わらしべつくも
晴れ時々雨
🪓
男が枝豆畑を耕していると鍬が何かに触れ音を立てた。石ころだと思って掘り起こしたそれはツヅラだった。ポチも飼っていないしすずめに恩を売ったわけでもないが、大きさの判然としない四角いツヅラはひょっこりと出土し、昔話との共通点に親和性を持たせた。男は自分がいいお爺さんの方だと思い込んでいたから見つけた物の中身は間違いなくお宝だと確信していたが、ツヅラがどういう体裁をしているかよく知りはしなかった。
男が誰かに恩を返される宛があると思うのには訳があった。
農耕する際に使用するこの鍬だが、それにおかしなモノが住みついているのである。何となく畑栽培を始めようと祖父母の庭にある物置小屋で発見した古びた鍬を適当に研ぐとこれが実に素晴らしい切れ味を発揮し、耕作のみならず草刈りや土壌に埋没した石ころをどける作業などがすいすい捗り、長く眠っていた鍬が働くことを喜んでいるように感じたのである。
土の中のツヅラをぼうっと見ていると声が聞こえた。辺りには誰もいない。熱中症のサインに幻聴などあっただろうかと手を休めると声はどうやら手元から聞こえる。
喋るたび鍬の柄に振動が伝わり、かなりはっきり聞き取れたので幻聴説は消去されたが意味がわからない。外国語らしいのだ。
「ああすいません。久しぶりだったものでつい母国語が。今切り替えましたのでもう大丈夫です」
おたくはどちらの出ですか、と今聞くべきことは他にあるような気もしたが、まず気になる部分を訊ねずにはおられなかった男を責めるのは酷と言えよう。
「わたくしでございますか。わたくしはここからずっと西のギリシャという所から参りました、アキレス、というものでございます」
ギリシャのアキレス。どっかで聞いたことがあるような気もしたが畑とは何の関係もないような気もした。しかし話すうちに、鍬からぼわんと離脱した彼の姿がはっきりと見え始め、くるぶしに小さな翼があるのに気づき、なるほどと思ったが余計意味不明に陥った。
「長く生きているモノには色々と事情があるのです」
本人からそう言われると納得するしかないような説明だったのでそこはもうそういうものだと解釈せざるを得なかった。
「実はわたくし、あなた様のおじい様の先々代のおじい様の頃からのお付き合いでして」
そんなに。
「身代、といっても鍋釜寝具といった粗末な家財道具一式ですが、それと引き換えにわたくしを手に入れたご先祖さまから大変ご愛用されておりまして」
そういえば祖父から聞いたことがある記憶があったようななかったような。その頃幼すぎてその話に1ミリも興味がなかった男はさもありなんと頷いた。
というよりこんな変なのが憑いているのならそれを話してくれれば良かろうものを黙っているなんてジジ臭い、もとい、水臭いじゃないか。
待てよ、おじじはこの事を知っているんだろうか。要するに付喪神とかなんとかいうものだろうこれは。
「ええええ、当然ご存知でしたよ」
男の心の声に反応して答えるアキレスであった。
男はちょっと嫌な感じがした。自分の気持ちがダダ漏れしていることに憮然とした男にアキレスは言う。
「いいじゃないですか。わたくしもう嬉しくって。はいはい、早くツヅラとやらを開けたらどうですか?」
そうだった。
「懐かしいですね〜。あなたのご先祖さまも最初にわたくしを手に入れるとき、不思議な泉に家財道具を投げ入れたんですよ」
ということは。急に足に激痛が走った。足の甲に鍬が突き刺さり血塗れになっている。
「今度は肉体の一部ですから相当良い物が出てくるんでしょうね。わくわくします。長生きっていいものですねぇ」
わらしべつくも 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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