第31話 忘却の彼方・致【片原致】


「……ファン一号になりたい」


 あの時のソウジ君も同じ事言ったんだよ?


 ねぇ覚えてる?

 僕がここまで頑張れたのはキミのお陰なんだよ?


 きっと僕だけじゃない。不屈ふくつ君だってひかれちゃんだって善士ぜんし君だって……それにはがねちゃんだってそうだ。

 羽照子はでこさんとは中学に入ってからの付き合いだけどきっと大丈夫。いつも鋼ちゃんの傍で守ってくれてたから。


 ねぇソウジ君。

 キミがあの夏の日々の事を忘れても僕達が覚えてるよ。だから過去と向き合う事を怖がらないで。いつだってキミの周りには七人の味方がいるんだから。




 ………………

 …………

 ……



 小さい頃の僕は外で遊ぶより部屋の中で遊ぶ方が好きだった。別に外が嫌いとかじゃなくて、単に絵を描くのが好きだっただけ。


 近くの公園で遊んでいる同い年ぐらいの子達。その楽しそうな姿を羨ましく思い、窓の中からスケッチをする。


 体調が悪くなるとお腹が痛くなるのは僕の体質だ。もしかしたらこれも外に出ない言い訳なのかもしれない。



「……いたし。お外で遊んできてもいいのよ?」

「……うん。今度いく」


 お母さんは部屋ばかりにいる僕が心配でいつも声を掛けてくれる。心配させたくないけどイマイチ勇気が持てなかった。だから皆が帰った後の夕方に公園に行く事がしばしぱあった。



「……暖かいな」



 夏の日差しをいっぱいに浴びたベンチに座りスケッチブックを広げる。夕日が沈む公園を無我夢中で描いていた。この時間は松林まつばやしの隙間から海風が流れて気持ちがいい。




 ジィィィィィィィィ




「うわぁ! だ、誰?」


 夢中で手を動かしていたから視線に気が付かなかった。僕の隣に座って一生懸命スケッチブックを見ている男の子。


「……きれいだね」

「え?」


 聞き間違いだろうか。


「その絵……凄くキレイだ!」

「……えっと」


 隣を見ると目をキラキラさせながら僕の方を見つめる。


「俺はソウジ!」

「え? 掃除?」


 掃除をしに来たのかな?


「違う違う。俺の名前……唐草からくさ総司そうじって言うんだ。キミの名前は?」

「僕は片原かたはらいたしって言うんだけど……」


 圧に負けて答えてしまった。とても不思議な男の子だ。


「ねぇ、いつもこの時間にいるの?」

「……う、うん。だいたいこの時間」


 男の子……唐草君はうんうん頷いた後にニカッとした顔で僕を見る。


「明日も来ていいかな?」

「え? うん。ここ僕の公園じゃないし……大丈夫だよ?」


 どう答えたら正解なのかわからないけど、とりあえず思いつく言葉を並べる。


「じゃあ、明日もくるよ! はがねと不屈と惹も連れてくるから〜!」


「えっ? 何? 誰?」


 僕が問返す前にベンチを降りてダッシュで帰っていく唐草君。まったく台風みたいな男の子だ。


 その夜は彼から言われた「キレイだね」の言葉が嬉しくてなかなか寝付けなかった。



 翌日の夕方。



「おーい、片原くーん!!」

「唐草くん!」


 昨日と同じ時間にベンチでスケッチをしていると、唐草君がやって来た。その隣には同じくらいの年の女の子2人と金髪の男の子1人。


「あ、あの……その子達は?」


 急に人数が増えたからビックリした。というより僕は人見知りだから戸惑ってしまう。しかしそんな事はお構い無しとばかりに眼鏡を掛けた女の子が元気よく挨拶する。


「ウチは鋼! 細川ほそかわ鋼!」

「は、はがね……ちゃん?」

「うん! ソウジくんのお嫁さんなの!」

「えぇぇぇぇ!!」


 まさかの展開についていけない。だけどその子がブンブンと手を振ると次に金髪のカッコイイ子が前に出る。


「僕の名前は横薔薇よこばら不屈……お近づきの印にこれをあげるよ」

「あ、ありがとう?」


 そう言って手渡されたのは赤い薔薇の花。

 そして横薔薇君が終わると鋼ちゃんに手を引かれた黒髪の女の子が控えめに口を開く。


「……後神うしろがみ惹です。よ、よろしく」

「こ、こちらこそ」


 可愛い子だ。


「ちなみに僕のマイハニーさ」

「えぇ?」


「ふっくんは私のヒーロー」

「えぇぇぇ?」


 僕はとんでもない現場に居合わせてるかもしれないと思った。そして唐草君は僕の前に来ると手を合わせてお願いしてくる。


「なぁ片原君」

「な、なにかな?」


「昨日の絵……みんなに見せたいんだけど」

「絵?」


 昨日キレイだと言ってくれた公園のスケッチ。だけど人に絵を見せた事なんて親くらいしかないし……唐草君は褒めてくれたけど、他の人は……


 モジモジと言い淀んでいると唐草君は僕の視線までしゃがんで一番欲しかった言葉をくれる。


「俺……感動したんだ。言葉じゃ上手く言えないんだけど……なんか……すっげー凄かった!」

「…………」


 その言葉がどれほど嬉しいか。


「だからさ……みんなにも片原君の絵を見て欲しいと思ったから連れてきた」

「…………」


 昨日見たときよりキラキラした目で尚も続ける。


「俺……片原君の絵が好きだ。そしてそれを描く片原君も好きだ!」


 昨日会ったばかりで何言ってんだよと思うかもしれないけど……と唐草君は続けた。



「だから……片原君のファン一号になってもいいかな?」



 こんなに嬉しい事があっていいのだろうか。


 親は遊び程度だと思っているだろう。学校の友達だって子どものお絵描きだと思っているだろう。だけど昨日会ったばかりの目の前の彼は真剣に向き合ってくれる。


 僕の絵と……僕自身と。


 だから誰にも言えなかった想いを吐き出すことができた。



「うん! あのね唐草君……僕、将来画家になりたいんだ!」



「なれるさ、致なら!」

「ありがとうソウジ君!」




 唐草君はああ言ってたけど、大勢に見てもらわなくてもいいんだ。たった一人……その一人にさえ見てもらえれば、僕は満たされる。


 キミが僕のファン一号なら、僕はキミの追い風になる。どんな逆風でも必ず追い風に変えてみせる!



 ………………

 …………

 ……




 ソウジ君。

 キミはあの時から僕のファン一号だよ。


 そして鋼ちゃんとの約束を守ってこうして戻ってきてくれたじゃないか。


 たとえ忘れていたとしても。

 

 そんな彼の一途な気持ちを踏みにじる者がいたら僕がこう言ってやるのさ。




「自分は何も行動しないなんて片腹痛し!」





 ってね!






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