第32話 応援と強さ
はがねと夏休み……その響きが好きで毎日会っている。
というのも
そんな訳で朝からどちらかの家で宿題を片付けているのが現状だ。そしてお昼ご飯はだいたいはがねの家(はがねお手製ラーメン)をご馳走になって、午後から
これはもしやお家デートなのでは? と思ったけど、当たり前になり過ぎで慣れてしまった。ただひとつ気になる出来事があった。
はがねの部屋に初めて入った時に、誤って机の上のノートを落としてしまった。その時に見えた文字……
『4月23日 ソウジが戻ってきてくれた……』
心臓が跳ねてその続きを読みたいと思ったけど、階段下から彼女の声が聞こえたので慌てて俺の鞄の中に仕舞った。現在そのノートは……俺の家にある。
少し本題とズレたけど、本日の予定は
福岡市で開催される全国の高校を対象とした大会・
俺達は最寄り駅で集合して電車で現地まで向かう。
「テレビみたいにどが〜んとかばこ〜んってやるんかな?」
「だと思うぞ。しかし大会前の善士は穏やかだったな」
大会前日の昨日の夜、彼が家に尋ねてきた。試合を見に来て欲しいとお願いしてきたのだが、もちろんそのつもりだったので二つ返事で頷く。
いつものような大笑いではなく、覚悟を決めた男の笑いだったのでとても印象に残っている。別れ際に握手をしてきた際に「強くなったから……」と言って去っていった。
「うわぁ、大きかねぇ〜」
「すげぇー」
入口からして圧倒される。長丁場になるのでコンビニで飲み物や食べ物を買っていざ出陣。
会場内は異様な熱気に包まれていた。
「おふぅ……ハニーこれは凄いね」
「フフフ……
「僕には無理だよ〜」
不屈は選手達を見て戦慄している。その圧倒的な体格と存在感はホントに高校生かと疑いたくなるレベル。
「戦いてぇ!」
「デコちゃん本音出とる」
ギャル子ちゃんは血湧き肉躍るといった様子。そして
「描きごたえがありそうだ!」
鼻をフンッと鳴らして筆を持つ。少しいつもと雰囲気が違うことから興奮してる様子が伝わってくる。
「お〜い!
2階の応援席の一角から声が聞こえた。そちらを見ると我らが
「ここいいのか?」
「おう、お前達の為に最前列確保しておいた」
「ありがとう!」
「へっ! いいって事よヒーロー!」
「?」
頼もしいクラスメイトは応援団長。よく分からない事を言って席に促してくれるので、はがねの手を引いてお言葉に甘えて席に着く。
「がはっ……いいなぁカップル」
仲良く腰掛ける俺達を見て血涙を流す応援団長。被弾を覚悟で戦場に出てきてくれたのか……それと、まだ彼女ではない……妻だ!
いや、それは先の話か。
相変わらず妄想猛々しい俺の袖をキュッと掴んだ彼女は上目遣いに懇願する。
「ソウジ……お腹空いた」
「あららっ」
マイペースな彼女に翻弄されてしまう。さっきまで張り詰めた空気感だった応援席は笑いに包まれる。
「お前らしいちゃ」
「うん、それでこそ鋼ちゃんだよね」
「マイハニー僕も……」
「激辛唐辛子ならあるけど?」
「ノ、ノーサンキュー」
彼女を皮切りにひとつ息抜きができた。俺は大量に買ったおにぎりのひとつを彼女へ手渡す。
「ムフーッ! 美味しかぁ〜」
隣でもきゅもきゅ食べる彼女の頬をツンツンすると「ソウジも食べる?」と食べかけのおにぎりを俺の口元へ……
「じ、自分で……」
「ラーメンは食べさせてあげれんけど、おにぎりならいいやろ?」
「わ、わかった」
これが俗に言う好きな妻からの「あ〜ん」か! 正直破壊力がとんこつ級だ。
※妻ではありません。
「はい、あ〜ん」
「……あ、あ〜ん」
口の中に入れられる稲穂の実りと彼女の指。梅干しを食べているハズなのにほんのり甘い味がした。
「ぐはっ」「これが……」「最終兵器か」「とんこつ戦士恐るべし」「だが悔いはなし」
後ろの応援団が若干うるさかったけど気にしない。そうこうしていると第1試合が始まった。形式としてはトーナメントの勝ち残りで1日を通して行われる。なかなかハードな大会だ。
「お、アレじゃないか?」
「どこどこ?」
奥の方からゆっくり歩いてくる集団は我らが柔道部。その真ん中によく知る顔が見えた。
「善士ぃぃぃ!!」
「おーい! こっちだよぉ!」
俺とはがねは始まってもいないのに彼に向かって大きく手を振る。大歓声の中だけど俺達に気付いたのか、こちらに向けて拳を突き出す。
「カッコよかねぇ」
「あぁ。男の中の男って感じだ」
「ソウジもああなりたい?」
「キャラが被るからこのままでいい」
「……ソウジがどんな姿になってもウチの気持ちは変わらんけん」
「ん?」
ボソリと呟かれた言葉は大歓声の中へ消えていく。
1回戦が始まった。
しかし目の前で起こった出来事は衝撃の一言。我らが古照高校柔道部が流れるように五人抜きで勝ってしまった。
柔道の順番は『先鋒・次鋒・中堅・副将・大将
』に分かれていて先鋒の人から戦っていく事になる。そして勝ち抜き戦なので先鋒が勝ったら相手の次鋒・中堅へと勝負になるのだ。
トーナメントを勝ち上がっていくと必然的に先鋒の負担が増えるのは必死。
少し説明口調になったけれど、要はウチの高校の先鋒が強すぎた。3年生の先輩だけど善士曰く「全国で戦える選手」らしい。ちなみに善士は最後の砦、大将を任されている。
「なんか……すぐ終わったね」
「うぅ……痛そう」
「あたしも混ざりてぇ」
女子組はそれぞれの感想を言い合って、不屈は指の隙間から見ていた。致は食い入るように見ながら筆を走らせる。
「俺らの代が最強って言われてるんだぜ!」
「そうなのか?」
応援団長の
「今年に入って、
「ほぇ〜そうなのか」
そういえば部活中の善士の事は何も知らないなと思いつつ次の試合を見学する。
その後も順調に勝ち進み2回戦3回戦は次鋒の人までしか出ていない。
4回戦……関西の強豪・
しかし、ウチの副将は相手と小学生の頃から戦っていたらしく相性が良くて勝ちを収めた。
お昼休憩を挟んで準決勝と決勝。
まさかウチの高校がこんなに強いとは思わなかった。団長ではないけれど並々ならぬ闘志を感じる。
準決勝は去年のインターハイ準優勝校・九州の
相手の中堅が強くて善士の番がやってきたが、最終的には相手の大将と善士との戦いだった。そして連戦の相手の疲労もあってか善士の
「善士……強ぇな」
「うん。なんかめちゃくちゃかっこよかね」
「だな」
戦士の背中というのだろうか。
そして次は決勝戦。会場中が緊張に包まれる中、俺は異変に気づく。
「なぁ……善士のヤツ、フラフラしてないか?」
「え?」
見れば準決勝を終えた彼は肩で息をしていた。もしかして体調が悪いのかと思ったけどそうでは無い。サポート選手がバナナやゼリードリンクを渡していたが首を横に振る。
それを見て俺は善士との会話を思い出していた。
『俺……おにぎりが一番好きっちゃん!』
なるほどそういう事か!
俺は袋に入ったおにぎりを持って席を立つ。幸い決勝戦まで少し時間があるので間に合うだろう。
「行ってくるはがね」
「うん。向こうで応援させてもらいー」
「わかった!」
会場に続く扉を抜けて一目散に親友の待つ場所まで駆け抜ける。
「善士っ!」
「んお!? ……ソウジ」
疲れた顔をしていたが目は死んでいない。だから俺はいつも彼が掛けてくれた言葉を紡ぐ。
「おにぎり食うか? がははははっ」
「っ!!」
これで少しは返せたかな……あの温もりを。
決勝戦……相手は去年のインターハイ覇者。
東京の
試合開始の合図を告げられたがあっという間の出来事だった。相手の先鋒は個人戦でも全国一位の有名選手。そして瞬く間に4人抜きされてしまう。
そして大将……前田善士の登場だ。
さっきまでは元気のあった応援団もこの状況を見ると劣勢ムードで士気も下がってしまう。しかし俺は何も心配していない。
不思議と善士が必ず勝つと思えてしまうのだ。
「よーし、声出していくけんねー!!」
観客席からはがねの声が聞こえた。
そっちを見るとムフーッと得意げにドヤ顔で俺の方を見る。彼女の自慢気なほっぺを指で突きたかったけどここからじゃ無理だ。
「みんな、せーので声出すぞぉぉ!」
団長君も目を覚ましたのか、応援団も立ち上がり頷く。
「せーのっ!」
ぜんしぃぃぃぃぃぃ!!!!
俺も目の前の背中へ向けて大声で叫ぶ。
相手の体格は100kg超級。対して善士は90kg級。体重も身長も相手の方が上だ。
開始とともに始まった組み手争いは
相手の
両者譲らない争いに審判が「待った」をかける。お互いに"指導"が入りポイントは五分五分。
しかしそこで少し気を緩めた瞬間を狙って相手が攻めてきた。あの体格からは想像も出来ない低い姿勢での攻め。
善士の開かれた足を内側からすくい後ろに倒す
「有効!」
ポイントが相手に入りそのまま抑え込みに行こうとしたが、そこは善士が防いだ。
残り時間……1分。
相手としてはこの1分を凌げば勝ちになる。無理して攻めるより守りに徹するのが定石だ。
「くっ……」
「へへっ」
善士の苦悶の表情と相手の薄ら笑いが聞こえてきた。
俺にできる事はなんだ?
残り時間……30秒。
「うぉぉ!」
「甘い」
こんな光景を昔見たことがある。
残り時間……20秒。
「はぁ……はぁ……」
「諦めろ」
そうだ! 昔、誰かが俺のように強くなりたいと言ったんだ。
「諦め……ねぇ」
「もう終わりだ」
残り時間……10秒。
だから俺はその子に向かってこう言ったんだ。
「前を見ろ! 上を向け! 全部抱えて前進しろぉ! それがお前の強さだろう! まえだぜんしぃぃぃぃぃ!!!」
「その言葉が……聞きたかったぜ……ソウジ」
目の前の光景がスローモーションのように見えた。
相手の懐にスルりと入って抱え上げる。
離れる足、宙に浮く体。およそ100kgの人間を持ち上げてるとは思えない軽やかさ。
残り時間……3秒。
いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!
ドシンッ
「い、一本っ!!」
鮮やかな……背負い投げが決まる。
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」
会場中が大爆発を起こし今日一番の歓声が木霊する。残り3秒からの大逆転劇。
肩を揺らして息を整えた善士は礼を終えて俺の方を見る。
(やったぜ親友!)
(あぁ見てたぜ!)
心で通じ合うのなら……心友か。
そこからは善士無双の始まりで、残りの選手をオール一本勝ちで倒し、団体戦の優勝を手にした。
「おめでとう善士」
「あぁ……なぁソウジ」
「ん?」
優勝旗を持ったまま俺の所に来た彼は俺に抱きつくと涙を流した。
「……俺……強くなった。強く……なったよ」
「あぁ……見てた。しっかり見てたから」
ずっと昔から応援してたから。
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