エピローグ〜とんこつ夫とポンコツ妻〜



 拝啓〜あの日の僕へ〜



 随分と久しぶりの感じもするけど、まずはこれだけは言っておこうかな。




 僕はいま、幸せです。




 ――――――



 何から話そうか。

 彼女と恋人になってからのその後?

 それとも友人達と一緒に修学旅行に行った時の話とか?

 大学受験の彼女達のエピソードも面白いよ?

 でも、1番はやっぱりアレかな。



 僕と彼女との間に子供が生まれたこと。



 とまぁ感傷に浸って久しぶりに文字を書いてみたはいいものの、何だか恥ずかしいや。


 昔は”僕”なんて一人称じゃなかったし、こうして筆を止めてアルバムを開くことも無かっただろう。それだけ充実していたとも言えるかな。


 さて、そんな僕もいい歳になった。有り体に言えばオッサンという訳だ。学生時分の頃は周りの人が皆大人びて見えて、映画スターのようにカッコイイ髭なんて生やしてみたいと思ったものだ。


「パパ、髭似合わない」と娘に言われて膝から崩れ落ちたりもしたがそれはいい。そんな娘もこの春から高校3年生。


 おっと、肝心な事を忘れていたね。

 僕の名前は唐草からくさソウジ。福岡生まれの福岡育ち。最後の時も福岡で……と思うほどこの場所が好きだ。


「ソウジ〜。夕ご飯できたよ〜」


 扉をノックして顔を出したのは僕の愛する妻、はがねちゃん。そして鋼ちゃんの頭の上から覗くのは僕達の愛の結晶、娘のさくら


「お父さん、今日の煮物ウチが手伝ったけんバリ美味かよ!」

「そりゃ楽しみだ」


 娘を見ていると昔の妻と瓜二つ。それはまぁ親子なんだから似るのだろうけど、仕草や味の好みやちょっと抜けてる所とか……つまり可愛いのだ!


 さてさて娘自慢はこれくらいにしないと妻がこの日記を見つけた時に拗ねてしまうかもしれない。だから友人達のその後を少し話そうか。



 前田善士まえだぜんしくん

 彼ほど正義の味方が似合う男もいないだろう。昔から真っ直ぐな性格の彼は学生時代は柔道に打ち込んだ。どうやら身体を鍛えることに取り憑かれたのか、本格的に鍛え始めてそしていつしか体育教師になっていた。


 現在は東京の大学で教鞭をとっているらしく、トレーニングの様子を動画投稿サイトにアップしている。

 ちなみに東京に移り住んだのは片想いの女性を追いかけてのこと。その女性と釣り合いが取れるまで自分を鍛えるんだとかなんとか……時折その子の職場の近くを通ったり、偶然を装って同じトレーニングジムにしてみたりしているらしい。



 美多目みため羽照子はでこちゃん

 妻の親友のひとりで学生時代は見た目が派手なギャル子ちゃん。妻の言葉を借りればデコちゃん。

 デコちゃんは大学まで僕と妻と一緒に通っていた面倒見のいい子。大学受験の時に一悶着あって入試が危ぶまれたが、そこは我らが鋼ちゃんがあれよあれよという間に解決してくれた。まぁその話はいいだろう。

 そんなデコちゃんは現在東京でキャリアウーマンをしている。出版社に入社したらしく観光雑誌を手がけているらしい。

 なんでも気の合う上司の人が居て「あの人が出ていくなら私も出ていく!」と言うほど信頼しているんだとか。

 昔は善士くんと格闘技の話で盛り上がっていて結構いい雰囲気だった。ちなみに独身で彼女の結婚の条件は「私より強いヤツ」との事なので性格はそんなに変わっていない。

 どうやら想い人がいるらしく、早くアタックして来ないかなと偶然を装って職場を通ったり彼が居るトレーニングジムで待っているらしい。


 デコちゃん……恐らく想い人も同じ気持ちです。



 後神惹うしろがみひかれちゃんと横薔薇不屈よこばらふくつくん

 彼女と彼はもう最初からネタバレするよ。

 ふたりは結婚しました!


 元々好き同士だったし、お互いの両親も認めてたしで何も言う事がない。それに僕と鋼が付き合ったと報告した時に、「じゃあ私達も付き合おうか?」と軽く決めてしまうほどイージーモードだったのだ。


 でも、彼女達の進撃は止まらず……なんと今は僕の実家の温泉宿を受け継いでくれているのだ。僕が妻の実家のラーメン屋を継ぐ決意をした時に「それなら俺達が銭湯を手伝うよ」と言ってくれた。その時のおばあちゃん、藤江ふじえさんの綻んだ顔は今でも忘れられない。


 藤江さんはお空に旅立ってしまったけれど、きっと今の僕達と横薔薇夫婦を見たら喜んでくれるだろう。娘の桜は藤江さんの事が大好きだったから、亡くなってしばらくは塞ぎ込んでいたけれど、妻やひかちゃんの励ましもあって、ゆっくりと受け入れてくれた。


 片原致かたはらいたしくん

 さて、僕達の中で彼が1番ワイルドでワイドでワールドな人生を送っているんじゃないだろうか。


 学生の頃は線の細い印象で、家の中でお絵描きばかりして、自分自身も病気がちだと言っていたあの致くん。

 なんと彼は……本当に画家になったのだ。


 高校卒業後に彼はフランスの大学に行ってそこで画家としての1歩を踏み出した。とはいえ既に最初の1歩は踏み出していたかもしれないけれどそこからが本当のスタートライン。


 絵の事に関して詳しくはないけれど、大学在学中にコンペ? やらコンクールやらに積極的に作品を発表していたらしい。そして少しずつ評価を上げながらキャリアというか知名度が知れ渡っていった。そして近年では様々な場所で個展を開いている。


 もちろんここ福岡でも開催した。その時は久しぶりに幼馴染全員が集まったので「同窓会だ!」と騒いでいたのが少し懐かしい。


 そして彼は外国では大変オモテになったらしい。プチ同窓会の時にこっそり抜け出して男子だけで色々話を聞いたのだ。


 絵のモデルをお願いした女性からお誘いがあったり、大学時代のブロンドガールからヌフフがあったり、当然彼も男である以上興味があったワケで、名前の通り致したワケだが……まぁそっち方面の話題は妻達には聞かせられない。


 そんなこんなで彼は世界各地を歩きながら自由に絵を描いている。




 ふぅ……ペンを持つ手が少し痛いや。

 パソコンやタブレットに慣れてしまったからか……一気に書かないと調子が出ないや。

 だからもう少しだけ付き合って貰えるかな?



 さて、ついさっき夕食時に娘から重大発表があった。


「――ウチ、東京の大学に行きたい」


 なるほど……これが反抗期か。

 と、的外れな考えをしてしまったけど、少し動揺する自分がいる。


 思えばウチの娘は反抗期らしい反抗期は無かったように思う。


 聞き分けはいいし、面倒見はいいし、可愛いし。

 きっと、藤江さんの影響や、横薔薇夫婦のお坊ちゃんとお嬢ちゃんの世話をしてきたから自然と成長が早かったのかもしれない。

 家の手伝いはするし、町内の集まりだって積極的に参加する。近所の親御さんからも評判がいい。友達付き合いも良好なようで、よく後輩の勉強を見ている。


 ふむ、ウチの娘は天使なのでは?


 親バカかもしれないがそう思えて仕方ならない。だからこそ娘がそんな事を言ってきた時は苦い顔をしてしまったが、話を聞けばなるほどと思った。


 今年の1月に娘の幼馴染がやって来た。その幼馴染というのが僕達も知る人物で、娘の幼少期の人格形成に大きな影響を与えたふたりだと理解した。そんなふたりが東京の大学に進学すると言ったらしい。


 つまり……ほの字なのだ。


 なんでもかんでも恋愛に結びつけるのは良くないけれど、僕も妻にほの字なのだから何も言えない。

 なんなら今でも「愛してる」「好きだよ」と面と向かって言えるぐらいほの字なのだ。

 最近は言い過ぎて若干白い目で見られるけど気にしない。


 思えば娘が何かをお願いしてきたのは初めてかもしれない。だからこそそのお願いは叶えてやりたい。さっきまで妻と話してもう結論は出ている。だけどそれを伝えるまでもう少しの猶予はあるだろう。


 残り少ない高校生活を楽しむぐらいの猶予はあるだろう。


 さて、娘の事を書かないといいつつ気付けば半分は娘の事だ。それだけ心を傾けているんだろう。


 だけどまぁ、そうなると約1名拗ねちゃう人がいるからね、そろそろ筆を置こうかな。


 筆を置いて冷蔵庫にしまってあるちょっといいケーキを出そうかな? そしたら機嫌戻るかな?


 そうそう! 最近妻から言われた一言で衝撃を受けた言葉があるんだ。これは僕のお墓に刻んで欲しいなぁ。



「ウチの人生……もうすぐソウジの妻になってからの方が長くなるんやね」


 19回目の結婚記念日。

 ケーキのロウソクにフッと息を吹きかけた後の何気ない一言。僕はその言葉が嬉しくて妻の柔らかい肩を抱きしめた。


 ダメだ……思い出したらまた抱きしめたくなってきた。


 丁度いい事にケーキはあるし、娘は寝たし……たまにはふたりきりでゆっくりするのもいいよね? しっぽりするのもいいよね?



 僕の気持ちはあの日から変わらない。

 変わらないどころか大きくなっている。

 娘も来年には家を出るだろう。

 そうすればまた妻との時間が増えるのだ。

 今から楽しみで仕方ない。



「ソウジ? ニヤニヤしてどうしたん?」


 おっと、噂をしていたら愛しの妻の登場だ。

 そういう事で僕はもう行くよ。

 じゃあまたね。



「愛しの妻との2回目の新婚旅行について考えてた」

「愛し……は? 新婚……」



 妻のポカンとした瞳に僕の瞳が重なる。



「んむっ!」





 ふたりの絆は永遠にバリカタ。

 そして妻の唇はそこはかとなく――






 fin

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とんこつ彼氏とポンコツ彼女 トン之助 @Tonnosuke

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