない。それなのになぜかそれ以上前に進むことはできないのだ。

まるで見えない壁に阻まれているかのように。


「これ以上先に進めないのか...。なんかここダンジョンみたいだな」


またもやゲーム的発想で言葉こぼれた。

ダンジョン。それはRPGにも存在する、区切られたエリア内のこと。そこにはモンスターが配置されており、自由に移動が可能...と言ってもその決められた範囲内のみの話である。


「ということはどこかに出口か階段とかある?」


自分の中で答えを導き出し、少しの希望が芽生える。

通常のダンジョンというものは次の階層へ続く、階段や道がある。それに入って来た場所があるなら必ず出口も存在しているはずなのである。


そうしてまた少し、前向きにこの場所から脱出するための方法を探すことでついに次の階層へ上がれる、転移陣のようなものを見つけた。


転移陣はよくある六芒星のような模様をしており、その模様はゆっくりと回転している。


「また変なところに飛ばされるんじゃないだろうな...。でも警戒してもどうせここから出られないし、行くしかないか......」


警戒を怠ることはしない。といっても怠りようがないのだが、結局は前に進むしか道はないのでゆっくりと慎重に足を運んだ。


転移陣に乗ると視界が急に真白になる感覚に襲われ、その意識はどこかへ飛ばされた。




目を開くとそこはあからさまに先ほどと様子が違っていた。

さっきまでは森の深い場所にいたというのに今度は大草原に一人ポツンと立っていたのだ。

森を抜けた大草原はどこまでも雄大で遠くを見ても地の果てが続いているだけだった。


「普通、森と草原、順番逆だろ......」


そんな嘆きも誰にも聞かれることはなく、また新はゆっくりとその場から移動し始めた。


嫌な予感というのは悉く的中するようになっているらしい。

しばらく移動をしていた新は遠くの方で遠吠えのようなものが聞こえた。


草原が見晴らしがよいのでその音の聞こえた方に目を向けると遠くから何やら小さな物体がこちらに向かってくるのが見て取れた。


そこには、ゴブリンとは別に新しくポップしたであろうモンスターがいた。


その姿は獣人と呼ぶにふさわしい出立である。コボルトというモンスターだろうか。こちらもRPGではお馴染みの序盤に出てくる、いわゆる雑魚モンスターである。

武器を持って襲いかかってくる時点で一般人的には雑魚とは言い難いが。


そのモンスターは遠くからやって来て、こちらを視認すると真っ先に襲いかかって来た。

人を殺すために振り下ろされた攻撃をどうにか避け、距離をとる。


「またかよ......。もう!」


ゴブリンと同様にこいつらも倒してしまうしかないようだ。周りには先ほどの森のように隠れる場所は存在していない。


敵はゲームみたいな癖に、こっちはゲームみたいな攻撃や動きはできない。

全くもって理不尽である。


そう思いながらもある程度の痛みを伴う覚悟を決め、ゴブリンから奪った武器を構えた。



───────────────────


それからどれくらいの時間が経っただろうか。

もう既に1週間ほど、このダンジョンと呼ぶべき場所にいる。数回の夜を超え、命からがらもどうにか今まで生きつないでいる。


ここまできて分かったことが少しある。

2階層以降は、ある一定の時間でモンスターがリポップする。倒しても数時間経てば同じ場所に何度も湧いて出てくるという訳だ。

そんなやつらを何匹倒そうがレベルアップのような現象は一向に現れなかった。


そして、次にモンスターが落とすポーションのようなもの。これは回復機能と同時に腹を満たしてくれる効果があるらしい。

こんなんで栄養大丈夫かよと心配になる。一刻も早くここを出てうまい飯をたらふく食べたい。


雫は心配していないだろうか。探しているかも知れない。もしかしたら、家であの謎の門も見つけているかも知れない。

潜ってしまうと厄介である。自衛の術を持たない彼女は、すぐにモンスターに殺されてしまうだろう。


そう考えただけでヒヤリと背筋が冷たくなった。

嫌なことを考えるのはよそう。転移陣は前にしか進むことができない。後戻りはできないのだ。


この頃には新には既にモンスターを殺すことに嫌悪感を抱くことはなくなっていた。要は慣れてしまったのである。

日本のような平和な国に生まれた少年がどうすれば生物を殺すのに何の感情も動かなくなるだろうか。そこには死屍累々の地獄を潜ってきたという事実しかなかった。


そうして、数回の階層を昇りついには十階層目にたどり着いた。

この階層は空気が異なっていることが一目で分かった。

十階層目に転移するとそこには扉があった。


「ボス部屋ってやつか...?」


今までになかった異様な雰囲気に少し怖気づく。


それでも、今までどうにか生き抜いてきたんだ。

これまでの敵を思い返す。

特別な力もなく化け物たちを命ギリギリで倒してきた。

ゴブリンにコボルト、大きな蛇に鳥型のモンスターまでいた。どれも満身創痍。

この先はもっと厳しいものになるだろう。

やるしかない。


新は恐怖とともにこれまで対峙して来たモンスターを思い出していた。その経験が新に勇気と自信をもたらしていた。


新は息を整え、意を決して扉を開けた。

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