第30話 心を詠む
夏休みが始まった。
容赦なく照りつける太陽に文句を言いたいけど、俺はこの季節が好きだ。隣にはノースリーブのはがねちゃん。そして周りにはいつものメンバーが勢揃い。と言っても
「ねぇソウジ〜アイス食べたか〜」
「我慢しろ、もう少しで着くから」
「え〜! と〜け〜る〜」
この暑さなら仕方ない。隣でスライムになりつつある彼女に俺が被ってたキャップを頭にイン。
「おぉ! なんかヒンヤリする〜」
「冷感素材使ってるらしいからな」
「フフフ……呼んだかしら?」
「
相も変わらず俺の後ろに立つ癖はやめて欲しい。
「はよ行こーちゃ! 溶けるばい」
ギャル子ちゃんもパタパタと胸元を開けて風を送り込む。少し
俺達は今、美術館に向かっている。致がコンクールで入選した作品を皆で見に行こうと決まったのだ。本人は恥ずかしがっていたけど俺達の圧が上回り強引に予定にねじ込んだ。
「うぅ……緊張するぅぅぅ」
不屈を支えながらフラフラしていたので、俺が代わって不屈を支える。
「大丈夫だって! みんなで見れば怖くない」
「そ、そうだけど。みんなに見られるから緊張するって事でもあるんだよ〜」
うぅぅお腹痛い〜。といつもの腹痛とは別の症状に見舞われていたので、ポケットから元気が出るアイテムを渡す。
「これ、気分がスッキリするぜ」
「……これって」
「ラムネ……このシュワシュワが好きなんだ俺」
瓶の形をした小さな入れ物にタブレットタイプの甘いお菓子。はがねと公園に行った時に駄菓子屋で見つけた。素朴で懐かしい味がして好きなのだ。
「ははっ……変わらないね」
「お? おぉ、そうか?」
はてなマークいっぱいだったけど、元気が出たみたいで良かった。
それからしばらく好きな駄菓子について語っていたら美術館に到着した。
「ふぃ〜涼しか〜」
「生き返るなぁ〜」
風呂上がりのオッサンみたいな女子2人。それを聞きながら最近は結構な頻度ではがねがウチの銭湯を利用している事を思い出す。
閉店間際の1時間前に来て自宅の方で
あの桃色の太ももはけしからん!
おっといつもの癖でトリップするところだった。
「ソウジ〜ジュースおごれ〜」
「ここは飲食禁止だっての。後から奢ってやるから我慢しなさい」
「ちぇ〜ソウジのケチ〜」
なんとでもいいなさい。
「フフフ……ソウジ君お母さんみたい」
「ソウジお母さん」
「ソウジママ」
「マミー?」
最後のマミーって、不屈のヤツからかってるだろ。そんな事を思いながら入館料を払っていざ出陣!
「俺、美術館って初めてかも」
「僕は小学生の時に何度か来たよ」
致先生を先頭にして挙動不審で着いて行く。ハイテンション女子2人が騒いだりしないだろうかと心配になって振り返ると、凛とした姿で絵画の前で佇んでいた。
スッ
ポケットに自然と手が伸びてスマホを操作する不審者……もとい俺。
「ソウジ、ここ撮影禁止」
やんわり俺の手を下げてくれる優しい致君。
「わ、わりぃ……つい」
つい。はがねが可愛かったから。
「ホント、素直になったよねソウジ」
「そ、そうか?」
恋は盲目とはよく言ったもので俺はその言葉を否定する事はできない。自分自身でも分からないほど彼女に夢中なのだ。
「ソウジ、致。この絵僕に似てると思わないかい?」
不屈は金髪の肖像画の前に立つと同じようにポーズを決める。確かに似てる。
「この優雅で美しいところと……」
「「似てる、アホっぽいところが」」
「なっ!」
美術品にアホっぽいとは失礼かもしれないけど、実際そう見えるのだから仕方ない。だって不屈はアホだから。
「ほんとソックリやん!」
「フフフ、激似」
「元のモデルなんやない?」
女子組も同意見。
とまぁこんな具合に気になったものを見ながら楽しく進んでいく。そして目的の展示ホールへと到着した。
「うわぁ……すげぇ」
「こんなにいっばい顔が並んでたら怖かぁ〜」
はがねの言葉どおりで見渡す限り人物画が並んでいる。このスペースが一種のトリックアートだと言ってもいいくらいだ。
ぎゅっと袖を掴む彼女にドギマギしながら致が描いた人物画を探す。ちなみに俺は当時自分の事で精一杯だったので他の人の作品を見ていない。ペアの惹さんぐらいだろうか。
「おっアレじゃないか? 一番目立つとこにあるやつ」
ギャル子ちゃんの視線は奥の方に向けられている。そこを辿ると何組か別枠で飾られていた。
みんなと頷いて深呼吸。
自分のじゃないのに妙に緊張してしまうのはなんでだろう。はがね程ではないけど、俺の横には致が寄り添う。そして後ろには惹さんと不屈。はがねの隣にギャル子ちゃん。
「よ、よし……行くぞ」
もう一度視線を合わせてレッツゴー。
カツカツと案内係のお姉さんのヒールの音が心音と重なる。恐る恐る前へ進んでいくと、そこには……彼の心が現れていた。
「……これって」
目の前に掲げられた一枚の絵。
「……俺……か?」
下の方には作者名。
タイトル『
間違いなく致の作品だ。そしてそこに
「……ウチもおる」
そう……俺とはがねの2人が寄り添っている。
「フフフ……ラーメン食べてるね」
「お似合いだね。僕とマイハニーみたいに」
おバカップルの言ったように俺とはがねが満面の笑みでラーメンを食べてる姿がそこにはあった。
「致……これって」
わなわな震える俺の横でドヤ顔を決める確信犯。
「僕達のクラスって奇数でしょ? だから人数溢れてたんだよね。んで、何かいい題材ないかなぁって思ってたら、昼休みに調理室から楽しそうな声が聞こえるんだもん」
もしかしてずっと見られていたのか?
最近は少しマシになったけど、前なんてもっと酷かったぞ?
「2人のお陰でいい絵になった!」
ムフーッと鼻息荒く腕を組む彼は職人のよう。そこへ受付のお姉さんがテテテとやって来て小話をしてくれた……作者がここにいるとは知らずに。
「ここだけの話なんですけど、こちらの作品。審査員の満場一致で優秀賞に決まったんですよ!」
「そうなんですか?」
俺の返しに大きく頷くお姉さん。
「えぇ。審査委員長は厳しい方で、彼だけは毎年酷評をするんですけど……」
「……けど?」
もったいぶってコソコソするお姉さんの話し方に引き込まれてしまう。
「この絵を小一時間ぐらい眺めた後にボソリと……『瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ』と言って涙を流したんです!」
力説するお姉さんはまだまだ語る。
「実は委員長、長年連れ添った奥さんを亡くされていて……この絵を見て懐かしくなっちゃんたんですね……うんうん。わかります!」
「は、はぁ……そうですか」
はがねも引くぐらいのマシンガントークを披露し終えると「オフレコでお願いしますね」と言って仕事に戻っていった。
「ねぇデコちゃん、アレってどういう意味?」
俺も気になっていたお姉さんが言った言葉。確か……
「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ……だな」
「うん、それそれ!」
秀才のギャル子ちゃんは先生のように教えてくれる。
「恋の歌さ」
「恋の……」
「愛しのあの人と今は別れても、いつか再会できるさって歌だ」
ギャル子ちゃんのいつもと違う凛とした声にこの場にいる誰もが口を閉ざす。
「そっか……そうだよな」
「ソウジ?」
致の心を受け取り、委員長の歌を聞いて、俺はひとつの答えに辿り着いた。
過去は過去……俺は、未来に生きる。
「……なぁ、致」
「……なに、ソウジ」
今この瞬間この場所だけが特別な結界に守られているようだ。だから俺は思った事を彼に紡ぐ。
「俺……致のファン一号になっていいかな?」
その言葉を受けた彼の瞳が
「まったく……変わらないなぁ……ソウジ君は」
瀬を早み……
この句は一生忘れない。
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