最終話 とんこつ彼氏とポンコツ彼女


「はがね、お湯沸いたぞ?」

「ん〜わかった〜」



 あの後、俺と彼女はキスしそうになったが俺が待ったをかけた。

 やっぱりきちんと思いを告げてからそういう事はしたい。まぁ初デートの時に1回やっちゃったんだけどね。


 とまぁ相変わらず絶賛妄想中の俺の横に来て鍋を確認するはがねちゃん。実は鍋は2つ持ってきていて一方はスープ用、もう一つは麺用と分けてある。

 外で作業してるとはいえ、麺もスープも具材も本格的で鋼鉄心こうてつしんお手製のものなのだ。


「なんか2人の初めての共同作業やない? ケーキ入刀にゅうとう的な?」

「ラーメン一丁って感じだけどな」

「なんそれバリウケっ!」


 久しぶりにはがねちゃんのバリウケっ!

 頂きました!


 それから簡易テーブルを用意して俺は器を準備する。この器も鋼鉄心から持ってきたらしい。


「俺……周りに助けられてばかりだったんだな」

「ほぇ?」


 グツグツ沸騰する鍋をみつ見めながらそんな事を考える。


「なんか……ラーメンと似てる」

「ラーメン?」


 口から出た言葉は俺の本心。

 俺ははがねの隣で思っている事を口にする。


「このチャーシュー。味がしっかりしてて存在感あるだろ?」

「そやね」

善士ぜんしみたいじゃないか?」

「ぶはっ!」


 そんな事を言うとは思ってなかったみたいで、彼女は吹き出しながら笑う。


「なんその例え、バリウケる!」


 本2日度目のバリウケ。


「この海苔のりはさ。太陽にかざせば透けて見えるんた」

「うん」

「俺の暗い心を照らしてくれたいたしのようだ」


 あの絵を忘れる事はないだろう。


「この卵はさ……」

「ヒカちゃんやろ?」

「正解! 表面はとても美しくて真っ白だけど、中身は色々な事を考えて行動してくれる」

「呪われん?」

「多分……大丈夫」


 いい意味でだよ?


不屈ふくつ君は?」

「アイツはナルト」

「グルグル回るけんやろ! ぎゃはははは」

「ふぐっ、あははははは!」


 はがねちゃんまたしても大正解!


「デコちゃんはなんやろか?」

美多目みためさんは……この龍かな」

「その心は」

「俺達を陰ながら支えてくれた」

「納得やね!」


 彩られて睨みを利かせる守り神。派手好きのギャル子ちゃんなら喜んでくれるだろう。


「それで、藤江ふじえさんは……器そのものだと思ってる」

「異議なし!」

「やっぱりそうだよなぁ。あの包容力は誰にも真似できない」


 俺だけじゃなく、父さんやはがね達の全てを受け入れて導いてくれた、最強で最高のおばあちゃん。


「それから……父さんと母さんなんだけどさ」

「うん」


 俺はこの器が好きだ。


「ここ……器の底に書いてある文字」

「……愛……やね」


 全てを飲み干し深淵を覗いた者にのみ開示される言の葉……愛。


 その愛は深く、おおよそ俺達の及びのつかない場所で大人達は見守ってくれていたのだ。



「それから……俺とはがねなんだけど」


「うん。なんやろかねぇ〜」


 知っていながらニヤニヤとする。こういうおちょくり方はムカつくけど、同時に可愛いと思ってしまう。


「俺は……スープだと思う」

「ほぅ」

「みんなの想いが混ざりあって溶け合って、器で受け止めてくれないとダメだし、底がないとこぼれてしまう」


 このスープは自分ひとりでは辿り着けなかった俺自身。


「そしてはがねは……」


 もう答えは出ているので彼女とせーのっで同時に重ねる。


「「麺」」


 これは初めから決まっていた。


「ねぇソウジ……続きは食べてからにしよ?」

「わかった」


 夏の日差しで食材が悪くなるので彼女の言う通りにしよう。できるまでの間、俺は簡易テーブルで彼女の横顔を見つめ続けた。


 ふんふん♪ と鼻歌を歌いながら盛りつけをしていく。流石に豪快な湯切りは出来なかったけど洗練された手さばきは見事なもの。ヒラリと舞うワンピースからはピンクの下着がチラリと覗く。


 ヤバい……興奮してきた。


 色んな状況が折り重なって、今すぐにでも後から彼女を抱きしめたい気持ちになる。俺はなんとか目を瞑りポケットに入れたイルカさんに触れる。


(まだだよな)

(まだだキュー)


 謎のイルカと精神世界で会話していると、鼻の中にいい香りが漂ってきた。


「ソウジなんしようと? 修行?」

「ま、まぁそんなとこ」


 煩悩と戦っていたんだよ。


「手を合わせてください」

「合わせました」

「いただきます!」

「いただきます!」


 お馴染みの感謝の言葉を唱えて箸をとる。そして熱々の麺を持ち上げると……


「あの……はがねさん?」

「なん?」

「食べにくいんだけど……」

「いいやん。これが記念すべき100杯目なんやけん」


 そうはいってもジッと見つめられると恥ずかしいよ。


「はよ食べな伸びるよ?」

「はがねも同じくらいなのでは?」

「はよ食べりーって! あぁもう貸して!」

「あ、ちょっ!」


 言うが早いか彼女は俺から箸を奪うと目の前でフゥフゥして口元へ持ってくる。


「ほら……あ〜んして」

「自分で……たべ」

「もうっ! わかっとらんね!」



 彼女は自分でひと口麺を頬張ると……



「えっ……はが」

「んんっ」



 口の中にとんこつラーメンが入ってきた。そしてそれと同じくらい彼女の感情も入ってくる。


 日記では分かっていた彼女の気持ちが麺と一緒に流れてくる。



 その意志の硬さは……



「ぷはっ! ごめん、口が滑ったばい」

「おぉぉぉぉぉ……おま……」


 突然の事で震える俺を他所よそに自分のラーメンを食べ始めるはがね。


「早く食べんと伸びるよ? にししっ」

「わざとだろ……ったく」


 なんで彼女はこんなにも積極的になれるのか。


「ソウジだって積極的よ? 無意識での発言は凄いんやけん」

「マジか」


 俺の思考を読み取ったように続けた彼女はこくりと頷く。しかしここで聞いてしまったらなんか負けな気がしたのでラーメンを味わう事にする。



 こってりしたチャーシューは脂が程よく味は力強い。


 ナルトは箸休めには丁度よく口の中を駆け回る。


 スープに染みた海苔はまた違った一面も見せ、新しい境地へといざなってくれる。


 卵は言わずもがなで二度美味しい。表面の綺麗な白身と中の黄身のバランスは格別。


 スープを飲めば器の龍と目が合い一瞬息が止まる。


 そして俺の大好きな麺。


 ズズズズッ


 あぁ……はがねの心が入ってくる。


 噛み締める度に味を増し、麺に宿る彼女の想いが血肉となる。俺はとっくの昔から……




「んくっ……はぁ……美味かった」

「うまかったねぇ」



 同時に箸を置き海を見つめる。この景色を見るのは何度目だろうか。記憶にはない魂に問いかける。


 幾百いくひゃく……幾千いくせん……幾万いくまん


 これから、数え切れないくらい見に来ればいい。


 そろそろ夕日が沈んでロマンチックな時間がやってくる。言うなら今しかない。



「あ、あのな、はがね……は、話があるんだ」



「……うん」



 玄界灘げんかいなだの息吹を大きく吸い込み深呼吸をする。今まで散々待たせてしまった彼女になんて言葉をかけたらいいだろう。


 ザァーザァーという波は穏やかで彼女の心を彷彿とさせる。俺は早まる心臓をギュッと押さえて彼女の真正面へと歩を進める。




 そして……





「好きだはがね。俺と結婚してほしい」







 これが俺の答え。





「もしかしたら今までの事も、今日の事も忘れるかもしれない。過去も大事だけど……俺はこれからの未来を、はがねと一緒に歩きたい」


 もう俺は彼女無しでは生きていけない。


「今の俺は何か特別な事ができる訳じゃないけど……これだけは約束する」



 彼女の瞳はずっと俺だけを見つめる。



「俺ははがねのラーメンなら……例え千杯せんばいでも1万杯まんばいでも食べてやる」


「ふははっなんそれ!」


 彼女の瞳から一筋の光が流れてゆく。


「散々待たせてごめん。改めて……俺と結婚してください」


 俺があの時ここで掴んだ右手を差し出す。


 俺の今の精一杯の気持ちをどうか受け取ってほしい。






 ギュッ





 彼女があの時あそこで掴めなかった右手を掴む。



 柔らかくて……暖かくて……いつも心に寄り添ってくれた手……それが今、ひとつになる。



「こちらこそ、ふつちゅかものでしゅが……」


「…………」

「…………」



「……ふふふっ」

「……あははっ」


「「ぎゃははははははははっ!!」」



 忘れていたよ。

 彼女はとんこつラーメン好きな女の子で、マシンガントークで、俺の話を聞かなくて……調理室でよく転び、廊下でも転び、お風呂場でも転ぶ……そんなポンコツ女だったんだ。



「不束者やけど、末永くよろしくやけん!」

「こちらこそよろしく!」



 ひとしきり笑った後はお互いに顔を近づける。


「ねぇソウジ」

「ん?」


 彼女の細い腰を抱き、彼女もまた俺の背中に手を回す。


「替玉食べたくなか?」

「食べたいな」


 彼女は近くにあった麺を2玉鍋に入れるとこちらを向く。


「麺が茹で上がるまでの時間覚えとる?」

「あぁ……はがねの好みがいつしか俺の好みになってたよ」


 調理室でのあの会話は今でも覚えている。


「じゃあ、その時間……キスしよ?」

「望むところだ」


 お互いの顔が夕日に照らさせる。


「……じゃあ」

「……あぁ」


「「んんっ」」


 俺はこれからも周りの親友達や大人達に支えられながら生きていくだろう。


 そしてこれからも彼女のとんこつラーメンを食べ続ける。



「んっ……はぁ」

「まだ時間は残ってるぞ……んっ」

「はぁ、ソウジ……んくっ」



 23秒の時間の中で、俺とはがねはこってりしたとんこつスープより濃厚なキスを交わす。



「はぁ……はぁ……ねぇ」

「ん?」


 熱くなる体を抱きしめながら彼女は俺の耳元で囁く。



「めっちゃ好いとーよ、ソウジ」

「俺もめっちゃ好いとーよ、はがね」


「ふふふっ。ソウジの博多弁……変かぁ〜」

「くくくっ確かに!」





 あの夏から随分経ってしまったけど、今日この日……俺とはがねは正式な彼氏彼女になった。




 とんこつラーメンでできた彼氏と、すぐ転ぶポンコツ彼女。




「ねぇソウジ、指切りしよ?」

「新しい約束だな」

「うんっ!」




 お互いの小指と小指をしっかり絡ませ合う。






「いくよー! せーのっ」








 いつか誰かが言っていた






 とんこつラーメンは青春の味

 ふたりの絆はバリカタで!








 とんこつ彼氏とポンコツ彼女 〜完〜





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