第12話 遭遇と残心
ポンコツ女こと
慣れるという表現は適切ではないかもしれないが許して欲しい。正確には彼女との距離の保ち方という意味だ。
「カラカラ、それちょうだい!」
「あ、コラっ! 俺が最後の楽しみにしていたチャーシューを……」
「カラカラ、これ作ったんやけど食べてくれん?」
「お前、また変なもの入れてないだろうな?」
「さぁ? どうでしょー?」
正面から見ていた彼女が隣の席にやってきた。まるで行きつけのラーメン屋でカウンターの定位置に座る常連客のよう。
というのも、少し前まではラーメンを食べ進めると必ず彼女が俺の元へやって来ていた。その時に毎回と言っていい頻度で転ぶのだ。
「へぶしっ!」
ステーンッ! と擬音が似合う豪快なコケ方。コントを見ているような気持ちのいい滑りに俺は苦笑いを浮かべる。ただ問題は……彼女がスカートという点だろう。
「……
何がよきなのかは俺の性癖だから聞かないで欲しい。全裸を見たとはいえ女の子の下着姿は破壊力が抜群だ。
「立てるか?」
「今見たやろ?」
「うっ……」
紳士然とした態度で接するが彼女にしたらこれは不自然というものだろう。案の定ポンコツ女からは拳骨をもらった。
「……くぅ〜
「デコちゃん直伝やけんね!」
ふっふ〜んと腕を組んで誇らしくなるポンコツ女。無い胸を張りやがって。
「なんか言ったかちゃ?」
「口調まで真似すんなよ」
とまぁ、そんな事が続いていたので隣に座る事にした。さっきは彼女が隣に来たと言ったが訂正しよう……俺が彼女の隣に行ったのだ。
「カラカラ、ごま取って?」
「すり? いり?」
「すり」
トッピングは俺が持ってきた。俺にも何か出来ないかと考えた結果が調味料。こんな小さい事がお返しになるのかと最初思ったが彼女は意外にも受け入れてくれた。
「細川、ネギ取って」
「んっ」
「サンキュー」
隣り合わせだから正面に調味料はある。だけどお互いに欲しい物は相手が使ってたりする。
最近では彼女がどういう調味料が好きでどのくらい使うのか、食べ始めてから味変をするタイミングなどだいたい分かってきた。
アレ? これは変態なのでは?
そう思ってチラリと横目で見るけど、彼女は満足そうに麺を啜っている。
「ふぁらふぁら?」
「なんでもねぇよ……いつもありがとな」
「ぶほぉっ」
「うわっ、きったねー!」
「ごほっ……がふっ」
麺の弾丸が俺の顔にヒットする。ゼロ距離攻撃での命中精度は100%だぜ!
「お前なぁ……」
「……ふぅふぅ……カラカラが変な事言うけんやろ!」
顔を洗ってハンカチで拭いていると憤慨したポンコツ女が言い訳を口にする。
「別に変な事言ってねぇって」
「言ったもん!」
もんって……そんな必死で言われても。
その必死さがまた可愛いんだよなぁ。
「これ、なおしとってっ!」
「何番目?」
「2番目っ!」
顔を赤くしてプリプリしながらも片付けはしっかりしてくれる。そんな所もいとをかし……
俺の喋り方もだいぶ馴染んできたと思う。最初こそよそよそしかった言葉も彼女と接するうちに砕けてきた。彼女の貢献はとても大きいと俺も分かっている。ただそれだけでは無いというのもまた事実。
………………
………………
「ふぅ……今日最後の授業は美術か」
移動教室の準備を整えると隣の席の
「行こうか
「そうだな……片原君」
「もうっ! 君はいいってば」
「だったら俺もはずしてくれよ?」
「それは……その……無理」
最初こそ保健室ばかり行っていた彼だが最近はお腹の調子も少し良くなったらしい。それで話すウチに随分打ち解けた。
そして俺と片原君は揃って美術室へ向かっていると、廊下の少し離れた所に2人組の女子が歩いていた。
妙に楽しそうにルンルンと話す彼女達はもっぱら俺の知り合いなわけで。彼女達は大量のノートを持ってこちら側に向かって歩く。
そして楽しくお喋りしているから気付いていない……目の前に紙パックのゴミが落ちている事に。
「片原君これ持ってて!」
「えっ! あっ、唐草君?」
片原君に荷物を強引に渡し、俺は全力で廊下を駆ける。
ギリギリか……少し間に合わないか。
言葉を先に出せば良かったと思う。だけど俺の体は不思議と音より先に動いていた。これが条件反射というのだろう。
調理室で転ぶ分には周りに怪我するような物が無いから気にしなかった。それに彼女は意外と上手く転ぶ(転ぶのに上手い下手があるかは知らない)
だけど今は違う。
ノートで塞がれた手では転んだ時に受け身も取れないだろう。それに隣の美多目さんまで巻き込むかもしれない。
胸の奥が無性に熱い。
頭がズキズキと痛む。
目の前の視界が狭くなる。
ノイズのような残像が見える。
俺は……今みたいな状況を知っている?
だがそれを考える余地は無く……彼女は紙パックを踏んでしまった。
「あっ……」
紙の慣性で足がスケートのように前に出るる。その勢いのままの体……そして頭が後ろ向きに沈んでゆく。このまま行けば後頭部を硬い廊下に打ち付けてしまう。
1秒にも満たない世界がスローモーションのように見えていた。隣の美多目さんはノートを放り出し彼女に手を伸ばそうとする。その判断は間違いではなく、寧ろ速い方だろう。
しかし見てから動いた彼女と、予見して動いた俺には明確な差が産まれる。
彼女が浮遊感に襲われている時、一瞬だけ瞳に映る恐怖と不安の感情を読み取る事ができた。
その瞬間……俺は叫んでいた。
「はがねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ドシンッという音とバサバサという音が重なる。
目を瞑った彼女は衝撃に備えていたのか体をギュッと縮こまらせていた。そしてそんな彼女の頭と背中を抱き締めながら俺は廊下に座り込んでいる。
「…………大丈夫か? ったくお前はおっちょこちょいのポンコツ女だな」
「……………………ソ」
ゆっくりと瞼を開けた彼女が何かを言おうと口を開く。だけど途中で何度も言いかけては辞め言いかけては辞めの繰り返し。
「……ありがと」
「おう」
いつにも増してしおらしい彼女。普段との差が凄まじくドキリとしてしまう。それにアドレナリンで意識して無かったけど、今の俺と彼女の体勢は非常にマズイ。
「……カラカラ」
「ん?」
だけどそんな事は気にしてないように彼女は俺の瞳を見つめる。いつにも増して距離が近い事もあり俺も瞳の中を覗き込む。
あぁ……薄いブラウンの綺麗な瞳だ。
「今……ウチの事名前で呼んだ?」
「え? あっ……アレ? そうだったかな……」
そんな事覚えていない。
あの時はただ、彼女を助けたい一心だったから。
「……そっか」
「もしそうなら……ごめんな」
女子を名前呼びで呼ぶのは恥ずかしい。男子ですら気後れしてしまう俺だから尚更だ。
「ううん……嫌やなかったよ」
「お、おう……」
モジモジする彼女の体温が暖かい。不思議な事だが、俺はいつまでも彼女を抱き締めたいという衝動に駆られて抱く力が強くなる。
「あっ……」
いつもは強気な彼女。
湯切りをする腕は思ったより細く、二の腕の辺りは程よい柔らかさ。
背中に回した手が真っ白い制服の上を撫でる……彼女の温もりを感じたくて。不意に手に違和感があった。あぁ……これは下着の。
頭を支える手が彼女の少し汗ばんだ髪の奥に入っていく。顔を近付けるとトリートメントと彼女の汗が交じった安心する香りがする。
「あっ……んんっ……カラカラ……ここ、学校!」
聞き慣れない彼女からの
「唐草……職員室へ来い」
「………………あっ」
俺の担任……
〜ちょこっと博多弁講座〜
作中ではがねちゃんが使った言葉。
「なおしとって!」
これは標準語で言う所の、元の場所に戻す。棚にしまう。という意味になります。
普段言葉にする、
「その服なおしとってー」
「えっ? どこも破れてないけど……」
「えっ!?」
福岡県民あるあるでした。
それでは次回もバリカタ!
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